「はい、お嬢様。少し痛いですよー」
「いっー!」
子供の敏感肌はお注射の痛みが顕著です。精神年齢は二十歳くらいなのにこんな子供のような悲鳴をあげてしまうなんて、とちょっと絶望してみたり、くぐもった声で必死に痛んでいる腕から目を逸らす。
前世では平気だったのだが、なぜか今世になってからはやたら痛く感じるようになった。さらに打たれたあとは暫くぼーっとしたり、見えるものが歪んできたり、変な音が聞こえたりとやばそうな症状が出ることがしばしばだ。
もしかしたら、全部幸運にも生存しているだけで、本来はやばい薬を打たれてるんじゃなかろうかと思えてくる。メイ子さんも送り出す度に心配そうな顔をしている。
周りの大人は私の反応を見て書類を書いているだけだし、こんな実験紛いのこと他の患者にはできないのだろう。あと、最近は夢の内容を訊かれるようになった。相変わらず続く自分の死に様と気持ち悪い鉄パイプ世界を歩き回ったりするだけなのでまだイベントというイベントには遭遇していない。
そもそも、本来病院がある場所でのパレードとか見ていないので、未経験のことは夢に出ないことが分かった。だから、本来アパートがある場所に病院があったのだろう。
端的に言うと、これからそういう経験をするということだが…… 今は現状を楽しんだほうがいいだろう。幸い、よっぽどのことがなければ幸運の加護で死ぬことはないだろうし。
「気分はどうですか? お嬢様」
「キモチワルイ」
最悪だよ、あんた達のお陰様でね。
くそう、早く終わってくれないかな。メイ子さんに会って癒されたい。
「コーラ。依然中毒症状は出ていない様子ですね」
おいコーラってやばいお薬の通称じゃねぇか、人を廃人にでもするつもりかこいつら。いくら幸運の加護があっても苦痛は受けるんだぞコノヤロー。
目の前がチカチカしてくる。やっぱゲームの花で起きるイベントは麻薬関連だったのか。これは夢に出るだろう。
ああもう、検査を受けると性格がどんどん歪んでいく気がする。早くメイ子さんに会いたい。
◇◆◇
「こんにちは」
検査が終わり、明滅する視界をどうにか正常な思考で追いやりながらふらふらと歩いていると、突然声をかけられた。振り返ると目に付くおかっぱの白髪。おお、初の男の子登場。しかも怪物君兄(正常)じゃないか。
怪物君というのは夢の世界での追いかけキャラクターのことである。
特徴はさびつきによく似た白い肌、白い髪。その顔は顔面が崩れていたり歯が剥き出しになっていたり、恐ろしい形相をしているキャラクターだ。
夢の中で捕まってしまうと出口のない場所に閉じ込められ、エントランスに戻るエフェクトがないと夢から覚めるしかない状態にされてしまう。
おかっぱの兄、七三分けの弟、ツインテールの妹としてネットでは分けられている。
今回出会ったのはおかっぱ頭なので兄のほうだと判断した。
「こんにちは」
少し怪訝そうな顔をして応答すると、女の子みたいな綺麗な顔を歪ませていきなり近づき、私を近くの病室に放り込んだ。首根っこを掴んで放り投げられたので首が一瞬絞まって苦しかったが、それよりも今はバランスを崩して尻餅をついたことに意識が向かう。地味に痛い。空き教室ではないが、空き病室に連れ込まれるというシチュエーションには別にキュンとはこなかった。初対面だし、睨まれているから敵意を感じるし、当たり前か。
「なに?」
お薬のせいで割とイライラしているうえ、地味に尻が痛い。さすろうとした手は人の前だったことに気付いて空を彷徨い、そのまま頭に添えられた。
尻餅ってこんなに痛かったっけか。そんな恨みを込めて睨むが相手はどこ吹く風。まったく、イライラが最高潮になる前に早く終わらせてほしい。
「お前がオリジナルか」
「はぁ?」
スカートを掃って立ち上がる。謝る気もなさそうだし、全然関係なさそうなことを突然言い出したことにビックリだ。
いや、そもそもキミ誰さ。知識では知ってるが、実際に会って名前を聞いた事もないはずだ。私は怪物君を知っているだけで、彼自身のことを知っているわけではない。一応初対面だというのに失礼すぎやしないだろうか。それとも、この年齢の男の子はこんなものなのだろうか。前世と合わせてもおよそ十五年以上は昔の記憶なのでどうにも思い出せない。
高校生くらいのときならば鮮明に思い出すことも出来るし、好きな漫画、ゲームの台詞や攻略法なんかも記憶に残っていて色褪せる気配がない。もしかしたら死んだときに持っていた記憶は消えることがないのかもしれない。だが、小学生時代の記憶など高校生にもなって詳細に覚えているはずがない。結局、何も分からない。
「知らないのか?」
「いや、知ってるわけないでしょ。初対面だもん」
うわ、自分でだもんとか言って鳥肌立った。イライラしているらしい彼の動向を見守りながらゆっくりと腕をさする。
「こんの!」
頭が壁にぶち当たって盛大に鈍い音を立てる。くっそ馬鹿になったらどうする。彼は手を壁につきながら私を憎しみらしいものが篭った目で見る。非常に嬉しくない壁ドンだ。やっぱりキュンとはこない。流石に今の私より少し年下か、同い年くらいの子供にキュンキュンしてたらショタコンになってしまう。精神年齢は(ほぼ)二十歳なのだ。いやでも今の年齢は同じくらいなのだからあるいは…… いやいやいや! なにを考えてる私! それは犯罪だ!見た目は合法でも精神的には犯罪者だ!
って、何を考えている私! いくらお元気になる薬でハイになっているからってこんな思考はいけない。心の中でこんなことを考えていたらそのうち薬にのみ込まれて口に出してしまうかもしれないのだ。頭が可哀そうな子だとか絶対に思われたくない。もう手遅れだとしても、表には絶対に出すわけにはいかないのだ。
怪物君が押し黙り、何かを爆発させるように私を睨む。その目は、父親を見るときの私に似ているような気がした。
「俺は!お前のコピーだよ! アルビノの癖にやたらと丈夫で、子供らしくない知性!そんなやつが生まれたから! あいつら同じものを作ろうとしてんだ! お前のせいでどれだけ兄弟が死んだと思ってる!」
別次元に吹っ飛んでいた思考能力が急速に戻り、頭がスッと冷静になるのを感じる。
ああ、完全なる八つ当たりだ。そう思った。そして、私を再現しようとしている大人達が哀れになった。確かに彼は年齢にしては頭がいいほうなのだろう。だからこそ、オリジナルである私を憎んでいる。でもそれは、モデルが私だっただけで、大人達の勝手。だが、私を再現することなど不可能だ。私の体はこの世界産だが、魂は既に成長しているもの。両方ともこの世界原産でできた子供達が私になることなどできはしないのだ。それに、私には超絶的な〝 幸運 〟も備わっている。真似などできるはずがない。でなければ私がこんなにも注目されることなどなかったはずだ。
しかし、これであの時見た私に似た子供達や溶液に浸かった私の説明がつく。あれは実験の過程で生まれた犠牲者たちなのだろう。ホルマリンは死体を保存するためのものだ。他にも、別の液体に浸かっている赤ん坊がいたしね。
アレがなんなのか、ここまでくればもう分かるわね? 苗木クン。おっと、またエキサイトするところだった。
気になるところといえば、一つ訂正したいところがある。私はアルビノではない。髪が白いだけで目はいたって普通。日に弱いわけでも病弱なわけでもない。あくまで私自身は健康だ。まあ、人間は急激なストレスを受けると髪が白くなるというし、それが原因だろう。生まれる前に既にショックは受けていたのだ。転生だなんて世にも奇妙なことが起こったのだ。前世のショックを引き継いで生まれていたとしてもおかしくない。
「知らないものは知らない。キミ、私に死ねって言ってるの?」
「……」
この反応は言わずもがな、多分思っているのだろう。なにせ、私がいなくなれば一番出来のいい子供がその座に着き、成り代われるのだ。だがそうしたら次点の子供がまた成り代わろうとするだろう。無限ループの切っ掛けになるのはごめんだ。
ああ、そういえば.flowはループ系の解釈をされることもあったな。こんな些細なところに落とし穴が待ち構えているのか、身近な選択肢にこうして罠があると分かった以上はこれから気をつけることができる。ひとまずは助かったので彼には感謝しておこう。でも、優しく接することは残念ながらできない。私だってイライラしているのだ。あっちも八つ当たりしてきているのだから、こちらもそれで返してあげようか?
悪戯心がむくむくと湧きあがり、私はりん子姉さんの真似をして嫌らしく笑みを浮かべた。
「やだよ。死にたくないし。それにキミが私の代わりになったとして、他の子が祝福してくれるとでも思うの? 今度はキミを憎むだけだと思うけどね。このことについて、キミはどう思う?」
やだ、私。挑発しすぎ?
まあ本当のことだし、少し調子に乗るくらいは許されるだろう。
彼の言葉通りに捉えるのならコピーとやらは沢山いるのだろうし、全部予測で言ったことだが嫌そうな顔をしているので少なからず当たっているのだろう。勿論、あの溶液に浸かった子供たちではない完成品がね。
「ちっ」
舌打ちをして去って行く彼。
どうせなら本音を言ってくれたほうがこちらも気が楽なのに。変なところで大人のような行動をするな。子供の外見に、大人のような態度。って、これ私じゃないか。こりゃ怪しまれても仕方ないな。あんなあべこべでちぐはぐな違和感普段お目にかかれるものじゃないし、こうして外から見るとなんとも分かりやすいものだ。メイ子さんも
あ、彼の名前を訊いてなかった。あっちは知ってるというのに。まあ、暫くは怪物兄とでも呼んでおこう。
「死んだ同胞ねぇ」
それにしても、私の元に犠牲になっている存在があることを考えると悲しくなってくる。だが、今は自身が割と不幸だと思っているし、自分の面倒を見るのが精一杯なのだから私に何かを望むだなんてお門違いだ。
自分が自己中心的に考えているのなんてとっくに分かっているけれど、それでもこの日常で他人の心配をできるほど私は出来た人間じゃない。姉さん達ならともかく、今しがた知り合ったばかりの人ならなおさらだ。
人間と言うものはそう器用にできていないし、今しがた考えているように言い訳を考えるどうしようもない生き物だが、自分優先になるのは仕方ない。動物だって生存本能があるように、人間にもそれはある。私は少し
それから病室に戻り、隣の部屋から響いていた絶叫とガラスの割れるような音をBGMにして私は眠りについた。このときに思い出していれば少しは心構えができたというのに、すっかり夢のことは忘れていた。
そして、私の癒し(メイド)に会えなかったことに絶望した!