いや、俺は……。
いいからほら! きっと楽しいって!
もしかしてサッカーやったことないの? 俺らが教えてやっからさ!
大人数の方が絶対楽しいって! な? 俺らを助けると思って!
……、わかった。じゃあ、仲間に入れてくれないかな。
おうよ!
「……」
「……なんだか、腑に落ちないって感じね、璃兎くん」
「、ああ……リナリー」
AKUMAたちの襲撃を受け、夜が明けた次の朝。
もちろん町の怪奇現象が収まったはずもなく、人々の抱える新聞の日にちは相変わらず「十月九日」のそれ。
今日の予定を立てる為アレンの泊まっている部屋に三人集合して、どうやって行動しようと作戦会議をしている最中。二人の「今日はミランダさんの一日を見せて貰おう」という会話を何気に聞き流しながら、部屋の窓際で吹き込む穏やかな風に当たっていると、それに気付いたリナリーがふと声をかけてきた。
「もしかして、AKUMA達が撤退していったことを考えてるんですか?」
「……どうしても説明が付かなくってさ。そっちは? なんか予想とかある?」
「いえ……僕の方もあんな事は初めてでしたから」
眉根を寄せてアレンが首を振る。リナリーの方にも目をやるが、こちらも神妙そうに顔を顰めていた。
見当は付かず、か。考えながら、窓の外の景色を一瞥した。
昨日、AKUMA達が襲いかかってきて、リナリーがミランダさんを連れ店を出た後。
残った俺とアレンは文字通り背中合わせで敵を迎え撃っていたのだが、そう長く経たない内に異例の事態は発生した。
今でも、あの時唐突に響いた声の事は鮮明に覚えている。
待て、という威圧の篭った制止の声。
『お前らぁ、随分楽しそうだねえ?』
それは無邪気で笑いを含んだ少女のような声で、なぜだか酷く肌が粟立った。
そしてAKUMA達はその声に従い、突如として店の屋根を突き破り退散していってしまったのだ。
向こうの視点から考えるとして、あの時俺たちの戦況は二対三で、向こうは全員がレベル2。明らかにあちらの方が有利な条件を有していたのに、なぜあの『戻れ』という一声だけで戦線離脱しようと思ったのか。
「結構長い間見て来ましたが、AKUMA達は基本単独行動しか行わない」
「その通りだわ。本部にいる間も私、AKUMAが団体で動くなんて話聞いた事ないもの」
「……孰れにせよ、今回の件で奴らが取った行動は前例のない、異例なものって訳か。統率者がいて、複数の悪魔に一気に指示出ししてるとして、その上そいつが頭キレッキレの奴だとしたら……」
俺の考察に二人が息を呑む。
今まで考えなしに単体で襲いかかってきた兵器が、今度はきちんとした
そして本当にそうなら、用心するに越した事はない。
言いながら窓枠から飛び降りると、二人ともはっきりと頷いてきた。
「とにかく、今日はミランダの所に行きましょう。彼女の本当の”十月九日”のどこにイノセンスと接触する機会があったのか、はっきりさせないと」
「あ、それ俺はパス」
「……、え!?」
話を切り替えて部屋の出入り口に向かうリナリーを見て俺が手を上げていうと、アレンが素っ頓狂な声を上げた。
おま、そんなに驚く事かよ。逆にこっちがビクついてしまった。
「どうしてですか、璃兎? ……もしかしてどこか、具合が悪いとか」
「いやいや違う違う。ただちょっとどうしても気になるからさ。ミランダさんの護衛は二人に任せる。俺はとりあえず今日一日、街中を探索してみるよ。何か発見があったらすぐ連絡する。……いや、ほんと違うからね? 健康面は至って正常だから。アレンそんな目で見なくていい」
如何にも疑ってますと顔に書いてあるアレンに呆れながら弁解する。こいつも心配性か。
ここは何か? 心配症シンドロームとかいう病原菌でも流行ってんのか?
「ほんと、大丈夫だから」
ほら行った行った、と二人を急かすと、まだ少し納得の行かないような顔ではあるがアレンとリナリーは部屋のドアに向かう。俺も特に残る理由はないので、その後に付いて一緒に部屋を出た。
その後宿泊施設の前で別れ際、リナリーに何かあれば必ず連絡するようにと念を押されたのは、言うまでもない。
・・・
そもそもAKUMAというのは決してそれそのものが恐ろしい訳ではなく、ただそいつらが有する圧倒的な殺傷能力が、他の生物に対しての脅威となっているに過ぎない。
明らかに思考能力を持たずただミサイルを乱射してくるレベル1のAKUMA達は、それらに対処する方法を知ってさえいればそう恐ろしいものでもない。
昨日見た様子からして、レベル2もそこまで知能が発達しているものは少ないと思っていいだろう。
それだけの話なら、正面から向かってくる単純な攻撃をいなしてこちらから仕掛ければいいだけ。そこに迷いが生まれることもないし、向こうがこっちを殺しにかかってるんだからこっちから仕掛けても単に立派な正当防衛だ。
だけど、そこに頭脳が入ってくると話はガラリと変わる。
まず、思考の加えられた攻撃というのは読みにくい。
そして二つ目に、こちらからの攻撃も避けられるか防がれる可能性が格段に上がる。
つまり、命を落とす危険性が飛躍的にアップするということだ。
だからこそ、早いとこ昨日のAKUMA達の行動の真義を解明しないといけない。
「(……って、俺いつの間にかこっちの環境に凄い馴染んでる……)」
はたと気付いて、思わず歩いていた道のど真ん中で立ち止まり、顔を覆って盛大な溜め息を吐いた。周りの人達の視線が少々気になったが致し方ない。
というかそもそも、この黒の教団の制服を着てる時点で悪目立ちしまくりだ。
ふ、と上を仰いで静かな深呼吸を漏らす。
ここに来て、もう一週間以上が経った。意識不明の時間も含めると、間も無く二週間目も終了間近。
教団の人達にも随分知り合いが増えたし、誰もが新入りの俺を暖かく、甲斐甲斐しく迎え入れてくれた。あそこは優しい人ばかりだ。ついでにみんな心配性。
最初はAKUMAだか千年伯爵だかイノセンスに適合者(以下省略)に驚いて付いていけなくなったりはしたが、今ではもうなんとなく「まあ別に生きてるんだからいいんじゃね?」と軽く流せるようになってすらいた。
人間の順応力って恐ろしい。そもそも俺はいつの間にここまで楽観主義者になったのか……恐らくは白髪少年の影響なのだろうが。
「(戻れんのかな、俺)」
戻っても、何も残ってやしないけど。
──ヘルプ、です……。
「……おおう、今度は英語ときたか……」
深い思考に潜っているところを引っ張り上げたのは、またしてもその助けを呼ぶ声。これで何度目だろう。
てかヘルプって。
その内ギリシャ語とか意味不明な語源になったりしないだろうな。流石に聞いたこともないSOSなんて送信されても俺にはどうにも出来んぞ。
でも、今俺にこれが聞こえているのは好都合だ。
AKUMAを捕まえて参謀を吐かせることが出来れば、こちらから仕掛ける目処もつく。
最悪言わない場合は破壊して少しでも向こうの戦力を削ぎ落とすが吉だ。
「そうと決まればっ……」
声の気配を感じる方へと駆け出す。幸いこの街の重要道路は幅が広く、幾らか賑わっていても人とぶつかる心配はない。
そうして走っていると、一際気配の強い街のはずれの人気のない路地裏までやってきた。
ますます好都合。ここなら少しぐらい暴れても大きな騒ぎにはなりにくそうだ。なにせ前回のあれはなんとか被害は抑えたものの、爆発音とかで結構な野次馬が集まって大変だった。
追求される前に全速力で逃げたが、今思えば普通にエクソシストとしての仕事だったと言って置けばよかったのかも。
「(ま、そんなことを今考えても仕方ないか)」
薄暗い路地の入り口に立つ。そこにいたのは、すでに兵器としての姿になっレベル2のAKUMAだった。
『くくくっ……来たなエクソシスト』
「……そりゃ、あんな悲惨そうな声で呼ばれたら、ね」
こいつ、俺がここに来ることを知ってたのか?
内心疑問に思うが、なるべく顔に出さないよう気取った風に言葉を返す。そしてさりげに背中に隠した片手のひらを素早く指の爪で引っ掻いた。確かに皮膚を貫いた感覚と、少し濡れた感触が爪の間に残る。
笑いながら俺が放ったはったりに、目の前の鮫の頭のような姿をしたAKUMAがククク、と喉の奥で笑った。
『大人しく死ぬんだな、エクソシスト!』
その言葉を皮切りに、AKUMAが大量の牙に見立てた散弾を放つ。
なるほど、レベル2にもなればオリジナルの攻撃も身につくって訳だ。
「『
焦らず、想像した通りに自分を囲う地の壁を作り出す。
すべての銃弾を防ぎきった所で、相手が次のモーションに入る前に飛び出し、懐に潜り込む。素早く整形した剣で、力一杯薙ぐ。
『おおっと』
「ちぇ、案外すばしっこいんじゃん」
その一撃が後ろに跳んで躱される。
危なげなく着地したそいつは、こちらを見てニィ、っと人外なその顔を歪めた。そしてそのまま、そこに佇んで俺を見つめる。
距離を詰めてこようともしないその姿勢に不自然さを感じた、その時。
「……、!」
背後に嫌な気配を感じて、咄嗟にそちらに防御壁を張る。集中が乱れたことによって情態を保てなくなった剣がバリン、と音を立てて砕け散った。
次の瞬間、生成した壁に無数の針と巨大な衝撃波が激突して爆発を生む。
『けけっ、一対一だなんて誰が言った?』
爆煙の向こうから聞こえた声と共に、新しく三体のレベル2AKUMAが視界に入る。反射的に上を見上げると、そこにはレベル1の丸っこい兵器が視認できる限りで……五体。
「(……やっぱり、団体で行動している)」
昨日現れた四体とはまた違うグループのようだが、この状況からしてこいつらを嗾けてきたのと昨日のあの声の持ち主は、恐らくだが同一人物。
こいつらを倒せば、親玉の所在を聞き出せるかも知れない。
『くくく……この数を一人で相手出来る訳ないよなァ?』
『ここに来た時点で、お前は袋小路! 袋の鼠なんだよ!』
こいつら頭ん中までウィルスな癖して「袋小路」とか「袋の鼠」なんて言葉知ってんのか……。お兄さんちょっとびっくり。
ガチャン、と上空でレベル1達が照準を合わせる音が鳴った。それに加え最初の鮫頭、そして新しく登場したレベル2のAKUMA達が得意気に笑いながら攻撃を打ち出す姿勢に入る。
「(全方位からの一斉攻撃か)」
昨日、俺とアレンの前で誰が止めの一撃を担当するのかを争って終いにはジャンケンまでしだした時の奴らとは、まるで雰囲気が違う。
やはりこの裏で、誰かが糸を引いている。
確信して素早く自分の周りに地の壁を作り出したのと同時に、AKUMA達のあらゆる方向からの攻撃が始まる。
爆発の衝撃で舞い上がる髪の毛が鬱陶しくて頭を押さえていると、あいつがリーダー格なのか相変わらず聞こえてくるのは鮫頭の笑い声。
『どうしたどうした、防戦一方じゃねぇかエクソシストさんよォ! そんなんじゃ何時まで経っても俺たちは倒せないざ? まァ、
「──は?」
訳のわからない事を言ってくるそいつに、思わず上擦った声が出た。
「壁を作ってる間は剣を作る事すら出来ない」だって?
土煙の向こう、勝ち誇ったように高笑いするAKUMA達が酷く滑稽に思えて、逆にこっちも笑顔が浮かぶ。
馬鹿馬鹿しい。
「舐めてくれんなよ」
さっきのは単に少し予想外の援軍に驚いて、少しイメージがボヤけてしまったに過ぎない。俺のイノセンスはそのイメージの安定に全てがかかっているのだから、当然っちゃ当然だ。
だからこそ、俺がその気にさえなれば、
「
──幾らだって、お前らを壊す武器ぐらい一瞬で作れるんだよ。
頭の中に浮かべるのは、兵器共を貫く鋭い切っ先。
標的はレベル1が五体。レベル2が四体。合計、九体。
裂いた手のひらの傷から、大量の血が溢れ出て空中に形を作っていく。
防壁の中の俺の異常に漸く気付いたらしい鮫頭から、隠そうとすらしていない疑問が聞こえてきた。
けどもう遅い。
生憎、待ってやれるほどお人好しではないんでね。
『おい、なんかヤバいぞ!』
『お前、何して──』
「──残念でした、かな?」
AKUMA達が息を飲むのが聞こえる。ふっ、と他人に悪戯っ子のようだと称される笑顔を浮かべて、形作った九つの刃を
「『
確かな手応えで、全てのAKUMAが俺の放った血の刃に貫かれる。
一瞬遅れて、そいつらは漸く自分たちが貫通されたことに気付いたかの如く次々と爆発していった。
爆風で髪が揺れ、やはり鬱陶しくて抑え込む。
「ふー……つっかれたー」
流石に九体ってわかった時はひやっとしたが、どうにかなったらしい。
ほっと胸をなでおろすと、一瞬ふらっと視界が揺れて反射的に「しまった」と思った。
こりゃ、血を一気に使いすぎたな。
帰ったらきっとリナリーのおっかない説教が待ってるんだろうな、と想像しながらも、他にどうしようもないので肩を落として素直に帰ろうとする。
──だけど、その一瞬の気の緩みが仇となった。
「へ〜え、一人で一気に倒しちゃうなんてぇ、凄いじゃぁん」
「っ!?」
突如聞こえた声に弾かれたように振り向いた。
そこにいたのは、一人の少女。
藍色の跳ね癖のある短い髪に、それに見合うような暗い目。
路地の入り口に佇む姿は一見すればどこにでもいるような女の子かも知れない。
けれど今、
警戒を解かないまま、体制を直して少女と向かい睨みつける。
そんな鋭い視線を向けられても一向に動じる様子はなく、逆にもっと楽しそうに笑うだけ。
「もーちょっと待ってあげるつもりだったんだけどぉ、ロード様もう我慢できなぁい」
──待つ?
一体何を?
嬉しそうな表情を一向に崩す様子のない目の前の”なにか”に臨戦体制を整える。
宙に浮かぶ幾つもの槍をイメージして、「お前は誰だ」と口を開こうとした、次の瞬間。
「っな……!?」
少女は、目の前から忽然と
一瞬のことに体が硬直する。自分の心臓が激しく脈打っているのが、ありありと感じられた。
「──つっかまえたあ、リ・ト」
この場に似つかわしくない天真爛漫な子供のような声に鳥肌が立っているのを自覚した直後、俺の視界はすっと暗くなった。
袋の中身はなんだろな。 ▼
(嘘ついたら針千本。約束、忘れちゃダメよ? 璃兎)
日に日に長くなっていく……ハァ。←
追記、AKUMA達の発言、カタカナばかりだとやっぱり読みにくいかなと思ったので手直ししました。