ん……手、あったかくて、きもちいから。
そうかそうかー! ならこれならどうだっ、うりゃー!
わっ、わ! ちょっとやめっ、いたいってば!
そんな事言ってー、素直じゃないな? 自分の顔見てみ?
見えないもん!
ははっ、そうだったな。なら、その分俺がじっくり見といてやるっ。
うわっ、やっもういいって!
はっはっは、人間素直が一番だぞー。
うう〜……!
よしよし、なんとかアレンがトラウマ植えつけられそうになったのを防げたようだ。
AKUMAに内蔵された魂がどんな見た目なのかは知らないが、少なくとも見ていて心地いいものではないと、普段アレンが奴らと対峙する時に見せる表情でわかる。
それに、俺にも一応奴らの”声”は聞こえるんだ。
自爆寸前まで追い込まれたさっきのAKUMAから聞こえた苦しそうな喘ぎ声。そして破壊が間に合った時に微かに響いた、感謝の言葉。
そのなんとなくの雰囲気で、奴らがどんなものなのかを想像できない俺ではない。……と言うか、ここ一週間で集中的に想像力を高めてきた結果がこれだ。不可避。
「さー、て……」
破壊した青マッチョが消えて無くなるのを見届けて、こちらに笑顔を向けている首謀者と目を合わせた。
先ほど視認した空飛ぶ棒切れ──実際はなんかかぼちゃの先端がついた喋る傘だった、理解不能──に座り、楽しいことこの上ないといった表情でそいつ、ロードはこちらを見下ろしていた。
あれ、この子すげぇ嬉しそう。嘘なんで。
「璃兎くん!」
「目が覚めたんですか!」
「え? あ、うん? ばっちり?」
ロードを挟んだ向こう側にいる二人が、こちらを見て度肝を抜かれたような表情で驚いている。何その顔。俺が目を覚まして何かマズイことでもあるんだろうか。
「(……! そうか!)」
ふと思い当たる節があって、向こうにいる二人をガン見する。
現在の彼らの体制……先ほど自爆寸前のAKUMAに向かおうとしたアレンを引き止めるため、リナリーが彼に抱きついている状態。
そんな俺に目をぱちくりさせるアレンとリナリー。ロードはご丁寧にもこの会話が終わるまで待っていてくれてるようだった。敵ながらなんつー太っ腹。いやこの子実際はガリガリだけど。
「お前ら……──
言いながら、とりあえずは生成した剣を宙に浮かばせておいて(この能力ほんと便利)、両手である形を作る。
それを見た二人は一瞬カチンと固まり、一瞬経ってから、
「「ええぇ!?」」
「わあ息ぴったりー」
やっぱこれなのか、と作った形を二人に見せつけるようにする。
その形とはズバリ、ハート型だ。
「ちょ、違いますよ璃兎!」
「そうよ! ていうかこんな時に何を」
「まあそう恥ずかしがんなって、この年頃じゃ普通だよ。お熱いねぇお二人さん。ひゅう〜ぅ」
「「(なんだろう、無性に腹がたつ……)」」
この時二人の心の中がシンクロしていたことなんて、俺は知る由もない。
「──ね〜ぇ、もう話は終わったぁ? 僕、待ちくたびれちゃったんだけど」
「……ああ、それならもうばっちり。ごめん、そんなに待たせた?」
「そりゃあもう。璃兎を連れてきてやったのは僕なのにさぁ」
そういえばなんで俺の名前知ってんだろこの子。
微かに疑問が浮かんだが、まあそれぐらいどうでもいいかと割り切ることにする。
こっちに来て目が覚めて、いろんなことを経験した結果だ。深い釈明は要求しないことにした。うん、成長したよ俺は。
「そいじゃあほら、目も覚めたことだし……相手してあげるけど?」
「アっハハッ、そうこなくちゃ!」
俺がそう言った瞬間、傘の柄に乗ったロードからぶわっと、今まで抑えていたらしいただならぬ殺気が溢れ出す。
ていうか素人目でもわかる殺気ってアウトだろ……。
心中冷や汗をかきながら再び権を握った俺に対し、ロードはすっと静かに片手を揚げた。すると、空中に浮いていたパステルカラーの蝋燭たちが一斉に彼女の元に集まり、その鋭く尖った先端をこちらに向ける。
やっぱあの蝋燭不気味! てか怖すぎるだろ刺す蝋燭とか!? 火の暑さでジュワッ、ならわかるけどドスッてなにドスッて!
「蜂の巣にしちゃえ♥」
「ごめんそれはすごい勘弁」
ロードが蝋燭たちを嗾けてくるのと同時に、新しく指に作った傷から滴る血でお馴染みの防御壁を作る。よし、これで大丈夫とその壁の後ろで蝋燭たちが衝突するのを待っていると、その壁の向こうに透けて見えたロードの笑みがより一層深まったのに気付く。
ぞわり、と鳥肌が立ち、反射的に状態を横に逸らす。と。
ひゅっ……、
「……!」
顔の真横を、後ろから飛んできた一本の蝋燭が掠めた。なるほど、本命はこっちだったわけだ。
ギリギリ避けきれなかったらしく、頬に鋭い痛みを感じる。
知ってるだろうか。単純な外傷ってのは、肌の表面に近ければ近いほど痛い。
「っぶなー……」
「璃兎!」
「平気だよ。……あ、それより 二人とも」
本当に心配そうな視線を向けてくるアレンに笑いかけて、不意にその向こうに見えたものに指を差す。振り向く二人。
「あそこ、あれ。AKUMAがもう一体、あの変なのに向かってってるみたいなんだけど」
てかなにあれあのドーム。表面にありえんほどいっぱい時計が書いてあるんだけどなにあれ怖い。
俺が指した方向を見て、二人はハッとして立ち上がった。
その様子からなんとか察して、「アレン、リナリー」と順に名前を呼ぶ。
「疲れてるだろうけど、もうちょっと頑張ってみてもらっていいか? あいつぶっ壊してミランダさん守って。寝てサボってた分、こっちは俺が相手するから」
視線でロードを示すと、二人は一瞬迷ったようだがしっかりと頷いてその球体に向かう。
状況から推察するに、あれは多分だがミランダのイノセンスだろう。
この街の怪奇は”十月九日”が延々と繰り返される──つまり、時間に関連する現象だ。なら、ドームの周りがアナログ時計の模様ってのも頷ける。かもしれない。
「逃がしてくれるなんて意外だな、ロード」
「いいんだよ。だって今は、璃兎が相手してくれるんでしょぉ?」
「……ま、どうぞお手柔らかにっ!」
向かってくる無数の蝋燭に
期待はしていなかったが、それでもあのように軽々しくいなされるとなんだかすごく負けた気分だ。
余裕の表情で避けていくロードに、不意に前日事務室でのコムイとのやり取り(と称した一方的な本の投げ合い)が脳裏に浮上した。
「……やば、思い出して腹立ってきた」
帰ったら絶対腹に一発かましてやろう。
そうしよう。
「あれぇ〜え? 璃兎、なんか急にヤる気になったね」
「ただの思い出し怒りだよ」
素早く左手に一本の刀を造形し、遠距離からの短剣から近接攻撃に切り替える。
この一週間、特訓していたのは想像力だけじゃない。
「あっは! やっぱり璃兎は楽しいや!」
「そりゃ、光栄ですねっと!」
振りかぶった剣を例のかぼちゃ傘で受け止められ、振りかざされたのをバク転の要領で後ろに跳んで避ける。前からそれっぽいのは出来てたし、こっちに来て幾らか練習もしたのでもう慣れた。
というか、その傘から頻りに『レロ〜!!』って凄い悲痛な声が聞こえて来るんだがそいつ大丈夫か。
・・・
所変わってミランダの部屋。
アレンとリナリーが残り一体のAKUMA撃破後、元からその時点で退散する予定だったのか一瞬前まで俺と蝋燭と短剣の応酬を続けていたロードが不意に動きを止め、「あーあ、やられちゃったかあ」と幾分残念そうに息を吐いた。
彼女が今回はここまでと言い残し、何もない空間にファンシーな扉を出現させて暫しの別れを告げた時、俺は特にいうことはないので黙っていた。
そんな反応は少し予想外だったらしく、僕を止めようとは思わないのぉ? と変わらず間延びした口調で尋ねてきたので、だって引き止める理由特にないし、と返しておいた。
『それに、三人ともきっと一刻も早く休憩した方がいいだろうし』
と付け加えながら少し遠くにあった球状のドームに目をやると、ロードは目を細めて「ふぅん」と笑っていた。
扉を潜る彼女が最後に言い残した言葉が脳内を巡る。
──また遊ぼう? 璃兎。
目の前の床に傷だらけで倒れているアレンの応急処置をしながら、同じく意識のないリナリーにも目を向けた。
彼女の傷は精神にある。目下俺に出来そうなことはこれと言って一つもない。なので、取り敢えずは外傷の酷いアレンの処置に専念させて貰っていた。
「ミランダさん、ちゃんと説明できてるかな……」
ミランダには、少しでも早く二人の治療をして貰えるよう教団本部に連絡しに行って貰っている。随分狼狽した様子だったからなあ……ちょっと不安だ。
二人の子の傷が現れたのには──というより、
あのロードの作り出した異空間にあったドームはやはり彼女のイノセンスにより作り出されたもので、中に入ると負った傷の
ロードが去り、空間が崩壊したことであの球体は無くなったが、それでもミランダはアレンやリナリーに傷が戻るのを恐れて、体に多大な負荷がかかるにも関わらず発動を停止することが出来ないでいた。
目を覚ます様子のない二人を見下ろすと、彼らがミランダに向けて言った言葉が頭の中で再生される。
”自分の傷は、自分で負うもの”。
”生きていれば、傷はいつか癒える”。
「……とても、同い年の奴らが言ってるとは思えないよ」
取り敢えず出血している頭や左目、その他身体中至る所を包帯で包み止血した。打撲には氷嚢、骨折はないようなので取り敢えず安心する。
こういう時、学校の保健体育でファーストエイド習ってると凄く便利だ。
追加でできることがもう何もないことを確認しつつ、ちょっと出来心で二人の頭に手を乗せた。そのまま、少し埃を被ったその髪をゆっくり梳いて行く。
──こうやって寝ている顔は、全然年相応なのにね。
「君たちの口からそんな大人びた言葉が出るのは、きっと過去にそれぐらいの経験をしてきた証だ」
きっと、俺のそれなんかよりずっと、ずっと苦しくて、悲しくて、辛かったであろう二人の”過去”。
何があったのかなんて知らない。
けどこの年齢であんな事が言えるというのは、つまりそういう事だ。
「てか……正直俺も、ちょっとキツいんだよねー……」
さっきから、ずっと心臓の音が五月蝿い。
恐らくは体に不足している血液を送ろうと必死なんだろうが、その一つ一つの鼓動がやけにはっきりしている所為で結構な負担を感じていた。
なりふり構わず血を使い過ぎたんだろうか。そういえば、尋常でない数の剣をロードに向けて飛ばしていた気がする。
ああ、いけない。
視界が霞む。
──ミランダさんが戻ってきたら、パニックになっちゃうかもなー……。
そうは思いながらも、襲い来る眠気には到底勝てる筈もなく。
二人の髪に指を絡ませたまま、俺の意識は沈んでいった。
いち、に、さんまのしっぽ。 ▼
(髪を梳かしていく指は、酷く暖かくて)
思ったんですけど璃兎くんよく寝てますね……。