「山の陰から何かが出てきたよ?ネヴィリル」驚いたアーエルが言った。
「すっごく大きい飛空船だっ!」少女たちもびっくりした。
「あれは…きっと礁国軍の飛空母艦だわ」ネヴィリルがそう答えた。
(狭い谷間の乱気流の中で飛空船を操るとは、よほど腕のいい艦長なのか?それともここの地形をよく知っているのか?)
もしや…?と言う思いが頭をよぎった。ネヴィリルは何か胸騒ぎを覚えた。
「どこに行こうとしているんだろう?」少女たちは不審に思った。
「この谷は嶺国南部に通じているわ」ネヴィリルは言った。
「と…言う事は、嶺国南部を爆撃しに行くのかな?」ナルテッセが聞いた。
「間違いないでしょうね…さっきのステルス・シミレはその先導役だっんだわ」ネヴィリルはそう答えた。
「どうしよう…南部には家族や友人がいる」少女たちに動揺が走った。
そう…嶺国のシムーン・シュヴィラは宮国に近い南部の出身者が多かったのだ。
「そうだっ!リ・マージョンを使って撃ち落とそう」オルヒデが提案した。
「だめよ!この乱気流の中じゃぁリ・マージョンの航跡は作れない」ネヴィリルは否定した。
「じゃぁ、どうしたらいいの?」母国の危機を前にして少女たちは困惑した。
「撃ち落さなくても何とかして動けなくすれば、嶺国本土への攻撃は防げるわ」ネヴィリルが言った。
「みんなでシミレ機関を狙おう!機関を壊してしまえば船は動けなくなる」アーエルが言った。
「少しの間待っててね。トルペ。レーヴェン…バルザミーネ。ネルケ。二人をお願いね」
アーエルとネヴィリルはバルザミーネとネルケに二人を預けて、他の少女たちを率いて敵の飛空母艦に向かっていった。
礁国の飛空母艦の艦長は、前方から飛来して来るシムーンの一団を見た。
「前方から嶺国のシムーンが来るぞ…対空戦闘用意っ!」
艦長の命令に従って、飛空母艦の砲手は向かって来るシムーンに機銃の狙いを定めた。
「よ~く狙えっ…いや、待てっ!撃つな!撃つなっ!」彼は先頭を切ってやって来るシムーンに目を奪われた。
それはまぎれもなくシムーン・ウェントス…かってのコール・テンペストのレギーナだったネヴィリルの愛機だった。
アーエルとネヴィリルに率いられたコール・ブルーメは、飛空母艦のシミレ機関に立て続けに機銃を撃ち込んだ。
しかし、飛空母艦はびくともしない…シムーンが装備している程度の機関銃では歯が立たないのだ。
「だめだ~っ!相手がデカすぎる」少女たちは歯ぎしりして言った。
その時、上空から鷹のように舞い降りてきた一台のシムーンが、飛空母艦の甲板に銃撃を浴びせた。
甲板に並んでいた敵のシミレは嶺国を爆撃するために爆弾を積んでいた…その爆弾が次から次へと誘爆した。
すべてがあっ!と言う間の出来事だった…飛空母艦の甲板で大爆発が起こってさしもの巨体もグラリと傾いた。
爆弾を積んだ敵のシミレに襲い掛かったのは、バルザミーネとネルケの古代シムーンだった。
「やっつけた~!」
「バルザミーネとネルケがやってくれたわっ!」少女たちは飛び上がって喜んだ。
火災を起こした飛空母艦のシミレ機関は完全に停止した…大破した船は浮力を失って傾きながら徐々に落下し始めた。
(なぜ、敵は撃って来なかった?…私たちが攻撃する事は分かっていたはずなのに)
相手の行動を不自然に思ったアーエルとネヴィリルは、墜落しようとしている飛空母艦の方に取って返した。
そして、落ちてゆく飛空母艦の側に近寄った二人は愕然とした。
何と、飛空母艦の司令塔から二人に向かって手を振っている人物がいるではないか…まるで別れを告げるように。
「アヌビトゥフ!アヌビトゥフっ!あぁっ…何て事を」ネヴィリルは気も狂わんばかりに叫んだ。
「うそだろっ!アヌビトゥフが乗っていたなんて」アーエルも操縦を忘れてただ見つめるばかりだった。
それはあのアルクス・プリーマの艦長…コール・テンペストの良き理解者で二人の親しい友人であるアヌビトゥフだった。
アーエルとネヴィリルが何もできずに見ている内に、司令塔に火が回ってアヌビトゥフの姿は炎に包まれて消えた。
黒煙を吹きながら落ちて行った飛空母艦は、やがて地上に激突し大きな爆発音とともに砕け散った。
ネヴィリルは両手で顔を覆った。アーエルもただ呆然とするばかりだった。
思えば国が二つに分断され、親兄弟や親しい人たちが敵味方に分かれて戦えば当然起こりうる悲劇だったのだ。
だが、アーエルとネヴィリルを待ち受ける悲劇はまだ始まったばかりだった。
乱気流の荒れ狂う風の谷間をようやく抜けて、コールブルーメは大聖堂のエアポートに帰ってきた。
すぐに救急隊が駆け付けてきて、トルペとレーヴェンは担架に乗せられた。
「足をやられちゃったよ~、骨が折れているかもっ?」トルペが痛そうに言った。
「私は肩が痛ぁぃ!腕動かないよ~っ…血も出てるし」レーヴェンはじたばたして騒いでいた。
「そんだけ声が出りゃぁ大丈夫だよ。まったく二人とも心配させて~」イリスが元気付けようとして言った。
少女たちは、トルペとレーヴェンの怪我が思ったよりも軽かった事に安堵して胸をなで下ろした。
「私たち元気だけが取り柄だもん…でも痛いものは痛いんだから~っ」レーヴェンはまだ騒いでいた。
「あぁ、ワポーリフ…怪我が治ったらまた戻って来るからそれまでにシムーンを直しといてね」
元気印のトルペとレーヴェンは全然懲りてないようだった…お騒がせの二人は担架で運ばれて行った。
大聖堂の食堂は、コール・ブルーメが挙げた戦果の話題で持ちきりになった。
ブリュンヒルデや首都防空隊のシュヴィラたちもやってきてコール・ブルーメの少女たちを取り囲んだ。
だが、その中にネヴィリルの姿はなかった。
彼女はトルペとレーヴェンが担架で運ばれたのを見届けると、憔悴しきった顔をして自分の部屋に引っ込んだ。
ただ一人、アーエルだけが知っていた…アヌビトゥフを殺してしまったネヴィリルの深い悲しみを。
「それでね…バルザミーネが甲板に並んでいる敵のシミレを見つけてね」ネルケはうれしそうに話していた。
「うん、絶対に爆弾を積んでいるって思ったんだ…だから急降下して」バルザミーネも得意気だった。
ネヴィリルの胸の痛みを知るアーエルは、バルザミーネとネルケの手柄話が少し勘に障った。
「バルザミーネ。ネルケ。何であの時ネヴィリルの指示を無視したの?」アーエルはつい二人を責めてしまった。
「私たちがやらなきゃ嶺国は爆撃されていたんだよ…それとも、私たちみたいな身分の低いシュヴィラが手柄を立てると都合が悪いの?」
バルザミーネは、いきなり問い詰められた事に憤慨してアーエルに言い返した。
「いや、そんなつもりで言ったんじゃぁ」アーエルはたじろいだ。
(しまったっ!感情に任せて言うんじゃなかった)と思った時にはすでに遅かった。
アーエルとネヴィリルに心を開き掛けていたバルザミーネは、アーエルの一言で元のいじけた性格に戻ってしまった。
「あぁ、やっぱりそうなんだ…だから私たちにトルペとレーヴェンを預けたんだ」
「違うんだ!あの乱気流の中で一番安定しているのは古代シムーンだったから」
「言い訳なんか聞きたくないわっ!私たちはいっつものけ者にされて来た。やっと居場所ができたと思ったのに…ここもよそと一緒なんだ」
吐き捨てるようにそう言うと、バルザミーネは怒ったまま食堂から出て行ってしまった。
「待ってっバルザ」アーエルはバルザミーネの後を追おうとしたネルケの腕を捉まえて謝った。
「ごめんっ!私が悪かった…身分の事なんか関係ないんだ。ただ」
「ただ…どうしたって言うの。何であんな事を言ったの?バルザは怒ってしまったわよ」
「あの船には礁国に徴兵されたネヴィリルの大切な友人が乗っていたんだ。なのに…それを知らずに殺してしまった」
アーエルの目は深い悲しみに満ちていた…苦労してきたネルケにはその意味がよく理解できた。
「バルザミーネに謝っておいて欲しい」
アーエルはそう言うと疲れた顔をして食堂を出ていった。ネヴィリルの事が心配だったからだ。
(いったん挫けてしまうとネヴィリルはなかなか立ち直れない…気丈夫そうに見えても、本当は繊細でやさしい性格なんだ)
一方、憤慨したまま食堂を出て行ったバルザミーネは、宮守の部屋の前で立ち止まった。
わずかに開いた部屋のドアの向こうから、宮守・エルフリンデとアルハイト総督の話し声が聞こえて来たからだ。
「シュヴィラたちが随分騒いでおるが、何かあったのか?」アルハイトはエルフリンデに尋ねた。
「これはこれはアルハイト様…よいお知らせです。何とあの訓練コールが大戦果を挙げたのですよ」
エルフリンデはうれしそうに答えた。
「大戦果だと?何を大げさな…ちいっとばかりの事で」
「いぇいぇ、見えないステルス・シミレを撃墜したばかりか、本国を爆撃しようと狙っていた敵の飛空母艦を撃ち落したのです」
「ほぅ~…たったのワンコールでか?確か、あのコールのレギーナは」
「はい…アルハイト様が雇われた宮国のシュヴィラでございますよ」
エルフリンデの言葉を聞いたとたんに急にアルハイトの顔が険しくなった。
「どうかなさいましたか?アルハイト様」
「ふ~む…あの二人はやがて我々の障害になるやも知れんな~」
「と…申されますと?」
「な~に、できすぎる宮国人は後で災いの種になるという事だ…邪魔にならん前に始末をして置かねばな」
ドアの外にいたバルザミーネは、アルハイト総督と宮守・エルフリンデの話をすっかり聞いてしまった。
この事が、後に彼女の運命を大きく変える事になってしまうのだった。
第5話 【正邪】 終了 → 第6話 【陰謀】へ続く