恋夢幻想   作:高嶺 蒼

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最終話です。
読んで頂いた皆さん、ありがとうございました。


恋夢幻想~23~

 再び帝都に平和が訪れた。

 それは永遠ではないかも知れない。

 だが久々に訪れた穏やかな日々を人々は思う存分満喫していた。

 

 とはいえ、今回の戦いで帝都の受けた傷は大きい。

 ほぼ壊滅に近いダメージを受けた帝都が元に戻るまではまだいくばくかの時が必要だった。

 

 帝都の花、帝国歌劇団もまた、戦闘の被害を逃れることはできなかった。

 降魔の攻撃で半壊した劇場修復のため、帝国歌劇団はほぼ一月の休業を余儀なくされたのだった。

 

 

 

 さくらのつぼみがほころび始め、日一日と暖かさを増し、帝都に春がやってくる。

 長かった冬がやっと終わりをつげるのだと大神は思う。

 だが大神の心を覆う冬はまだ当分終わりそうになかった。

 そんなある日のことー大神は突然米田に呼び出された。

 

 『海軍の航海演習に参加する気はねぇかい』

 

 米田は行った。そして大神は答えたのだ。行かせて欲しい、と。

 米田は頷き、気をつけていって来いと、そう言ってくれた。

 大神は笑って頷いた。

 

 支配人室を後にするとき、大神は思いだしたように米田に一つ頼み事をした。

 このことは花組のみんなには黙っていて欲しい、と。

 米田は渋りながらも、結局はそのことを承諾してくれた。

 大神は深々と頭を下げる。

 卑怯かも知れないが、みんなに見送られると旅立ちにくくなるとそう思ったから。

 そんなふうに思ったのは逃げるつもりではなかったが自分が卑怯なことをしているとどこかで感じていたからかも知れない。

 

 帝都にいるのは辛かった。

 帝劇に暮らすことも。

 ここには彼女との思い出がありすぎる。

 そしてあっという間に時は流れ大神の旅立ちはもう明日へと迫っていた。

 

 

 

 夜ー

 大神はベッドに寝ころんだままじっと天上を見つめていた。

 目を閉じても眠れそうもない。

 それならばいっそのこと朝まで起きていようと思った。

 ここでこうして過ごせるのも後わずか。明日になれば当分は海上で暮らすことになるのだから。

 

 あっという間の一年間だった。

 だが今まで生きてきた中で一番充実した一年であったとも言える。

 辛いことも苦しいこともたくさんあった。しかし、それに勝る喜びもあった。

 素晴らしい仲間に恵まれ、生まれて初めての恋をした。

 幸せだった、と思う。本当に、心から。

 あやめを失った心の傷はまだ癒えることなく血を流し続けている。

 苦しくないと言えば嘘になる。辛くないはずもない。

 それでも自分は幸せだった。あやめと出会い、愛しし愛され…

 

 出会わなければこんな身を裂かれるような思いをせずにすんだのかも知れない。

 だがそんな一生など大神にとってなんの意味もない。

 あやめと出会わなければ…そんなこと考えたくもなかった。

 彼女を愛した喜びも、失った哀しみも捨てることなく、この先ずっと生きていくのだ。

 それは決して苦しみではなかった。

 そしてそんなふうに思える自分が何となく嬉しかった。

 

 不意に部屋の中に他人の気配があることに気がついた。

 寝返りを打ち、その気配がある方を向く。

 そこに親友の姿を認めた大神は目を細めて微笑んだ。

 

 「-あの子達に、伝えなくていいのか?」

 

 大神は黙って首を振る。

 情けないことだが彼女たちに見送られながら、笑って旅立てる自信がなかった。

 彼女たちは怒るだろう。もしかしたら悲しむかも知れない。

 だが情けない姿は見せたくなかった。

 なんと言い訳しても、やはり自分は逃げ出すのだ。この帝都から。あふれる彼女との思い出から。

 そんな姿は見せられない。

 それは大神の隊長としてのなけなしのプライドでもあり、意地でもあった。

 

 加山は黙って頷いてくれた。

 そのままベットの端に腰を下ろすと大神の肩を二度、軽くたたいた。お前の気持ちは分かるよと言うように。

 

 

 「-卑怯、かな?」

 

 「いやー」

 

 

 大神の問いかけに加山は否定の言葉を唇に乗せる。

 

 「お前は頑張ってるよ。そのことを俺は知っているし、みんなもちゃんと分かっているさ」

 

 大神は目を閉じた。

 少しだけ心が軽くなる。

 きっと誰かにそう言って欲しかったのだ。今ならば、少し眠れそうだった。

 

 

 「少し、寝てもいいかな…?」

 

 「いいさ。朝になったら起こしてやるよ」

 

 

 ありがとうーそう言って大神は深く息を吐き出した。

 それからまもなく安らかとは言い難いものの、小さな寝息が聞こえ始めた。

 そんな大神を加山は静かに見守る。

 いたわるように、そして少しだけ切なそうにー

 

 

 

 

 その朝、大神は日が昇る前に劇場を出た。

 一度だけ、その思い出にあふれた場所を振り返り、万感の思いを込めて敬礼する。

 そうして大神は、大帝国劇場へと別れを告げた。

 

 日が昇りきる前の港は静かだ。

 大神のほかに人影は見えなかった。

 遠くの方に大神が乗るはずの軍艦が見える。

 大きく息を吸い込んで、荷物を持ち上げた。そしてそのまま、ゆっくりと歩き始めた。

 

 「隊長…」

 

 かすかな声に大神は立ち止まる。

 振り向くまでもなく、大神にはその人物が誰であるか分かった。

 信じられない思いでその人物を見る。彼女はただ笑ってそこにいた。

 

 「マリア…なぜ?」

 

 近づいてくる彼女。

 そしてそのまま大神の目の前でぴたりと止まる。

 長身の彼女は真正面から大神の目をのぞき込むようにして言う。

 

 

 「黙っていくなんて、ひどいです」

 

 「-うん。ごめん」

 

 

 素直に謝り、頭を下げた。

 

 「いいです、間に合いましたから」

 

 そう言ってマリアは春風のように笑った。

 その笑顔が少しだけまぶしくて、大神は目を細める。

 そうしてふと、ほかの仲間達はどこにいるのかと、周りを見回した。

 あの個性豊かな仲間達が、マリア一人を送り出すとはとうてい思えなかったから。

 そんな大神の行為をマリアが苦笑混じりに止めた。

 

 

 「みんなならいませんよ、隊長」

 

 「えっ?」

 

 「みんなで押し掛けたらご迷惑かと思いまして。私が代表で」

 

 「よくみんなが納得したね」

 

 

 心から感心していった。再び苦笑するマリア。

 お互い、自分たちの仲間の癖の強さはよく分かっていたから。

 

 「納得…というか。公平にあみだで決めました」

 

 あみだーその言葉を聞いて大神は目を細めた。その言葉はとても懐かしい言葉だったから。

 何かを決めるとき、彼女は必ずと言っていいほどあみだくじを持ち出したものだ。

 ケンカしないで、公平にねーそう言って、優しく笑いながら。

 それは懐かしいー本当に泣きたくなるくらい優しくて切ない、彼女との掛け替えのない思い出。

 

 

 「懐かしいね」

 

 「そうですね。決めごとにはあみだーあやめさんが始めた私達の習慣みたいなものですから」

 

 「そうだったね…そうだった」

 

 

 ほんの一瞬目を閉じて、大神は彼女を思った。

 あやめを思うと今でもまだ切ない。彼女を思い出にするにはまだ時間が必要だった。

 

 「-そろそろ、お時間ですね」

 

 マリアの声に目を開けた。緑の瞳が優しく大神を見つめている。

 大神は微笑んだ。

 そして思う。必ず帰ってこようと。大切な思い出にあふれるこの町へ。仲間達と、こうして自分を見つめてくれる暖かな眼差しの待つこの町へー。

 どんなに時間がかかろうと、いつかきっと。

 

 

 「じゃ、行って来るよ」

 

 「はい。お気をつけて」

 

 

 微笑みあい、大神はマリアに背を向けた。

 二人の間に別れの言葉はない。これが最後ではないーそんなことは分かり切っていたからだ。

 艦に乗り込む寸前で、大神はもう一度だけ振り向き、マリアを見た。

 彼女は変わらずそこにいてただ静かに大神を見つめていた。 

 

 いつの間にか太陽が昇り、空は青く澄み渡っている。

 新しい旅立ちにはちょうどいい朝だ。

 背筋を伸ばし胸を張り、大神はマリアに向かって敬礼をする。

 日の光をいっぱいに浴びて、大神は清々しくも涼やかに笑った。

 そしてそれはまるで一枚の写真のようにマリアの胸に焼き付いたのだった。

 

 

 

 




無事、終わりを迎える事が出来ました。
サクラ大戦の長編は、もう一つあるので、落ち着いたらそっちも投稿します。
最後まで読んで頂いてありがとうございました。
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