シムーン第二章 ~乙女達の祈り~   作:佐渡 譲

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シムーン第二章 第5話 【正邪】 その3

 礁国軍に囲まれて孤立したイラの街が遠くに見えてきた。

 コール・ブルーメの少女たちは、ブリュンヒルデ率いる首都防空隊に護衛されながら中部の平野を横切ってここまできた。

「では、お先にまいります。シュヴィラ・アウレア…どうかお気をつけて」ブリュンヒルデがネヴィリルに告げた。

「あなたもどうかご武運を…ブリュンヒルデ」ネヴィリルはそう言ってエールを返した。

「私はシュヴィラ・アウレアの祝福を受けた身ゆえ、必ず神がお守り下さいます」

 ブリュンヒルデはネヴィリルに微笑むと、首都防空隊を率いてイラの街に向かっていった。

 それを見送りながら、アーエルは敵に見つからないようにするため降下の指示をコール・ブルーメに出した。

「それじゃぁみんな、地上ぎりぎりの低空を飛ぶよ…ハイデローゼとイリスはゴンドラに注意して」

 ハイデローゼとイリスのシムーンには、翼に乗用のゴンドラが吊り下げられていた。

 これからコール・ブルーメは敵に悟られないように隠密行動を取って、街に閉じ込められた要人の救出を行うのだ。

 早速上空では、飛び上がってきた礁国の高速シミレの目をそらすためにブリュンヒルデの陽動作戦が開始されていた。

 

 事の始まりは数日前。宮守・エルフリンデに呼び出されたコール・ブルーメはアルハイト総督の前に出た。

「まぁ、楽にしてくれ…他でもないが君たちにやってもらいたい仕事がある」

 アルハイトは作り笑いを浮かべながら少女たちにそう言った。

「仕事とは何でしょうか?私たちは戦わない約束ですが」ネヴィリルはアルハイトを疑った。

「いゃいゃ、戦闘ではないよ…敵に包囲されているイラの街から知事とその家族を救出してもらいたい。救援隊の到着が間に合いそうもないのでな」

「しかし、包囲されている街に援護なしに近づくのはむずかしいと思いますが?」

「心配はいらん。首都防空隊が敵のシミレを引き付けておいてくれる…知事はイデオット伯爵の息子だ。わしにも色々立場があるのでな」

「分かりました…でも、どうやってお連れしたらいいのでしょうか?」ネヴィリルは尋ねた。

「乗用のゴンドラをシムーンの翼に取り付ける…誰かにその役目を引き受けてもらいたい」

 翼にゴンドラを取り付ければ動きが自由に取れなくなる。戦闘地域ではあまりにも危険すぎる役割だ。

 少女たちがしり込みをしている中で、すっ!とハイデローゼが前に進み出て言った。

「私とイリスがゴンドラを引き受けます…何度も爆弾を翼に吊り下げた経験もありますので」

「そうかっ!よろしく頼むぞ…知事にも連絡をして置く。準備ができ次第出発してもらいたい」

 

 そうしてやって来たイラの街は、すでに修羅場と化していた。

 街を取り囲んだ礁国軍は、盛んに砲火を浴びせ掛けながらじりじりと迫って来ている。

 激しい敵の攻撃にさらされながらも、城壁に立てこもった嶺国の守備隊は懸命に防戦して持ちこたえていた。

 ハイデローゼとイリスは何とか知事公邸前の広場に着陸し、他のメンバーは敵を警戒しながら街の上空で待機した。

 舞い降りて来たシムーンを見て、街のあちこちから守備隊の兵士や住民たちが周りに集まってきた。

「おぁ、ありがたい…助けにきてくれたのか?」

「故郷にゃぁ、かかぁとチビがいるからなぁ~…こんな所で死ねねぇよ」

「俺も故郷でお袋が待っているんだ…どうか連れて帰ってくれ」

 集まって来た人々は、口々にそう言いながらハイデローゼとイリスに助けを求めてきた。

「申し訳ありませんが、私たちは知事の救出を命じられてきたので…みなさんには、後から救援隊が来ますから」

 ハイデローゼがやっきになって人々に説明していると、知事公邸から一人の男が出てきた。

「おぉ、やっときたか…遅かったじゃぁないか」イデオット伯爵の息子は礼も言わずにそう言った。

「すぐゴンドラにお乗り下さい。あまり時間がありません」ハイデローゼはそう言ってイデオット伯爵の息子を促した。

「まぁ、そうせかせるな…ちょっと待っておれ」イデオット伯爵の息子は横柄に言って知事公邸に引き返した。

 そうしてしばらくしてから、家族とともに高価な美術品や装飾品の入った箱を抱えて知事公邸から出てきた。

「あまり荷物を積んでいる時間はありません」

 いつ敵のシミレが戻ってくるかも知れないのだ…ハイデローゼは気が気ではなかった。

「まぁ、そう言うな…あと少しじゃ」

 そう言ってイデオット伯爵の息子は財宝を運び出す事に夢中になっていた。

 兵士や住民をそっちのけにして財宝を運び出す知事を見た周りの人々が、声を荒げて騒ぎ立て始めた。

「やかましいっ!わしは嶺国の貴族だ…貴様とは身分が違うわい」イデオット伯爵の息子は人々をにらみつけた。

 何とか民衆をなだめて知事と家族を乗せたハイデローゼとイリスは、やっとの思いでイラの街を脱出した。

 上空で待機していたコール・ブルーメと合流して後ろを振り返ると、街のあちこちから火の手が上がっていた。

 ついにイラの城壁が礁国軍に破られて、街の中が戦場となってしまったのだった。

(あぁ…助けてあげられなかった。あの人たちにも愛する家族や、帰りを待っている人がいただろうに)

 ハイデローゼはやり切れない思いで一杯だった…けれども、イデオット伯爵の息子はそんな事は関係ないらしい。

「やれやれ、危ない所だったわい…しかし乗り心地が悪いのぅ~」必死の思いで助けたのに不服すら言っていた。

(当たり前だろう…ゴンドラの中は足の踏み場もないくらいの財宝で埋まっているんだから)

 いつもなら陽気に相手に話し掛けるイリスも憮然としていた。

 それでもイデオット伯爵の息子は、お構いなしに身勝手な事をとうとうと喋っていた。

「胸くそが悪いっ!」バルザミーネが吐き捨てるように言った。

「しっ!聞こえるわよ」ネルケがあわててバルザミーネを止めた。

「聞こえたって構うもんかっ」バルザミーネは怒りをあらわにしていた。

(何のために危険を冒してまでイデオット伯爵の息子を救い出しにきたのか?)

 正義感の強いオルヒデとキルシュもム~ッ!としていた。

 トルペやレーヴェン、ナルテッセやカメリアも不愉快そうだった。

 同じ貴族階級のティステルでさえ嫌な顔をしていた。

 

(私たちは、この戦争は正義の戦いだと教えられてきた。神を冒涜する侵略国家を処罰する戦いなのだと…なのに現実は)

 結局、イラの街に救援部隊が到着する事は永久になかった…街はアルハイト総督に見捨てられのだ。

 嶺国守備隊の兵士は全員戦死し、多数の住民を犠牲にしてとうとうイラの街は礁国軍の手に落ちた。

 虚しさが込み上げて来た…ハイデローゼも、コール・ブルーメの少女たちも戦争に疑問を抱き始めていた。

 

~続く~

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