立ちつくしたその背中が、なんだか泣いているように見えた。
あやめが消えた中空に視線を据えたまま、大神は身じろぎ一つしない。
声をかけたものかどうか決めかねてマリアはなにもできずに立ちつくす。
それはほかの隊員達も同様だった。
「どうしようか。これから…」
そんな大神の声が小さく小さく響く。頼りない声で、自分に問いかけるように。
今の彼は迷子になって途方に暮れている子供のようだった。
あやめのいない世界でこれからどうすればいいかも決められずに、困り果てている小さな子供。
自分たちではあやめの変わりにはなれないーそのことを痛感し、寂しく思いながらもマリアは少しだけ大神の方へ近づく。
ずっとこのままこうしているわけには行かないと、そう思ったから。
「帰りましょう。隊長」
「帰る?」
振り向いた大神の瞳がマリアを見る。
そのあまりに無防備な眼差しにマリアは不覚にも胸が高鳴るのを感じた。
どこに?-その瞳はマリアにそう問いかけているようでもあった。
「そうです。帰りましょう、帝都へ。私たちの帰るべき場所へ」
「-帰るべき場所、か」
つぶやき、大神は小さく笑った。
そして少しだけ力を取り戻した瞳が再びマリアを見た。
「そう、だね」
大神は頷く。
その目はマリアだけを真っ直ぐに見つめていた。マリアもじっとその黒い瞳を見つめ返す。
ほんの一瞬のことではあるが二人はお互いの存在だけを強く感じあっていた。
それからゆっくりと大神は顔を巡らせる。
大事な仲間達、一人一人の顔を見渡して、雲間から射し込む日の光のような笑顔で笑った。
「帰ろう、帝都へ。そこが俺の…俺達の帰るべき場所だから」
大神の言葉を受けてみんなで笑いあう。
大神が笑ってくれたことがただ単純に嬉しかった。
笑いながらマリアは破壊された空間から見える外の景色に違和感を感じて首を傾げた。
景色がどんどん上に流れている?いや、これは……私たちの方が下に……
「隊長!!」
ことの重大さに青ざめたマリアはみんなに囲まれる大神を呼んだ。
「どうしたんだい?マリア」
にこやかに微笑みを浮かべたまま振り向く大神。
だが次の瞬間マリアに告げられた現実にその表情は一瞬にして凍り付いた。
「高度が…聖魔城の高度がどんどん下がっています」
「??それがどうかしたのかよ、マリア」
あまりに脳天気なカンナの声。
ことの深刻さがまるで分かっていないらしい。
痛むこめかみを押さえつつ、マリアはカンナにも分かるようにさっきの言葉を翻訳してやった。
「つまり、ここはもうじき海に墜落するって私は言ってるの」
「「「「「えぇーーーーーーーーーー!!!」」」」」
みんなが一斉に声を上げた。
どうやらだれ一人としてマリアの最初の言葉を理解してくれていなかったようだ。大神をのぞいては。
みんなが口々に大騒ぎする中、マリアはすがるように一人考え込んでいる大神を見た。
「どうしましょう、隊長…」
「う…ん…。そうだな、やっぱりー」
「-こいつぁ、飛び込むしかねぇな」
突然割り込んできた声に文字通り飛び上がって振り返ると、そこにはぼろぼろになった米田の姿があった。
「「米田指令!?」」
マリアと大神の声が重なった。
「よぉ」
にやりと相変わらずの笑顔で米田が笑った。
大神の顔が輝いた。
「良かった!ご無事だったんですね」
「まぁなーって、再会を喜び合ってる場合じゃねぇだろ、大神」
「そうですね。まずはここを脱出しないと」
二人は真剣な表情で顔を寄せ合う。
そのとき、マリアはというと、なぜか青い顔でうつむいていた。
今にも倒れてしまいそうだ。
今の彼女には米田のことより何より気になることがあった。
先ほど、登場と同時に米田の口から発せられた言葉ーとてつもなくいやなことを聞いたと思ったのだが、それは気のせいだったのだろうか。
気のせいだったらいいとそう思いながらマリアはおそるおそる口を開いた。
「…あの、米田指令?」
「おう、マリア。何か良い考えでも浮かんだか?」
「いえ、その…さっきの飛び込むというのはどういう…?」
「おぉ、それだ。俺が言いたかったのはよ。もうそれしかねぇーそう思わねぇか?」
ようやく思い出したとばかりに米田が大神に話を振る。
大神も考え深げに頷いた。
「そうですね。今はそれが最良の手なのかも。助けもないわけですし…」
「さ、さささ、最良の手って…」
どもりながらも必死の思いでマリアが言葉を紡ぐ。
大神と米田が一斉にマリアを見た。
「決まってるじゃねぇか。飛び込むんだよ。腹ぁ決めてな」
「と、飛び込む?どこへ?」
聞きたくなかった。
聞きたくなかったが聞かずにはいられなかった。
すっかり血の気の引けたマリアの顔を大神が少し心配そうに見つめる。
「大丈夫かい?マリア。なんだか顔色が悪いけど」
「大丈夫です。それより早く答えてください。私たちはいったいどこに飛び込むんですか?」
追いつめられて、幾分ヒステリックな物言いになってしまった。
普段からは考えられないようなマリアの口調に気圧されて大神が反射的に答える。
「どこって、海…だけど」
気が遠くなった。
ふらりと倒れそうになったマリアを大神が慌てて支える。
マリアは死にそうな顔で大神を見上げた。
「隊長…どうかお元気で…」
「何言ってるんだ、マリア。それじゃあまるで遺言だよ」
「遺言です。私は行きません」
「えっ?」
「海に飛び込むつもりなんて無いと行ってるんです」
「なんだって!?」
大神が目をむいて叫んだ。
その大声に遠くで騒いでいた仲間達も、なんだなんだと寄ってくる。
大神の腕の中にいるマリアに対してのみんなの視線が心なしか冷たい。
みんなに取り囲まれて冗談ではなく身の危険を感じるマリアであった。
「いったいどうしたって言うんだよ」
カンナに問われ、大神は今までのやりとりを説明する。
カンナはあきれたようにマリアを見た。
「おいおい、何いってんだよマリア。生きるか死ぬ勝って時にわがまま行ってる場合かよ」
そんな親友の言葉にもマリアは耳を貸そうとしない。
みんなも口々にマリアを説得しようとするが、どれもマリアの心を変えることはできなかった。
「誰がなんと言おうと、私は絶対に金輪際海に飛び込むつもりはありません!!」
「行くんだ!マリア」
「行きません!」
「行くんだ!!」
「絶対に行きません!!」
「行くんだ!これは命令だぞ!!」
「行かないって行ってるじゃないですか。もう、私のことは放っておいて下さい!!」
怒鳴り会う二人。
なんだか涙目になってきたマリアを見て大神はため息をもらした。
困り果てたような大神の顔にマリアの胸は痛んだ。
そんな顔をさせたいわけじゃない。ただ迷惑をかけたくないだけなのにーマリアは唇をかみしめた。
「放っておけるはず無いだろう?なぁ、マリア。頼むよ」
大神の心からの言葉に思わず頷いてしまいそうになる。
しかしマリアは断固として首を横に振った。
マリアのあまりに頑固な様子にさすがの大神も頭にきた。
「っこの、分からず屋!!」
これにはマリアもかちんときた。
自分は自分なりにみんなのことを考えているというのに。
「えぇ、分からず屋で結構です!」
そうして言い合いを始めた二人の間に、不意に紅蘭の声が割り込んだ。
「海に飛び込むのが嫌っちゅうことは、マリアはん、もしや…」
キラーンと紅蘭の眼鏡が光る。
「な、なに?」
うわずった声で答えるマリア。
うろたえているのがまるわかりだ。
「泳げへんのとちゃいます?」
ぎくりーそんな効果音が聞こえた気がした。
マリアの額を冷や汗が流れる。
「そそそそ、そんなわけ、あるわけないでしょう!!」
完全に声が裏返っている。あやしいーそのとき誰もが思った。
自分でも説得力がないと思ったのだろう。
マリアは何とも情けない顔をしている。顔色はもう青を通り越して白になっていた。
大神はなんだかマリアがかわいそうになってきた。
仕方ないなぁー大神は苦笑を漏らす。
もうあまり時間もない。
最後の手段だと、大神は腕の中のマリアをひょいと抱き上げた。
いわゆるお姫様だっこというやつだ。
マリアの顔色が今度は白から赤へと変化する。
「な、何をするんですか?」
「黙って。もう時間がない」
「や…。降ろしてください」
うろたえたようなマリアを大神は軽く睨みつける。
「駄目だ。マリアは黙って俺の首に掴まってなさい」
口調こそはやわらかいが、その声には逆らいがたいものがあった。
怒っているのだろうか-マリアはそっと大神の顔を伺う。
あれだけだだをこねたのだ。怒っていない方がおかしいかも知れない。
だが予想に反して大神の顔に怒りの表情はない。
そこにあるのは深い哀しみ。
引き結ばれた口元が何かをこらえるように震えていた。
「-もう嫌なんだ。もう誰も失いたくない」
その言葉にマリアははっとした。
そうだった。大神はついさっき何よりも大切な人を失ったばかりなのだ。
大神の辛そうな顔が胸にいたかった。
「君は必ず俺が守る。死なせないよ」
思わず胸が高鳴るのを感じた。
その言葉はマリアだけに向けられた言葉では無いというのに。
大神はきっと腕の中にいるのがマリアでなくても同じ言葉を言ったはずだから。
そのことが少しだけ切なかった。
それでもーマリアは大神の顔を見上げる。
今だけはこの真剣な横顔も、この腕も自分だけのものだ。
マリアは大神の首に腕を回してそっと、目を閉じた。
腕の中のマリアがおとなしくなったのを確認して、大神はほかの仲間達を振り返る。
みんなの顔を見渡して少しだけひるんだ。
なぜかみんなの目が怖い。
わずかに身を引き、だが気を取り直して言葉を紡いだ。
「誰一人、俺の手からこぼれるなよ。力の限り、俺はみんなを守る。だからみんなも俺についてきて欲しい」
みんな言葉無く大神を見つめた。
その真剣な眼差しを大神への返事に変えてー。
「せっかくの感動的な場面に悪いんだけどよ」
「?」
みんなが一斉に米田の方を見た。
にやりと笑って米田が指さす先には-
「ほら、おむかえだぜ?」
帝都の方から近づいてくる飛行船。
風に乗って、たぶん由里の声だろうかーかすかにこちらを呼ぶ声が聞こえてきた。
飛行船に向かって手を振る仲間達を見守りながら、大神はやわらかく微笑む。
戦いは終わったのだと、そう思った。
これが最後ではないのかも知れない。
だが、一つの戦いは確かに今終わりを告げたのだと、沈む夕日を見ながら大神はそう感じていた。
マリアはカナヅチなのです。
確かサクラ大戦2か何かで、そんなエピソードがあったような……?
うろ覚えなので定かではありませんが。
まあ、どっちにしろ、うちのマリアはカナヅチなのです!
兎にも角にも大団円。
次回で物語も終わりになります。
予告通り、明日投稿します。平日なので19時くらいに投稿する予定です。