ハイマ。   作:とう

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兄ちゃんお願い、宿題手伝って!
 おま、またぁ? 夏休みの課題は溜め込むなって、いつも言ってるだろ?
どうしても後回しにしちゃって。えへ。
 えへ。じゃない。
あいたっ!?
 全く……ほら、見せてみ。
じゃあ……!
 これが最後だかんな。次後回しにして泣き付いてきても、俺は知らん。
やったー! 兄ちゃんせんきゅー!
 ……どういたしまして。


武器=××××。

 ──あの深夜の騒動の後。自室のベッドで目覚めた俺は、「どうしてあんな時間に出歩いてたの!」とリナリーに物凄い剣幕で怒られた。

 まさか、調子に乗って人のいない本部を探索していたら迷子になり、挙句間違えて入った部屋がなんと寄りにも寄って教団一気性が荒いといっても過言ではない刀馬鹿のそれで死にそうになったところに訳のわからん怪奇現象が起こりました! なんて誰が言えるだろうか。

 

 少なくとも俺には無理だ。

 なので、その時一緒に見舞いに来てくれて隣に座っていたアレンと同じように苦笑いで通しておいた。

 彼によると、あの夜俺が気を失った後その刀馬鹿──もとい神田もリナリーこってり搾られ、そのあまりの激怒具合にアレンも含め近くの部屋の主達が目を覚まし野次馬状態になっていたらしい。それは是非見てみたかった。

 

 ただ、その事件のお蔭で俺と神田の間に微妙な間が生まれてしまったのは否めない。

 会うたびに舌打ちされるし、目が合えばすぐ逸らすし、俺の目測で計った限り半径五メートル以内に近付かせてくれたことが一度もない。部屋に間違って入ってしまったことは謝ったのだが、他にも不快なことをしてしまったのだろうか。

 ともかく、俺の他で唯一の日本人らしい彼との間に溝が出来てしまったのは、些かショックではあった。

 

 ちなみにあの時俺が失神した原因は、よくわかっていないらしい。

 コムイが言うには、「きっと突然”力”を使った所為で、体の方がびっくりしてしまったんだろう」とのこと。

 つまり、やはりあの防御壁が俺の(イノセンス)だった訳だ。

 

 冷えた刃の感触が残る首筋に手のひらを当てる。やはり傷跡は跡形も無くなっている。

 この傷の異常な治りの早さも、能力に関連するものだろうとコムイは言っていた。

 

 

 ・・・

 

 

「巻き戻しの街、か……」

 

「どう? 初任務、やっぱり緊張する?」

 

「まあ、多少は」

 

 任務の詳細が書かれた紙を見遣って苦笑する。尋ねてきた本人であるリナリーは俺のそんな回答に口元に手を当ててくすくすと笑った。

 

 神田との一件から数日が過ぎ、俺がここ(黒の教団)で目覚めてから丁度一週間が経っていた。

 あれから、任務に行けないばりに教団のトレーニング室で自主的なイノセンスの扱いの練習をしてきた。まだまだアレン達のように行かないとはいえ、扱い方や注意事項は十分に理解できていると思う。ここからはゆっくり、慣れていくしかないと他の仲間達も言っていた。

 初めてきちんと着た教団のコートはまだ少し肌に馴染まなくて、少しばかりの違和感が付きまとう。

 

「大丈夫よ。最初は誰だってそうだし、今回は私達だってついてるわ」

 

「だから安心して、背中は任せてください」

 

「……うん」

 

 優しい笑顔をこちらに向ける二人に一瞬固まってしまうが、それはすぐにこれ以上とない安心感へと変わって、気が付けば俺も二人に笑い返していた。

 

 ちょっともう、やばいって俺そこまで涙腺強くないんだから……。

 

「……っよし! アレン今度は俺が漕ぐ!」

 

「わっ!? ちょ、待ってください璃兎!」

 

「きゃ、もうっ二人とも暴れない!! 船が揺れるでしょう!」

 

 そんなこんなで次の朝、目的地である『巻き戻しの街』の高い外壁周辺に到着した俺たちを出迎えたのは、捜査部隊(ファインダー)のトマさんだった。

 

「トマ!」

 

「お待ちしてました」

 

 なにやらカードを弄っていた彼だが、俺たちが近付くのに気付いて立ち上がり、軽く会釈を交わした。

 この様子だと、アレンやリナリーとは知り合いだろうか。前にも任務で一緒になったりしたのかも知れない。早速出遅れた感を噛みしめていると、顔の下半分を包帯で巻いたトマさんがこちらに顔を向けた。

 

「貴方が璃兎さんですね。初めまして、捜査部隊(ファインダー)のトマと言います」

 

「あ、初めまして。天羽璃兎です、よろしく」

 

「こちらこそ」

 

 精一杯の笑顔で(引き攣っていたかも知れないが)握手の為手を差し出すと、向こうも優しく笑って握り返してくれた。おお、ちょっと不気味な見た目に反して優しい人だ。

 

 その後本題に入った俺達は、早速トマさんが本当に街に入れないことを確認した。街の中に通じる門を潜ろうとするトマさんの手を、バチッと軽い電撃のようなものが襲う。

 何か見えないバリア的なものでも張られてるんだろうか、と無意味に目を凝らして見たりもしたが、まあ見えないことが大前提なので当然、それが目に映ることはなかった。

 

「(にしても、なんで誰一人街の人が外を歩いてないんだ?)」

 

 外から見た限り、街頭には屋台どころか住人一人見えない。

 本部でリナリーが推測したように、中での時間が”十月九日”で止まってしまっているのが原因で、次元の壁なるものが発生してしまっているのだろうか。

 初任務と下手すれば戻って来られないかも知れないという緊張の反面、こんなのは不謹慎かもしれないが、「未知の現象が起きている街」というのに踏み込むことに俺は少なからず胸を躍らせていた。

 

「お気を付けて」

 

 トマさんの言葉に頷いて、街へと通じる門を通り抜ける。

 と。

 

 ざわっ、

 

「う、わ」

 

 先ほどのトマさんのように弾かれなかったことにホッとしたのもつかの間、突然そこに()()()大量の人間に思わず一歩後ずさる。

 

 なるほど、リナリーの説を借りて説明するとなると、その”次元の境界線”とやらは街の出入り口にあると考えて間違いないだろう。

 

「さて……どうやってイノセンスを探す?」

 

「それじゃあ手分けして情報を収集しましょう。集合は一時間後、場所は……」

 

「あそこの酒屋さんでどう?」

 

 三人並んで立っていた位置からそう遠くない、少し小さめな飲食店らしき建物を指差す。

 

「……そうね、そうしましょう」

 

 三人顔を見合わせて頷き、各々担当する大まかなエリアを決めていく。

 それが終わっていざ出発というところで、リナリーに呼び止められた。

 

「絶対に無理しないでね? 何かあったら、すぐに連絡寄越すこと」

 

「うん、分かってる」

 

 人差し指を立てて子供に言い聞かせるようにいうリナリーに苦笑する。初任務だからといって甘く見ている訳じゃないし、身の危険を感じたら全力疾走で戦線離脱する自信はある。それこそ、脱兎のように。

 

「心配性だな?」

 

「もう、私が言ってるのはそういうことじゃ」

 

「分かってる分かってる。約束するって」

 

 険しい表情を見せるリナリーに笑って、右手の小指を差し出した。それを見つめる不思議そうな視線にまた笑いがこみ上げてくる。

 

「日本の約束事でさ、ほらあるだろ? ”Cross my heart and hope to die”ってやつ。嘘ついたら針千本、な?」

 

「……ええ。約束よ?」

 

「ああ。流石に針千本は痛そうだからな」

 

 漸く笑顔になって小指を絡めてくれたリナリー、それを微笑んで見ていたアレンと別れ、走って担当の区域に向かう。

 漫画のように超人的なジャンプ力なんかは持っていないが存外運動神経はいい方だと自負している。前からフリークライミングも少なからず経験があるし、運動能力面で任務に支障が出ることは少ないと思う。ただ筋肉が一向につかないのが難点だが。

 

「さて、と……」

 

 徐々にスピードを緩めながら、周りの町並みを確認する。

 極普通の街並び、ついさっきいた場所とほぼ雰囲気は同じ。本当にここで怪奇現象が起きているのか、と疑問になってくるほど平和だが、擦れ違う人々が抱えている新聞紙に大きく「9th October」と記されているのが何よりの証拠だ。

 

 ここへ来て、初めて一つ、大きな問題に気が付いた。

 

「どうやって情報集めよ……」

 

 イノセンスのことを知りませんか、と暗に聞き込みをしたとして、一般市民がそれのことを知っているとは思えない。そんなことしたら終いには、こいつはなに頭の可笑しなこと言ってるんだ的な哀れみの視線を大衆に向けられるのがオチだ。

 それ以外の方法にしても、俺はイノセンスの気配を感じ取る的な超能力は持ち合わせていないので探りようもない。

 

 仕方ないので地道に探すしかないという結論に辿り着き、取り敢えず今の商店街の端まで探してみようと、一歩踏み出した時だった。

 

 ──……助けて。

 

「は……?」

 

 苦しそうな、消え入りそうなか細い声が耳に届く。

 反射的に振り返ってみるも、そこには慌ただしそうに歩いている普通の住民だけ。たった今聞こえた、切羽詰まった苦しいような様子の人は見当たらない。

 

 自分の表情が一気に険しくなったのがわかる。

 今、この場に助けを求めるような状況に陥っている人なんていない。そもそも、さっきみたいな消えそうな声、こんな騒がしい街頭では普通耳に届くことすらないだろう。

 それに、

 

「今の声……」

 

 耳で直接聞いたというより、寧ろそれは、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ──苦しい、悲しい……誰か……。

 

 考えている間も、それは続けて送り込まれてくる。まるで向こうが発信機で、こっちが受信機だ。

 立ち止まり、神経を集中させてその”信号”の出処を探る。

 

 ──君は誰? どこにいる……?

 

 直感的に向こうに問いかけてみる。

 と、

 

「(……! そこか……!)」

 

 理由はわからない。

 けれど、俺は確かに何かを察知して、すぐそばの建物と建物の間に出来た僅かな路地裏のような隙間に向かって走った。

 見つけたんだ。

 何か、気配のようなものを。

 

 隙間の入り口に立って、建物のせいでまともに日の光が差さず薄暗いその細道を睨む。そこには、一人の少女が立っていた。

 一瞬気が抜けるが、どこか雰囲気がおかしい。

 だってよく考えてみろ。こんな小さな女の子が、両親の引率もなくこんな人気のない場所に入り込むなんて、普通有り得るだろうか?

 

 警戒を解かないままに、少女を険しい顔で睨む。

 

「……君は」

 

 誰?

 そう尋ねようとした瞬間、不意に俯いていた少女の顔がこちらを向く。

 そしてその口が()()()、と顔を裂くように歪められた。

 

「っ!」

 

 パキパキと音を立てて、少女の体が急速に形を歪に変えていく。数秒もたたない内に、彼女は見覚えのある卵型の兵器──AKUMAへと変貌を遂げていた。

 ──AKUMAは人間の皮を被って、社会と同化する。

 以前アレンがみたらし団子を頬張りながら言っていたことを思い出す。そうか、なるほど、つまりこういうことなんだ。

 

 丸い体の中央に飾りのように埋め込まれた白い顔。額に黒い星が描かれたそれは、どこか苦痛に歪んでいる気がした。

 

 ──助けて。痛い。痛い。

 

「な、」

 

 今度ははっきりと、間違いなく目の前の化け物から、声が響いてくる。

 一瞬茫然と立ち惚けるが、がちゃりという嫌な金具の音で、自分にそれから突き出す無数の銃口が向けられていることに気付く。

 ──AKUMAは、自らの体をコンバートし、毒のウィルスを含んだ弾丸を打ち出す。

 再び教団で聞いた話が頭を過る。

 

 あれの打つ弾に当たると──死ぬ。

 

 自覚した瞬間、俺は素早く自分の左手の親指を口元に運び、その表面の皮を思い切り()()()()()()

 鋭い痛みが伝わって、一瞬顔が歪む。

 けれど、もう慣れた痛みだ。

 

 刹那、凄まじい爆音と共にいつぞやと同じ、紫色の光弾が無数に俺に向けて放たれる。俺はそれを避けようとすることもなく、ただ指から滴る自分の血を確認しつつ飛来するミサイル弾を正面から見据えた。

 

「──『守れ(プロテクト)』」

 

 呟いた瞬間、傷ついた親指から大量の()が飛び出し、俺の前で広がり”壁”を作り出す。正しくそれは、神田の斬撃を防いだのと同じものだ。

 防御壁に激突した弾丸が次々と大きな爆発を残して消えていく。単純な俺の血で出来ているとはいえ、イノセンスの影響でその強度は鋼なんて比にならない。連続して飛んで来る弾は全て壁で防がれる。

 

 これが俺の(イノセンス)──『聖血(ハイマ)』。

 俺の体内、それも心臓に宿る神の結晶で、簡単に言えば体内の血液を操って戦う能力。

 この数日間特訓していたのは、血液を()()()()()()()()()()()練習。

 おかげでこういう風に身を守る防壁を作り出すことはもちろん、様々な武器を作って飛ばしたりも出来るようになった。重力に逆らっているのがなんとも興味深い。

 まあこのように結構便利な能力な訳だが、使いすぎると貧血を招くのが玉に瑕。

 

 暫くすると向こうは俺が死んだと思ったらしく、絶えず降り注いでいた散弾が止む。頭の中で想像していた壁のイメージを弱めると、目の前の防御壁は形を保てなくなりすぐに粉々に砕け散った。

 爆発の余興で’舞い上がった土煙が晴れた頃、改めて姿を現したその”悪魔”に視線を向ける。

 まさか俺が生きているとは思わなかったのか、再び照準を俺に合わせてくるその兵器に、無意識に笑みが浮かんだ。

 

 ──さて、と。

 

「……準備はいいか? 栄えある獲物第一号さん」

 

 逃げられると思うなよ?

 ますます楽しくなりそうな予感に唇を舐めて、血で象った剣を左手に握りしめた。

 

 

 ・・・

 

 

「ふーん」

 

 璃兎が路地裏でAKUMAと対峙していた頃、ロード・キャメロットはその様子をすぐ近くの建物の屋根の上から見物していた。

 彼が細道でこの人造兵器を発見し、能力を発動して今に至るまでの一部始終を見ていたロードは、座った状態で頬杖を付き、一切臆することもなくAKUMAに向かっていくその少年を至極興味深いといった様子で観察していた。

 

『彼は一体なんレロ? こんなイノセンスを持ったエクソシスト、伯爵タマからは一言も聞いてないレロ』

 

「それってつまりさあ、僕らが第一発見者ってことなんじゃないの〜?」

 

 喜びを滲ませたような声音で目を細め、かぼちゃの傘に指摘する。

 頷いて『そうかも知れないレロ』と肯定するそのゴーレムには意を介さず、ロードの視線は舞うように剣を振るう璃兎に釘付けにされている。

 

 元々の目的は呪われたアレンだったが、彼も十二分に面白そうで魅力的。

 

 何より、”AKUMAの()()()()()人間”なんて初めて見た。

 

「今回はいい獲物がい〜っぱいでうっれしいなぁ」

 

 千年公が口にしていた「アレン・ウォーカー」然り。

 今目の前で鮮血色の刃を振りかざす『アモウ・リト』然り。

 自分の求めていた存在の複数出現に、ロードは歓喜する心中を隠そうともせず口元を歪ませた。

 

 それはさながら、”あくま”のような、無邪気な笑顔。

 

「早く僕を楽しませてねぇ、リ・ト」

 

 そう言葉を残し、次の瞬間屋根には誰も残っていなかった。

 

 

 

 

 

 武器=××××。 ▼

 

(いつ僕のものにしてしまおう)




長い(現時刻中国時間23:40)
眠い(ただの自業自得)
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