お題「夏空の下の別れ話」※GL
厳しい斜面の一番上、ジリジリと焼けるアスファルトの上に、揺らめく陽炎ように貴女が大きく手を振っているのが見えた。
「おぉい、ゆうちゃぁん」
真の抜けたようなのんびりとした声が頭に響き、つい顔をしかめる。
こんな炎天下だからなのか、とうとう頭がおかしくなったらしい。
坂の頂上を見据えた後、頭に乗せていた麦わら帽子を深く被り直し一歩、一歩とゆっくり歩を進めた。
私、貴女のことが大嫌いよ。
貴女の前で堂々と臆することなく告げれるぐらいの自信はあるわ。
それぐらい、私は今怒っているのよ。
「ごめんね」
…別に謝ってほしいって訳ではないわ。
だって謝ったって私は貴女のしたことを許しはしないもの。
ただ、弁解の余地が少しでも欲しいなら、私の話を聞きなさい。
情状酌量も考えてあげなくもないわ。
「うわぁ、ゆうちゃんは厳しいなぁ」
だって、貴女。覚えてる?
お粗末な思考の持ち主ですもの、期待はしてないわ。
でも、私は覚えてるわよ。あんな衝撃的なこと忘れるわけがないじゃない。それこそ昨日のことように思い出せる。
貴女は、私と初めての対面は高校だと思ってるはずだけど、本当は違うの。
私が転校したのは偶然じゃないのよ。
あのね。私、自慢じゃないけど何でも出来たわ。
勉強は勿論、運動に礼儀礼節、ありとあらゆる事がこなせる人間だったの。
琴を引けばその音色に感激して人は涙を流すほど、料理をすれば有名な料理人が唸るほど。
私は何でも出来た。やってみせた。そう、躾られてきたから。
お父様の名に恥じぬよう、私は神童と呼ばれるまで。
だから、私に向かうところ敵なんか居なかったわ。
だって何でも出来るんですもの。
おまけにお母様に似て美しい容姿をしているでしょ?
私は完璧な人間だったの。
私に出会う人間は老若男女皆、私に見目にみとれ、その才能に崇拝の意を示しひれ伏すの。
そうやって生きてきた。
エレベーター式の有名私立学校に難なく入学しても、その生活は変わらなかったわ。
教師はおろか、校長でも私に頭を下げるほどだったし、廊下を歩くだけでも羨望の眼差しを向けられる。
告白なんて毎日ざらだったし、頼みもしてないのに下僕のように私に仕える者だってごまんといた。
まぁ、それと同じくらいそんな私をやっかむ馬鹿な人もいたけれども、気にも止めなかったわね。
でも、そのやっかみが行動に移されると中々厄介で、所持してるものを盗難されたり、度胸のある輩だと私に直接文句を言いに来たりもするの。
調子に乗ってる、とかあの先輩は私が好きだったのに、とか。
でも、そんなこと言われても私にどうしろっていうのかしらね。
わざわざ自分の欠点を晒してるみたいでとても滑稽だったし、相手にせず直ぐに帰宅したわ。
その日は政治と株価の勉強があったんだもの。
でも、そんな態度がよほど癪に触ったのか、あるときお母様からもらった花飾りが無くなったの。
白百合を特殊な液体で固めて光沢をつけただけのシンプルなものだけど、お母様の花嫁道具で、10の誕生日に貰ったものだった。
お母様が髪を結い上げて付けてくれた。
お父様もお母様も私に似合うと誉めてくださった、とても、とても大切なものだったの。
でも、無くなった。
体育の前、壊れないように外して机の中にちゃんと閉まったはずなのに、戻った頃にはなくなっていたの。
私のことが気に入らない人間が犯人ってことは明白だった。
問いつめても気持ち悪くニヤニヤ笑うだけで話にならない。
だから、考えなしに探し回ったわ。
校内中、いや、校外まで至る所を草の根分けて探し回った。
初めは私に敬意を示して、同じように探してくれる輩もいたけど、時間が経つたびに少なくなって日が暮れる頃には私は一人で地面に這いつくばっていたわ。
だいたい人なんてそんなものよ。
それに、知ってたのよ。
私の傲慢な態度が、人に好かれるものではないってこと。
皆が私にひれ伏すのは、お父様の権力や地位に怯え、私にあやかるためってちゃんと、分かってたわ。
でも、もう後戻りなんて出来なかったのよ。
自主的に自分から頭を下げたり、すがったりすることは私にとっては恥としか思わなかったんだから、出来るわけ、ないじゃない。
だから独りで、汚れながら探し回った。
それほどどうしても見つけなきゃいけないものだったの。
気づいたらもう、日は暮れて辺りは真っ暗だったわ。
習い事も放り投げて、ずっとずっと探し回って、帰ったらお父様に怒られるかもしれない。
お母様だって心配してるはず。
でも、そんなことよりあの髪飾りが見つからない方が怖くて悲しくて…。
等々、堪えきれなくなって、涙が、ぼろぼろ溢れ落ちた。
拭おうと思った、その時よ。
『これ、落ちてたよ!!』
突然の声に振り向けば、みすぼらしい格好の見知らぬ女の子がいたわ。
「…」
服は所々破けてぼろぼろだったし、顔は泥で汚れてた。
見たこともないし、喋ったこともない。
セーラー服を着ていることから学生だと分かったぐらい。
手には私がずっと探し続けていた白百合があった。
少し黒くくすんでいたのけど、どうしてかしらね。
とても美しく見えたのよ。
お母様から貰った時よりも、綺麗だった。
貴女は、忘れてしまったかもしれないけど、それが本当の出会い。
夜に浮かぶ月明かりがキラキラ貴方と白百合を照らし出していていたの。
その光景になぜか、胸がきゅうと苦しく次から次へと流れ続ける涙と共に、堪らず声をあげてみっともなく泣いたわ。
貴女はそれにひどく驚いて慌てていたけど、今思うとおかしかったわよ。
"どこか痛いのか"って貴女も泣き出しちゃうんだもの。
馬鹿ね。本当にあのときから馬鹿だったのね。
でも、そんな馬鹿に、私は惹かれたのは確かなのよ。
「…ゆうちゃん、」
私は決まっていた高校を蹴って、貴女のいる高校に無理を言って転校した。
どうしてって思うかもしれないけど、その…えっと、…私、まだお礼を言ってないでしょ。
…髪飾りを探してくれてありがとう、って。
だから、…来てやったわ。か、感謝しなさいっ!
「うん、ありがとう。ゆうちゃん」
う、嘘よっ。
かっ感謝するのは、私のほうだわ。
私、私ねっ、まだ貴女に伝えられてないことがっ!
…たくさんあるの。
ざり、とサンダルが砂利に擦れる音がした。
地面から顔をあげると、陽炎も厳しい坂道も、もう見えず、嫌になるほど青い空と住み慣れた街が遠くに見える。
そっと降りしきる風に白百合がそえられた長い黒髪がさらわれる。
漆黒の個体が、照る太陽と共に私を写し出していた。
あのね、聞いてくれる?
「…うん」
あのね、まずは髪飾りを見つけてくれて、ありがとう。
ほら、今日も着けてきたの。
貴女がよく似合ってるって誉めてくれたから、外したことなんて、ないけど。
あと、高校に入ってから声をかけてくれて、っありがとう。
あのときは素直になれずに突き放すようなことを言ったけど…、あれは貴女もわるいのよっ。
だって、貴女ったら、私のことを忘れてるんだから。
…でも、一番始めに声をかけてくれたから…許すわ。特別よ。
それと、友達になってくれて、…ありがとう。
人付き合いが苦手で、新しい高校でも私は変わらない性格だったから、すぐに他人から距離を取られるようになったけど…、貴女だけは、ずっと側に居てくれたわね。
私がどんな心無いことを言っても、貴女だけは何度も何度も"ゆうちゃん"って、話しかけてくれて構ってくれて、笑いかけてくれて…。
…ありがとう。とってもとってもありがとう。
まだ、言いたいことがたくさん、たくさんあるのだけど、着いてしまったわ。
…今日は、供える菊も、食べ物も、持ってきてないの。
お別れを、言いに来たのよ。
私、この街を出てることになったの。
明日にはもういなくなってる。
だから、お別れ。
ありがとうと、さよならを、言わなきゃいけないと思って。
ずっと来れなくてちゃんと言えなかったけど。
「…ゆうちゃん、」
…だって、ここに来たらっ、
「ごめんね」
…嫌でも認めなきゃいけないじゃない。
「応援してるから、」
私はやっぱり貴女なんか、嫌いよっ!!
「頑張って、ゆうちゃんはスゴいんだからどこに行っても大丈夫」
嫌いっ、大嫌いよ!貴女なんて!!
「私はっ、ゆうちゃんのこと、っだいすき、だったよっ」
私を一人にしたくせにっ、貴女なんかっ、
「ごめんね、」
私を置いて死んだ貴女なんかっ、…あなたなんてっ!!
「死んじゃって、ごめんね」
貴女なんて大嫌い
「大好きだよ、ゆうちゃん」
【私の嫌いを別れ話に】