ハイマ。   作:とう

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それは、理想の世界。
今日も今日とていい天気、太陽が降り注ぐ空には雲ひとつとしてない。
折角のピクニックだからといって鼻歌を歌いながら支度する母。母さん、流石に作りすぎると食べきれないよ?
晴れてよかったな、とソファで快活に笑う父さん。そうだね、雨が降ったらどうしようかと思った。
嬉しそうにフリズビーを持って得意げにこちらを見る妹。お、今日こそ落とさない自信有りか?
楽しそうな笑顔と、嬉しそうな笑顔と、自信ありげな笑顔と、安心しきった笑顔。
久しぶりに家族みんなでお出かけだ。
きっと、思わず吹き出してしまうほど楽しいに違いない。


ready steady GO!

「あー……やっぱ出遅れた」

 

 繰り広げられる激闘とここまで響く轟音に呟いて、バツの悪さに頭を掻いた。

 目の前バルセロナ、押し寄せたAKUMAの大群と絶賛乱闘中です。

 

 早歩きが功をなしたのか夜中に目的地に到着したことに安堵したのも束の間、ちかちかと暗い夜空に見える花火のような光と微かに聞こえる爆発音に、丘の上で肝を冷やしたのはつい先刻のことだ。

 全速力で走りつつ、近付いてくる町の外壁を確認して能力を発動させる準備をする。刃物が宙を舞うイメージを固めながら、頭の端では町にいるであろう仲間の安否を思った。

 

 捜索部隊(ファインダー)の皆さんに戦闘能力はない。イノセンスの一種であるという結界装置を使ってレベル1程度のAKUMAなら足止めすることができるが、向こうの数が多ければ対応しきれないし、レベル2の場合は結構な確率で結界を破壊される。

 

 この爆発は兵器達が破壊されている証拠だ。恐らく神田達が既に到着しているのだろう。

 名だたるエクソシストの中でも戦闘力が高い神田や、先日知り合ったマリにデイシャ(この二人は神田より大分人当たりがいい)。三人共簡単に死ぬ玉じゃないのをとを知っているとはいえ、やはり大量のAKUMA兵器に三人だけなのはいかんせん不安がちらついた。

 指の腹に犬歯を食い込ませて、思い切り皮を突き破る。

 AKUMA達の姿も、レベル2一体一体の形状が視認できるぐらいには近付いてきていた。

 準備は万端。少し眠いがしょうがない。

 

「──これ終わったら、せめて寝る時間ぐらいくれよ?」

 

 一体誰に向けての要望だったのか。

 半ば祈るような気持ちで呟いて、最小限まで縮めた地の刃を認識できるだけのAKUMA達に向けて飛ばした。猛スピードで飛来した小さな凶器を避けることもせず、十数体の兵器達は貫かれて爆発を残し消えていく。

 刃を最小に抑えたとはいえ、この戦い方は結果的に大量の血を消耗することになる。けれどとにかく相手の数が多い今、一体一体相手をしていく訳にもいかないのでここはしょうがない。リナリー勘弁。

 

 そういえば、街の住人達非難は済ませたんだろうな?

 

「……って! 門閉まってるし!」

 

 高い外壁に近付くに連れ発覚した事実に思わず叫んだ。

 地上タイプのAKUMA達を足止めする為か? けど殆ど空飛んでるし遅かれ早かれブチ壊されるんならほぼ無意味じゃん。

 捜索部隊(ファインダー)さん達の懸命さには感心するが、これでは俺が入るのにも一苦労だ。

 

 再び幾つかの刃を造形しながら、空中に浮かぶ安易な段差を思い浮かべた。

 ……よし、これで大丈夫。

 

「行って、聖血(ハイマ)

 

 イメージした通りに幾つかの半透明な踏石が空中に現れ、壁の上まで続く。俺が踏めるギリギリの大きさに作った為、血液浪費は最少限。

 スピードを緩めることなく、地面を蹴ってジャンプする。一つ目の台に足をかけて、そこからまた蹴り上げて次の踏石に向かう。そうしているとあっという間に壁越え完了。同じ要領で街の内側に飛び降り、同時にこちらに気付いた数体のAKUMAに用意しておいた武器を飛ばした。

 

 この能力ほんと便利。でもその分対価が大きい。

 

 既に少しふらふらしてきた頭を力一杯振って、誰もいない街道を駆ける。よし、非難は済んでいるようだ。

 また一群の刃を放って、にしても数が多いと思いつつそういえば神田達はどこだろうと何度か左右を振り向いた。もちろん見つかる筈もなくそのまま進む。

 まあそのうち落ち合えるだろう。……考えたら気が重くなってきた。

 

 それにしたって、

 

 ──助けて。

 ──苦しいよ。痛いよ。辛いよ。怖いよ。

 ──苦しい苦しい苦しい。

 ──助けて助けて助けて助けて。

 

「うあー、もう、うるさい!」

 

 更に加速させた血の塊が無数に湧いて出る兵器達を貫いていく。つかさっきこいつら地面の中から出てきたじゃん。ますます門を閉めた意味がない。

 四方八方から聴こえてくるAKUMA達の喘ぎに耳を塞ぐどころか鼓膜を引き千切ってしまいたい衝動にかけられる。

 

 煩い。本当に五月蝿い。

 もう精神崩壊しそうだった。

 

 血で耳栓でも作ろうかと考えた次の瞬間。

 

 ドガゴッ!

 

「ひっ!?」

 

 目の前を突如何かが通過して、思わず情けない声を上げて急ブレーキをかけた。あと一歩でも前に進んでいたら……と想像して血の気が引いた。反射神経万歳。

 軌道にある建物の壁を全てぶち破って、物体はブーメランのように同じ方向に戻っていく。その武器に見覚えがあった俺は、自分の目が少し大きくなるのを感じた。

 

 丸い形状に表面の光る模様。音波を発生させながら空を切る。

 間違いない、デイシャ・バリーの隣人ノ鐘(チャリティ・ベル)だ。

 

「隣の街道……?」

 

 彼がいつもサッカーボールのように操るその球体が戻っていく方角を見つめて、おおよその位置の目処を立てた。この年の道は大体中央の塔から放射線状に作られているから、ここまで飛んでくるとすればデイシャがいるのは恐らくすぐ隣。

 

 よかった、やっと誰か知ってる人が。

 先ほどより捜索部隊(ファインダー)の人達とも全く擦れ違わず、少し心細くなり始めた所だった。丁度いい、ここらで一度合流しよう。

 遭遇したのが神田でなかったことに少し安堵して、隣人ノ鐘(チャリティ・ベル)が残していった建物の残骸の上を駆ける。これが飛んできたということはデイシャは戦闘中なんだろうか。

 

 すぐに瓦礫の向こうに見知った姿が見えてきて、早速声をかけようと口を開く。

 けれど喉が音を発する直前、ふとデイシャが険しい表情で何かと対峙しているのに気付いて反射的に立ち止まった。ゆっくりと、その視線の先を辿る。

 

「……!」

 

 真夜中の暗闇に溶け込むようなスーツに、高いシルクハット。帽子の陰に隠れて額と表情はここから上手く見えない。

 けれどこんな暗がりでも、その男の異様に黒い肌の色は辛うじて認識できた。

 そして何より、

 

「なっ……!?」

 

 デイシャが驚きの声を上げている。二人共まだこちらには気付いていない様子だった。

 それもそうだろう。自分の必殺技が、隣人ノ鐘(チャリティ・ベル)が。

 いとも簡単に()()()()()()()()()()()()

 

 硬いAKUMAの外層をも貫く筈のイノセンスがこうも簡単に受け止められるとすれば、あの男の正体は一つしか考えられない。

 先日尋ねてきた藍髪の少女を思い浮かべて、その肌の色と今目の前の男のそれを比較した。

 

 うん……──同じだ。

 

 そうと決まれば即行動、不意打ちを決め込む為にも出来る限り静かに、慎重に生成していく。

 ロードと同類……すなわちノアであろう男が受け止め、勢いを失くし始めていたイノセンスを地面に落とした。

 デイシャが冷や汗を流している。

 男の姿が消えた、シルクハットだけが残される。

 デイシャの顔が恐怖で歪む。

 そして男の腕が伸ばされて──壁に拒まれた。

 

「! なんだ……?」

 

 標的に届く寸前に指を弾かれて、男は大きく一歩飛び退いた。

 そこに畳み掛けるように細い針のように固めたものを無数に飛ばす。けれどそれはいとも簡単に弾かれた。欲を言えば一本ぐらい貫通してくれると助かったんだけど……やっぱり無理があるか。

 

「璃兎!」

 

「うっす。大丈夫?」

 

「あ、ああ……」

 

「リト?」

 

 俺に気付いて目を見開いたデイシャが口にした名前に、なぜか向こうも反応して目を丸くする。その反応に首を傾げつつ、警戒は解かぬままデイシャの隣に出て何やら驚いている様子の相手を睨みつけた。

 なんでだろう。東洋の名前だから珍しいんだろうか? 俺からすればここの人らの名前の方が面白いんだが。カルチャーショックか。

 

 すると仕切りに俺の名前を繰り返して何かを考え込む男。そう璃兎璃兎連呼されると流石に恥ずかしくなってくるんだが。

 隣で「なんでここに?」と尋ねてくるデイシャに一瞬視線を送って、次の一群を送り出す光景を思い描いていく。

 この分なら、時間稼ぎぐらいできる筈だ。

 

「……デイシャ、合図したら隣人ノ鐘(チャリティ・ベル)持って神田達ん所行って」

 

「は!? 何言ってるじゃん! こいつはお前一人で相手出来るような奴じゃないじゃん!」

 

「いいから」

 

 声を荒げて言うデイシャにこちらはあくまで淡々と返す。

 向こうがどういう訳か手を出してこないとはいえ、ここはあくまで戦場なのに変わりはない。冷静さを欠いたらお終いだというのは、以前アレンが言っていた。

 

 デイシャには、少なくとも帰りを待っている仲間がいる。今回護衛に来たティエドール元帥には実の息子のように扱われていると聞くし、神田やマリもきっとデイシャの合流を待ち侘びている。よくは知らないが、きっと家族もいる。

 俺はこちらに来たばかりだし、家族がどうなったかもわからない。アレンやリナリー達が気にならないでもないが、万が一があっても少なくともこの人よりは悲しむ人が少なくて済む筈だ。

 

 というかそもそも、死ぬ気なんてないし。

 

「行くぞ。5、4、3、」

 

「ちょ、待てって! 一人でこんな奴の相手なんて、」

 

「2、1──はいGO!」

 

「っ……」

 

 言い終わる前に合図を鳴らし、思い切り背中を押してやる。同時に先ほどと同じ、針千本を未だ悠長に考え込んでいる正装の男に向けて放った。

 よろけて一歩進んだデイシャが恨めしそうに一度だけこちらを振り返って、すぐにイノセンスを呼び寄せて戦線離脱する。俺が飛ばした針は一本残らず避けられていた。

 また全部避けられちゃったが……これでいい。

 

 デイシャが澄み渡る音色を放つ隣人ノ鐘(チャリティ・ベル)と共に曲がり角で消えたのを確認して意識を前に戻すと、丁度男がぽん、と拳を手のひらに打ち付けた古い閃き方を披露している所だった。

 

「今時そんな閃き方誰もやってないよ、お兄さん」

 

「思い出した。璃兎って確か、ロードがお気に入りだって奴だよな」

 

「……嘘だろ?」

 

「違うのか?」

 

「いや、多分合ってますけど……」

 

 ロードの奴仲間内で公開してたのか。特に可笑しいという訳でもないが、個人情報の損害だ。

 

「へーえ……お前が、ねえ?」

 

 心底興味深そうにこちらを眺めつつ、男は地面に落ちたシルクハットを拾う。額に浮かんだノア独特の紋様を隠すように鍔を低く下げたそいつがこちらに向き直って笑うと、底知れぬ何かが背筋を這っていく感覚があった。

 殺気だ。いつの間に感じられるようになったんだろう。こちらで目を覚ましてからはどうも危ないことだらけだから、体が対応したんだろうか。ほんと俺の順応力って一体。

 

 いつ攻撃開始されてもいいよう構えたままにする。けれど俺の思惑に反して、向こうの殺気はどんどん小さくなっていくばかりだった。

 ……罠か? 殺気を抑えて油断させた所を生け捕る感じか?

 

 勝手に相手の戦略を悶々と考えていると、不意にそいつの視線が俺の顔のすぐ下で止まる。そのまま瞬きをすることもなく完全に固まってしまったそいつを怪訝に思いつつ、今度は針より少し贅沢な短剣を数十浮かべた。そろそろ血を使い過ぎな気がしてきた。

 

 あの視線は首元か? 俺首でも狙われてんのか? 次の瞬間スパーンて体と首が分離してたりしてね、こいつスピード結構あるし。

 先ほどデイシャに襲い掛かった情景を思い出し、かつ自分の首が吹っ飛ぶ想像をして思わず身を震わせた。

 いかんいかん、こんな所で想像すると正夢になるからやめないと。

 

「ロードの奴気が早いなー……もう”印”なんてつけたのか」

 

「は?」

 

「いや、こっちの話だ」

 

 余裕の表情で手を振る相手に、ふとどっかの巻き毛シスコンを思い出して殺意が湧いた。

 

「……お兄さん殺る気ある? ない?」

 

「あん? あー、まあ俺としては今すぐにでも殺っちまいたい所なんだけどさ。そんなことしたら多分ロードがブチ切れるんだよなあ」

 

「……? それってどういう、」

 

「てな訳で今回はもう帰るわ」

 

「へ!?」

 

 かっる! つか唐突過ぎる。

 軽い調子で宣言した相手に思わず素っ頓狂な声が溢れた。流石に予想外だ。せめて脈略ぐらいはつけて話して欲しい。

 

 本当に帰るつもりなのか、のんびりとスーツの襟を正し始める男に惚けてしまう。驚いた弾みで、せっかく用意していた短剣たちのイメージがぶれてパリン、と音を立てて砕け散ってしまった。ああ、もう、血が勿体ない。

 今一度想像力を働かせて指の傷から溢れる血を造形していきながら、視線は俺の行動に一切反応することなくシルクハットを被り直すノアに向けたまま。

 ロードもそうだけど、こいつらがこうも余裕で居られるのはノアの力を持ってるからこそだ。常人が戦場でここまで気を抜いてみろ、戦い始めて二秒ぐらいで瞬殺される。

 この人スーツ似合うな……いや待て、現実逃避するな自分。

 

 漸く身支度を終えたらしく、自分の衣服から手を離して顔を上げる。相変わらず浮かべているのは笑顔で、どこかの眼鏡のように飄々としたその態度にイラつきを覚えつつ、踵を返したそいつに向けて刃を放った。

 

「そんじゃ、また会おうぜ──」

 

 ヒュンッ、と僅かに風を切った音がする。

 会釈のつもりであげたらしいそいつの右手の横を一本が擦り抜けて、次の瞬間には立ち止まったそいつに他の剣は全て打ち落とされていた。奇襲、というつもりは特になかったが、まあやっぱり成功しなかったのには幾らかがっかりする他ない。

 にしても本当になんなんだこいつらの反射神経は。いや、最早反射神経と呼んでいいものなのかすら怪しい。何? 第六感?

 

 立ち止まって動かなくなったノアから視線を離さないまま、次の一撃に備えようと溢れた血液を固め始めた時。

 

「折角俺が我慢してやってたのに……命知らずだな、少年?」

 

「っ──!」

 

 視界から突然、そいつが姿を消した。

 

 

 

 

 

 ready steady GO! ▼

 

(絆創膏で隠したって無駄なんだぜ、少年)




長くなりそうだった上に、別視点も取り入れたいのでここらで一旦ストップ。
さあ楽しくなってきたよー!?(←?)

そしてついにDグレが本誌で連載再開されましたね! おめでとうございます!
それなのに海外に住んでいる所為でジャンプ買えないという罠。どういう仕打ちだよ神よ。

それにしても、季刊の”ジャンプSQ.CROWN”の”CROWN”がどう考えてもアレンのイノセンスから取ったとしか思えなくて悶え転がる今日この頃。公式は偉大ですね。
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