恋夢幻想   作:高嶺 蒼

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いよいよ葵叉丹の元までやってきました。


恋夢幻想~15~

 一つ…二つ…

 

 薄暗闇の中で膝を抱え、五つの命の火が力を失い、今にも消えゆこうとしているのを私は確かに感じていた。

 そしてそれと同時に、二つの強い輝きが近づきつつあることもまたはっきりと感じ取ることができた。

 

 強い輝きのうちの一つーそれがあの大神一郎という青年であるということを、私はなぜか確信する事ができた。

 迎えに行くと、昨夜彼はそう言った。

 そのことばのとおり彼はじきにここへ現れるだろう。

 叉丹様を殺すため。そしてー私に殺されるため。

 

 「馬鹿な男」

 

 つぶやく声に力はない。

 来ないで欲しかった。

 いっそのこと、彼が帝都も仲間も見捨てて逃げるような卑怯者であればよかったのにと思う。

 そうすれば私は彼と戦わずにすんだのに、と。

 もっとも、彼がそんな男であれば、私もいちいちこんなことで悩みはしなかったのだろうが。

 

 そんな自分の心の動きに気づき、私は愕然とした。

 なぜそんなふうに思うのか。

 彼を愛しているの?-そう自分に自問する。

 

 否。

 そんなはずはない。

 私が愛するのはただ一人。我が主、葵叉丹様だけ。

 

 その、はずなのに…なのになぜ、彼を思うとこんなにも胸が騒ぐのか。

 彼のあの真っ直ぐな黒い瞳がいつでも胸の中にある。

 彼が私の名を呼ぶ声を思うたび、胸が痛くてたまらない。

 泣きたくなって思う。

 私は彼の笑顔がとても好きだと。

 

 見たことなど無いはず。無いはずなのにーなぜだか分かる。

 彼のその笑顔の傍らで、わたしはこの上もなく幸せだった。

 少しはにかむように、優しく、やわらかく彼が微笑む。

 そんな彼を見ながら私は目がくらむほどの幸福を感じる。

 本当に泣きたくなるくらい幸せだと、そう思うのだ。

 

 一瞬、自分が泣いているんじゃないかと錯覚して、そっと頬に指を滑らせる。

 当然のことながら指先が濡れる感触はない。

 分かっていたことだ。降魔は泣かない。涙を流さない。

 心は泣いているのに涙は一滴も出ないのだ。

 泣けないことが、こんなに辛いことだとは思っても見なかった。

 

 「大神…一郎」

 

 複雑な思いでその名を呼ぶ。

 唇がその名を刻むだけで、情けないくらいに心が震える。

 心は、思いに正直だった。

 

 ー私は、彼を愛している?

 

 もう一度、自分の心に問いかける。

 多分そうなのだろう。覚えてはいないけれど、私は確かに彼を愛していた。

 そして今も、心のどこかできっと、まだ彼を愛し続けている。

 

 「愛してる。私は彼を」

 

 そのことを確かめるように、私はそっとつぶやく。昨夜、彼の部屋でそうしたように。

 つかの間の邂逅ーあのとき私は確かに彼に言った。愛していると。

 自覚もないまま唇から滑り出た、そんな言葉ではあったけれども。

 

 彼に、会いたいー心からそう思った。

 しかしそれと同時に思う。どうか来ないで欲しい、と。

 彼と再び出会うときーそれは二人の生と死を分かつときだ。そしてそのときはすぐそこまで迫っていた。

 

 

 

 不意に闇が開けた。

 永遠に続くかと思われた通路を抜けた先には、何もない広い空間。

 その中央に一人の男がたたずんでいた。

 遠目にもよく分かる、冷たく整った見間違えようのないその顔を見つめ、大神はうめくように男の名をつぶやく。

 

 「葵…叉丹…」

 

 かすかな声だった。だがその声は空気をふるわせ、男の耳にもはっきりと届いた。

 男ー葵叉丹はその声に答えるように唇の端をかすかにゆがめた。

 

 「やっときたか、大神一郎」

 

 待ちくたびれたぞ、と、冷たい声音のなかにも楽しそうな響きをにじませながら、彼はゆっくりと瞳を猫のように細めた。

 その目が真っ直ぐに大神を見つる。面白そうに、興味深そうにー。

 その視線を受け止め、大神は尋ねた。

 

 「-霊子砲はどこにある」

 

 叉丹が笑う。せっかちな男だと。楽しみは最後に残しておくものだろうー叉丹が言った。

 

 「楽しみも何もない。俺はそのためにここに来た。お前を倒し、霊子砲を破壊するために」

 

 大神が言い放ち、再び叉丹が心底楽しそうな笑い声をあげる。

 その笑い顔に、一瞬ではあるが、人間であったころの彼を見た気がして、大神は思わず前に進みかけた足を止めていた。

 

 「山崎中尉…」

 

 大神のその呼びかけに、叉丹は不思議に澄んだ笑顔をその面に浮かべた。

 

 「-懐かしいな。そう呼ばれるのは本当に久しぶりだ」

 

 ほんのかすかな、つぶやくような声。

 誰に聞かせる気もなかったのだろう。それは本当に小さな小さな声だった。

 そして、彼は目を細める。

 遙か遠くを見通すように。失った過去を懐かしむように。

 

 そんな彼をーかつて英雄と呼ばれてしかるべき人物だったその人を、大神は複雑な思いで見つめた。

 彼に対する様々な疑問が胸の中をよぎっては消えていく。

 葵叉丹のようすがあまりに無防備に見え、数ある疑問のうちの一つを率直にぶつけてみた。

 なぜだか今の彼ならその質問に、答えてくれる気がしたから。

 

 「かつて人々を守り戦ったあなたがいったいなぜ?」

 

 なぜ人間の敵に?-どこまでもきまじめに、真剣に、澄んだ眼差しを送る黒い瞳に葵叉丹ーかつて山崎真之介と呼ばれた男は苦く笑った。

 私も昔はこんな目をしていたのだろうか、と。

 

 

 「-本当に面白い男だな、お前は。楽しませてくれた礼に一つだけ、いいことを教えよう」

 

 「いいこと?」

 

 「人はー人間とはお前が必死になって守ってやる価値もない。私はかつて、そのことをいやと言うほど思い知らされた。私が人間の敵に身を落とした理由…それは人間に対する深い絶望だ」

 

 「山崎中尉…」

 

 「これがお前の問いに対する答えだ。大神一郎」

 

 

 そう言って大神を見つめた葵叉丹の瞳に、悲しみの影を見た大神は何も言えずに立ちつくし、ただ沈黙する。

 そして考えた。

 人間とはそれほどに罪深い、救いようのない生き物なのだろうかーと。

 その答えはすぐにでた。

 

 否ーそんなはずはない。

 大神は思う。

 確かに人はどうしようもない一面を擁する生き物かも知れない。

 だが、それだけではないはずだ。

 そんな負の部分を補ってあまりある何かがきっとあるはずー少なくとも大神はそう信じていた。だからー

 

 動じる様子のない大神に、葵叉丹は薄く笑い、楽しそうに目を細めた。

 そうでなくては面白くないーそんな声が聞こえた気がして大神はぎゅっと唇を引き結ぶ。

 ついさっきまで葵叉丹の中に確かに存在した、山崎真之介という存在は、一瞬のうちに跡形もなく消えていた。

 残されたのは、人であることを捨て、その代わりに強大な力を手に入れた男ー最強の妖魔、葵叉丹ただ一人。

 大神は油断無く剣を構えた。

 叉丹はそんな大神を見つめながら、すっと一歩身を引く。

 

 

 「逃げるのか!」

 

 「逃げるなどとは人聞きの悪い。私はただ見せてもらおうと思っただけだ。お前の答えをな」

 

 「答え…?」

 

 「そう…答えだ」

 

 

 形のいい唇が三日月型の邪悪な笑みを刻む。

 大神の姿をその冷たい瞳に映し、彼はゆっくりとその名前を口にした。

 殺女ーと。

 

 その声に呼応するように、叉丹のすぐ脇に闇が凝縮する。

 それは徐々に人の形を取りーそしてついには一人の女を形作った。

 大神が誰よりも愛する人、藤枝あやめその人の姿をー。

 

 閉じていた目を開き、大神を認めた彼女は、艶やかな黒髪に縁取られた美しい顔をかすかに曇らせる。

 切なそうに、苦しそうに、殺女は大神を見つめていた。

 

 「殺女」

 

 冷たくさえたその声に殺女は即座に反応する。

 しなやかに彼の足下に跪いた殺女を大神は何とも言えない想いで見つめた。

 そんな大神を瞳で示し、叉丹は彼女に命じた。

 

 「やつを殺せ。私のために…」

 

 一瞬、彼女に瞳に影がよぎる。

 それを隠すように目を伏せて彼女はゆっくりと頭を垂れる。自分に選択の余地がないことは分かり切っていた。

 そんな彼女を見て叉丹が満足そうに笑う。殺女のそんな苦悩すら、楽しむかのように。

 

 「はい…叉丹様」

 

 感情を押し殺した声が響き、彼女の瞳が大神を映して哀しく光る。

 諦めにも似た感情が彼女の面をよぎり、そして全てを断ち切るかのようにゆっくりとその瞳を閉じた。

 

 「それでいい。大神一郎、私を倒したくば追ってこい。逃げもかくれもしない。この先で、待っている」

 

  そうして消えゆこうとする叉丹に大神は反射的に追いすがっていた。

 

 「待てっ、叉丹!!」

 

 そう叫び、追いかけた彼の前に巨大な機影が立ちふさがる。

 叉丹の愛機、神威によく似た機体ーそれは殺女の操るものだった。

 通信機を通して彼女の声が響く。

 

 

 「ここは通さないわ」

 

 「あやめさん…」

 

 

 うめくようにその名を口にした大神の目の前で、殺女の機体ー闇神威は肩口に殺女を乗せたまま、油断無く自らの剣を構え、たたずんでいた。

 

 「来なさい、大神一郎。私が、相手をしてあげる」

 

 彼女の声が大神を誘う。

 その声を聞きながら大神は、まるで金縛りにあったように一歩も動けないでいた。

 やるべきことはもちろん分かっている。

 一時的でもいい。彼女を退け、葵叉丹を追い、やつのたくらみを阻止する。

 頭では分かっているのだ。

 だが、心が、体が、そのことを拒否する。彼女に剣を向けることはできないと心が声にならない悲鳴を上げる。

 

 「さあ、私を殺して…」

 

 招くように、彼女が手をさしのべる。

 彼女のその言葉ーそこに込められた思いに嘘がないことが大神にはいたいほどよく分かった。

 泣きたいような思いで激しく頭を振る。

 

 「私は選んだわ。あなたは、何を選ぶの?」

 

 彼女が選択を迫る。

 追いつめられ、大神は血を吐くような叫びをあげた。

 

 

 「俺には…俺にはできないっ!!」

 

 「そう…」

 

 

 彼女がかすかに、妖しく微笑う。

 その瞳に何かの覚悟を見たと思ったのは、大神の気のせいだったのかーそれすらも分からないうちに、彼女の姿は黒い機体の中に吸い込まれるように消えた。

 そして、大神の凍り付いた視線にさらされたまま、彼女はその剣をひらめかせた。

 

 「来ないのなら私が行くわ。死にたくなければ抵抗しなさい。あなたの大切なものを守るためにー」

 

 銀の輝きが闇を切り裂き、白と黒とが交錯する。白い光武の右腕が傷つき、煙を上げた。

 

 「大神さん!!」

 

 さくらの悲鳴が響いた。

 強いー唇をかみ、大神は思う。本気でやらなければ負ける。

 

 「戦いなさい。死にたくはないでしょう?」

 

 彼女が問う。

 大神は頷いた。もちろん死にたくはない。だがー

 大神は、黒い機体の向こうにある殺女をすかし見た。

 そして思った。

 一度は自らの手で奪った愛しい人の命を再び摘み取らねばならぬくらいならーあの苦しみをもう一度味あわねばならないのだとしたら、自分が滅んでしまった方がいい。

 

 白刃が迫る。白い光武の胸を貫かんと。

 大神は動かない。

 その白刃を胸に受ける瞬間をただじっと待ち受けた。

 

 全てはそれで終わるかに見えた。

 正義が倒れ、悪が立つ。希望は破れ、全てが絶望に包まれるーそうなるかに思えた。

 ーそう、桜色の機体が、二人の間に割ってはいるまでは。

 

 

 

 




次回は明日、投稿します。
あやめさんとの決着です。
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