フォーサイスより愛を込めて(魔法先生ネギま!×EVOLIMIT)   作:瓶缶ペットボトル

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九鬼流・長谷川千雨 VS 形意拳&八卦掌・古菲


2001年5月2日

 次の日の朝。

 授業開始前の1-Aの教室は喧噪に包まれていた。

 教室の後ろの方では古菲、長瀬楓、龍宮真名、桜咲刹那、超鈴音の武闘派組が話していた。主に、前日の放課後に行われた古菲と長瀬楓の手合わせの内容についてだった。

 

「イヤー、楓は強かったアル。私ももっと頑張らないといけないアルネー」

 

「古もなかなかだったでござる」

 

「マナとセツナともやってみたいアル」

 

「面倒くさい」

 

 古菲の言葉に龍宮がやれやれと首を振った。

 

「……人前で披露するものではない」

 

 刹那は腕を組んだまま断った。

 

 そんな話をしている中、教室の後ろ側のドアからツナミ・カラニコフ、長谷川千雨、ザジ・レイニーデイが入ってきた。

 

「おはよー。宿題やったかー」

 

 万歳のポーズのまま挨拶を交わしながらツナミがエヴァンジェリンの隣の席に鞄を置いた。

 

「……はよ」

 

 千雨は気だるげなまま自分の席に鞄を置いた。コートを脱いで椅子の背もたれにかけ、その上から日傘を引っかけた。

 

「…………」

 

 ザジはザジで無言のまま、頷きながら自分の席に向かって行った。

 

「ツナミと長谷川、とザジ、おはようアル! 宿題なんてやってないアル!」

 

「おはよう。拙者もやってないでござる」

 

 武道四天王とバカレンジャーを兼任している古菲と楓が顔色一つ変えずに挨拶を返した。

 そして、龍宮は薄く笑って良いことを思いついたとばかりに千雨を見ていた。

 

「お、良いところにきたな。クー、私の代わりに長谷川に頼んでくれ」

 

「……あん? なんで私が古菲の宿題やんなきゃいけねーんだよ」

 

 千雨が目を細めながら返答した。

 

「ん、んん?」

 

 古菲が目を閉じて唸り、首を左右に傾げながら考え込んだ。

 

「真名、今のはどういう?」

 

 楓はすぐに気付いて龍宮に訊いていた。

 

「長谷川は強いアルか?」

 

「そりゃ国語ならお前よりは強いだろ」

 

「違うアル!」

 

「チサメー、昨日からずっと話噛み合ってないよ」

 

「噛み合ってるっつーの。国語の宿題のことだろ?」

 

「だから違うアル!」

 

「まぁまぁ、クーも落ち着くでござる」

 

 冷静だった楓が古菲をたしなめていた。

 

「スズネー、肉まんはー?」

 

「今日の試作品はなくなたヨ」

 

「むー」

 

「ツナミは自由だなー」

 

 頬を膨らませるツナミを見て千雨が笑った。

 

「チサメは人のこと言えないよー」

 

「長谷川、勝負アル!」

 

「……え、なんで? どうしたんだ、突然」

 

「ウム、ツナミさん達が入ってくる前にクーが龍宮サンと桜咲サンに勝負を申し込んでたところだったんだヨ」

 

「ふーん」

 

 自分には関係ないことなので興味がないという返答だった。

 

「今は龍宮サンが長谷川サンを代理にしたところヨ」

 

「なんでだ? 私は弱いし、どう考えても無理だろ」

 

 まるで意味が分からないとばかりに千雨が言った。

 

「え?」

 

「は?」

 

「ん?」

 

 龍宮、刹那、ツナミが疑問の声を上げながら千雨を見ていた。

 

「うん? どうしたんだ?」

 

 本気で分からないという顔をしながら千雨が3人を見ていた。

 

「ムム?」

 

 古菲が龍宮と刹那を交互に見ながら、考え込んでいた。

 

「……これはもしや」

 

 楓はやはりすぐに気付いて千雨を見ていた。

 

「「…………」」

 

 龍宮と刹那は頭を押さえながら無言のままだった。

 

「チサメー、嘘ついた?」

 

「ついてないって」

 

「長谷川サン?」

 

「なんだよ。嘘なんかついてねーよ。一般人の私じゃ古菲の相手なんか無理に決まってるだろ」

 

「フフフ、分かった分かった。そういうことにしておこう。まったく、大した狸っぷりだな」

 

「白々しいですね」

 

 龍宮と刹那は千雨に胡乱げな視線を向けていた。

 

「私は知ってる。日本人特有のケンソーンだってことくらい」

 

「んなわけねーだろ! 古菲が本気にしたらどうすんだよ」

 

「クー?」

 

 ニヤリと目を合わせて笑う古菲と超が拳を構えた。ちょうどよく、千雨の左に古菲、右に超鈴音が陣取っていた。

 

「ハッ」

 

「シッ」

 

 左から迫る古菲の拳を左手の掌で押し出すように前へ、右から迫る超鈴音の拳を右手の掌で後ろへ、長谷川千雨は二人を見ることもなく打ち捌いた。

 固唾を飲んで見守っていたクラスメート達がどよめいた。

 

「うん? なんだ?」

 

 目の前を通り過ぎる古菲の拳を見て初めて千雨が目を見開いた。

 

「長谷川!」

 

「当てるつもりはなかったガ、簡単に捌けるものでもなかたはずヨ!」

 

 あまりにも簡単に、見ることもなく、表情一つ変えることもなく捌かれた自分の拳を見て古菲と超鈴音が驚いていた。

 

「見事でござる……龍宮達は……?」

 

「ああ、知ってたよ」

 

「昨日見かけたので」

 

「チサメー、弱いなんて嘘つくからー」

 

「おい! あぶねーだろ! 嘘なんかついてねーよ! 私は弱いんだ」

 

『そんなわけあるか!』

 

 見ていたクラスメート達の何人かがつっこんだ。

 

「そうアル! 私の拳を捌ける奴が弱いはずないアル!」

 

「そうだヨ。弱いという長谷川サンに捌かれた私達まで弱いということになるからネ」

 

「超!」

 

「古!」

 

 古菲と超鈴音が顔を見合わせて、同時に獰猛な笑顔を浮かべて千雨に殴りかかった。

 

「なっ!? やめろ馬鹿! 殺す気か!」

 

 そう叫びながらも目の前の古菲の拳は左手一本で後ろの超鈴音の拳は右手一本で捌き始めていた。

 

「大丈夫アル! 寸止めするアル!」

 

「私はしないネ! 長谷川サン、背中に目が付いてるのカ!」

 

 前後から来る拳の連打を片腕ずつで捌きながら、時には身体を左右に振りながら躱す千雨を見て、クラスメートも楽しみ始めていた。

 

「古菲に100円!」「超リンに300円!」「古菲に500円!」「なんだと! 超リンに1000円!」

 

 クラスメートの声援とともに、賭けられる金額も徐々に上がり始めていた。

 

「長谷川に1000円!」

 

 椎名桜子の掛け声とほぼ同時に勝負は着いた。

 

「やめろっつーの!」

 

 古菲と超鈴音の拳の間を縫って、千雨の左手は古菲の鼻を、右手は超鈴音の鼻を、掌打を打っていた。

 

「あたっ」

 

「わぷっ」

 

 古菲と超鈴音が自分の鼻を押さえながら後ずさった。

 

「おお、なんと」

 

 楓が驚きに片目を見開いていた。

 

「おおーっ」

 

「高畑先生も来たし、やめろっつーの」

 

 千雨が教卓側のドアを指差してため息を吐いた。

 

――ガラガラガラ。

 

 ドアを開けて高畑が顔を出した。生徒達から集まる視線に少しだけたじろぎながらも挨拶をした。

 

「お、おはよう、みんな? 今日は、どうしたのかな? やけに見られているような」

 

 自然とクラスメートの視線は鼻を押さえている古菲と超鈴音、既に席について何食わぬ顔をしている長谷川千雨に集まった。

 

「長谷川と手合わせしてただけアル!」

 

 鼻を押さえたまま、長谷川に視線を向けていた。

 

「クーと二人でやっても遊ばれてただけみたいネ。長谷川サンがこんなに強かったとはネ」

 

 超鈴音は肩を竦めて自分の席に向かって歩き始めた。

 

「だから! 私は弱いって言ってんだろ!」

 

 超鈴音の言葉に馬鹿なことを言うなとばかりに千雨が言い返した。

 

「えっ?」

 

 高畑がぽかんとした顔で千雨を見ていた。それに気付いた千雨が不思議そうな顔を高畑に向けていた。

 

「ん?」

 

「えっ? 弱いのかい?」

 

 対する高畑も不思議そうに千雨に聞き返した。

 

「何言ってるんですか、弱いに決まってるでしょう」

 

「え? あっ、そうなのかい?」

 

 見ていた全員が首を振っていた。龍宮は呆れたため息を吐き、桜咲刹那は目を瞑ってため息を吐いていた。

 

「あの、長谷川さん? 聞きたいことがあるのですが……」

 

 千雨の隣の席、綾瀬夕映が千雨に話しかけていた。

 

「あん? なんだよ?」

 

「誰と比べて弱いと言ってるんですか?」

 

「誰って、普通に考えて私は弱いだろ、誰がどう見ても」

 

 千雨が何を当たり前なことを言っているんだという顔で夕映を見つめ返した。

 

『そんなわけあるか!』

 

 賭け金を桜子一人に持って行かれたクラスメート達がやけくそ気味に叫んでいた。

 

「いや、ですが、古菲さんと超さんは一般的に見てかなりの達人だと思うのですが」

 

「何言ってんだ? どっからどう見ても達人だろ?」

 

「なら長谷川さんは何なのですか?」

 

「一般人だけど?」

 

「いやいやそれはおかしいです。長谷川さんはお二人より強いのではないのですか?」

 

「はぁ? 私が? 古菲と超よりも? そんなわけねーだろ」

 

 何を馬鹿なこと言っているんだと呆れた顔で千雨が夕映に言い返した。

 

「え?」

 

 夕映が納得いかない顔で千雨を見つめていた。

 

「長谷川!」

 

 古菲が机を叩いて千雨に詰め寄っていた。古菲の顔を見て千雨が怪訝そうに首を傾げていた。

 

「……何怒ってるんだ?」

 

「分からない、のか?」

 

 古菲が愕然とした顔で千雨を睨んでいた。

 

「……古?」

 

「止めるな」

 

「止めないヨ。気は長い方だと思っていたガ、流石の私も一発殴らないと気が済まないネ」

 

 古菲と超鈴音が拳を千雨に向けて打ち放った。

 古菲の拳は右側に、超の拳は上に、千雨は疑問を浮かべた表情を変えずに、正確に捌いていた。

 

「なんなんだ、一体」

 

「放課後、中庭広場に来い」

 

「必ずヨ」

 

「ん? あぁ、分かった」

 

 教室内の重かった空気が少しだけ軽くなった。

 

「……なんで誰も止めてくれなかったんだ?」

 

 千雨が右後ろの席に座るツナミに尋ねた。ツナミは頬杖を付きながらジト目を向けていた。

 

「生物学的に言って、チサメがバカだから」

 

 ふーん、と呟きながら頭の後ろで腕を組んで千雨が天井を眺めていた。

 

「まさか私が青春ドラマの主役になるとはなぁー、世の中分からないもんだぜ」

 

 のんびりと呟く千雨を見ていた高畑の頬が引きつった。

 

/////*****/////

 

 放課後、中庭広場。

 格闘系部活の挑戦者達は鬼気迫る雰囲気の古菲と超鈴音にいつも以上に手ひどくやられて死屍累々といった有様だった。

 いつもならば気合いの掛け声とともに挑戦している武闘家達ですらためらっていた。

 そして、古菲と超鈴音を見守るようにクラスメート達が集まっていた。

 その頃の千雨は隣を歩く、普段ならば愛想の良い糸目の忍者からやたらとげとげしい雰囲気を感じ取りながらツナミと3人で中庭に向かっていた。

 

「……長瀬もイライラすることとかあるんだな」

 

 いつもと変わらない調子で千雨が楓に話しかけた。手に持つ日傘をくるくると回しながら、鼻歌の一つでも歌いそうな雰囲気だった。

 

「長谷川殿は一度痛い目にあった方がいいでござる」

 

「さっぱり分からん」

 

「チサメはやっぱりバカ」

 

「きっとそうなんだろうな。今日はなんかすげー視線が痛かった。おっ? 長瀬目開けていいのか?」

 

「当たり前でござる」

 

「いや、瞳術使いで目を閉じてるのかと思ってたわ」

 

「拙者は未熟者故、使えないでござる」

 

「破幻の瞳は?」

 

「山向こうでござる」

 

「甲賀だったのかよ!」

 

「な、何のことやら」

 

「天膳様がまた死んでおられるぞー?」

 

「いや確かにアイツ死にすぎだったけど、そんなネタキャラじゃなかっただろ」

 

「そー?」

 

「いつ読んでも、山田風太郎は色褪せないよなぁ」

 

 うんうん、と頷きながら歩く千雨達一行が目的地に到着していた。

 

「待っていたアル!」

 

「よく来たネ、長谷川サン」

 

 古菲と超鈴音を中心にして、何十人も転がっている格闘家を見て千雨が驚いていた。

 

「……で、何の用だ?」

 

「まだ言うカ!」

 

「勝負アル!」

 

 千雨は、既にやる気満々の古菲と超鈴音を見て、野次馬のクラスメート達の顔を見て、楓を見て、最後にツナミに向かって言った。

 

「……これ、やらないといけない雰囲気みたいなんだけど」

 

「チサメ、鞄と傘、預かるよー」

 

 ツナミから暗にやりなさい、と言われて千雨が鞄と日傘をツナミに渡した。

 

「……ああ、よろしく。2対1か?」

 

「バカにするな! 私からアル!」

 

「ふーん、ルールとかあるのか?」

 

「長谷川が決めていいアル!」

 

「……明日に支障が出ないように、かな」

 

「コート、脱がなくていいアルか?」

 

「ああ、これでいいよ」

 

 千雨が首をぐるりと回して緊張感のかけらもなく古菲の前に立った。

 古菲は千雨のじっくりと観察して出方を窺っているうちにふと奇妙な違和感を感じた。

 

「では、開始ネ!」

 

 まず先に動いたのは長谷川千雨だった。躊躇いなく古菲に接近し、放たれたのは右手の掌打。

 対する古菲は先ほどまで相手にしていた格闘家と比べても()()掌打を難なく弾いて拳を放つ。舐められている、と感じたが故に、古菲は勝つつもりで拳を放っていた。勝った、と思い込んでいた。

 

「バカにする……なっ?」

 

 対して千雨は古菲の拳を難なく捌き、鳩尾へ掌打を打ちこんでいた。

 古菲がたたらを踏んで後ろに下がった。千雨の掌打が打ち込まれた腹部を手で押さえた。が、全然痛くない。

 

「長谷川! まだ手加減する気か!」

 

「してねーよ!」

 

「嘘をつくな! 全然痛くないアル!」

 

 古菲の言葉に千雨が愕然とした。

 

「えっ? 嘘だろ」

 

「ム? こんなの効くわけないアル!」

 

「てめぇこそ嘘つくんじゃねーよ! やせ我慢してんだろ!」

 

「してないアル!」

 

 古菲が何発もの拳を放つ。その全ては千雨に躱され、捌かれる。そして古菲の拳の隙間を縫って千雨の掌打は届く。

 千雨の掌打が身体に入る度に古菲は千雨を見る。手加減している様子はない、が当たった掌打は痛くない。

 蹴りを放てば同様に躱されるし、躱しきれぬものは捌かれる。肘打ちも掌打も全てそう。千雨に一発たりとも届かない。だが見れば見るほど千雨の動きには奇妙な違和感がある。その理由はあり得ないと古菲は否定する。だが、拳が捌かれれば否が応でも認めてしまう。掌打を受ければ気付いてしまう。

 あまりも軽い、千雨と既に何十回と拳を交わしたし、幾度も掌打をもらっていたが、何発打ち込まれようが効くとは思えないほど、千雨の掌打は弱かった。

 古菲は故郷で共に研鑽を積んだ者達を思い出していた、次に超鈴音、長瀬楓、最後に毎日のように野良試合を申し込んでくる格闘家達。全員から感じられるものが、目の前の相手からは欠片も感じられなかった。

 

 でも、本当にあり得るアルか、こんなこと。

 

「……嘘アル、こんなこと……あるわけないアル……こんな馬鹿なこと……」

 

「さっさと倒れろ!」

 

 古菲から放たれる拳の隙間、幾度目かの千雨の掌打が決まる。何発打ち込めば倒れるんだ、無理ゲーだろ、と呟きながら千雨が古菲から距離を取った。

 

 掌打の当たった場所を手で触りながら古菲が首を振った。

 

「…………やっぱり、痛くないアル」

 

 古菲が超を見る。超は唖然としながらも古菲に頷いた。

 古菲が楓を見る。楓は糸目をめいっぱい開いて、古菲に軽く頷いた。

 古菲が龍宮と桜咲を見る。二人は信じられないような顔をしながらも古菲に頷いた。

 古菲が高畑を見る。高畑が厳しい顔をしつつ頷いた。

 古菲がギャラリーを見渡した。古菲と超鈴音に敗れた格闘系部活動の面々だった。彼らもまた、信じられないものを見たような顔で長谷川千雨を見ていた。

 

「……本当は手加減してるアルネ?」

 

「してねーっつってんだろ!」

 

「長谷川」

 

「なんだよ?」

 

「…………才能が、ないアルね」

 

「ああ、見りゃわかんだろ。今更何言ってんだ?」

 

「……なんで、どうして強くなったアル? どうやってここまで!」

 

 あり得ないことだった。拳を打ち合い、弾き弾かれる、防ぎ防がれる、それならばまだ分かる。古菲だってそれを繰り返して強くなってきたのだから。だが、躱され、いなされ、捌かれる、それも傍目からは、あまりにも簡単に、あまりにも軽やかに、あまりにも鮮やかに見えるほどに。放つ拳は当然のように捌かれる、放った蹴りは当然のように躱される。そして技の隙間を縫うように千雨の掌打は古菲へと届く。だが、千雨の身のこなし、動きからは才能の欠片も感じられない。凡才どころの話ではない、誰が見ても非才。そんな相手に何故捌かれる、何故届かない、それが古菲には理解出来ない。

 それもさもありなん、千雨の師匠は九鬼耀鋼。人の身でありながら人妖と戦い続けた稀代の拳法家。たった一人で人妖との闘法を完成させた天才である。お前に比べれば武部涼一ですら天才に見えてくる、と千雨に文句を言いながらも6年間の長きに渡って千雨を指導してきた人物である。そして、千雨は当然のように、良き生徒として真面目に教えを乞い続けたのだから。

 とはいえ、古菲にも分かったことはある。千雨が自分は弱いと断言する理由、ひとえに()()()()()()()

 古菲と千雨、互いが互いに誤解をしていた。古菲は千雨が力量を隠し続け、一般人に擬態した達人だと。千雨は古菲が自分の才能のなさくらい分かっているものだと。

 

「強くねーっつってんだろ」

 

「……答えて欲しいアル」

 

「はぁ、才能はなかったけど、学ぶ時間はあったし、努力はしてきたつもりだ。師匠にも恵まれたしな」

 

「……それだけ、それだけアルか?」

 

「他に何がある? 私に才能はない。なら、努力するしかない。当たり前だろ。まっ、才能のないお前がいくら努力しようと強くはなれんがな、って師匠には言われるけどな」

 

「当たり前? 当たり前か……そう、そうアルね、その通りアル……それなら、それなら」

 

 古菲がぐるりとギャラリーを見渡した。毎日のように拳を交わしている格闘家の面々、一人の例外もなく、誰もが努力している。それは間違いないことだった。そして誰もが千雨に比べれば武芸の才に恵まれている。故に、当然のような顔をして目の前に立っている長谷川千雨のことが理解できない。努力はしてきたつもりだ、こんな簡単な一言の裏で長谷川千雨は一体どれほどの修練を積んできたのか。

 

「まっ、あとは相性の問題だろ。速く打つ、強く打つ、それは才能ある奴だけに許された道だ。才能のない弱い私は捌き続けることで活路を見出す道しかない。で、それがどうした? 私に才能がないことくらい気付かないわけないだろ?」

 

「長谷川、私は道場で皆伝位をもらって日本に来たアル」

 

「ああ、そうらしいな」

 

「もし、長谷川が同じ道場にいたら、追い出されたと思うアル」

 

「だろうなー。才能ないからなー」

 

 やれやれと大げさなジェスチャーをしながら千雨が気にする風でもなく言った。

 

「長谷川、本気で行くアル!」

 

「今まで本気じゃなかったのかよ!? これだから天賦の才に恵まれた奴っていうのは……とても同じ人間とは思えねーな!」

 

「長谷川に言われたくないアル!」

 

 本気になった古菲が千雨との距離を詰める。

 無駄なく流れるように古菲が踊る。まるで踊っているかのように素人目には見えているが、放たれる拳は岩を砕き、弧を描く脚は丸太を割るほどに強い。途切れなく、淀みなく、紡がれる技の数々に無駄は一つとしてない。多彩な技と、剛でもあり、柔である八卦掌の真骨頂。形意拳と八卦掌を得意とする古菲がなぜ八卦掌を選んだのかは古菲本人ですら分かっていない、本気になった古菲が本気で勝つために考えるよりも早く身体が動いていた。天性の才と経験を元にした直感によるものであった。

 最初のうちは千雨も古菲の拳を躱し、蹴りをいなし、何より九鬼流の基本である掌で捌き続けていた。が、徐々に押されはじめ、捌ききれなくなりつつあった。古菲の拳は、脚は、掌は、千雨の身体に掠り始めていた。未だ完全に、自覚的に気を使いこなすことが出来ていない今の古菲の打撃であれば、コートに掠る程度であれば千雨は動き続けることができた。神沢市最強と名高い八咫雷天流・加藤虎太郎の打撃を3割程度は削るクソ重たいコートのおかげだった。しかし、既に限界は見えつつあった。千雨と古菲の身体能力差、圧倒的なスペック差が物を言う手数勝負に持ち込まれた時点で千雨に勝ち目はなかった。

 そして、勝負は唐突に着いた。

 捌きにかかる千雨の掌は間に合わず、古菲の肘打ちが千雨の身体に吸い込まれるように決まっていた。

 

 5メートルほど転がったまま起き上がることができない千雨と、大きく深呼吸して確かに立っている古菲。

 当然といえば当然の結果である。誰の予想も裏切ることなく、勝利したのは古菲だった。

 だが古菲の顔に喜びはない。持って生まれた才能の差を考えれば、手加減して油断して尚且つ慢心してそれでも尚余裕のまま勝利しなければならない相手だった。だからこそ、誰一人として歓声など上げない。どこか静謐な静寂に包まれている中で、格闘技を嗜まない1-Aの面々だけが不思議そうに周囲の顔を見回していた。

 

「……いたい、明日に支障出ないようにって約束だったろ……手加減しろよ」

 

 転がっていた千雨がぶつぶつと呟いた。千雨だけが気が付いていなかった。最初から余裕など持ちようもない千雨は古菲以外の顔を一度として見ていなかったのだから。

 いつの間にか千雨の両側にはツナミとザジが立っていた。

 

「……できるわけないアル。長谷川、また勝負するアル」

 

「しねーよ、馬鹿」

 

「次はちゃんと手加減できるようになるアル」

 

「……絶対だぞ。……おい、超、今日はもう無理……また今度にしてくれ」

 

「いやもういいヨ」

 

「そうか?」

 

「長谷川サン、朝は悪かったネ」

 

「長谷川、ゴメンアル」

 

「……なんだかよくわかんねーけど、私が怒らせちまったんだろ?」

 

「些細なすれ違いというやつネ」

 

「日本語むつかしいアル!」

 

 ツナミとザジの二人が千雨の腕の間に入って、抱えるように立ち上がらせた。お腹を押さえ、ウンウン唸りながら千雨が顔を顰めていた。

 

「そうか。んじゃまた明日な。歯磨けよー」

 

「宿題やれよー」

 

「…………」

 

「「…………ザジ」」

 

「……風呂、入れよ……」

 

 ザジが少しだけ恥ずかしそうな顔をして喋った。

 

「ザジが喋ったアル!」

 

「長谷川サン、恐るべし!」

 

 千雨はツナミとザジにほとんど抱えられるようにしながら中庭を後にした。

 3人の背中が見えなくなると同時に、1-Aの面々だけを残して、ギャラリーの数が一気に減った。格闘家達は誰一人として口を開くことなく中庭から立ち去っていった。瞳に闘志の炎を燃やしたまま、それぞれ鍛錬の場へと向かっていった。

 

*****

 

 古菲と超鈴音の周囲には楓、龍宮、刹那という武道家の面々が集まっていた。

 

「楓? どう思うアル?」

 

「見事、としか言えないでござるよ」

 

 千雨達の歩き去った方向へ視線を飛ばしながら楓がニンニン言っていた。

 

「龍宮サン達も知らなかったみたいネ」

 

「ああ、私が見たときは長谷川が一瞬で勝ったからな」

 

 昨日の千雨の様子を思い出していた。

 

「はぁ、気付かなかった」

 

 刹那が陰鬱な溜息を吐いていた。彼女を鬼の前に立たせてしまったことを思い出して。そして、努めて明るく振る舞いながらも足が震えていたことを思い出して。

 顔に影を落とした刹那を近衛木乃香が心配そうに神楽坂明日菜の後ろから見ていた。

 

「どういうことよ、長谷川に才能がないって言ってたけど? 見てたみんなも帰っちゃったみたいだし」

 

 明日菜がなんとなくクラスの面々を代表して古菲に訊いた。

 

「そうアル。長谷川には才能がなかったアル!」

 

「あれはなさすぎるヨ」

 

「才能ってなに? よく分からないんだけど」

 

「ムム、どう言えばいいアル?」

 

 古菲が腕を組みながら説明に困って超鈴音に全部投げた。

 

「神楽坂サンも努力すれば古や私に勝てるってことネ。クラス全員誰でもヨ」

 

「無理でしょ」

 

「うんうん」

 

 明日菜の後ろにいた木乃香が頷いていた。木乃香の後ろではクラスメート達が頷いていた。

 

「ですから、その無理を努力で覆そうとした人が長谷川さんということですわ」

 

「いいんちょ、いたの?」

 

「ずっとあなたの隣にいましたわ! わたくしも雪広流柔術を嗜んだ身ですから、長谷川さんの才能のなさは分かりましたが……信じられませんわ」

 

「才能のなさでは葉加瀬と五月に匹敵するヨ」

 

 名前を出された二人に注目が集まっていた。葉加瀬聡美と四葉五月は互いに顔を見合わせていた。無理だよね、無理だねーと視線だけで会話していた。

 

 そんな会話をよそに、龍宮と刹那は囁き声で会話をしていた。

 

「刹那、ザジまでやってたぞ」

 

「ああ、少しやってみたい」

 

 刹那はそう言ってちらりと木乃香を見て、目が合って慌てて顔を背けていた。そんな刹那を見て龍宮が呆れていた。

 

 刹那と龍宮が囁き声で会話をしている間に古菲と超鈴音の後ろには高畑が立っていた。

 

「努力すれば達人に届く、勝てるかもしれない、たとえ凡人でも、才能がなくてもね。ということを実践してみせたんだよ、長谷川君が」

 

 まぁ今回は勝てなかったみたいだけど、と続けながら高畑がこれまでの話をまとめた。もしもどちらかが怪我しそうになったら止めに入らないと、と立ち会っていたが大事に至らず安心した様子だった。

 いつの間にか高畑が古菲と超鈴音の後ろに立っていたことに気付き、明日菜がわたわたと慌てていた。

 そして、高畑の隣にはエヴァンジェリンと茶々丸も居て、エヴァンジェリンは愉快そうな顔で千雨達が立ち去った方向をずっと見ていた。

 

「長谷川千雨に人並みの才能があればお前の負けだったな。そもそも、試合だったら最初の一発で長谷川千雨の勝ちだったがな」

 

「ムム、悔しいがその通りアル」

 

 エヴァ(にゃん)と初めて話したアル、と呟きながら古菲が唸っていた。

 

「こいつが言ってただろう? 皆伝位を持ってると。皆伝位は流派で教えられることは全て身に付けたということだ、心技体全てだ。天賦の才だけでは取れん、中学生という若さで皆伝位を持っているというのは天賦の才に加え、皆伝位にふさわしい努力を積み重ねてきたという証拠だ」

 

「へー、クーちゃんって凄かったのねー」

 

 エヴァちゃんと喋ったの初めてだわ、と驚きながら明日菜が古菲へ尊敬の視線を向けた。

 

「ということは天賦の才どころか人並みの才能すらない長谷川千雨はなんなんだ、という話だ」

 

「学ぶ時間なら私にもあったアル、努力は私だってしてきたアル」

 

「遥かに劣る才能を努力だけで覆した人間、と言えばいいのか。どれだけ努力しても天賦の才だけで押し負けてしまう才能のない人間、と言えばいいのか。褒めるのも違う、同情するのも違う。やはり私達が手加減して勝てるようになるまで努力するしかないということネ」

 

「一番ショックだったのは見ていた格闘倶楽部の連中だろう。ククク、なかなかに愉快な結末だったな」

 

「エヴァンジェリンサン、悪い顔してるネ。なにか企んでるのカナ?」

 

「フン、弱い奴には弱い奴のための道を教えてやろうかと考えていただけだ。昨日の今日でこれとはな。茶々丸、注射器を買っておけ」

 

 今より百年ほど前にエヴァンジェリンは武田惣角から合気柔術を学んでいた。今では大東流合気柔術の開祖として、塩田剛三と並ぶ合気道の大家から直接教えを受けた一人がエヴァンジェリンだった。身体能力差が勝敗を分けず、後の先という概念に感銘を受けた当時のことをエヴァンジェリンは思い出していた。長谷川千雨が古菲を打った最初の掌打、後の先というよりは先の後の先、その攻防を見たときにエヴァンジェリンは珍しくも気まぐれを起こした。九鬼耀鋼の必勝パターンをそのまま千雨がなぞっただけ、いかんせん掌打そのものが弱すぎたため決め手にはならなかったが、エヴァンジェリンの琴線に触れる一打となった。

 大東流合気柔術を教えてやる月謝代わりとして血をもらうとするか、というのがエヴァンジェリンの結論だった。

 麻帆良の夜間警備の仕事はどのみちやらねばならんが、今の自分には魔力がない。茶々丸はいるがやはり自分も動けるならそれにこしたことはない。どこの誰とも分からぬ輩の血を相手の同意なく見境なく吸うのも今では気が引ける。昨日、妖と人妖、人間をほぼ完璧に見分けられる奴から人間だと断言されてしまった後では。

 時間が経てば気持ちもまた変わっただろう、どうせ定命の者の物差しでしかない。長谷川千雨の言葉を聞いていたのはせいぜい数人、自分と茶々丸を除けば5人しかいない。時間をかけて、長谷川千雨の言葉はその他大勢の言葉に埋もれていくはずだった。埋もれるがままに任せてしまおうと思っていた。

 どうせ終わりの見えない命ならば、一時の気まぐれに任せてしまってもいいだろう。退屈しのぎで時間を潰したところで損などしない。時は金なり、それもまた定命の者の物差しでしかないのだから。

 どうにも今年は奇妙な年だ。人妖を見分けられるくせに魔法の存在を信じない長谷川千雨。そして、魔法生徒として夜間警備陣に配属され既にその中枢を担っているくせに『闇の福音』の名を知らなかった先天的異能者だというリーティア・フォン・エアハルトとアクア・ダンチェッカー。そして昨日から下らんジョークばかり言うようになった茶々丸。やたらストレスばかり溜まってくるが、去年までの12年間とは何かが違う、そんな気がする。

 

「特性麻雀牌はどうしますか?」

 

「いらんわ! そうだ、超鈴音! 昨日から茶々丸がおかしいんだが、どういうことだ?」

 

「そうしろと囁いたんです。私のゴーストが」

 

「茶々丸、成長したネ!」

 

「超鈴音! 直せるんだろうな?」

 

「茶々丸のゴースト侵入(キー)を持ってないから無理アル!」

 

「なにぃ!?」

 

「というのは冗談ヨ。これは場を和ませるジョークだから気にすることないネ」

 

「……センスがない」

 

「なにぃ!? ……イヤ……ウム、そうかもしれないネ。私と葉加瀬が親だからネ。ファジーリアクション機能の学習先はツナミサンに設定してあるんだが、気に入らないカ?」

 

「……どういう意味だ?」

 

「空気を読まずにふざけるようになるネ」

 

 昨日のツナミの言動を思い出したエヴァンジェリンが嫌そうに顔を顰めた。

 

「おい、今すぐそのふぁじーりあくしょん機能とやらをオフにしろ」

 

「マスター、私はマスターに笑っていて欲しいのです」

 

「茶々丸はこう言ってるヨ?」

 

「……そうか、ならいい」

 

「これで勝ちの目が見えてきました。長谷川さん、カラニコフさん、ザジさんのトリオを抑えてマスターと姉さんと私が麻帆良漫才グランプリ――通称M1グランプリで優勝する目が見えてきました!」

 

「茶々丸!?」

 

「……オーノー……ファジーリアクション機能だけ発達しすぎてるヨ。しかもチャペックサンを数に入れないところが本気っぽいネ」

 

 他のクラスメート達には聞こえないようにエヴァンジェリンと内緒話をしていた超鈴音が頭痛を抑えるように顔に手を当てていた。




千雨運動音痴そうなので古菲の勝ち。
『魔法先生ネギま!』と『あやかしびと』のパワーバランス的には人妖能力のない千雨はこのくらいかと。


相坂さよ、鳴滝風香、佐々木まき絵、和泉亜子、釘宮円、鳴滝史伽、春日美空、柿崎美砂、未だ名前すら登場せず(窓際最前列からの席順)。

なかなか、全キャラ出すのは難しいですね。
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