ハイマ。   作:とう

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それじゃあちょっと買い物行ってくるけど、何か買いたいものはある?
待ってお母さん、私も一緒に行く!
あら、そう? じゃあ璃兎も一緒に来る?
 いや、俺はいいよ。家で留守番しとく、宿題もあるし。
そう。何かあったら、連絡してね。携帯は持っていくから。
 うん。母さんたちも、道中気をつけて。
はーい、行ってきます。
いってきまーす!
 ……行ってらっしゃい。


蓮中砂時計。

 ある日の教団にて。

 

「か、神田!」

 

「……チッ」

 

「へッ!?」

 

 また、ある日の食堂にて。

 

「かっ……神田」

 

「……」

 

「せめて反応して……」

 

 またまた、その次の日廊下にて。

 

「神田ー」

 

「ふん」

 

「はう」

 

 ……そして、今日。

 

「あのー……ユー君?」

 

「あ”?」

 

「ぎゃん……」

 

 ラビに教わった呼び名で声をかけたら今日も今日とて見事に玉砕。そろそろ俺の繊細なハートが盛大な音を立てて崩れ落ちるどころか大爆発を起こしそうな予感だ。ドッカーン、ガラガラバッターン。

 諦めて、アレン達を待たせている食堂の一角の長テーブルにとぼとぼ戻る。

 俺が戻ってきたのを察知して、頬袋を食べ物でパンパンに膨らませたアレンが振り返った。

 それを全て飲み込んで「で」と成果を尋ねて来ようとしたが、俺の沈んだ雰囲気から結果を読み取ったのかすぐに口をつぐんだ。

 

「それにしたって」

 

 どかっと腰を下ろした俺に不思議そうな表情を表しつつ、向かい側のラビが頬杖をついた。こら、食事中に肘をつくんじゃない。

 

「璃兎って物好きだな。あそこまで無視されても食い下がってるやつ、俺初めて見た」

 

「ふふふっ……ほめてくれる?」

 

「あっ、いや……」

 

 なんか璃兎まで黒いさ……、と目をそらされる。そんなことないさ。

 

 ここ、黒の教団に入団して早いもので一ヶ月が経とうとしていた。

 ()()()での生活にも随分慣れたし、あれから何度か自分でもイノセンス回収や調査の任務に行ったりして、ベテラン勢にはまだまだ劣るとはいえそこそこ経験は積めてきた方だと思う。

 他のエクソシストや捜査部隊(ファインダー)にも知り合いが増えて、ここの空気にも漸く馴染めてきた所。

 

 なのだが。

 

「嘘つきコムイ……全然仲良くなれないじゃん……」

 

「しょうがないですよ。……相手はあの()()()だし」

 

 そちらにガンを飛ばし、やけに『バ神田』の部分を強調してアレンが慰めてくれる。ありがとう。

 でもいつも思うけど君ら二人のその仲の悪さはどこから来るんだ。

 アレンと一緒に歩いてるだけで殺気を感じるんだけど。

 少し不機嫌になってしまいそれを振り落とすように再びバカ食いを始めた隣のアレンを一瞥して、向かいでラビの隣に座り魚の身をほぐしていたリナリーに話しかけた。

 

「リナリー、アレンと神田はなんでこう……険悪な仲なんだ?」

 

「あの二人の場合、出会い方が最悪だったのよ」

 

 負のオーラを発しながら食べ物を咀嚼しているアレンには恐らく外界の音は届いていないのだろうが、念のため音量を落とした俺に習って、リナリーも苦笑しながら囁き返してくる。

 

「ほら、アレン君の額に描かれた、あの赤いペンタクルあるじゃない?」

 

「ああ。それがどうしたの?」

 

 困った風に眉尻を下げて笑うリナリーの話を聞くと、どうやらアレンが教団にやってきた初日、入り口の門番に身体検査をして貰った際にその逆さ星がAKUMAの持つ特殊なウィルスの象徴だと勘違いされて思い切り警報を鳴らされてしまったらしい。それで討伐に駆り出された神田に危うく刀で真っ二つにされる所だったという。

 

 まあ、兄さんの事務室でクロス元帥からの紹介状が見つかったから良かったんだけどね、とリナリーはツインテールを揺らしながらアレンと神田を交互に見やる。

 あの悲惨な事務室で見つけるなんて頑張ったなあ、と内心科学班の人たちに少し同情した。

 つまり、その時にはもう二人の間に取り返しのつかないぐらい溝が出来ていたという訳だ。

 

 結論。

 コムイ、結局全部お前が悪い。

 

 そういえば、切り捨てられそうになるという点では俺も同じような邂逅だった。なるほど俺のもこれが要因の一つか。

 

「……でも綺麗だと思うんだけどなあ、五芒星」

 

「え?」

 

「いや、なんでもない」

 

 ぼそりと漏らした俺の正直な独り言にリナリーが目敏く反応して、緩く首を振って誤魔化した。

 まあ、呪いにこんなことを思うのは、少し不謹慎かもしれないけれど。

 

 

 ・・・

 

 

 結局その後神田とは一切の接触も叶わず、昼食を終えたあと任務もないので自室でストレッチをしているとコムイの事務室に呼び出された。

 なんとか覚えた最短ルートで室長室に辿り着き、ノックをしてから入るとコムイがこちらに背中を向けていつものマグカップからコーヒーを啜っていたのでチャンスとばかりに殴りかかったが結局いつものようにいなされた。くそう。

 

「いきなり殴りかかってくるなんて危ないなあ」

 

「うるさい良いから一発殴らせろ」

 

「えー? 僕が何をしたんだい?」

 

 ぶざっけんなお前がすべての要因なんじゃぐうたらシスコン巻き毛野郎。

 あっはっはっは、と出会った初日から変わらない能天気な笑い声にそろそろ堪忍袋の緒がはち切れそうになるのを感じつつ、なんとか平常心を保って部屋のソファに寄りかかった。

 一応呼び出されてきたんだし、ちゃんと要件は聞いておかないと。

 

「で、要件は?」

 

 大方話の内容には見当がついているのだが。

 俺が尋ねると、それまでふざけていたのが嘘だったかのようにすっとコムイが静かになる。お、仕事モードだ。こうなった時だけは信用できる。こうなった時()()は。

 

「璃兎くん、君に任務を言い渡す。ここから南に出て少し行った所で、ある街が中心に向けて徐々に砂漠化していく現象が起こっているんだ。それも尋常でないスピードでね。知っての通り、このような怪異現象には、イノセンスが関与している可能性が高い」

 

 それを、君に調べてきて欲しい。

 

 あのミランダさんとの巻き戻しの街の一件以来、俺は何度か単独だったりグループでだったりとここの任務に携わってきた。どうやら今回は、単独での調査らしい。

 

 まあ、考えてみれば俺のイノセンスは後方支援型でなければ他との連携を必要とするものでもない。

 巨大な防御壁を整形して味方を攻撃から守る事はできるが、薄くて丈夫とはいえ大きな壁を作る分には大量の血液が必要になる。

 つまり、俺の『聖血(ハイマ)』はあまり団体戦には向かないのだ。

 

 話を締めくくってこちらを見るコムイの目を数秒見つめ返して、部屋の奥を向くソファの背に寄りかかったまま息を吐く。

 

「わかった。出発は?」

 

「出来るなら今すぐにでも。街までは、トマが地下水路を案内してくれる事になってるから」

 

「ん、りょーかい」

 

 トマさんと会うの久しぶりだなー、と初任務時の事を思い出して少し懐かしさに耽る。

 

 と、同時にその際出会った”ノア”の少女の顔が脳裏に浮かんだ。

 あの後、ロードとは一度も遭遇していない。あの『また遊ぼう』宣言が嘘だったかのように……と言うか、会った事自体がなかったようになりを潜めている。なんなら本当に夢であって欲しかったが、それが叶わない願望だというのはもう既に自覚している。

 

 どうか今回も出て来ませんように、と手を合わせて祈りながらドアノブに手をかけた。

 

「行ってらっしゃい、璃兎くん」

 

「……、うん」

 

 ──そう言って手を振るコムイの返事に、少し困ってしまった。

 

 トマが待っているという地下水路に向かう前に、身支度を済ませるために一度部屋に戻る。

 部屋でコートを羽織っていざ出発、と意気込んだ際、振り向いた所にある大鏡に映った自分に小さな違和感を覚えて、思わず首を傾げた。

 

「ん……?」

 

 鏡に一歩近付いて、自分の首元をもっとよく晒すように顎を上げた。

 左側、首筋。

 小さな赤い跡が一つ。

 

「なんだこれ」

 

 サイズと色からして虫刺されだろうか。

 部屋に蚊なんていたっけ、となんとなく天井を見回してみるが当然そんなもの見当たらない。

 疑問に眉根を寄せてその首筋の傷に触れる。痛みはない。それどころか痒くもなんともない。無傷の肌に、ただ跡が残っただけのようだ。

 その上外傷の癖に治らない。

 

 こんなものいつからあったっけ、と今までの経歴を思い返してみる。

 ここに来たばかりの時は確かなかった筈。初めて部屋に案内された時に散々中の家具やらを確認した際この鏡も確かに見ていたからだ。

 なら一体いつ?

 ここに来てから一ヶ月間、全くそんな覚えはない。気付いたのだって今日が初めてだ。

 この四週間の間、いつでも同じように可能性はあるということになる。

 

 ……て言うか改めて気付かされたけど、俺はどんだけ鏡を見ないんだ。もうちょっと身だしなみに関心持てよ自分。

 

「……ま、いっか」

 

 何も問題がないところを見ると、体に支障をきたす心配は目下なさそうだ。

 あまりトマを待たせる訳にもいかないので、一応傷口(?)に絆創膏をはっつけてから部屋を出る。

 

 そして地下へと向かう道の途中、覚えのある扉の前で思わず立ち止まった。

 俺や、他の教団メンバーの部屋と全く同じ作りの扉。けれどどこか禍々しい気配を放つそれは、間違いなく神田ユウの部屋のドアだ。

 

「(結局、今日も反応してくれなかったな)」

 

 すぐ仲良くなれるだなんて適当かましたコムイには確かにイラついているが、俺の場合直接的な原因はあいつじゃなく、考えなしに勝手に人様のプライベートに踏み入った自分だ。

 

 このまま諦めるのも癪だし、何よりせっかく同じ故郷を持つ数少ない人物なのだからどうせなら仲良くしたい。

 というかそもそもずっとこんなギスギスした関係なのは嫌だ。俺の心臓とかいろんなところが保たない。

 

 ふ、と出来心でそのドアに向き直って三度ほど軽くノックをした。

 返事はない。リナリーに聞いた話だとこの時間は任務中でない限り必ず部屋にいるというから、もしかしたら仮眠でも取っているんだろうか。

 

「……神田?」

 

 呼びかけてみても、相変わらず返事はなし。

 まあ、このままでも構わない。どうせ外にいる俺の声は中まで届いている筈だ。

 

「あのさ、部屋に間違えて入っちゃったこと、まだ怒ってる?」

 

 当然だろう。我ながら何わかりきったことを訊いてるんだか。

 

「……あの時はごめん。本当に、迷子になっただけで」

 

 事実だ。

 

「あの……えと。俺たち数少ない東洋の出身だし、まあ神田の方には神田の事情とかがあるんだろうけど、やっぱりこうも他人行儀なのはいざという時困ると思うし」

 

 ていうかその時にならずとも俺の心臓がもう保たないし。毎日ああも睨み効かせて殺気向けられたら誰でもそうだって。

 特にああいう目鼻立ちが整った美形は数割り増しで恐ろしい。

 

「俺今から任務なんだけど、かえって……、戻ってきたら良ければちょっとは話してみよう? やらず嫌いは良くない。そうだ、お前の部屋に、蓮の花があったろ? それについてを聞いてみたいな」

 

「……!」

 

 部屋の中から微かに同様の声が聞こえてきた気がした。

 十中八九気の所為だろうとは思うが。

 

 これ以上何を話せばいいのか浮かばなくて、何よりトマを待たせているのでそろそろ話を切り上げようとする。

 結局最後まで反応はなし、と。

 

「……んじゃ、また後で」

 

 扉から一歩下がったところで、不意に前に初めてラビと出会ってアレンも含めた三人で交わした会話を思い出して少し吹き出しそうになった。

 そうか、そういえばアレンのあの渾名をつけたのもこいつだっけ。

 

「そうだ、あのアレンのもやしってやつ! センス抜群じゃんか、ユー君」

 

 最後に言い残して、下の名前で呼ばれるのが嫌いだという神田に再び殺気を向けられる前にそそくさと地下水路に向かう道を急いだ。

 

 その途中、偶然アレンに出くわして内心ヒヤヒヤしていたのは、また別の話。

 

 

 

 

 

 蓮中砂時計。 ▼

 

(あいつ……これが見えてるっていうのか)




投稿遅れてすみませんでした! そしてその割にさほど長いわけでもないという……。
ちょっと忙しくなりそうですがなんとか遅い筆を必死に動かしてちびちび描いていきます!
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