弱い男の子と、強い女の子のお話。
「雨」「束縛」「込み上げる劣情」をお題にして書きました。
※救いはありません。暴力描写はあります。
小さい頃から雨は嫌いだった。
夏を濡らす冷たい雫は、止まることを知らない。
等間隔で屋根を叩く雨音は、僕の苛立ちを更に加速させた。
「好きだよ……愛してる」
ありったけの気持ちを込めて愛の言葉を囁くが、美咲は知らん顔で俯いてしまう。
彼女と心が通い合っていないことが、こんなにも辛いなんて。
――痛みで胸が抉られるようだった。
「気分はどう?」
「最低……」
僕の問いを、まるで唾を吐き掛けるかのように蹴り飛ばす彼女。
「ねえ、どうして目を合わせてくれないの?」
彼女の艶を帯びた長髪をグッと掴み、無理矢理こちらを向かせる。
僕を睨み据える美咲の瞳からは、『絶対に屈しない』という強い意志が垣間見えた。
――良い目だ。
そんな彼女の心意気を、踏みにじってやりたい。
「こんなことをして、タダじゃ済まないわよ……」
絞り出したような声で喉を鳴らす彼女。
必死で恐怖に打ち勝とうとしているのか、身体が小刻みに震えていた。
「そんなことは分かってる。けど、君はどうにも出来ないだろう?」
――美咲を此処に招待したのは、三日前のことだった。
最初はただの出来心。
僕は学校から帰る途中、一人で歩いている美咲を偶然発見した。
彼女と僕の間柄はただのクラスメイト。
とは言っても、僕達は一度も言葉を交わしたことが無い。
だから勇気を振り絞って声を掛け、背後から頭部に一撃を食わせて昏倒させた。
ただそれだけのことだ。
彼女は目を覚ました時は相当暴れていたが、抵抗するだけ無駄と知ったのだろう。
今は幾分か落ち着いている。
なぜなら木製のダイニングチェアに座らせて麻縄できつく固定しているから。
今の美咲は逃げ出すことは愚か、一人で用を足すことも出来ないだろう。
そんな状態の女の子に悪態を吐かれても、恐れるには値しない。
「地獄に堕ちろ……」
美咲は、明確な殺意を内包した目で僕を一瞥する。
そんな彼女に無上の敬愛を込めて、柔和な微笑みを返してやった。
――確かに僕が辿り着くべき場所は地獄の奥底かもしれない。
いたいけな少女を誘拐して暴行を加えたとなれば、高校生の僕でも実刑は免れないだろう。
「君の言う通りだ……」
だが、そんなことは関係無かった。
僕はただ、『美咲』という存在を渇望しているだけだ。
法の裁きを受ける可能性論を持ち出して、犯罪行為を否定するのは偽善者の痴れ言だ。
罪を犯すのに理屈で物事を分析すること程、無意なことは無い。
「ねえ、美咲さん。僕とゲームをしようよ」
「……え?」
僕が笑顔を携えて歩み寄ると、それに呼応するように吐息を荒くする彼女。
その顔は、恐怖と不安で不自然に引きつっていた。
「ルールは単純だ。君が嘘を吐いたら、僕が罰を与える。どうだい?」
「ふざけないで……」
美咲は僕を侮蔑の眼差しで見上げる。
そんな彼女に対して抑えようの無い劣情を孕んでしまう。
彼女の腹部にきつく縄を巻いたため、計らずも程良く成長した胸が強調されてしまっている。
制服越しでも存在感を放つその膨らみを是非とも堪能したい。
「ふざけてなんかない。僕は至って真面目だ」
美咲は湿気で満ちた部屋に長時間座っているせいか、身体をほんのりと赤く火照らせている。
汗で艶めいた肌が、一層僕の不埒な煩悩を刺激した。
「質問その1。君は僕のことが好き?」
「大嫌い」
「そう」
――――。
皮膚が裂けるような乾いた音が、暗く湿った部屋に反響する。
彼女の頬は痛々しく腫れていった。
「可哀想に……。つまらない嘘を吐くからこうなるんだ」
「ふざけないで……」
「せっかくの可愛い顔が台無しじゃないか」
「……気持ち悪い」
僕に対して罵声を浴びせる美咲は、目に溢れんばかりの涙を溜め込んでいた。
張り手は相手の心身を折るのに非常に効果的と聞く。
最小限の被害且つ、甚大な痛みを与えることが出来る。
痛々しい赤に染まった彼女の頬がそれを如実に物語っていた。
「もう一度聞くよ。君は僕のことが好き?」
「貴方なんて、大嫌い……」
美咲が返答を言い終わらないうちに、頬を力任せに叩く。
かなり勢いよく叩いたため、彼女の頭は衝撃で仰け反ってしまう。
が、すぐに僕を睨み返す。
そんな反骨精神に満ち溢れた彼女を見ていると、僕はある汚い感情に駆られてしまう。
――壊したい。
美咲の心を、完膚なきまでに屈伏させてやりたい。
服を剥き、皮膚を裂き。
限りなく透明に近い素肌を彼女の赤い血で染めあげたい。
悲痛な叫びを上げる彼女を容赦無く犯してやる。
そんな歪んだ情欲が頭を駆け巡り、思わず息を飲んだ。
「ねえ、どうしてこんな酷いことするの? 私が貴方に何をしたって言うの……?」
僕に縋る美咲の声は、圧倒的な理不尽を目の前にして震えている。
彼女が潤んだ目でこちらを見るので、堪らず頬をさすってやった。
「とんでもない。僕は君が好きだからだよ」
彼女は僕の言葉が理解出来ないようで、目を丸くする。
これは嘘偽りの無い言葉だった。
「君が可愛いから。君が綺麗だから。君が美しいから。……君は僕の人生を棒に振るうに値する女性だ」
「……うっ……ひぐっ……」
僕の渾身の告白が気に入らなかったのか、むせび泣いてしまう美咲。
彼女は絶望の様相を浮かべていた。
――しかし、無理もない。
僕が憎悪や妬みの感情で事に及んでいるなら、まだ理解し合える部分もあったかもしれない。
しかし、僕はそんな負の感情で彼女を傷つけたりはしない。
「君が好きだからこそ、君を壊したい」
「くだらない! そんなことに私を巻き込まないで……」
「初めて見た時から君のことが好きだった」
「止めて! もう、止めて……」
「いつも君ばかり見ていた。君は僕のことなんて気に掛けていないようだったけど、そんなことは関係無かった」
「そ、それで、こんなことを……?」
「ああ。僕は君と話がしたかった」
「理解出来ない。此処までする必要があったの!?」
必死で僕に泣き叫び訴えかける美咲。
――自らの災難を、自らの不運を。
椅子の足が床を叩く音は彼女の糾弾にも聞こえた。
そんな可哀想な子羊の頭を、慈愛を込めて一撫でしてみせる。
「君は何かを得ようとするのに、『程度』の問題を介入させるのかい?」
「それは……」
「欲しい物があるなら、加減はしない。そうだろう?」
「気狂い……」
僕の熱弁を受けて悄々たる面差しを見せる美咲
怖気づく彼女の手をそっと握り締め、か細い小指を優しく摘まんだ。
「お願い、止めて……」
「良い反応だ」
恐怖におののく美咲の制止を肴に、彼女の関節を一気に折り曲げた。
骨が破砕する鈍い音と共に、彼女の絶叫が僕の耳を貫く。
椅子が床を断続的に打ち付ける音が、彼女に降りかかったであろう痛みを体現していた。
「……可哀想に」
そう呟いた僕の目は虚ろな光を宿していただろう。
赤黒く膨れた美咲の小指は、ピクピクと痙攣を起こしていた。
そんな惨状を見兼ねて、僕は手のひらで患部を優しく擦ってやる。
「よしよし……」
「うぐっ……うっ……」
今まで気丈に振舞っていた美咲も骨折の激痛には耐えられなかったようだ。
遂に彼女は我慢することを止めたのか、僕の前ですすり泣く声を漏らし始めた。
両の腕を縄で拘束されているため、自らの指を労わることも地面に蹲ることも出来ないでいる。
「大丈夫……?」
「ふざけ――――っ!」
彼女の暴言が僕の耳に触れるなり、熱を帯びていた心臓が冷めていくのを感じた。
反抗の芽を刈り取るべく美咲の右の頬に容赦なく拳を振り下ろす。
「何す――っ!」
それでもまだ懲りていないようで、左の頬にも殴打を加える。
彼女が完全に大人しくなるまで僕は暴行を止めなかった。
「僕にそんな口を聞くな」
美咲の血と唾液が混濁し、ねっとりと両手に纏わりつく。
瞬間、底知れない快楽と虚無の波が頭を襲った。
全てが遠くなっていく感覚が僕の全身を巡り巡る。
……不快だ。
彼女の苦痛で粘性を帯びた液体を、心ならずもズボンに擦り付ける。
――此処で踏み止まれば彼女を解放してやる気にもなれたかもしれない。
「ぐっ……うっ……」
「暴力は崇高な手段だと思う。手っ取り早く自分の絶対的優位を相手に証明することが出来る」
「僕に逆らうとこうなる。分かった?」
与えられた台詞を音読するかのように、淡々と美咲に告げる。
己の絶対性を、彼女の立場を。
「……え?」
僕が事を言い終わるなり、美咲は怪訝な顔で聞き返した。
彼女はまるで僕が放つ物言いが理解出来ないようだった。
「二度は言わない。暴力は唯一無二の道具だ」
「……ふふっ、ふふふっ。はははっ! ははっ!」
しかし、美咲は僕の想像の範疇をいとも簡単に超えていった。
彼女は椅子に拘束されたまま、声を大にして笑いだしたのだ。
まさかこんな勢いに満ちた笑みを投げ掛けて来るとは思いもしなかったので、僕は少々面食らった。
「……裕二君、可哀想。裕二君の言ってることはちっとも分からないし、分かりたくもない」
美咲の破顔一笑はやがて軽蔑の邪視へと姿を変える。
顔を醜く腫らした彼女は、未だに僕を嘲笑って見せるのだ。
「なぜ?」
「暴力は弱い者がする行為。力で無理矢理抑え付けているに過ぎない。そんな仮初めの権力に屈するのは馬鹿げているわ」
「何を……」
「貴方は人と向き合うことが出来ないだけ……そうじゃない?」
美咲がおもむろに顔を持ち上げる。
その目には、確固たる宿望の炎が燃えていた。
僕を本質的に否定する目。
此処から絶対に生きて帰るという野心が垣間見えた。
そんな彼女の威勢に、僕は思わず後ずさりしてしまう。
「ねえ、裕二君」
「……え?」
美咲に初めて名前を呼ばれて、動揺してしまう。
彼女は先程とは打って変わって、温和な表情を浮かべていた。
「裕二君はさ、私のこと好きなんだよね……?」
「そ、そんなの当たり前じゃないか」
「どうしてもっとちゃんと話してくれなかったの?」
「それは……」
「こんなことしなくちゃ、人に物を伝えられないんだね」
「僕にそんな口を――!」
「質問その1。私とセックスしたい?」
―― 一体彼女は何を言っているんだ。
度重なる虐待で、遂に頭がおかしくなってしまったのか。
挑戦的な眼差しで僕を見下す美咲。
そんな彼女に、僕は畏怖していた。
『未知』に対して果てしない恐れを抱く動物としての本能が、脳内を苛む。
――こんなの、有り得ない。
「そんなの……」
「じゃあ私とセックスしてよ。酷いことばかりしてないでさ……」
「何を言って――!」
「……出来ないんだ」
「ふざけるな!」
美咲の薬指を衝動的に掴んで思い切り壊してみせる。
彼女は刺激に一瞬顔を歪めたが、再びにっこりと微笑みを浮かべた。
あり得ない方向に曲がってしまった薬指を、清々しい表情で眺める美咲。
「……ふふっ」
「止めろ。止めろ! 何がおかしい!」
中指、人差し指。
彼女の白く透き通った指を一本ずつ力づくに折り曲げていく。
飾り窓を叩く雨と骨が砕ける音が、疎ましい旋律を奏でていた。
静かにしてくれ。
僕は雨が嫌いなんだ……。
「……痛いよ、裕二君」
優しく微笑んで見せる美咲に、これ以上ない憤りを覚えた。
彼女はきっと無理しているだけだ。
すぐにボロを出す。きっとそうだ。
「これは? ねえ、これは!?」
彼女の指を乱暴に掴み、片っ端からひん曲げる。
こちらの指が疼いてしまう程嫌な音色が部屋中に鳴り渡る。
「ふふっ……はははっ」
彼女は笑っていた。
正しく曲がる関節なんて、もう何処にも無いのに。
――それでも彼女は笑っていた。
「嘘だ……」
「裕二君は弱いね」
「何を……そんな!」
「欲しい物が手に入らないからって、駄々を捏ねるの?」
「相手が思い通りに動かないと、そんな顔をするの?」
「そうやって今まで、我儘を貫いて来たの?」
「だとしたら、哀れね……」
「黙れ!」
美咲の全身を滅多打ちにするが、彼女は一向に笑うことを止めない。
まるで僕自身を否定するかのように。
「ふふっ。はははっ」
彼女の耳障りな嘲りは、打ちつける雨滴さえも掻き消した。
静かにしてくれ。
僕は雨が嫌いなんだ……。
「黙れ! 黙れ!」
美咲の透明な八重歯が拳を掠め、手のひらから血が流れ出す。
しかし、僕はそれすら構わず殴りつけた。
雨音も、悲鳴も、嘲笑も。
全て消えてしまえ。
「けれど、生憎。私の気持ちは私にしか変えることが出来ない」
「私は好きな人が居るし、叶えたい夢がある。だから貴方が迷惑なの」
「暴力に頼らないと私と向き合えない。そんな貴方が大嫌い」
「止めろ! 止めてくれ……止めて……」
「私は貴方に体を捧げる気も無いし、心だって触れさせない」
「――裕二君が、大嫌い」
――――。
――。
目の前には美咲の悶絶した表情。
僕は衝動的に美咲に飛び掛かり、首を鷲掴みにしていた。
気管からかろうじて漏れ出す乾いた音が僕の加虐心を一層煽る。
「ぐっ……が……」
美咲の首筋を強く締める度に、肉が軋んでいく感触が両手に伝わる。
彼女の顔色から血の気が引いていく光景にこれ以上ない嫌悪感を催した。
「ぐ……うぐ……」
彼女の懇願にも似た呻き声が僕の耳に纏わりつくが、更に力を込めてそれを振り払った。
お願いだから、静かにしてくれ。
「そんな目で僕を見るな……」
苦痛に塗れても、それでもまだ軽蔑の眼を僕に差し向ける美咲。
僕を否定する全てを消し去るべく、彼女の喉を潰していく。
「そんな目で僕を見るな……!」
――それでも彼女は、笑っていた。
「ねえ、その程度……?」
――――。
――。