「……ただいまー」
やべえ、すっかり帰るのが遅くなっちまった。
俺は玄関で靴を脱ぎ、音を立てないように自室に戻ろうとする。
「こら! けーすけ! どこほっつき歩いてたの!」
「っち」
あーあ、お袋に見つかってしまった。またうるさくどやされるぞ。
「あんたまだ学生なんだから、少しは生活習慣正してしっかり勉強して――」
「はいはい、わーりましたよ」
お袋の説教はもううんざりだ、耳にタコができるくらい聞いたからな。
「こら、待ちなさい! けーすけ!」
お袋を無視して、俺はそそくさと階段を上がり自室へと戻る。
「ったく、うるせえよなあ」
ちょーと遅くなったくらいですぐこれだ、きっと俺のことが嫌いなんだろうな。
「まあ……ダメ息子だもんな」
高校に入ったはいいが、いきなりイジメに合い不登校気味。最近は多少マシになったが、遅刻と早退しか繰り返していない。
夜になれば地元の友人と遊びに出かけ、帰ってくるのはいつも0時過ぎ。
「俺だってこんな生活、もうやだよ」
自室で一人物思いにふける。
どうすればいいんだろう。どうすればこんな生活から逃れられるんだろう。
「けーすけ、ちょっといいか」
ドアをノックする音と共に、親父の声が耳に入ってきた。
「ああ、いいよ」
親父は好きだ。お袋みたいにうるさく言わないし、何より無断で俺の部屋に入ってこない。
部屋に入るなり、親父はドスンとその場にあぐらをかいて、真剣な眼差しで俺を見つめる。
「な、なんだよ」
こんな親父の顔初めてだ、なんか緊張する。
「お前、母さんのこと嫌いか?」
「っ!」
んだよ、久しぶりに話す内容がそれかよ。結局説教かよ。
「当たり前だろ、嫌いだよ」
「そうか……」
俺が思いっきり態度を悪くしてそう言うと、親父は分かってたように頷き、そして、
「母さんな、もう長くないんだ」
……は? 何言ってんだこの親父は。
「ガンだそうだ、持って2、3ヶ月らしい」
「ま、待てよ、いきなり何言ってんだよ」
俺は動揺していた。お袋が死ぬ? あのうるさいだけが取り柄のお袋が?
「今まで黙っててすまん」
親父が深く頭を下げた。
「母さんがお前にうるさく言うのは、後悔したくないからなんだ」
「後悔?」
「そうだ、死んでからじゃ口が聞けないだろう?」
なんだそれ、バカじゃねえの。
「母さんはお前のことを心から心配してるんだ、頼む、心配かけないでやってくれ」
「……」
お袋がいなくなったら、俺はもううるさく言われなくなる、耳にタコができることもなくなる。
良い事づくめじゃないか、やった、やったぜ。
「出てってくれ……一人になりたい」
気持ちとは裏腹に、目頭が熱い。涙が溢れそうだ、親父に泣き顔なんて見られたくない。
バタン。
俺が俯いていると、部屋のドアが閉まる音がした。親父が出て行ってくれたんだ。
(何も考えたくない)
俺はそのままベッドに横になり、深い眠りに就く。心なしか、枕が湿っぽかった。
翌朝。
目覚めてすぐ、俺は出かけることにした。もちろん学校に行くんじゃない。どこでもいい、何でもいいから、お袋にうるさく言われたい。
「あ、けーすけ! どこ行くの!? 今日学校でしょ!?」
「うるせえ、俺の勝手だっつの」
お袋の怒鳴り声を背に、俺は家を飛び出した。行く宛も無く、ただがむしゃらに。
ずっとあの声を聞いてたい、死んでほしくなんかない。だから……。
「俺の耳にタコができるまで、死ぬんじゃねえぞ。お袋」