シムーン第二章 ~乙女達の祈り~   作:佐渡 譲

8 / 39
シムーン第二章 第2話 【帰還】 その2

 思想も政治体制も異なる嶺国と手を結んで、戦争に勝った礁国は、長い間の念願だったシムーンを手に入れた。

 だがシムーンは、神の恩寵を受けたシムーン・シュヴィラがいなければ、動かす事はできなかった。

 それで、宮国のシュヴィラを引き渡すように嶺国に求めたが、先回りした嶺国は、宮国のシムーン・シュヴィラを全員還俗させてしまった。その上、礁国の男女差別が改まらない限り、自国のシュヴィラも礁国に赴かせる事はできないと突っぱねた。

 さらに、宮国を共同統治する約束だったが、嶺国は宗教上の理由を盾に、大聖堂のある首都ソムニアへの礁国軍の進駐を拒んだ。

 礁国は同盟を結んだ相手が、かっての宮国と何一つ変わらない事に気づいた。テンプスパティウムがアニムスに変わっただけで。

『約束が違う!』と嶺国を非難したが、もう遅かった。腹を立てた礁国は同盟を破棄して、占領していた宮国南部を礁国に併合してしまった。

 冷静に考えれば、省エネ構造であるシミレ機関を使えば、礁国は公害汚染を軽減できるはずなのだが…贅沢ばかり望む礁国は、せっかくのヘリカル機関を、ターボに改造して台無しにしてしまった。

 欲に執着して、互いに張り合っている者たちのお陰で、いまだに戦争は収まる事なく続いている。

 

 二人は黙って私の話を聞いていた。大人たちの醜い争いの有様を…

 しばらくして私が話を終えると、ネヴィリルはポツリと言った。

「父はどうしていますか?」

「ああ、君のお父様はお元気だよ。今は政界を引退されて、悠々自適の毎日を送られている」

 私はそう言った後で、しまった!と思った。心配させまいと嘘をついたが、勘の鋭いネヴィリルは、私の表情を読み取っていた。

「嘘は言わないで!グラギエフ。本当の事をおっしゃって下さい」

「済まない、ネヴィリル…あの後、ハルコンフは戦争の責任を取らされて政界を追放された。財産も取り上げられてね…それからは、あのメッシスのワウフが面倒を見てあげていたようだ」

「そうでしたか…やはり」ネヴィリルは、すべてを見通していたように言った。

「時々会いに行くと、君の事を心配しておられた。すっかり痩せてね…去年亡くなったよ。だから君には帰る家もない…済まない。辛い話を聞かせて」

「いえ、いいんです…権力を望んだ父が自ら招いた事です。むしろワウフにお礼を言わなくては」

「ワウフはあれからモリナスやアルクス・プリーマの人たちを雇い、メッシスを使って、北部でコンテナ運送業をやっていた」

「それで、今はどこに?」

「戦争前に礁国が運送業者を求めていたので南部に移った。そっちの方が稼ぎがいいらしくてね。今は南部で軍の物資輸送をやっていると思う」

「南部ですか。南は礁国の領地になっているんですよね。会えないのかな~」ネヴィリルは残念そうに言った。

「そうだねぇ…南部と言えば、アーエルも実家が南部だったね。何でも妹さんがいるとか?」

「はい、私がシムーンの訓練生になって家を出た時は、まだ子供でした。もう大きくなっているだろうな~…たった一人の妹です」

「そうか、無事だといいね。何でも礁国の支配地域では、だいぶん宗教が取り締まられているらしいから」

「そう言えば、アヌビトゥフはどうされました。あの方も南部のご出身だと聞きましたが?」ネヴィリルが尋ねて来た。

「アヌビトゥフは礁国に徴兵されたよ。あれだけ腕の立つ飛空士を放っとくはずもない。今頃は礁国の飛空船にでも乗っているんじゃないかな」

「そうでしたか…みんな戦争のために散り散りになっちゃったんですね~」二人はガックリと肩を落として落胆した。

 私はアヌビトゥフの事を思い出していた。かってのアルクス・プリーマの同僚。そしてシムーン・シュヴィラ時代の最愛のパル。

「それはそうと、シムーンはどうしたんだい。あるんだろ?」

 私はアヌビトゥフの思い出を振り払って、ネヴィリルとアーエルに尋ねた。

「ええ、格納庫に隠そうとしたんですが、壊されていたので、覆いを掛けて甲板の上に」ネヴィリルはそう答えた。

「あの型のシムーンは、もう宮国にはない。嶺国にみんな取り上げられてしまったからね。見せてくれないか?」

 私がそう言うと「ええ、それじゃ甲板に出ましょう」と、ネヴィリルは誘ってくれた。

 

 そうして、私たちはみんなで一緒に、アルクス・プリーマの甲板に出た。

 意図的に壊された格納庫の前に、破れたシートやカーテンの継ぎはぎで覆われたシムーンがあった。

 私は、その可変式ヘリカル・モートレスを撫でながら、つぶやき混じりに言った。

「懐かしいなぁ…でも、ここじゃあ、嶺国の連中に見つかってしまいそうだな」

「でも、私もアーエルも他に行く所がないので…」ネヴィリルは困った顔をしていた。

 私はしばらく考えた…(一か八かになるが、策がない訳でもない)元々、二人の居場所を奪ってしまったのは我々だ。

 私たち大人が起こした戦争のために…言わば、ネヴィリルとアーエルは犠牲者になってしまったのだ。

「私にいい考えがある。ここは私に任せてくれないか?君たちの居場所を作れるかも知れないから」

 私がそう言うと「でも、嶺国は私たちの行方を追っているんでしょ?」と、ネヴィリルは不安そうに尋ねて来た。

「うん、一年くらいは血まなこになって探していたが、戦争を始めてからはそれどころじゃなくなった。今は逆に…」

「逆に…何かあったんですか?」

「今は詳しく説明できないが、ひとまず、遺跡に隠れていてくれないか」

 私がそう言うと「遺跡に…ですか?」と、ネヴィリルとアーエルは怪訝そうな顔をした。

「あそこなら、シムーンを隠す洞窟もあるし、嶺国の連中がシムーンを掘り出した後の作業小屋が、そのまま残っているはずだ」

「嶺国が!…やはりシムーンを狙っていたんですね。神聖な遺跡を荒らしたんですか?」

「ああ、洗いざらいね。私たちは聖地を穢さぬよう、慎重に一台ずつ掘り出したが、彼らのやり方は無茶苦茶だった」

「ひどい!私たちの大切なテンプスパティウムの聖地を…」

「荒らされた聖地だが、しばらく居てくれ。食料は私が運ぶ。お風呂は泉を使うといい。夜は寒いが、昼間なら入れると思う」

「でも神聖な泉で入浴なんて…」

「もう神聖でも何でもない。嶺国の発掘作業員が汗を流すのに使って汚してしまった。だからもう、ユンも来ない」

「ユンが来ないって?」ネヴィリルは怪訝そうな顔をした。

 私は思った(そうだった…ネヴィリルとアーエルは、あの後の出来事は、まったく知らないのだ)

「うん、ユンは泉の大宮煌になった。今はオナシアがいた場所に立っている。最近はすっかり大宮煌らしくなって来たよ」

「ユンが泉の大宮煌になったんですか…じゃあ、テンプスパティウムの泉はそのままあるんですね」

「そうだよ。泉だけは嶺国も手が出せなかったらしい。人々の性別が決まらないと兵隊にも取れない。子供も産まれないしね」

「そうだったんですか…それじゃ、私たちはこれから遺跡に行って隠れる事にします」

「ああ、そうしてくれるとありがたい。見つからないように気をつけて行くんだよ。ネヴィリル。アーエル」

 もうすっかり日が暮れて、辺りは暗くなっていた。私は二人と別れると、ボートを漕いでアルクス・プリーマから離れた。

 

~続く~

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。