ハイマ。   作:とう

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 黒は好きだ。
 嫌なことも、悲しかったことも、全部まとめて包んでくれる。
 白も好きだ。
 明るくて眩しくて、ちょっと目が眩むけど、暖かく照らしてくれる。
 紫は苦手だ。
 だって、なんか、ちょっと、毒々しい。
 じゃあ、赤は?
 ………………。


初回不限定版。

 ぐぅぎゅるるる……、

 

 地の底から響くような音に慌てて腹部を抑えた。咄嗟に周りの三人を振り向くと、デイシャはポカーンと口を開き、苦笑するマリの隣で神田はあからさまに舌打ちしていた。ははは……と乾いた笑いだけを溢す。

 空気読めや俺の腹。今まで大丈夫だったのに終わって早々これとは情けない。いや、今だからこそか。

 

 新たに現れたノアであるティキ・ミックと対峙したのは、つい先刻のこと。突然現れて唐突に帰っていったアレを思い出すと今でも僅かな恐怖と多大な怒りを覚えた。

 絶体絶命だった所を神田達が保護してくれたから良かったが、あのまま行ったらどうなっていたことか……いや、あれは元々帰ろうとしていたんだっけか。そもそもあいつがどことなくコムイに共通する部分があるのが悪い。むか。

 

「呑気なもんだな」

 

 睨みを利かせてこちらを見やる神田に震え上がりながら「ごめん……」と小さく呟いた。

 仕方のないことだ、神田が怒るのも分かる。我ながら不謹慎だとは思う。

 

 今回ここ、バルセロナにて繰り広げられた死闘は神田達の活躍もあって夜明けと共に終わりを告げた。街の住民に死傷者はなし。奴等の標的であったティエドール元帥も無事、というか元帥自身まだ街に到着していなかったのだ。

 けれど、この結果を招くために教団が出した代価は同様に大きかった。捜索部隊(ファインダー)の犠牲者は軽く六十を超えるし、この港に並べられたおびただしい数の棺桶は見ているだけで身体中が冷えていくようで。

 一歩間違えれば自分とデイシャも同じ運命を辿っていたんだな、と脳裏にティキの顔が浮かんでぞッとした。

 

 ダメだ、忘れろ。思い出すな。想像するな。

 

「……ま、しょうがないんじゃん? 前の任務から直接駆り出されたって聞くし」

 

「休憩も食事もろくに摂っていないんだろう」

 

 懐に手を滑り込ませてほら、と非常食用だったらしいパンを差し出してくるマリを本気で一瞬天使かと思った。いや寧ろ慈悲深き女神様、男だからどっちかというと仏様かな?

 いかん空腹と疲労のあまり思考回路が変になってる。

 

 気持ちを切り替え、パンを受け取って精一杯感謝の感情を込めて礼を言うと、マリはふっと微笑んだ。

 いつの間にか、大きな手が頭に乗せられている。

 

「無理はするな。苦しい時はいつでも頼ってこい」

 

「、……うん、ありがと、マリ」

 

「ちょいちょい、俺も忘れんなじゃん!」

 

「デイシャは俺に助けられた側じゃんか」

 

「ぐ……」

 

「はは、冗談だから。頼りにしとくよ」

 

 あからさまに言葉に詰まったデイシャに笑って、マリに貰ったパンを一口かじった。ほのかな甘みと炭水化物特有の満腹感を噛み締めつつ、頭上の手がそっと離れていくのを少し名残惜しく思う。

 頭撫でられたのなんていつぶりだろう。それを嬉しいと思う辺り、俺もまだまだ子供ということなんだろうか。

 

 俺の到着がもう少しでも早ければ、結果は大きく変わったんだろうか。やっぱり道中ずっと走っていた方が良かったか、とまたまた後悔。最近後悔してばかりな気がする。不吉だ。

 当然ながら後に悔やんでも到底無意味で、並べられた棺がなくなる訳でも、ましてやその数が減る筈もなかった。

 

 ……それにしても。

 腹ごしらえの約半分が腹に収まった頃、少し離れた場所に佇む長髪剣士を視野に入れた。

 僅かに吹く潮風に揺れる髪の合間に覗くのは、相変わらず眉間がしわだらけの不機嫌そうな顔。普段のそれと特に違いはないのだろうけど、心なしかより一層機嫌が悪く見える。

 

 ティキとの一件で助けられて迷惑かけた挙句、この呑気極まれりな腹の虫。

 二重で怒らせてしまったこと確定だった。

 コムイの嘘吐き。

 

「溝がどんどん広がってくー……」

 

 仲、良くなる所かますます険悪になってきてるし。

 泣きそうになってきて気を紛らわそうとパンの残り半分にかぶり付くと、顔を見合わせたマリとデイシャに声をかけられた。

 

「そう気に病むことはない。あいつは誰に対してもあの態度だ」

 

「昔っから素直になれない奴じゃん。根はいい奴だ。俺らも、初めはすげえ苦労したじゃん」

 

「わかるんだけど……」

 

 でも、やっぱり納得いかない。というかしたくない。認めてしまえば、ずっと意心地の悪いままだ。

 言葉を止めて俯いた俺に、二人がまた視線を合わせるのが視界の端で見えた。その眉が難しそうに寄せられている。

 しまった、困らせた。

 

「ごめん、そういうつもりじゃ──」

 

 ──ない、と取り繕おうと慌てふためいていると、唐突に肩にぽんと何かが触れて思わず跳び上がる。

 お互いに顔を見合わせていたマリとデイシャが突然止まった俺の声に反応してかこちらを向き、俺の肩越しに何を見つけたのかデイシャが僅かに息を呑むのが聞こえた。それまで海を眺めていた神田の視線もこちらを向く。

 

「やあ、全員元気そうだね」

 

 少ししわがれた、優しそうな声が背後から聞こえる。俺の肩に手を乗せた張本人らしいその人が一歩前に上がってきて、俺は自分の隣を振り向いた。

 赤い縁取りの眼鏡を掛け、もさもさの髪を後ろで束ねた初老の男性──フロワ・ティエドール元帥が、穏やかに微笑んでそこに佇んでいた。

 

 

 ・・・

 

 

「新しいノアの出現ねー……それで君は、デイシャを助けるべくその男に一人で立ち向かった訳だ」

 

「……はい」

 

「本部から君の話は聞かされているよ。大丈夫? 怪我とかは」

 

「あ、はい、いえ全く! この通りピンピンしてます」

 

 余計な心配はかけまいと外傷ひとつない両手を振り回した。相変わらず、イノセンスの発動を止めてしまえば大抵の傷は治るらしい。まあ体内がどんな悲壮な状況になってるかは見当もつかないけれど。頑張れ俺の心臓。

 

 バルセロナで起こった出来事の一部始終を一通り話し終えてティエドール元帥の反応を待つと、彼は短く髭の生えた顎を摩りながら情報を反復していた。少々緊張しつつ頷いて返す。

 

 目の前の、側から見ればどこにでもいるようなこの男性が五人いる元帥の内の一人だなんて、到底想像がつかなかった。だってどこをどう見てもちょっととろそうだけど優しい目をしたお爺さんだ。初対面の俺に何が分かるってのもそうだけど、少なくとも外見から戦闘能力がありそうだとは思えない。

 だけど、強くて偉い人であることに変わりはない。

 

「デイシャの命を救ってくれたこと、礼を言うよ。璃兎くん」

 

 俺の言葉に小さく首を縦に動かした元帥が自分の傍に視線を向けて、俺も無意識にそれを追う。

 ティエドール元帥の弟子である三人がそこに並んで、元帥同様俺に向かい合っていた。向かって一番左側に立ったデイシャが師匠に賛同するように頷いたので、俺はなんだか小っ恥ずかしくなって「いや、でも俺はほぼなにもしてないし」とキョどってしまった。

 

 すると、言い終えたティエドール元帥が笑顔のままくい、くい、と手招きをしているのに気付いた。そのどこか不自然な笑みに小首を傾げつつ、何の疑いもなくその通りに元帥の前まで歩み寄る。

 俺より幾らか高い位置にあるその赤縁の奥の双眸を見上げた途端、視界の端で何かが音もなくすっと動いたのが僅かに見えた。

 

 そして、べちんっ、と結構な音と共に眉間に感じる強い衝撃。

 

「あい”ッだ!!」

 

「だけど、そういう自分の命を投げ出すような無茶は頂けないな。以後自制しなさい。いいね?」

 

「は、はぃ……」

 

 デコピンの威力半端ねえ。この人まさかこれが武器とかじゃ……いやそんな馬鹿な。

 あまりの威力にデコがじんじんと熱いような錯覚を感じる上、おまけに酸素の回ってない脳が揺れて目が回った。

 なんとか返事はしたものの、流石に痛くて「にぅう〜……」と謎の呻き声を漏らしつつしゃがみこんだ。涙が滲んでくるのがわかる。立派にティーンズやってるやつがこんな頻繁に泣いていいのかと些か情けなくなった……いや待て俺の所為じゃない。

 

「今のデコピン、すげえ音したじゃん……」

 

「……ふん、知るか」

 

「まあ、今回ばかりは自業自得だな」

 

 当然ながら味方はいなかった。

 

 そしてどうのこうのして話が一段落したところで、俺は少し前から気になっていた疑問を元帥に尋ねることにした。

 

「……あの、ティエドール元帥」

 

「ん? なんだい璃兎くん」

 

「クロス・マリアン……他の元帥達を保護しに行ったグループの現状、知らされてたりしますか?」

 

 こんなことを訊いてしまっていいのか少し迷いつつ、どうしても気になって疑問を口にした。

 

 AKUMA達の襲撃やティキ・ミックはなんとかやり過ごせたとはいえ、こちらだってまだまだ油断も隙も晒せない状況であるのは間違いない。

 いつまた伯爵が元帥を狙う刺客を投じてくるのかわからない以上、ティエドール元帥がこのバルセロナに留まることはあまり得策ではないのだ。

 

 その質問に、レンズの奥の瞳を僅かに細めて、元帥が口を開く。

 

「残念ながら、万一敵に位置情報が漏れないよう、本部との通信は最少限にしていてね。そこまでは聞いていないよ」

 

「そう、ですか」

 

「……気になるのかい?」

 

「……」

 

 最もな理由と共に帰ってきた言葉は、予想こそしていたもののやはり実際聞くと少し凹んだ。

 俺がなぜここまでアレンやリナリー、ラビ達の安否を気にかけているのかというと、我ながら非常に女々しい理由からだった。

 

 こっちで目を覚ましてからもう暫く経つし、最近は自分がこの環境に馴染んで行くにつれ、元の世界に戻れるいう可能性がどんどん薄れていくのを肌で感じていた。

 もう、会えない人がいる。そのことを思うと胸が締め付けられるような思いで、あまり考えないようにしてきた。

 今、俺が存在しているのはここだ。今はこっちのことだけ考えていればいい。

 

 そして、そんな俺がこちらに来て一番に言葉を交わして、知り合ったのが件のアレン達だった。

 もちろん科学班や他の教団のみんなにも世話になっている訳なのだが、年が近いということもあって、今の所俺が一番多く接してきたのは彼らだと思う。一人でいれば話しかけてきてくれるし、何気ない会話に花が咲いたりして、暫くわいのわいのと騒ぐこともあった。

 だからこそわかる。彼らは”悪い人達じゃない”。

 

 善人と悪人を本質から見抜く才能なんて俺にはない。こんなことを言ってはいけないのかも知れないけれど、アレン達が”良い人”だという確信は、まだはっきり言って持てていなかった。

 

 けれど()()だという確証は無かったとしても、決して()()ではないということを彼らは自らで俺に証明してくれた。唐突に現れて、彼らにとっては”異産物(イレギュラー)”である筈の”俺”に、自らを言動ではっきりと示してくれた。

 同年代の友人が初めてという訳では決してない。

 けれどこんな異様な状況下だからか、彼らの存在は今の俺にとって何より大きく、大切で、尊い物だった。

 

 だから、気になって仕方がない。

 

「うーん……どうしても気になるなら、追いかけてみてはどうだい?」

 

「あっ、はい?」

 

 束の間、深い思考に呑み込まれていると、不意に聞こえたティエドール元帥の声にその沼から引き摺り出された。ちょっとびっくりした。

 というか、え? 元帥今なんて?

 

「彼らは確か、アジアの方に向かったのだったかな。今なら、急いで追えば間に合うかも」

 

「、でも」

 

「元帥のことなら心配するな、璃兎。俺達が責任を持って護衛する」

 

「マリ」

 

 一歩こちらに歩み寄ってきたマリが、普段の穏やかな笑みを浮かべてそう言った。図星を衝かれて少し下を向く。流石はマリ。もしかして心の中身まで聞き取れるんではないだろうか。

 

 アレン達は心配だ。けど、コムイが俺を振り分けたのはティエドール元帥の保護班。ここで勝手にアレン達クロス班に向かえば、最悪職務放棄紛いの行動として処理されかねない。

 そこは別に良い。責任は自分で取る。

 けど、どちらにせよ俺の戦力なんて矮小な物でしかないけれど、俺が行って、もしティエドール元帥に、優しい目をしたこの人にもしものことがあったら。

 会ってまだ数時間しか経っていないけれど、今目の前にいる誰かの身が危険に晒されているいう想像は、身体中の筋肉を凍らせるほど恐ろしく思えた。

 

 だから行きたい。だけど、怖い。

 

「一々うざったいこと考えてんじゃねぇよ」

 

 苛立ちを孕んだ低い声にそちらを向けば、こちらをちらりとも見ずに、相変わらずの不機嫌顔がそっぽを向いていた。まさか神田の方から話してくるとは思っていなくて、思わず言葉に詰まって目をぱちくりさせた。

 

 ……天変地異。明日は雪か? 槍か? 飴玉か?

 

 失礼なのは重々承知だが、あまりのことにそんな言葉が滑り出そうになった所で、海の遠くを見つめたままの神田が言葉を続ける。

 

「身の入ってねェ奴はいても足手まといだ。さっさと行け。戻ってくんな」

 

「……やっぱハルマゲドン?」

 

「は?」

 

 なに訳のわからんことを言ってるんだお前は、とでも言いたげにこちらに視線だけが向けられた。いや、訳わからんのはそっちだ。

 あの神田が(気の所為である可能性は否めないが)気を遣ってる……? しかも幾らか嫌っている(少なくとも好いてはいない)であろう俺に?

 夢か幻だろうか。いやもういっそバルセロナで起こった一連の邂逅とかが全部夢だったならそれでもいい。シルクハット野郎と会った過去も清算されてスッキリだ。

 

 なかなか次の反応を見せない俺に、今度はデイシャが神田の隣に立ってその肩に自分の肘を乗せつつ口を開く。

 

「ま、神田の素直さの欠片もない『いってらっしゃい』はともかく。こっちは心配しなくていいじゃん。エクソシストとしての経験は、伊達じゃないんじゃん?」

 

「デイシャてめえ……」

 

 あ、神田の眉間のシワが一本増えた。

 

 マリだけでなく、元帥、デイシャ、神田。四人にそんな言葉を送られて、俺はもしかしたら本当に行っていいのかな、と思い始めていた。

 行きたい。行きたい。ここでできた最初の仲間なんだ。気にするに決まってる。行って、実際に自分の目で見て確かめて、安否を確認したい。

 一緒にあそこ(ホーム)に戻って、またたくさん話したい。

 

 いろんな感情が溢れてきた頃、とどめをさしてきたのは、ティエドール元帥の一声だった。

 

「行っておいで、璃兎くん」

 

 彼らもきっと、君を待ってるよ。

 

「──……はい」

 

 

 ・・・

 

 

「さて……それじゃあこっちも出発しようかね」

 

 赤い縁取りの眼鏡を押し上げ、フロワ・ティエドールは璃兎を送り出した方向から振り返った。

 バルセロナでの戦いは終わった。たくさんの犠牲者を出した。ここに長居するべきではない。

 

 師の言葉に頷き、神田とマリも同様に踵を返した。

 此度現れた新たなノア、ティキ・ミック。それと一番に邂逅し、戦闘したというデイシャは念の為体に異常がないか、精密な検査をするべく教団本部に送還されることとなった。渋々といった様子で、デイシャは本部行きの船に大量の棺たちと共に乗り込んでいった。

 最後に、

 

「神田お前、もうちょい素直になった方がいいと思うじゃん?」

 

 とだけ残して。

 当の長髪侍はというと、その言葉の真意を理解できず先刻から苛立たしげな足音を立てて歩いていた。隣を歩くマリが苦笑する。

 

「にしても、本当に珍しいな」

 

「は? なにがだ」

 

「璃兎に気、遣ってただろう?」

 

「あー、確かにびっくりしたねえ。ユー君、いつの間にあんな仲のいい子が出来たんだい?」

 

「俺がいつあいつと仲良しだっつった……?」

 

 不本意な師匠の解釈に、神田はより一層不機嫌さを表情と纏う空気に表しつつ、足を進めた。

 こういう所をデイシャに言われているんだ……とマリは零しそうになるのをぐっと押さえ込んだ。前を歩くティエドールの表情は確認できないが、恐らくはだらし無く緩んでいることだろう。

 

「……ああいう面倒なのが一緒だと、気が散るんだよ」

 

 低い声で言う彼の方を振り向くと、眉根に寄せられたしわがいつも以上に鮮明に見えた。

 

 

 

 

 

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(大丈夫、大丈夫……だいじょうぶ)




今回はギャグ少な目。璃兎くんが……女々しい……。
学校が、新学年指導一週間目の忙しさじゃない。いろんな課外活動に参加しすぎた感は否めないけど、これは死にます。中国語と英語合わせて朗読60ページとか鬼か……?
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