Monster Hunter 《children recode 》 作:Gurren-双龍
1月18日
「では、お気を付けて」
「……はい」
輸送ヘリが飛び去る。場所はティガレックスの時と同じで、スキー場の休憩場だ。しかし前と違い、俺と真癒さんは無言を貫き合う。当然だ。真癒さんは俺に隠し事をしたのにそれを暴かれ、そして俺は暴いた事に対する軽い罪悪感と、真実のショックがまだ尾を引いている。到底会話などする気にはなれないし、真癒さんもどう言葉を連ねたらいいか悩んでるのか、あれから一言も発してない。
しかしこのままの訳にもいかない。どう言われることになろうとも、俺は俺の言葉を使おう。
「知らないままではいられない。それだけです」
「……そう」
だいぶ怒ってる……いや、どちらかと言えば戸惑ってる感じか?声に張りがないし、すぐに俯いてしまっている。
「……もっと早く言うべきだったよね……ううん。それが出来なくてもせめて、あの傷を見た瞬間に、すぐ認めて言うべきだったね」
「……」
人間、受け入れ難いことを受け入れるのは中々難しい物だと、若輩者の俺とて理解している。故にかけられる言葉はない。何を言っても慰め以下にしかならないだろうからだ。
「なんであれ、仕事だよ。準備を済ませて行こうか」
「はい」
ティガレックスの時のような気を紛らす会話は一つとしてなく、そのまま狩猟に出ることになった。
「……行くぞ」
『
ガルルガXとメルトブレイヴァーを身に纏い、休憩場を出る。吹雪だけの、嫌なくらいの静寂が耳に響く。
◇◆◇◆◇
「……」
「……」
あれからも言葉はない。黙々と目の前の仕事を見るだけだ。……真癒さんはどうなのか知らないが。
そこを考えても仕方ないので、周囲に気を向ける。……先日よりも吹雪が激しくなってる。それにもうすぐ夕方なので、前よりも少し薄暗い。例の龍属性エネルギー──ドラギュロスの資料には『冥雷』と記載されていたあの黒い雷──は見えづらくなるし、その上肝心のドラギュロスの体色は白。まだ日が出てるがために吹雪が吹く今、視力だけに頼っていては保護色のように隠れるドラギュロスを見逃しかねない。しかし匂いも音もかき消される今、どう見つけたものか。
「……私が探知するから、雄也はいつでも動けるようにして」
「……はい」
左に剣を握り、右はナイフホルダーに挿したナイフの柄に伸ばす。触れたナイフは麻痺投げナイフ。麻痺拘束の下準備は鉄板だ……俺にそう指示したは良いものの、真癒さんはそのまま棒立ちしてしまった。
「……真癒さん?」
「静かにして……」
少し俯きながらその場に立ち止まった。よく見ると目を瞑っている。……なるほど耳を澄ましているのか……?俺とは違い、感覚が最早〈モンスター〉とすら言えるほど鋭い〈
「……ここじゃない。もう少し先……」
「わかりました」
成果はゼロ。剣を納め、再び歩を進める事となった。だが会話が進むことは無いだろう。そう思った矢先──
「ねえ、雄也」
真癒さんが再び切り出した。
「はい」
何故ここで、とかそんな疑問が湧くが、今はただ答える。
「……龍属性について、調べたんだよね。どこまで知った?」
「……性質というか、特性というか。その辺りです。『知性体の血肉を蝕む超速効性ウイルス』、あるいは『純粋に殺傷力のみを宿す龍の殺意そのもの』、だとか」
あの資料のまとめを、なぞるように思い出す。
「……それだけ?」
「まだ……あるんですか?」
しかし返ってきた予想外の答えに、思わず問いに問いで返してしまう。
「……もう一つ、あるんだ。龍属性の力は」
「それは……」
「そこまで知ったんだもの。もう引き下がる気は無いんだよね?」
「……えぇ。言いつけを破った以上、罰を受けるのも覚悟しています」
「ならいいよ。その力は──ッ!」
最後の一声を出そうとした瞬間、真癒さんの意識を何かが逸らした。
「……仕事の時間だね」
「終わった後で必ず答えてもらいますよ……!」
ギュラルルルルゥ……
降り立ったドラギュロス剛種特異個体が、こちらを睨んで唸り出す。既に向こうもこちらとやる気満々といった感じだ。
すぐさま『真・鬼人解放』の構えを取り、いつものように投げナイフを撃ち込みやすい構えに直す。
……見れば見るほど、
「……え?」
ギュラァ……ギュルルルァァァァ!!
「真癒さん!来ます!!」
「え、あ……分かってる!!」
すぐに正気を取り戻したのか、抜刀してすぐさま側部に回り込んだ。俺が叫んで間もないこの反応速度は流石だ。俺もすぐさま回り込む。狙いを一つに絞らせないためだ。この辺りは人手が少ないが故に、怪我をしないよう4人で戦いを回してきた【第一中国地方支部】のメンバーならではだ。
「まずは……!」
さっき右の指で触れていた麻痺投げナイフを二本撃ち込む。麻痺拘束の下準備、俺の常套戦法の第一歩だ。ここから1~2本打ち込めば麻痺しない〈モンスター〉はまずいない。
「来るか!」
ギュルルァ!
投げナイフを撃ち込んだ俺の方に向いてきた。ベルキュロスの亜種というだけあって、その風貌はまさしく生態系の頂点に座す者の覇気を感じさせる。
ギュラァァ!
「喰らうか!!」
さながらリオレウスの火球ブレスのように、頭部を持ち上げるように溜めてから直線の冥雷ビームを撃ってきた。しかしあまりに細くあまりにまっすぐなそのビームを躱すのは容易だ。
「でぇぇやぁ!!」
真・鬼人回避の前進ステップをしながら双剣を交差して頭部を斬り付ける。手応えは悪くない。が、他の〈モンスター〉の頭部と比べて少し硬く感じる。ベルキュロスの時と同じだ。となればやはり──
「真癒さん!尻尾を!」
「……っ」
返事はない。しかし伝わっているのか、真癒さんが剣を振り抜き空を裂く音が聞こえる。まあ吹雪のせいで僅かだが。
「離れて!」
「っ!」
予想通り噛み付いてきた。幸い牙は逃れた、が。
「ガっ!?」
「雄也!」
謎の黒い衝撃波に吹き飛ばされる。稲妻のように枝分かれした光と、冷えた日にドアノブに触れて喰らう静電気の何万倍もの衝撃が身体を襲ってきた。
「カハッ……こ、これは……?」
身体が、ラングロトラやランゴスタの麻痺液が起こす麻痺とは違ったそれを起こしている。決して動かない訳では無いが、痙攣していて動き切らないし、何より吐き気がする。
「私が引き付ける!!直ぐに『ウチケシ剤』を使って!!」
「……!」
ギュルルラァ!!
上手く声を張り上げられなかったが、しっかり聴こえたことに答えるように、俺はすぐさまウチケシ剤──『ウチケシの実』をすり潰した物を、『にが虫』の体液と龍力ハチミツと混ぜ合わせ、これらの活性化成分を利用して服用後にある程度症状の耐性も得られるようにした特殊な回復薬──を飲み干した。ハチミツを使っているとはいえ、やはり苦味がある。だがもう身体は動く。真癒さんに気を向けて尻尾を見せたドラギュロスに切りかかる──が、
「でぇぇやぁぁっ──なっ!?」
柔らかいはずの尻尾の鱗を切り捨てることなく、俺の斬撃は完全に弾かれてしまった。どういう事かと双剣を見ると、そこには何か赤黒いモノがへばりついていた。
「これは……」
これは奴の噛みつきを食らった時に付いたものだろう。とするとこれは、冥雷を含んだ奴の唾液。龍属性エネルギーによって変質し、粘性を得てしまっているようだ。
「研がないと……クソっ!」
ギュララァ!!
肝心な所で、奴がこっちを向いた。明らかに、俺がさっき斬りかかったからなので自業自得だが、こういう理不尽はあまり易々と納得出来るモノではない。
「どう来やがる……」
ギュルルァ!!
俺の問いに答えるように、ドラギュロスは滑空して来た。だが距離はまあまあ開いている。これは躱せる。
「この程度……危ねぇ!?」
と思って横に避けた矢先、奴の翼から長く伸びた鉤爪に引っ掛かかりかけた。すんでのところで飛び込んでかわせたが、見落としていれば冥雷を宿した鉤爪によって見事に八つ裂きにされていたところだ。
「ならもう……!真癒さん、行きます!!」
「雄也……?ま、まさか!?待っ──」
「せいっ!!」
なにか言おうとした真癒さんの言葉を遮る形になりながら、麻痺投げナイフをドラギュロスに撃ち込む。一本。翼の付け根に刺さる。既に二本撃ち込んでる。あと一本か二本──!
「止まれええええええええええええ!!!!」
ギュルルララァ!!
翼を振り上げる冥雷竜を迎え撃つように、切り札の一つと言える麻痺投げナイフの残り二本を一気に撃ち込む。これで麻痺しない〈モンスター〉など、それこそ麻痺を扱う〈モンスター〉、例えば『
「──あ」
ここに来て、次の一撃を喰らえばただでは済まないこの局面で。俺は致命的なミスを犯したことに気付いてしまった。
そう。ドラギュロスの近縁種である『舞雷竜 ベルキュロス』には
「──」
迫り来る鉤爪がやたらゆっくりに見える。困惑はない。今はそういう事なのだとしか考えれない。
鉤爪がやがて黒い稲妻を纏い始めた。冥雷の一撃だ。次を喰らえばどうなるやら。さっきのような得体の知れない痙攣が襲うのか。それとも俺の体内の龍力に影響を及ぼし、俺の身体が破裂したりとかするのか。それとも俺の精神を破壊するような作用が発生するのか。いずれにせよただでは済まない。いや、それで済むかすら怪しい。迫り来る力──龍属性エネルギー──は『知性体の血肉を蝕む超即効性ウイルス』、あるいは『龍の殺意が生み出した純殺傷性の龍力の塊』。すなわち『世界を滅ぼす力』と言える代物。そんな物を一度ならず二度までも受ければ──最早未来は見えている。
ああ、ちくしょう。真癒さんに言った夢……叶えたかったな……こんな背中じゃ、安心どころかかえって不安が募るな……
死が、迫る。
「雄也ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
「え──がぁっ!?」
瞬間、振り下ろされる鉤爪とは別に、脇腹に衝撃が走り、その勢いのまま吹き飛んだ。それとほぼ同時、黒を纏った鉤爪は積雪の山肌を斬り裂いた。
「今の……は」
「……無事……なんだ……ね」
「あ!真癒……さ……ん……?」
突然起きた出来事に身体が置いてかれ掛けたが、聞き慣れた声のおかげで現実に戻れた。
でも目の前の光景は……俺には現実的とは言えない代物だった。
「真癒……さ、ん……まさ、か……」
「ハァ……ハァ……もっと、上手くやりたかったんだけどね……」
「そんな……そんな……!」
彼女の髪や防具の持つ色が、雪にとけ込む白ではなく、赤が、
倒れる真癒さんの背中は防具が破けたように露出し、かつて見た水着姿の時のような白ではなく、血と火傷が作る赤黒い荒地が出来ていた。しかも彼女を襲った冥雷は未だにスパークしている。
「あ……あ……」
色が消えていく。生きた赤は死した灰に見え、彼女の白は初めから居なかったように雪に融けていくように見えた。
ギュルルァァ……!
元凶は何食わぬ顔で倒れた真癒さんを眺めている。邪魔者を一人始末できて満足感を得ているのかもしれない。だが今はそれすらどうでもいい。問題は──コイツガマユサンヲコロソウトシタコトダ。
「ああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
セメテソノツノヘシオッテメンタマクリヌイテヤル!!!!!!
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
コワレロ!!!!!クダけロ!!!死ネ!!!!!殺さレろ!!!!
「オマエ!!!!オマエェ!!!!コワレロ!!!!!!」
「……雄……也……?」
ギュルルァァ………
「……ハァ……ハァ……」
ヨウやク、ドラギュロスガ倒レた。角ガ折レて目玉ニ刺さっテる。有言実行……ダな。
目のアった所から赤い血が流れてる。……赤が分かるってことは……あ、いつの間にか色が見える。
──離れろ。
「ッ!」
さっきも聴こえた知らない声。だガまだ殺意が退くこトを考えてくれナいせいで、すぐ動けない。
しかし倒れてるはずのドラギュロスからスパーク音が聴こえる。よく見ると、黒い稲妻と共に先程の戦闘で飛び散った小石や小岩が浮き上がっていた。
「……なんだ……これ……」
「雄也!!!!」
「わっ!?」
前方が炸裂すると同時に、後ろ手に引っ張られて倒された。声を聞く限りは真癒さんだが……
「……こんな事になる気がして、一応専用の薬は用意してあったんだ……こんなに早く使うとは思わなかったけど」
「……すみません」
「それより……ドラギュロスだよ」
真癒さんの声に応じて前を向くとそこには──
ギュゥルルルルルラァァァァァァァァァァァァ!!!!!!
倒れたはずの冥雷竜が、その激しい憤怒を示すように小岩を浮かばせながら雄叫びを上げた。
「なんで……こいつ……」
「……『幻の冥雷竜』」
「……え?」
これは後で知った事だが。『冥雷竜 ドラギュロス』、その剛種にして
その冥雷竜はなんびとたりとも怯ませることは叶わず、命尽きる時までその膝を地に付かせることもできず、ただその冥雷をもって目の前の外敵を蹂躙し尽くす。
前例は、この目の前の竜を除いて『ただ一度』のみ。故に『幻の冥雷竜』。そして以前はその竜の討伐には『失敗』したという。つまりこいつは──
「嘘……なんで……こんな所に……」
「真癒……さん……?」
すぐ隣の彼女は、今までにないほど震えていた。いや、完全に怯えていた。他に言い様がないほど、彼女の顔は恐怖に歪んでいた。
「……逃げるよ」
「え?」
ギュルルラァァ!!!!
そんな俺たちを逃がすまいと、冥雷竜はレーザービームのような冥雷ブレスを放ってきた。慌ててそのまま横に転がって躱す。
「あと二発来るよ!!このまま!!!!」
「はい!!!!」
ギュルルァァ!!
その予告通り、更に撃ってきた。しかもかなり正確な狙いだ。
「この!!」
「ふん!!」
三発目。スレスレにはなったが何とか躱せた。
「モドリ玉!!」
「はい!!」
俺と真癒さんが玉を地面に叩き付けると、緑の煙幕が広がり始めた。この煙は〈モンスター〉の視覚、聴覚、嗅覚の三覚の認識を阻害し、〈モンスター〉から感知されなくなる成分が含まれている。残念ながら触覚まで阻害できないため、どんな形でも触れたりすればこちらの居場所を知られてしまう。『緊急撤退用認識阻害煙幕玉』。通称『モドリ玉』。〈ハンター〉にとっては生き残るための最後の切り札と言えるアイテムだ。
ギュルルァァ!!
ドラギュロスの怒れる雄叫びを他所に、俺と真癒さんはこの場所を後にした。
年内はこれが多分最後ですね……良いお年を