ほっ……。
二つ抜いた。倒れない。
三つ。まだ平気。四つ。大丈夫。
五つ……。
ガラガラッ。
……あーあ。
人間というのは、わかっていても無駄に無い物強請りをしてしまう生き物だと俺は常々思っている。
例えば、発表された最新の携帯電話と自分のそれを見比べて、新発売のそれを「いいな」と思ってしまったり。
それが必ずしも物である必要はない。学校のテストで微妙な点数を叩き出して、クラス一の秀才が澄まし顔で座っているのを見て「すごいな」と思ったりするのも、ある種の無い物強請りだ。
これこそ正に「隣の芝生は青い」現象である。
それを悟っているからこそ、俺は自分自身に過度な期待を向けないことを決めている。元から無い物なんだからしょうがないし、そもそも手に入れられるかなんていうのは自分次第で神様の気まぐれ次第だ。
けどそんな俺でも、流石に元あった筈の物を取り上げられたりしたら怒る。
「俺の元あった平穏は一体どこに……? 少しは休ませてくれないとくたばるよ……?」
神は一体何が言いたいんだ。
え? 逆境に抗える力と度胸を身につけろって? ふざけんな。
ガタンガタンと列車が線路の上を走る音に耳を傾けつつ、少しでも体と心を休ませようと貸切状態の個室のソファに寝そべった。最初は壁に寄りかかりでもしようと考えたが、実際やってみると汽車が揺れる度に頭部がガン! と打ち付けられて全く休めない事が判明したのであえなく断念した。
壁の方にも何か柔らかい物が付いていればなあ……ああほら、無い物強請りだ。
現在乗車しているこの列車がどこへ向かっているのかというと、俺が探し保護するべき人物であるティエドール元帥がいるというバルセロナ、の一つ手前にある小さな街。そこが列車の終着駅で、後は馬車を捕まえるなりなんなりして向かわなければならないのだと言う。
バルセロナといえば、確か俺が元いた方の世界にも実際に存在していたスペイン北東部の港湾都市だ。
地理的構造では向こうの世界とあまり変わらないのだろうか。軽々しく馬車とか言ってる所を見ると一体何時代なのか不安になってくるが。
なんだろう平安? 鎌倉? 江戸?
「……そう言えば俺歴史苦手だったわ……」
不肖この天羽璃兎、歴史のテストではろくな点を取った事ありません。
もうかれこれ二日間列車の乗り継ぎでここまで来ていた。途中の駅で食事を買っている時にAKUMAの襲撃を受けたり、コムイから追加連絡でティエドール部隊には神田も入っていると聞いて今すぐにでも戻って顔面変形する程度にぶん殴りたい衝動に駆けられたりしたが、まだなんとか生き延びてはいる。
購入した切符によれば今夜には終着駅に到着するらしい。そこからは運が良ければ馬車の旅、結構な確率で徒歩だ。
体力は……まあ問題ないとして。
一つ手前の街といっても、バルセロナは 地中海に面した港町で、この二カ所の間には実質結構な距離がある。保存食なんて持ってきていないし、ましてやそこらへんの駅で簡単に買えるとは思えない。
空腹は堪えればどうとでもなる、問題なし。
だけど俺のイノセンスの性質からして、栄養失調の状態で戦うのは極力避けたいのだ。どんな風にぶっ倒れるか、わかったもんじゃない。
柔らかいソファの感触を体全体で感じつつ、ほんの少しだけ不安になった。
ここから先、生きてけるんだろうか。
……もう既に何度か死んでるようなもんだけど。
・・・
「えっ、璃兎を一人で行かせたんですか?」
「無茶よ兄さん! 彼、まだここに来て一ヶ月しか経ってないのよ?」
「いつも思ってたけど、その頭ん中には一体何が詰まってるんだ?」
「阿呆め」
『寄ってたかってそこまで言わなくても!?』
通信機の向こうからぐすん、とコムイの落ち込んだ様子が聞こえてきて、列車の座席に座るクロス捜索隊は大きく溜め息を付いた。我らが室長殿は、いついかなる時でも突拍子のない行動に出る。
教団の元帥の一人であるケビン・イエーガーの死亡を知らされ、アレンたち一行は早速担当を任されたクロス・マリアン元帥の捜索、及び保護に当たっていた。
事態は急を要するという事でろくに話も聞けず送り出された彼らは、現在汽車の中で通信機越しにコムイの話を聞いていた。
そしてふと気になったアレンが、この一ヶ月で結構親しい間柄になった筈の璃兎の行方を問うたのが、現状の発端である。
すると、通信機の向こうから聞き覚えのある低い声がかすかに聞こえた。科学班のリーバー班長だ。
『室長ー、嘘泣きとかやめてくださーい。キモいっすよ』
『……』
嘘泣きだったらしい。
一行が呆れて言葉も出ない中、無線の向こうのコムイが気を取り直すようにうおっほん! とわざとらしい咳払いをした。
『とにかく。璃兎くんなら問題ないよ。なにせ彼は入団して一ヶ月間、既にいくつもの任務を一人でこなしているからね。特に問題があった様子も見えないし』
いや〜、才能って怖いねー。
他人事のように茶化して笑う室長。この言葉を聞いて、アレン達全員の脳裏に等しくコムイのおちゃらけた笑顔が浮かんだ。きっと今も本部でこんな顔をしていることだろう。
そして兄にそう保証されてもリナリーはどうしても不安を拭い切れないらしく、どこか暗い表情をしていた。
アレンですら、入団後一ヶ月間はずっと教団本部で訓練を積んでいたのだ。経験も、恐らく知識も他のエクソシストに比べて遥かに劣るであろうその少年をこうも易々と戦場に送り出すのは誰がどう見ても無茶だと答えるだろう。
珍しく、いつもは飄々としているラビですら僅かに顔の中央にシワを寄せていた。その様子をブックマンがただ静かに見つめている。
新しく仲間に加わったアレイスター・クロウリーは、事情を聴くのは後にしようと空気を読んだ。
そんな彼らの心配をよそに、無線機の向こうではコムイが『それに』と言葉を続ける。
『目的地に着いたら神田くんらと合流できるんだ。そう心配することはないよ』
「「「(ああ、心配要素が増えた……)」」」
璃兎と同じ東洋人である神田との関係がギクシャクしているということは、以前の深夜の騒動で教団中に知れ渡っている。
その二人と最も親しい者らとして誰よりもそのこととそれに関しての璃兎の苦悩をよく知っていたティーンズは思わず頭を抱えて哀れな少年に同情した。
けれど今更彼に路線変更を要求することもできないだろう。アレン達は心の中で密かに合掌し、浮かんでくる仲間の少年の顔に親指を突き出した。
璃兎……グッドラック。
・・・
「へっぷしっ!」
突然の寒気が背筋を走り抜けて、危うく荷物の入ったトランクを落としそうになりながら進む。……誰か噂でもしてるんだろうか。
深夜。
周りには街の灯りどころか街灯ひとつなく、辺りを照らす高原は空の上に輝く月と星々だけ。
遮るような雲がないだけましだが、やはり普段と比べると幾らか暗いため視界は決して自由とは言えなかった。
数時間前に列車が街に到着して、俺はなんとか保存の効きそうな果物を幾つか購入して、特に寛ぐ訳でもなく街を後にした。AKUMA達が大群で元帥を狙ってくるというし、すでに一人犠牲者が出ている所為か危機感が襲ってしょうがなかった。少しでも早くバルセロナにて合流する為にも足を進める。
汽車の中で仮眠をとったお陰で然程疲れが溜まっている訳でもない。夕食もちゃんと……とは言い難いが一応は摂った。
お察しの通り、馬車などという者は捕まらず歩く羽目になったのだが。
本当に急いでいるのならここを全速力で走り抜けているところだろう。
けれど想像してみろ。
全力疾走で体力消耗しまくって漸くバルセロナに辿り着き、そこで恐らくろくに回復する間も与えられぬままAKUMAの大群を迎え撃つことになる訳だ。
俺のイノセンスが使うのは、血液。
血液を効率的に作るのにいる物は、栄養。
更に体力を作るのに必要なのも、栄養。
すなわち栄養不足=能力をフルに使えない=俺、死。アウト。
……しまったやっぱり想像するんじゃなかった。リアルにスプラッタな映像が流れちゃったよ。
なので、ここは幾らかのんびりしながら行こうと思う。
「(……そういや、アレン達どうなったかな)」
別の元帥を保護に向かった友人達のことを思い浮かべつつ空を仰ぐ。
足元に広がる砂漠のような地表に何故だかアラブにいるかのような錯覚を受けながら、俺はただのんびりと先を急いだ。
のっそりバキュン。 ▼
(歩いてるからと言って必ずしも元気とは限らない)
またこんなに時間を空けてしまって申し訳ないです一応生きてます! の上に短い!(涙)
時間を空けてしまって自分の作風が変わってしまったりしていないかと気が気でありません(←)