シムーン第二章 ~乙女達の祈り~   作:佐渡 譲

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小説の取材のため、太平洋戦争の激戦地、沖縄を訪れた『そらの巫女』の作者「蘭渓道光」は、ウルダ(過去)と、スクルト(未来)と言う不思議な少女たちに出会い、この世界とは別の世界からのメッセージを託される。そのメッセージには、世界の存亡に関る驚くべき物語が描かれていた。



シムーン第二章 プロローグ 【邂逅】

 その少女たちに出会ったのは、取材旅行で出掛けた沖縄での事だった。

 私が書き物を始めたのは、僅かの間ではあったが、東京の砧で大変お世話になったある方の影響によるものだ。

 その方は沖縄で生まれ、天才的な創造力で数多くの作品を残された後、故郷に帰られて不慮の事故で亡くなられた。

 戦後分断された沖縄と本土の架け橋となるべく、懸命の努力をされた方にとって、あまりにも早すぎる死であった。

 それに引き換え、私はただダラダラと愚にもつかぬものを書き続け、食べるためにあらゆる職業を転々として来た。

 たまたま観光がてらに沖縄を訪れた私は、巡礼のつもりでその方の生地【南風原(フェーバル)】を訪ねた。

 そこであの『ひめゆり学徒隊』の悲劇の舞台となった【南風原陸軍病院壕跡】を見た時、突然、雷に打たれたような衝撃が走り、インスピレーションが閃いた。

 そして、さまざまな情景が頭の中に浮かんで来て、手が勝手に動き出し、私はある物語を書いた。

 仮空の世界の出来事として書いた『そらの巫女』は、国家によって戦争に駆り出され、空に散って行く少女たちの悲劇を描いたものだった。

 空に散ると言うと、何となく『少年特攻隊』のイメージがあるが、その少年兵を、この地方の神女(ノロ)…少女巫女に置き換えれば、今の時代の若い人たちにも通じるだろうと思ったからだ。

 やっと世に出た作品の、そこそこのヒットに気を良くした私は、次もこの路線で行こうと考え、沖縄に取材旅行に来ていた。

 私は沖縄人(ウチナンチュー)ではないが、生々しい戦いの傷跡を残す戦争の跡地を巡ると、辛酸をなめた沖縄の人々の気持ちが痛いほど分かるような気がする。

 多くの少女たちが犠牲になった糸満市・伊原の【陸軍病院外科壕】の跡地に建つ『ひめゆりの塔』を後にして、私は、米軍に追われながら逃避行を続けたひめゆりの少女たちの足跡を追って、少女たちの最期の地となった【荒崎海岸】にたどりついた。

 眼前に広がる海は、アメリカの艦隊で覆いつくされ、少女たちの背後からは米軍が迫って来ていたに違いない。

 もはや、少女たちに逃げる場はなかったのだった。

 『ひめゆり学徒隊散華の跡』の慰霊碑を見つめながら、私は死を目前にした少女たちの心中を思いやっていた。

 

 ちょうどその時、「失礼ですが、そこにいらっしゃるのは、もしや蘭渓道光さんでしょうか?」と誰かの声がした。

 振り返るって見ると、二人の少女が私に近づいて来た。

 一目見て日本人でない事は分かった。

 一人は長いブルネットの髪に、彫りの深い顔立ちをした白人の少女。

 もう一人は、黒い髪をお下げに編み、エキゾチックな顔立ちをした白人と東洋人の混血少女だった。

 二人ともセーラー服のようなものを着ていたが、よく見ると、普通の女子高校のセーラー服とはまったく違う奇妙な衣装だった。

 私は「そうです。私が蘭渓ですが…」と答えた。

 すると「ああ、会えてよかった。ホテルで聞いたらこちらに行かれたと言われて…随分探しました」とその少女は言った。

「そりゃあ、済まなかったね。こんな所まで足を運ばせてしまって…」

 少々気の毒に思った私がそう言うと「私ウルダと言います」と、東洋系の女の子が名を告げ、白人の少女も「私はスクルトです」と名乗った。

 流暢な日本語だった。多分、在日アメリカ人か、駐留米軍関係者の子女なのだろうが、日本で育ったのか、あるいは日本の学校で学んでいるのかも知れない。

 しかし、ここはアメリカ人にとってはあまり気持ちのいい場所ではない。何と言うか精神的な不快感を覚える場所だろう。

「で、私に何か御用でも?」と、私が半ば戸惑い気味に言うと、「えぇ、お書きになった本の事で…」と、スクルトは言った。

(やはりな~)…日本と米国では、太平洋戦争については歴史観の違いがある。

 仮空の世界の作り話とは言え、少女たちが疑問に思うのも無理はない。私たちの曽祖父はそんなにひどい事をしたのか?と…

「いや、僕はあの本の中で、暗に君たちアメリカ人を非難したわけじゃないんだよ。ただ戦争の悲劇を描いただけで…」

「アメリカ人?…アメリカ人って?」と、少女たちは怪訝そうな顔をしてお互いを見合わせた。

 私の方は、つい先走りして口から出てしまった言葉を、言うべきはでなかったと後悔した。

 そうだ。決してアメリカ人だけが悪いんじゃない。日本人(ヤマトンチュー)だって悪かったのだ…私は思い出した。

 生き残ったひめゆりの少女たちは、米軍に追い詰められ、この地でその短い生涯を閉じた…自決と言う手段をもって。

 死を前にして、彼女たちが歌ったのは日本語の『故郷~うさぎ追いしかの山~』だったと言う。つまり沖縄の歌ではないのだ。 当時、沖縄の人々は方言…ウチナーグチを話す事を禁じられ、米軍に降伏しようとした者は、日本兵に背中から撃たれたそうだ。

 日本軍は決して友軍などではなかったのだ。生きる自由さえ奪われたひめゆりの少女たちは死ぬ他はなかった。

「まぁ、立ち話も何だから二人とも座りなさいよ」

 気まずい空気が流れるといけないと思ったので、手近な岩に少女たちを座らせ、私も一緒に腰を下ろした。

 すると、洞窟の岩の上に刻まれている慰霊碑を見上げながらウルダが言った。

「昔、たくさんの少女たちがここで死んだのですね。少女のままで…」

「あぁ…もし別の時代に生きていたら、きっと大人になって子供を産んで、母親として幸せに暮らしたのかも知れないね」

 そう言うと、二人はとても悲しそうな…何だか他人事ではないような顔をした。

「あっ!いやいや…君達の責任じゃないよ」

 その時は私は何も知らなかった。彼女たちが、大人にも、ましてや幸せな母にもなれないだろうと言う事を…

「もしも、時が違ってたら…と言う話だ」私は慌てて二人を慰めようとした。

「時が違えば人は変わると思いますか?人は戦争をしなくなると思いますか?」と、スクルトは尋ねて来た。

「難しい問題だね~…現にこの沖縄には君達の国、アメリカ軍の基地があるしね。でも…」

 確かに日本とアメリカの戦争は一昔前に終わった。しかし新たに別の国同士が敵になり、戦争は絶え間なく続いている。

 哀しいかな、人間の歴史とはそう言うものだ。

「もし、仮に誰かが悲惨な戦争が起きる事を知って、時を遡ってそれを止める事ができたら、戦争は避けられるかも知れないね」

「そうすれば、少女たちは死なずに済んだのでしょうか?」

「まぁ、仮にそんな事ができれば…の話だが」

 私は慰めるつもりで、商売柄ありもしない事を言ったのだが、二人の反応は意外だった。

「いいえ、そんな事をしても戦争はなくなりませんでした」

「何だか見て来たような事を言うね」

「えぇ、見て来ました。たくさんの人々が戦争の犠牲になり、私たちの仲間が空で死んでゆくのを…」

「だけど君たちが戦争に行ったわけじゃないんだろ。戦争は君たちのお父さんやお兄さん。大人たちがするものだし…」

 すると、ウルダは私の話をさえぎって言った。

「昔、戦争を回避しようと、何人もの巫女が時間を遡って過去へ行きました。希望を求めて…でも何も変わりませんでした」

「何だか私が書いた物語の世界みたいな話をするなぁ~」

「蘭渓さんは近似値の世界って…ご存知ですよね?」スクルトは突然言い出した。

「あぁ、確か自分たちの世界とよく似た平行世界(パラレルワールド)がたくさん存在するって話だろ」

「えぇ、世界はルーレットのようなもので、円盤は空間、中を転がる玉は時間です。様々な人がどれかの数値を選択して、玉が…時間がそこに転がって行けばその世界は成立し、転がって行かなかった世界はなかった事になります。そんな風にして、世界は確率によって成り立ちます」

「確率の世界ねぇ…でもそれが本当ならもっと違ってもいいはずなのに、なぜ人はこうも同じ過ちを繰り返すんだろうね。やっぱり運命ってものがあるんじゃないだろうか?」

「そうですよね。玉の転がる先がバラバラなら、もっと違った世界ができていてもいいはずです。でもね…誰かが自分だけ得をしようとして円盤を傾けます。すると玉は…時間はその方向に転がる確率が高くなり、みんながその真似をし始めます。そうして、数多くの似たような世界が出来上がります。人の欲望で歪んだ近似値の世界が…」

「う~ん…それならどの世界も似たり寄ったりの運命をたどるのかも知れないな。誰かが…いや、みんなして円盤を傾けたのかも知れない」

「そうなんです。元々、戦争は人の心の中にあるんです。それがすべてです」

「何だか君たちの話を聞いていると、未来に希望はなさそうだな。現に戦争やテロはなくならないし、環境は汚染され続けている」

「そうでしょうか?確率によって成立する時空には、たとえ可能性は少なくても、反対側に転がった世界もあるのでは…ならば希望はあります」

「傾きの反対側に転がるなんて僅かの確率だろ。とてもそんなものが見つかるとは…」

「いいぇ、必ずあります!そして、私たち巫女はその可能性の世界を探しています。希望の大地を…」

「希望の大地ねぇ…そんなものがあるのかなぁ?」

「いぇ、私たちはこの世界でたくさんそれを見つけました。あなたの魂の中にも希望の大地を見つけました」

「僕の魂の中に希望の大地?…まぁ、お世辞でもそう言ってもらえるのはうれしいけどね」

「きっと、あなたの魂と私たちの誰かの魂が一瞬共鳴したのでしょう。だからあの物語ができたのだと思います。でも、あのお話には更なる続きがあるのです」

「う~ん、そう言われても…あの物語はあれで終わりにして、別のを書こうと思っているんだがね」

「いいぇ、続けて下さい。これをあなたに託します。あなたに神の祝福がありますよう」

 そう言いながらスクルトは、私に何か小さな袋を手渡した。

「お話をさせていただいてありがとうございました」そうお礼を言うと、二人の少女は去って行った。

 

 気が付くとだいぶん時間が経っていて、陽は西に傾きかけていた。

(遅くなってしまった。ひとまずホテルに帰らなければ…)私はもと来た道をたどって行った。

 ちょうど名城バイパスの近くまで来た時『ひめゆりの塔』の辺りが、何だかぼんやりと光っている事に気がついた。

(何だろう?…夕映えにしては少し妙なひかり方をしている)

 その内、その光はしだいに輝きを増し、突如、得体の知れない何かが『ひめゆりの塔』の上に浮き上がった。

 前には嘴のような突起があり、両側には白い翼、中央に二つの大きな車輪があり、後ろにはピンと立ったテールがついている。

(何と言う優美なフォルムだろう…)それはまるで巨大な白鳥のようにも見えた。そしてまぎれもなく空中に浮いていた。

 私はあっけに取られたまま見つめた。胴体には美しい白百合の花の紋章が描かれていた。

 ふとひめゆりの少女たちの母校『沖縄第一高等女学校』の徽章が白百合だった事を思い出した。

 ふいに頭の中にサンサーンスの曲が流れ ある詩が脳裏に浮かんだ。

 ~白鳥は哀しからずや. 空の青 海のあおにも 染まずただよふ~(若山牧水)

(少女のまま、少年のままで死んだ魂はどこへ運ばれるのだろう。青い空を、青い海を永遠にただようのだろうか?)

 何を悠長なと思うかも知れない…だが、人は何か信じられない現象に出くわすと、不可思議な連想を呼び覚まされるものだ。

 しばらく呆然と見ていたのだろう…我に返ると、大白鳥は音もなく空に舞い上がり、茜の空高く消えて行った。

 

 私はあわてて『ひめゆり平和祈念資料館』まで走って行って、職員を捉まえて聞いてみた。

「君!今のを見たか?」

「はぁ…何をです?」

「いや、たった今ここから…」

「ここから…どうかしましたか?」

 目の前で起こったあんな出来事を、誰も見ていないはずはない。

 私は何人か別の人にも尋ねてみた。だが誰一人、私の見た巨大な白鳥を見た者はいなかった。

(なぜだ!?なぜ私にだけ見えたんだろう…もしや、あれはこの世のものではない何かなのだろうか?…例えば、さまよう少女たちの魂を天に運ぶ乗り物とか?…すると、さっきの少女たちは天使だったのか?)

(ありえない…もし、夢なんかじゃないのなら)私は少女たちにもらった袋を開けてみた。中にはUSBメモリーが入っていた。

(そうだ!パソコンがいる)私は急いでタクシーを呼んで、宿泊していたホテルまで帰った。

 部屋に入ると、取材に持参して来たノートパソコンを立ち上げ、USBメモリーを差し込んだ。

 ふっと、何かの文字らしきものがディスプレイの上に現れた。

(何だろう?見た事もない文字だ)表意文字でもなく表音文字でもない。ましてや象形文字とも違う。

 まるで風が刻んだような…そう、あえて詩的な言い方をするなら、それは風刻文字とでも言えばいいのか?

 翻訳ソフトらしいものが添付してあったので起動してみた。すると、そこに日本語のメッセージが現れた。

『翻訳を実行すると元のファイルは消去されます。よろしいですか?』

 読めない以上は翻訳するしか方法はない(何が書かれているのか?)とにかく早く読んでみたかった。

 翻訳ソフトがトランスレーションを実行しいるわずかな時間が、とても長く感じられた。

 そうして私はすべてを知った。

 ある時空の世界で起きた出来事を…我々の世界でも起きた過去を…起こりつつある現在を…その結果としての未来を…

 私は、ここに私の知り得た事実を可能な限りありのまま、しかし、この世界の人々にとって理解し難い事柄は、私なりの推測や注釈も付け加えて、皆様に見ていただこうと思う。

 願わくば、多くの人々がこの物語の真意に気づき、目覚めん事を…神の祝福によって世界に希望の大地が広がります事を…

 

プロローグ 【邂逅】終了 → 第一話 【散華】へと続く

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