シムーン第二章 ~乙女達の祈り~   作:佐渡 譲

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シムーン第二章 第5話 【正邪】 その2

 嶺国に占領されたシムラクルム大聖堂にも、年に一度の『神の降臨祭』がやってきた。

 聖堂前の広場には大勢の民衆が集まって、一人一人が聖なる巫女に祝福を受ける儀式を待っていた。

 

 その前日の事、首都防空隊長のブリュンヒルデは、宮守のエルフリンデと口論をしていた。

「じゃぁ、あなたの部隊からは一人も巫女を派遣できないの?」エルフリンデが困った顔をして言った。

「いつ礁国の飛行爆弾が飛んでくるか分からないんですよ…無理ですっ!そんなの」ブリュンヒルデはきっぱりと断った。

「でも、年に一度の『神の降臨祭』なのよ。アニムスの威光をこの国の民衆に示さなくては」

「だったら、私たちでなくてあの訓練コールを派遣したらどうですか?どうせ何もしてないんだから」

「分かったわブリュンヒルデ…でも、巫女の人数が足りないから四、五人だけでもお願いできないかしら」

「まぁ、それくらいなら…何とかやり繰りして人員を割いてみます」

 こうして『神の降臨祭』には、アーエルとネヴィリルたちコール・ブルーメが主役で派遣される事になった。

 

 降臨祭の当日、アーエルとネヴィリルは大聖堂の控え室で額にアニムスの印を入れて、嶺国の巫女装束に着替えた。

 二人は鏡に写った自分たちの姿を見ながら、何とも言えない妙な違和感を感じた。

「私たちがアニムスの巫女をするって何だか変だね?ネヴィリル」アーエルは言った。

「神のご意思に叶うなら…人々が祝福されるなら…これも私たちの務めよ」ネヴィリルはそう答えた。

 一方のコール・ブルーメの少女たちは、久し振りに巫女装束を着てすまし顔をしていた。

 出番を待つ舞台俳優みたいな緊張感はあったが、みんなが何となく少女巫女らしい気分になれた。

 シムーンに乗るのも巫女の務めだが、どちらかと言うと、厳粛で華やかな儀式の方が少女たちは好きだった。

 

 大聖堂前の広場を埋め尽くした民衆は、扉が開いて聖なる巫女たちが天下るように降りて来るのを今や遅しと待っていた。

 そうして、民衆の前に降りて来た巫女たちは一人一人に神の祝福を与えて回るのだ。

 いよいよ大聖堂の扉が開き、群集の歓呼に迎えられて正装したコール・ブルーメの少女たちが広場に下りてきた。

 その時「おいっ!お前らは手が血に穢れた巫女の祝福を受けるのか?」と一人の男が大声で怒鳴った。

 その怒鳴り声を聞いたコール・ブルーメの少女たちは、一瞬足がすくんでしまった。

 だが、ただ一人ネヴィリルだけは毅然としてその男に向かって歩んで行った。

 男は小石を拾ってネヴィリル目掛けて投げ付けた。

 小石の当ったネヴィリルの額からは血が流れ落ちた。

 しかし、ネヴィリルは歩みを止めずに男の前にゆき、穏やかな顔でその男に手をかざして言った。

「あなたに神の祝福を」その言葉に誰もが呆然として突っ立たままネヴィリルを見た。

 どこからか、通報を受けて飛んできた警官たちが男を捕らえようとしたが、男はがむしゃらに抵抗した。

 警官たちが抵抗する男を棍棒で殴ろうとした時、ネヴィリルが前に立ちはだかった。

「お待ちなさい!私は今この人を祝福しました…この人は神の僕です。あなた方は神聖な儀式を穢すおつもりですか」

 警官たちはネヴィリルの言葉にたじろいだ…神の巫女に無礼を働こうものなら自分たちの方が処罰される。

(何と言う気高い巫女だろうか)すっかり大人しくなった男はネヴィリルを見上げた

「あなた様はもしや…?」愛国者らしいその男は、自分の目の前にいる巫女が誰なのか?気付いたのかも知れない。

 警官たちはすごすごと引き上げて行った。群集の中から大歓声が沸き起こった。

 目の前でその出来事を見たバルザミーネは、後でネルケにこう言ったそうだ。

「私は生まれて初めて本物の神の巫女を見た」と。

 その時感じたバルザミーネのネヴィリルに対する深い尊敬の念が、彼女の生き方を変える事になる。

 

 一方、いやいやながら『神の降臨祭』に派遣した部下から、その成り行きを伝え聞いたブリュンヒルデは深い衝撃を受けた。

(私は何と言う罪深い事をしたのだろうか…死んだ同期のガルトルートにも、ましてや神にも申し開きすらできない)

 ブリュンヒルデは、神に仕える巫女としての自らの器量の狭さと浅はかさを嘆いた。

(上位の巫女が上位の巫女たるゆえんは、より深い神の恩寵を受けているからなのだ…なのに自分は何と心の狭い事か)

 ブリュンヒルデは取るものも取りあえず、地下倉庫にあるアーエルとネヴィリルの部屋に飛んで行った。

 すすけて汚れた壁と、二つの小さなベッドが置かれた狭い部屋の中で、彼女はネヴィリルの前に膝まづいて言った。

「申し訳ありませんシュヴィラ・アウレア様。このようなお部屋に住まわれるお方ではありませんのに」

「いいんですよ。お立ちなさいブリュンヒルデ…神がここをお与えになったのなら、ここが私のいるべき場所なのですから」

「そんなもったいない…私が働いた数々の無礼のお詫びにどうか私の部屋をお使い下さいませ」

「いいえ、あなたは神のため、人々のために戦っているシムーン・シュヴィラです。それだけの待遇を受けるに値する人です」

 ネヴィリルの思いやりのある言葉にブリュンヒルデの目からは涙があふれた。

 ネヴィリルは、ブリュンヒルデの頭に手をかざして祈り祝福を与えた。

「あなたに神の祝福を…神の加護により守られん事を」そうして彼女を立ち上がらせてドアまで送って行った。

 その日を境にして地下倉庫の狭い部屋には、ブリュンヒルデの部下たちがネヴィリルの祝福を受けに訪れるようになった。

 

 嶺国の新型シムーンが前線に配備されるようになると、空の戦局は少しずつ変化を見せ始めた。

 礁国の高速シミレは、蝶のようにひらひらと宙を舞うシュミット・シムーンに手を焼いた。

 嶺国の少女たちは、追って来る敵の高速シミレを右に左に交わしてアーエルとネヴィリルたちが教えたリ・マージョンを放った。

 さしもの高速シミレも、シュミット・シムーンが繰り出すリ・マージョンによって、多大な損害をこうむった。

 地上ではアルハイト総督が画策したゲリラ戦が功を奏して、さしもの礁国軍の攻勢も衰えた。

 しかし、いくら嶺国軍が局地的に勝っても、物量の上で圧倒的に勝る礁国軍を撃退するまでには至らなかった。

 ともあれ、宮国の領有権を巡って大勢の民衆を巻き込みながら、両国の戦争は完全な膠着状態に入った。

 だが、そうこうしている内に礁国は新たな新兵器を戦場に投入して来た。

 それは人の目には見えないステルス・シミレだった。

 偵察機として開発されたこの新兵器は、スピードこそないもののどこからともなく現れてはシュミット・シムーンを襲った。

 最前線で戦う嶺国のシムーン・シュヴィラたちは、再び『見えない敵』と言う新たな脅威にさらされる事となった。

 

およそ、人間の歩んだ歴史の中で『兵器開発』ほど無意味で、愚かな行為はない。

歴史が始まって以来、人はただ人の命を効率よく奪うためだけに兵器を作って来た。

相手に勝つために、銃を作り、大砲を作り、戦車を作り、軍艦を作り、飛行機を作り、ミサイルを作った。

だが、その結果はどうだ!…結局、一時的に優勢になっただけで、すぐに相手も同じ兵器を作って対抗してくる。

大砲には大砲を…戦車には戦車を…軍艦には軍艦を…戦闘機には戦闘機を…ミサイルにはミサイルを…だ。

そうして破壊力を増した兵器は、兵士よりも罪のない子供や、女性や老人を犠牲にして無数の人々の命を奪ってきた。

あげくの果てに、人は自分自身さえも滅ぼす核兵器を作り、神と人の世界を根こそぎ破壊しようとしている。

神の似姿であるべきはずの人間が、政治家も、軍人も、人の皮を被った悪魔に成り下がっているのだ。

戦争をする者は、大統領と言えど、首相と言えど、元首と言えど、将軍と言えど、軍人と言えど、何者であろうと、神と人に背く人殺しでしかない。

 

~続く~

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