錆の希望的生存理論   作:時雨オオカミ

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〝 やみつき? それともくらやみ? 〟



No.22 『波乱』ー暗病ー

 今…… 彼女はなんて言った?

 私を、なんと呼んだ?

 

 殺意と死への憧れがぐちゃぐちゃに絡まり合って混ざり合い、訳が分からなくなっていた頭が妙にすっきりしている気がする。

 相変わらず熱は持ったままだ。だって、触れ合っている彼女の体がさして熱く感じないからね。

 絶望病に侵された私たちが近い体温でいるからこそ、熱かったり冷たかったり差を感じないわけだ。

 だから、つまりこれは…… 分からない。分かるはずないよ。

 

「さびつき…… ? なんのことかな?」

 

 笑みは引きつっていないだろうか。声は震えていないだろうか。

 いつものように大げさに笑って、わざとらしく演技してみる。

 せっかく生存願望を思い出せたので逃げることも考えたが、首元は押さえつけられているのでそれはできない。

 押し付けられたままのメスでつ、と一筋、また一筋と血が流れていく。

 

「またまたぁ…… 私のことが分からないんですかぁ? いけない人ですねぇ……」

 

 彼女が一層顔を近づけて私の首筋に埋める。

 

「いっ……」

 

 首筋の傷をなぞられ、血を舐め取られたことでピリリ、とした痛みが襲い体が思わず震えた。しかし必死に動こうとしても、やはりお腹の上に乗っている彼女を退かすことはできない。

 そもそも、最近は夜時間にいろいろすることが多くて寝不足なのだ。それに加えての高熱。人を持ち上げる程の体力は残っていない。

 

「ああ、そういえば…… 顔を合わせたのは入学してからですからぁ…… さすがに分かりませんかぁ?」

「…… 入学式の日にここに連れてこられたんだから、初対面なのは当たり前じゃないのかな?それ」

 

 彼女の言いたいことは分かるが、それは私が知らないはずの情報だ。私や十神クンのような人ならば、この言葉から失われた2年間のことを指すのだと察しがついてもいいかもしれないが、モノクマの言う〝 記憶喪失 〟の話をそのまま鵜呑みにしているというのも違和感がある。普通なら本当の可能性を視野に入れつつ信じない方針で行くだろうからね。

 観察したところ、今の彼女に私を殺すつもりはなさそうだし、今のうちに会話して時間を稼いでおいたほうが良さそうだ。そうすればいつか誰かが…… いや、そんな悠長に構えている場合ではない。

 

 考えろ。打開策を見つけるんだ。

 私は、こんなところで…… 〝 殺されるわけにはいかない 〟んだから。

 

「しらばっくれても無駄みたいだね…… なら、キミは誰?」

「私は私ですよぉ…… 罪木蜜柑ですぅ……」

「質問を変えようか……」

 

 注射、病院、長い黒髪…… そもそも〝 さびつき 〟を知る機会なんて1つしか思い当たらない。

 

「そうだね…… キミは夢日記をつけたことがある?」

「ええ、ありますよぉ」

 

 やっぱりか。

 まさか、原作キャラクターの中に私と同じ同類がいるとは思わなかった。それも、よりによって罪木ちゃんなのか。

 問題は彼女が誰なのかだ。うろつきとうそつきには入学前に面識がある。ゆめにっき派生の主人公は膨大な数がいるから絞り込むのも大変だ。

 チャット上でのハンドルネームは私の〝 さびつき 〟や織月の〝 うろつき 〟などから、最後になるべく〝 つき 〟の入るものになっていた。

 そのために、私が知っている派生の主人公の名前が何人も集まったことが分かっていたのだが、派生全てではないとはいえ知り合いの数は多く、その中から絞るだなんてほぼ不可能に近い。

 不正解したらどうなるか分からない以上、片っ端から名前を挙げて行くのは避けたい事柄だ。

 

 ならば、ならば、彼女は…… これで、決め打つ。

 

「キミは………… 〝 やみつき 〟さん、なのかな?」

 

 私の言葉に恍惚とした笑みを更に深めて彼女は 「はい」 と、肯定した。

 

「…… 本当に?」

「嫌ですねぇ、あなたがそう言ったんじゃないですかぁ」

 

 自分が言ったことだけれど、とても信じられなくて思わず疑問を返していた。

 〝 やみつき 〟…… それはゆめにっき派生sickmind(シックマインド)の主人公の名前だ。長い黒髪に白いリボンを左右につけたとても可愛らしい女の子。彼女は病院や教会に縁があり、作中に樹木に磔にされた人型が見られることから、彼女は植物状態なのではないかと言われている。

 また、このsickmindには主人公が3人おり、内2人の主人公は姉妹だと考察される。最後の1人〝 いらつき 〟は〝 やみつき 〟の友達と考察されることが多い。

 一般的には姉の方が〝 やみつき 〟で、妹の方が〝 くらやみ 〟だと言われているが…… 私の知っている彼女に姉妹なんていないはずだ。

それに、彼女を〝 やみつき 〟とするにはいくつかの違和感が残るのだ。

 

「……」

「えへへ」

 

 私が頭の中で考えながら彼女の様子を見ていると、彼女は特に何も言うことなくただ笑っている。相変わらずメスは持ったままだが、まだ使うつもりはないようだ。

 

 そもそも、〝 やみつき 〟という少女は皆から愛されている少女である。必要とされていた少女なのである。

 そう、妹に植物状態にさせられ、親友〝 いらつき 〟が妹の〝 くらやみ 〟を殺そうとするほどに愛されていたのだ。

 罪木ちゃんには悪いが、見た目以外に似ている部分は皆無に等しい。それが私の中の評価だ。

 対して、〝 くらやみ 〟は両親からも必要とされず、姉との思い出をエフェクトではなく写真という形で収集していく主人公だ。少なくとも姉は〝 くらやみ 〟を認めていたかもしれないが、逆に言えば姉以外に〝 くらやみ 〟を必要とする人物はいなかった。

 性格や性質だけ見たら罪木ちゃんが〝 やみつき 〟であるはずがない。あるはずがないんだ。

 

「やみつきさんって妹さんがいるんじゃなかったっけ」

「はい、いますよぉ…… 姉ですけどね」

 

 は? 姉?

 なにを言っているんだ。チャット内では妹だと言っていたが……

 

「分からないって顔ですねぇ…… ねえ、狛枝さぁん…… そもそも、〝 やみつき 〟の経歴に矛盾があるとは思いませんかぁ?」

 

 彼女がクイズでも出すように笑う。

 分かっている。矛盾だらけだ。しかし、それは私の知っている余計な情報も含めての話。チャット内で言っていたことに、どこか矛盾があったのか。

 

「いつも言っていましたよねぇ…… 〝 可愛い妹がいる 〟んですぅって、それからそれから、〝 たくさんのお薬を飲む 〟のが大変とかぁ、〝 妹がずっと看病してくれる 〟とかぁ、〝 植物状態になった 〟とかぁ……」

 

 ……見えた。

 なんでこんなことに気がつかなかったんだろう。

 

「それは違うよ…… 植物状態になってたらチャットなんてできるわけない」

「うふふふふふふ……」

 

 自ら正体をバラしていくのか。

 そうか、キミは…… キミの正体は、〝 やみつき 〟と名乗っている〝 くらやみ 〟だったのか。

 よく考えたらそうだ。チャットのハンドルネームなんて全て自称でしかない。他人から与えられた名前ではないのだ。ならばいくらでも自分を偽ることだってできるし、植物状態の姉の性格を装って書き込みをすることだって簡単にできる。

 彼女の家族関係は原作で語られることがなかったが、きっと姉妹なんていなかったはずだ。これは、私が〝 さびつき 〟であることで生じたズレなのだろうか。

 

「また、すぐにバレてしまいましたぁ……」

「また…… ?」

 

 つまり、学園生活で既に私は見破っていた…… ということなのか。

 

「お姉ちゃんが悪いんですよぉ…… あの人はなんでもできました。だからお父さんやお母さんからチヤホヤされて、ドジばかりな私に居場所なんてありませんでしたぁ……」

 

 これは、彼女も話したいのか。

 かつて、私が彼女に話したときのように。

 

「そう、あの人は秀才でした。でもでもぉ、希望ヶ峰学園にスカウトされたのは、私だったんです」

 

 彼女の顔が愉悦に変化していく。ヨダレまで垂らして、本当に嬉しそうに。

 

「あの人に特別な才能なんてありませんでしたぁ…… あの人はただの秀才止まりだったんです。私は嬉しかったんですよぉ? これでやっと認められる…… やっと許してもらえるって」

 

 歪んでいる。

 彼女が〝 超高校級の保健委員 〟になった理由が〝 自分の怪我を治していたら自然に医療関係が得意になった 〟という時点で、家にさえ居場所がなかったらしいことは考察できていた。

 分かっていたはずなのだけれど、正直いざ目の前にすると結構怖い。

 

「うふふふ、怯えないでくださいよぉ……」

「あれ、分かる?」

「分かりますよぉ…… でも狛枝さんは逃げようとしませんよね。諦めているわけでもありませんし、私を受け入れようとしてくれている…… そんなところは、私大好きなんですぅ」

「そっか……」

 

 それは…… 受け入れるって、ちゃんと決めてたからね。

 

「えっと続きですねぇ…… 私は〝 超高校級の保健委員 〟としてスカウトされました。それで、みんなは許してくれたと思いますかぁ?」

 

 そんなはずがない。

 それで認められていたら、彼女はここまで歪んでなどいないのだから。

 私は静かに首を振った。

 

「そんなに悲しそうな目をしないでください…… 同情なんてほしくありません。でも、あなたの思った通りなんです…… 私は、私は決して許されませんでした」

 

 ―― どうしてお前が

 ―― なんであの子じゃないの?

 ―― あの子に〝 それ 〟を譲りなさいよ

 

「そんな風に言われましたぁ。おかしいですよねぇ、スカウトされたのは私です。スカウトの通知を貰ったのも、私です。ですけれど、それを寄越せって言ったんです。お前には相応しくない、学園に直談判するって」

 

 同情するなと言われても、できないよ。

 どうしても、悲しくなってくる。それが自己満足でしかないことは分かっているけれど、罪木ちゃんがにこにこと笑いながらこんなことを言っているのが、1番私は嫌だ。

 

「でも、直談判は結局されませんでしたぁ…… 本人が、お姉ちゃんがそれを止めたからですぅ」

 

 ――やったじゃないですか! 私、蜜柑ちゃんを応援してるから。絶対絶対、お父さんたちに認めさせるから、蜜柑ちゃんは気にしちゃダメですよ

 

「あの人は、私の唯一の理解者でしたぁ。だから…… だからこそ……」

 

 ―― ねえ、あんた…… ずっとお姉ちゃんを独り占めする方法を知りたくはない?

 

「偶然知り合った女の子が、教えてくれたんです」

 

 ―― それはね…… あんたがずっとずーっとお姉ちゃんを看病できるようにすればいいのよ! そのお手伝いを、私様がしてやっても構わないわ!

 

ここで出て来るのか…… モノクマ。

いや…… 江ノ島盾子。

 

「特別なお薬の仕入れ方を教えてもらって、お姉ちゃんに渡しました。ずっとずっと飲ませ続けましたぁ。そしたら、お姉ちゃんは眠り続けることになったんです。当然、疑いは私に向きましたが、バレることはありませんでしたぁ。大好きなあの人をずっとずっと看病し続ける…… 私がいないとあの人は生きていられない…… なんて、なんて、 素敵なことなんでしょうか!」

 

 罪木ちゃんはメスを下ろすと、注射器を懐から取り出して頬ずりする。

 

「まさか……」

「その、まさかですよぉ」

 

 私も、そうしようというのか?

 頭を動かせ、思考しろ。いま、この状況をどうにかするにはなんて言えばいい? これを切り抜けるのに必要なことは、なんだ?

 考えろ私。私ならできるはずだ。確かに死ぬわけではないが、そんなのは嫌だ。植物状態になんてなってたらメイに謝れないじゃないか!

 外で皆と楽しく過ごすことだってできないじゃないか!

 そんなのは、嫌だっ!

 

 誰か…… 誰か……ううん。

 

「……」

 

 目を瞑る。

 誰も来ない。いやそもそもそんな可能性を考えてなんていられない。

 本当は、もしかしたら誰かが来るかもしれない…… けれど、それを信じられるほど、私は強くなんてないんだよ。信頼よりもなによりも、どうしようもなく死ぬのが怖い、臆病で卑怯な奴なんだ。

 私は、誰かが助けてくれるだなんて都合の良い希望が抱けない。

 こんな私で、ごめんね……日向クン。

 

「狛枝さぁん?」

 

 冷静になれ、落ち着くんだ。動揺していてはいけない。

 いつものようにすればいい。煙に巻くような詭弁で言いくるめ、なんとかこの状況を打開するんだ。

 たとえ彼女を傷つけようとも、今だけは関係ない。だってこれは私が生きるために必要なことだから。

 

「……」

 

 そうして、私は口元に笑みを浮かべた。

 嘲笑うような、馬鹿にするような、残酷な笑みを貼り付けて、できるだけ冷たくなるように、言い放った。

 

「キミ、馬鹿でしょ」

「はあ?」

 

 どうしよう、豹変中の罪木ちゃんが怖い。でも、頑張らなくちゃ。

 

「そんなことで満足できるなんて、案外大したことないんだね」

「どういうことですかぁ?」

 

 怒ってる。

 でも、彼女なら今の馬鹿にした私に手を下さないと確信できる。

 何故なら、彼女の願いはそれでは達成できないからだ。

 

「本当、キミって臆病だよね」

 

 私が言えることじゃないけどさ。

 

「怖かったんでしょ? お姉さんに必要とされなくなるのが。だから、お姉さんが優しく接しているうちに、思い出が汚されないうちに〝 標本 〟にしたんだ。いや、保健委員のキミに言うのなら〝 ホルマリン漬け 〟の方がいいのかな?」

 

 彼女は彼女に好意を向けている人物を永遠にしようとしたのだ。

 永遠に自分を好きだと言った頃のままでいてほしかったのだ。時間が進めばいつか嫌われるかもしれないから。実は嫌われていた、なんて残酷な真実を知ってしまうかもしれないから。

 だから美しい思い出のまま、植物状態にして保存しようとした。

 ゾッとする話だよね。

 だから、今彼女に暴言を吐いている私がその注射器を刺されることがない。

 

「キミは人が信じられないんだね。当然だよね、両親にすら必要とされないだなんて、あーあ、可哀想」

 

 とんだブーメランだ。

 馬鹿みたいだね、彼女に言っている言葉全て私にも当てはまるんだ。

 

「黙ってください…… あなたがそんなこと、言わないでください……」

「残念だけど、私はキミの期待には応えられないね。だって、私を殺そうとする人を好きでい続けるなんて無理に決まってるでしょ?」

「やめて…… やめてやめてやめてやめてくださいよぉ!」

「私は今のキミは」

 

 壊れたように 「やめて」 を連呼する彼女にトドメの言弾を撃ち込んでやろうか。たとえ残酷でも、彼女の願望をそのまま受け入れることなんて到底できないのだから。

 

「許して許して許してぇ……」

「私との約束を守らないキミなんて、大っ嫌いだよ」

「あ…… ああ…… っ、や、約束………… ?」

 

 そう、約束だ。

 たとえ口約束でも、今の彼女はそれを破ろうとしていたのだ。許せるものではない。

 

「キミが言ったんでしょう? なにがあっても私を助けてみせるって。皆のことも、助けてくれるってさ」

 

 

 

 ――狛枝さんが怪我をしたら絶対絶対治しますし、なにがあっても延命処置しますぅ! 皆さんのことだってそうですよぉ。死なせたくないなら、失いたくないなら…… 無理矢理にでも助けてみせますぅ!

 

 

 

「あ……」

「キミにとってあの約束って嘘だったの? 心から思ってくれたことじゃなかったの?」

「ちがっ、違いますぅ! 私は、本当にっ」

「私は嘘が嫌いだよ…… ねえ罪木ちゃん、物事には許されることの限度があるんだ」

 

 勿論、パーティで私がやらかしたことは許されることではないよ。

 そう注釈してから彼女に問う。

 

「キミは、キミのしようとしていることは許されることだと思う?」

 

たとえ絶望に染まっていたとしても、この言葉が届けばいいと思う。

 

「ゆ、許され、ません。大切な人を失う絶望なんて……………… 本当は」

「本当は?」

「………… 嫌に、決まってるじゃないですかぁ」

 

 彼女の注射器を持つ手が震え、上を見上げれば、大きな瞳一杯に涙を溜める彼女の顔があった。

 

「絶望を…… 肯定すれば…… 痛く、ないじゃないですかぁ。悲しく、なくなるじゃないですかぁ…… だからだからだから、心に包帯を巻きました。そうすれば、痛く…… ないからぁ」

 

 キミが絶望に堕ちたきっかけはそれか。

 

「悲しいのは嫌です。苦しいのも嫌です。全部肯定しちゃえば悲しくなりませんし、苦しくもなくなります…… だからっ、あんなことがあっても私は、喜んで、いられたんですぅ……」

 

 あんなこと? 学園生活でなにかあったのかな。それともお姉さんの件か?

 さすがに覚えていない私では推測することができないな。

 

「ああ、そっか…… だから狛枝さんは…… あの人が死んでも、絶望しなかったんですねぇ」

「…… なんのこと?」

 

 江ノ島盾子の死についてか?

 それなら知っていたから、という理由もあるけれど…… 私、あの人のことは人間として大嫌いだし、絶望する理由にはならないと思うけど。

 

「ですが、私たちには使命があります…… コロシアイは、起こさなければなりません……」

「それって、キミはモノクマ側ってこと?」

「私は裏切り者ではありません。ですけれど、思い出してしまったからには、やらなくちゃいけないんですぅ」

 

 裏切り者を名乗ることもできたはずだが、それはしないのか。

 

「ねえ、なんでキミはモノクマに従うの? 絶望病とか、絶望なんて言葉を使ってさ…… それがモノクマの求めるものなの?」

「そうですぅ。私たちは、絶望を伝染させなければなりません。あの人のために……」

 

 私〝 たち 〟…… ね。

 それにしても、あれだけ否定してあげたってのにまだそんなことを言うのか。それじゃあ私がここで死ぬ運命が曲げられないじゃないか。

 

「モノクマが求めるのが絶望なら…… どうしてそれに従うの?」

「…… へ?」

 

 だって、あの1人でSMしてるような人のことだよ?

 サドでもマゾでもいけちゃう上に計画がぶっ壊されて喜んじゃうような人だよ?

 全てが上手く行ってしまったら、それこそモノクマにとっては予定調和でツマラナイことだ。なぜ、そう考えない?

 

「モノクマが絶望を好んでるなら、絶望させてやればいいじゃない。私たちが絶望させられるだけなんてアンフェアだよね。だから逆らってやればいいんだよ」

 

 この詭弁が上手くいかなければ私は殺される。

 それはダメだ。私はこれを乗り越えなければいけない。

 私は〝 ここで死ぬわけにはいかない 〟んだ。

 

「計画をぶっ壊して、絶望させてあげればいいんだよ。ねえ、罪木ちゃんはどうしたい? ねえ、やみつき。キミは同類(わたし)絶望(あいつ)、どっちを選んでくれるのかな?」

 

 死にたくない。

 その言葉に全てが集約した渾身の命乞いだ。

 まるで面倒な恋人のような言い分だが、この究極の選択に全てはかかっている。

 

「絶望についていったらキミはひとりぼっちだ。絶望が大好きなモノクマがキミに希望をくれるわけがないんだからさ。でも、私たちは違う。キミはそれを知ったでしょ? 知れたでしょう?ほら、キミはどうしたい?」

「私…… は」

 

 モノクマが邪魔しに来ないのは疑問だが、モノクマはコロシアイにあまり関与しないはずだから自重しているのだろうか。

 見ているのならせいぜいやきもきすればいい。そして自分が関与できないことを絶望すればいいんだ。

 

「私は…… っ!」

 

 彼女が注射器を振り上げる。

 そして、まっすぐ振り下ろされたそれは、私の頭の横スレスレを通り、枕に突き刺さった。

 

「罪木ちゃん……」

「う、ううぅぇ…… うえええん! ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいぃ! できません、私には、できませんっ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

 

 私の上に乗ったまま、彼女が私の肩に顔を埋めて泣きじゃくる。

 それは彼女の言う〝 あの人 〟への謝罪だ。私は、彼女の信頼を勝ち取ることができたのか。

 …… 私自身は欠片も皆を信じることができていないのに?なんて皮肉なんだろう。

 

「あ、はは……」

 

 モノクマはザマアミロだね。計画が上手くいかないことに、せいぜい絶望すればいい。喜べばいい。

 …… いや、こんな汚いことを考えていては彼女に失礼か。

 

「……」

 

 彼女に言うべきことは…… 「よく頑張ったね」 ? それとも褒め言葉?

 いや…… 、どれも違うな。

 

「ありがとう、罪木ちゃん。私を信じてくれて、ありがとう」

「こ、まえださぁん…… ! わたしわたし、大変なっ、ことを…… でもっ! でもでも私はぁ…… うえええん!」

 

 泣き続ける彼女の背に手を置き、一定のリズムでさする。

 震えながら泣く彼女は打ち勝ったのだ。確かに、絶望に打ち勝ったのだ。

 しかしどうしても思ってしまうのだ。これで、良かったのだろうか。いや、良かったはずなんだ。

 

 …… たとえ、今後彼女を悲しませることになるかもしれなくてもだ。

 

「さて……」

 

 彼女が泣き止んだタイミングで言葉を漏らす。

 罪木ちゃんは涙を手で拭きながら、 「ど、どうしましたかぁ?」 と弱々しく言った。

 おっと、手で拭いちゃったら涙の跡が赤くなって残っちゃうよ。あとで冷やしたハンカチを使って、ちゃんと拭こうね。

 

「ねえモノクマ、見てるんでしょう? 出てきなよ」

 

 見られていなかったらそれはそれで恥ずかしいが、奴には反則とも言える〝 目 〟と〝 耳 〟があるからね。

 殺人が起こりそうなときには必ずこちらを監視しているはずだ。

 

「……」

「ひゃう!?」

「えっと、ツッコミどころはたくさんあるけど……」

 

 モノクマは静かにベッドの下から這い出て来たが、そこはなにも言うまい。

 耳までぺたんと伏せて怪しいキノコを頭から生やし、明らかに落ち込んでいますと自己主張しながらモノクマは俯いている。

 

「しょぼんぬ……」

「……」

 

 ふざけたことを言っているが、中身が中身だからか罪木ちゃんの震えがすごい。

 私は、足の間で震えている彼女の背を撫でたままに、そっと自身の肩に彼女の頭を寄せる。なにも聞かなくて良いようにと。

 図らずとも向かい合って抱き合っているような状態になっているが、女同士だし別に構わないだろう。あ、罪木ちゃんが嫌じゃなければだけれど…… そのままモノクマを見ないように縋り付いてきているので、多分大丈夫だと思いたい。

 …… やだな、意識すると恥ずかしくなってくる。

 

「ボクは…… ボクはとても悲しいです」

「ああそう…… ねえ、今どんな気持ち? 絶望しちゃったかな? だったら良かったじゃない。絶望が好きなんでしょ?」

 

 1度言ってみたかったんだよね、これ。

 

「ちょっと! なんでコロシアイしないのさ! 罪木さんは絶望に絶望してた頃の記憶で、オマエは殺人衝動に自殺衝動…… コロシアイにならないほうがおかしいじゃん! 女同士の百合百合しい友情なんて見せつけてくれちゃってさあ! せっかくボクが用意したのにー!」

 

 わざとらしく怒ってみせるモノクマとは視線を合わさずに彼女の耳を塞ぐ。

 モノクマに逆らう選択をした今、彼女を責める言葉は毒にしかならないからだ。

 

「って言われてもね…… ならなかったものは仕方ないでしょ。だからさ、私をその気にさせることはできなかったキミの負けだよね?」

「途中までその気になってたくせに?」

 

 それを言われると弱いなあ。

 彼女が〝 さびつき 〟と呼んでくれなかったら、きっとそのまま殺されていたに違いないね。

 

「はあ…… 入学前から繋がりがあるのは知ってたけど、まさかあの状態の罪木さんを止めちゃうなんてね。…… ちょっとおもしろいじゃん!」

「…… 絶望的に?」

「もっちろん絶望的に! …… でもコロシアイはしてもらうよ? オマエのためにスペシャルな動機を用意してあげるからさ…… うぷぷぷ」

 

 なるほど、さすがのモノクマも知らないことを分析する、なんてことはできないよね。いいことを聞いたよ。

 

「キミのことだから最初から私に勝たせる気がないと思ってたけど、ちゃんと手加減してくれてるんだね。今回は助かったよ」

 

 にっこりと笑って言う。

 勿論煽り目的だ。こいつのことだから手加減されているわけがない。

 

「ボクだって心が読めるわけじゃないんだから、その辺のさじ加減は大変なんだよ?」

 

 おっと、乗ってきたか。

 でも…… ちょっと気になる単語が聴こえたな。

 

「へえ、あまりにもこっちの感情に機敏だから、心でも読まれてると思ってたよ」

 

 なんでもない風に装って言う。

 きっとバレているだろうが、あからさまに探りを入れるようなことはしない方がいいだろう。

 

「そんな卑怯なことができるとしたらモノミしかいないよね!」

 

 これは冗談か、それとも本気で言っているのか。判断がつかないが、そっちはモノミに訊けばいいや。

 

「そうだね、心なんて読めたら私たちの〝 超高校級 〟なんて相手にならないくらいの〝 超能力 〟だもん」

 

 〝 超高校級どころではなく超能力 〟…… そう言いたいところだが、それはできない。

 そんなことを言ってしまったらモノクマの中身が〝 私たちと同じ超高校級 〟であると断定するような行為になってしまうからだ。

 普通、こんなデスゲームを主催するのは大人をイメージするものだ。金持ちの道楽にしても主催は大人が取ることになるだろう。変態犯罪者の殺戮ゲームだったとしてもそうだ。

 なんらかの大きな組織が絡んでいることが分かっても、そのトップが高校生だなんて誰が思うだろうか?

 だから今、私が奴の中身を〝 高校生 〟と断じてしまえば推理が飛躍しすぎて不自然になってしまう。

 …… 私がそれを知っていることを知られてはいけないのだ。

 

「ま、それはとにかくとして…… ねえ、モノクマ。ちょっとお願いがあるんだ」

「コロシアイの相談ならいつでもウェルカムだよ!」

「違うよ……」

 

 この様子だと本当に心が読めるわけではないんだな。

 

「…… どうせキミはこの病気の特効薬でも持ってるんでしょ? それを貰いたいんだけど…… ほら、動機が機能してないんだからもういいよね?」

「……」

 

 拒否の姿勢か。なら、ちゃんと取引きする必要があるのか。

 

「モノクマにとっておもしろいと思えるような〝 見世物 〟を用意してあげる。だから特効薬を頂戴。…… できれば錠剤がいいなあ」

 

 注射なんて渡されたら罪木ちゃんに打ってもらわなくてはなくなる。その注射の中身が毒だった場合、クロになってしまうのは彼女だし、万が一の可能性も考えて錠剤をこの手で飲む方が良いだろう。

 

「いいでしょう! それで手を打ってあげるよ。で、いつそのおもしろいことは始まるのかな?」

「左右田クンの通信機次第だけど…… 明日の夜か、その次の明け方くらいかな」

 

 悩みつつも大体の時間を伝える。

 それを聞いたモノクマは机の上に2粒の錠剤が入った袋を置く。

 

「2粒だけ?」

「あとは成功報酬だよ!」

「…… しょうがないな」

 

 殺人衝動なんて持っていたら危ないし、1粒は必ず私が使うしかないよね。

 本当は十神クンにあげて、あとのことを丸投げしたいくらいだけれど…… いつも頑張ってくれてるから、もう少しだけ休んでいてもらいたいし、素直に私と罪木ちゃんで使おう。

 

「あ、そうだ」

 

 トテトテと足音を立てながら病室の扉まで歩いていき、モノクマは背を向けた体勢からいきなりグリンと首だけを回して言った。

 

「おもしろくなかったらペナルティを用意するからね!」

「…… 精々頑張るよ」

 

 首だけ回るってどこのホラー映画だ。キモいわ。

 

「もういいよ、罪木ちゃん……」

 

 モノクマが扉から出て行って静かになった病室には、私の声だけが響いた。

 

「…… あれ?」

 

 返事がない。

 肩を軽く叩いてみても、揺すってみても効果はないようだ。

 

「…… 泣き疲れて寝ちゃったの?」

 

 寝言もなく、すうすうと安らかな寝息を立てる彼女の頭を撫でる。

 

「モノミにも訊きたいことがあったんだけど、しょうがないなあ」

 

 現在は午前3時。

 アナウンスまであと5時間は寝ることができるね。

 最近は徹夜続きだったから、きっと疲れていたのだろう。それに加えて絶望病で精神的にもかなり負担がかかっているはずだし、起こすのも可哀想だ。

 一旦自分だけ手の届く範囲にある水差しを取って錠剤を1粒飲み込む。もう1粒は朝、罪木ちゃんに飲んでもらうことにしよう。

 

「よいしょ…… っと」

 

 そっと起こさないようにベッドへ彼女の体を倒し、自分もその隣に横になる。

 ぎゅっとお腹をホールドされてしまって抜け出すわけにもいかなかったのだ。

 色々やるためにも体は養生しておかないとね。

 

「………… おやすみなさい」

 

 静かな部屋に落ちた音は、誰にも拾われず溶けて消えていった。

 

 

 

 

 




 昨日、3月3日にランキング入りをしていたようですね。
 いつも応援してくださる読者様方、ありがとうございます!
 ゆったりとした歩みですが今後もどうぞよろしくお願いいたします!

・やみつき
 やみつきを自称するくらやみちゃん。
 かなり賛否あると思いますが、2章 (黄昏症候群) の時点で〝 ゆめにっき派生の人たち限定のパーティに罪木が誘われている 〟という伏線が張ってあったのです。
 最初はやみつき=罪木さんにしようとも考えましたが、やはり立場が違いすぎますからね…… その場合いらつきは西園寺さん辺りだったかもしれない。罪木さんのために殺人するとは思えないけれど。

・罪木姉
 罪木柚子さん。決めてあるのは名前と、敬語キャラってことだけですが。

・黒幕
 こういう感じで徐々に絶望に墜としていってたらいいなあ、と思っていたんです。
 ただ、効率よく絶望させるのにはチマチマ動く必要がなかったんでしょう。黒幕があの人と出会わなければ絶望を伝染させるのにももっと時間がかかったのかもしれませんね、と私は好意的に解釈しております。
 ココロンパはできない (自称)

・罪木が言うあの人の死
 皆が絶望したきっかけの人って、誰でしたっけ?

・絶望病
 スキップしました。だがしかし、日向クンの苦労はこれからだ。

・取引き
 さて、なにをする気でしょうね。
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