ハイマ。   作:とう

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 どうして。
 なぜ?
 なぜ。
 どうして?
 だって。
 だってだって。
 だってだってだって。
 理由なんて、いらないでしょ?


東方行き、列車が参ります。

 早朝、街の一角にある宿泊施設のロビー、受話器の前。通信ゴーレムの繋がれたそれを手に、リナリーは真剣な面持ちで本部からの連絡に耳を傾けていた。

 頻りに頷きつつ、軽く相槌を打っていた彼女の顔が不意に明るみ、その様子を近くで見ていたアレンは小首を傾げた。

 何かいい報告でもあったのだろうか、と脳裏に浮かんだのは新しく出来た東洋人の仲間の顔。咄嗟に浮かんで来たそれに驚きつつ、過度な期待はするまいと頭を数回、思考を振り払うように左右に揺らした。

 

 彼なら大丈夫だ。なりたてとはいえ立派なエクソシスト、その類稀なる実力は、確かに目の前で確認したじゃないか。

 信じるんだ。心の中でそう自分に言い聞かせた所で、明るい表情で戻って来るリナリーが視界に入り、アレンは紳士らしく微笑んで彼女を迎えた。

 

「なにか、朗報でもあったんですか?」

 

「ええ、とびっきりのグッドニュースよ!」

 

 嬉しい報せに年相応の少女らしく、僅かに興奮で赤らんだ顔を可愛らしく綻ばせて、リナリーは大きく頷いた。頭の両側で高く結んだ長い髪がその動きに合わせて揺れる。

 その声を聞きつけて、少し離れた所で待機していたラビにブックマン、クロウリーがぞろぞろと歩み寄ってきた。その全員に、彼女は満面の笑みを向ける。

 

「ティエドール元帥はバルセロナで無事、保護されたそうよ。璃兎くんや神田達も」

 

「本当ですか!」

 

 思わず訊き返したアレンは、リナリーが再び首を縦に振ったのを見て、いつの間にか詰めていた息を吐いた。

 

 やっぱり無事だったんだ。

 大丈夫、大丈夫……だいじょうぶ。

 隣でラビやまだ璃兎に直接会った事すらない筈のクロウリーも安堵の息を吐いているのが聞こえて、アレンも徐々に自分の中のつっかえが減っていくのを感じた。

 そして、今一度機を取り直すようにぐっと拳に力を込める。

 

「……僕たちも行きましょう、師匠を探しに」

 

 また逃げられたりでもしたら、堪ったもんじゃない。折角苦労して手に入れた情報が古くなる前に、あの人を見つけなくては。

 

 アレンの言葉に、四人もそれぞれ意思の篭った眼で頷く。

 目指すは東方アジア、中国。

 目印の黒いコートを翻して、クロス元帥捜索部隊のエクソシスト達は急ぎ足で目的地に向かった。

 

 ──僕らも負けませんからね、璃兎。

 

 

 ・・・

 

 

 クロス隊は今頃中国に向かっているだろうから、そこで落ち会うといい。

 別れ際のティエドール元帥のそんなアドバイスを聞いて、俺は早速持参した地図を頼りにスペイン、バルセロナの港湾都市から世界有数の貿易大国、中国へと足を進めていた。

 

 とは言っても、ここからアジアまではとてつもない距離がある上に、どうやらこの世界、航空機なるものは存在しないようなので地上行路を通って行く他ない。気が遠くなりそうな長旅だ。ていうか本当に何時代だよ。

 今の所、すでに幾つかの列車を乗り継いで来ている。国境を越える時なんかはエクソシストである証明をする為の手続きなんかも行う必要があるし、それに時間を取られて列車を取り逃がす、という事も何度かあった。

 正直追い付けるかどうか不安……と言うか、俺の気力がそこまで持つのか正直怪しい所だった。

 けれど進んでいるスピードはアレン達も同じな訳だから、こちらが少し急げばなんとか追い付けるだろう。気力の方は気合でなんとかする。ど根性精神論だ。

 

「そんで道中でAKUMAやノアに遭遇しなければ尚良し!」

 

 列車の個室の窓からゆっくり流れていく遠くの景色を眺めつつ、俺は大きく伸びをした。どうせ汽車の上で出来ることなんてほとんど無い。

 目的の駅はまだまだ先。先日のバルセロナでの重労働もあった訳だし、俺は少し休憩しようと瞼を閉じて体の力を抜いた。

 

 今となればどうして自分はこうものんびりしていたのか、とこの時の自分の能天気さを呪った。

 自分の放った一字一句が見事に全てフラグになり得るなんて、到底信じたくない。俺は恐らく神に何かしら恨みでも買っている。

 

 激しい後悔に襲われるのは、眼を覚ましてもう何回目だろう。

 

 

 ・・・

 

 

 暗い空間に蝋燭の光が灯る。色とりどりのパステルカラーで模様付けられたそれらは、暗色の背景とは酷くミスマッチだった。互いの尖った先端部を不気味に、妙に鮮明に照らし出す。

 普段は煩いほどの静寂に包まれている筈のそこに、今はしかしこれまた不釣り合いな喧騒が広がっていた。

 

 ヂリリリリリリッ、

 

「ハイハーイ、ただイマ♥」

 

 つい先程一つの受話器を置いたばかりの所で、またすぐ側で別の電話が騒音を上げる。それに目敏く反応し、無駄にくるりくるりと回転しながらその者は鳴り止まぬもう一つの受話器を手に取った。

 

「ハイ、こちら千年伯爵デス♥」

 

 そう応答している間にも、周りの床に無数に散りばめられた黒い機械は次々と着信を知らせて来る。

 

 商売繁盛。人間はなんと愚かで滑稽なのだろう。

 常日頃白く大きな歯が露見している口をさらに歪め、千年伯爵はブローカー達の対応に勤しんだ。

 これだから、この"仕事"はやめられない。

 

 一人の客との対話を終え、すぐさま次のクライアントへと向かう。

 そんな作業をしばらく繰り返し、漸く一頻り客足が減った所で、伯爵はその巨体を安楽椅子に沈めて、大きく息を吐いた。いつの間にか、どこからか取り出したファンシーなハンカチで額の汗を拭う。

 

「せーんねーんこうっ!」

 

「ワヒャア!?♥ 全く、わざと驚くようなことをするのはやめるようにいつも言ってるじゃないデスカ♥」

 

 前触れもなく現れたロードに、伯爵は跳び上がりつつお小言を返した。その反応に、ロード本人は全くの屈託ない笑顔で謝罪する。

 

「ごめーん。だって千年公、いつも面白い反応見してくれるからさあ」

 

 全く意思の篭っていない言葉でも、目の前の者が本気で自分達に怒りを向ける事はないことを、ロードは確信している。実際茶化すようにそう言っても、伯爵から帰ってくるのは「もう、しょうがないですネェ❤︎」と言う楽しそうな声だけだ。

 

 自分達は羊だ。彼の願いを叶える為の生贄に過ぎない。

 だから目一杯大事に育てて、満足したら一思いに捧げる。それ以上もそれ以下もない。

 

 と、その時不意に何者かが部屋に入ってくる気配がして、千年伯爵の首に腕を回したまま、ロードはそちらを振り向いた。

 そして、その笑顔がより一層深みを増す。

 

「ティッキー!」

 

「よおロード。また千年公困らしてんのか?」

 

「合意の上だよぉ〜」

 

「いい加減千年公も年なんだし、程々にしとかねーと心臓飛び出ちまうかもよ?」

 

「ム、何気にワタシをバカにしましたカ?♥」

 

「してないしてない」

 

 年寄り扱いはしたけどね。ひらひらと手のひらを振りつつ笑うティキに、伯爵もロードと同じようにニィ、と口元を裂いた。

 

「他の連中は? いねーの?」

 

「みんなそれぞれ担当する元帥の所へ行きましたヨ♥ あなたもサボってないで、早く向かいなさいネ♥」

 

 被っていた黒いシルクハットを頭から外し、辺りを見回し問うティキに、伯爵は素早く返答した。伯爵の言葉に、ティキは素直な子供のようにはーい、と答える。

 

 そして早速踵を返した所で、何か思い出したらしく「そうだ」と呟いてロードに視線をやった。部屋を出る彼を視線で見送っていたロードが小首を傾げる。

 兄妹のそんな初心な反応に微笑みつつ、ティキ・ミックは口を開いた。

 

「そういや会ったぜ、お前がお気に入りだとか言ってた人間のしょーねん」

 

「えっ、ほんと!?」

 

 途端に話に食いついたロードのあからさまな反応は予想通りだったらしく、ティキは顔色一つ変えずに頷いた。

 当のロードは、不服そうにぷっくりと頬を丸く膨らませている。

 

「ぶー、やっぱ僕も一緒に行けばよかったなぁ」

 

「ダメですヨ♥ あなたこの間学校の宿題ほっぽって、その彼に会いに行ったばかりじゃないですカ♥」

 

「え〜」

 

 だって会いたいんだもん、と駄々をこねるロードに、千年伯爵はただヒャヒャッ♥ と笑い声を返した。

 伯爵の反応に不貞腐れながら、で? と再びロードはティキに向き直った。

 

「どうだった?」

 

「どうって?」

 

「璃兎に会った感想だよぉ。面白い子でしょ〜?」

 

「ああ……」

 

 楽しげな雰囲気を隠そうともせずに、嬉々として人間の事を話すその様ノアにあるまじき姿だ。けれど実際に彼と邂逅した今のティキに取って、その気持ちは理解出来ないこともない。

 

「まー確かに、面白い奴だったよ」

 

「でしょー!?」

 

 まるで自分が褒められたかのように喜ぶロード。ティキはそんなロードに対しての千年伯爵の反応が気になったのだが、安楽椅子から漂う雰囲気は不機嫌というより寧ろ上機嫌な様だった。ほっと内心安心する。

 

 彼は、ノア達が幸せならそれでいいのだ。

 求めるものならなんでも与え、気に入らないというなら排除する。

 自分達が喜ぶことならなんだって、どんな非道なことでもやって退ける。

 そもそも、アレには善と悪の概念がないのだ。

 

「でもねティッキー」

 

「ん?」

 

 不意に再び声をかけてきた兄妹に、ティキはそろそろ立ち去ろうとしていた所を再び踏み留まる。

 振り向くと、そこには普段通りロードが口元を歪めてこちらを見つめていた。

 

「璃兎のこと、ぜぇったい横取りしちゃダメだからね?」

 

「……なぜ?」

 

 彼女に真意は手に取るように分かった。

 同じノアの意志を継ぐものとして、兄妹の思考を読むことなど彼らには容易い。

 

 知っていても尚、ティキ・ミックは敢えて問う。

 すると、少女の口元に、これまでで一番明るい──()()()()屈託のない笑みが浮かんだ。

 

「──だってアレは、()()()()なんだから♥」

 

 

 

 

 

 東方行き、列車が参ります。 ▼

 

(中国って言えばなんだろ、北京ダックに小籠包?)




ちょっと短くなりました。
千年公……台詞の『♥』恥ずかしいっス……。
追記、おなじみの最後の部分コピペし忘れてたのに気付きました。oh……。
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