フォーサイスより愛を込めて(魔法先生ネギま!×EVOLIMIT) 作:瓶缶ペットボトル
2001年7月13日、1-Aの教室にて。
「夏といえばー」
教卓側のドア席、受付嬢席の前で椎名桜子がはしゃいでいた。
「恋してなんぼの季節でしょっ!」
佐々木まき絵の机をバンバン叩きながら柿崎美砂が鬼気迫る様子で叫んでいた。
「柿崎彼氏いるんじゃなかったっけ?」
呆れたようなハスキーボイス。
「幽霊が怖いとか言いだしたから別れたわ! せっかく稲川淳二のチケット取ったのに!」
高かったのよー、と悔しそうにチケットを眺めていた。
「怖いやん」
うちホラー系ダメなんよー、血なんか見えたらもうダメやー、と和泉亜子が目を回し頭を抱えていた。
「そーだよそーだよ」
弟がそういうの好きで困るんだよー、と佐々木まき絵が肉まんをかじっていた。
――ざわざわがやがや。
そんな話をしているまき絵の左後ろの席に座っていた刹那に千雨が話しかけていた。
「なぁなぁ、桜咲」
「なんですか?」
「ちょっと相談に乗って欲しいんだけど……ここじゃ話しにくいから来てくれ」
「は、はぁ、分かりました」
千雨と刹那が連れだって、別の席に向かって歩き始めた。
「龍宮、相談に乗って欲しいことがあるんだ」
「面倒くさいな」
「ここだとなかなか話にくいんだけど、えーと、こういうときはなんて言うんだっけ、顔貸せよ?」
「……分かった分かった」
3人で教室の後ろでこそこそと話を始めようとしていた。
教室内が少し静かになっていた。千雨の相談とはなんなんだろう、ということと、話しにくいこととはなんだろう、というほんのちょっとした興味で。
「ちょっと正直に答えて欲しいというか、ちょっと正直なところどうなのか私に教えて欲しいんだけど……」
「はい」
「うん」
「このクラスっていじめとかあるのか?」
千雨の一言で教室内が静まりかえった。
「む。どういう意味ですか?」
「ないと思うが」
刹那と龍宮が嫌な顔をしながら千雨の質問を否定した。
「そうだよなぁ。私もこのクラスでいじめなんかあると思えないんだけど」
「けど?」
「けど、何なんだい?」
「いや、あの、なんで誰もアイツに話しかけないんだ?」
「アイツ?」
「アイツって誰だい?」
「いや、それが、私も恥ずかしながら名前を知らないんだ」
刹那が疑問符を頭に浮かべて首を傾げた。
「何を言ってるんだ? 長谷川、頭大丈夫か?」
「一人だけいるじゃん、制服違うやつ」
刹那と龍宮が教室内をぐるっと見回して首をかしげた。
「ん? いませんが」
「いないぞ、そんなやつ」
千雨の顔が絶望に彩られた。
「……み、見損なったぜ! お前らもかよっ! なんだよ、いじめなんてないとか言っときながら」
「ん? 長谷川さんは何を言ってるんですか?」
「このやろう! まだ白を切るか!? いるだろ! 一人だけセーラー服着てる奴!」
「いないぞ?」
「ふざけるなっ! 龍宮まで! お前らはこのクラスでも割とまともだと思ってたんだけどな! くそっ、いないってなんだよ、なんてひどい奴らだ、血も涙もない……教師も誰も名前呼ばねえし、当てねえから名前分かんねえんだよ」
話が通じてないと思いながら刹那が龍宮を見た。
「ん? 何か変だぞ、龍宮」
龍宮も刹那を見ながら、千雨の言っていることを考えていた。
「そ、そうだな。長谷川がおかしくなってないなら、の話だがな」
「だから! なんで朝倉の隣の席の奴には誰も話しかけねえんだよ!」
『えっ!?』
聞き耳を立てていたクラスメート達が疑問の声を上げた。特に朝倉和美の声が大きかった。
「空席のはずですが」
「そうだ、空席だろ?」
「ふざけんなっ!! 座ってるだろーが!」
千雨がその席を指差した。
『えっ!?』
全員の視線が朝倉の隣の席に集まった。しかし、当然のように誰も座ってなどいないし、ずっと空席のままだった。
まず真っ先に動いたのは朝倉だった。
「えっ、ちょっと、待って! 長谷川、何言ってんの、あんた?」
「黙れ! いつもいつも無視しやがって、恥ずかしいと思わねえのか、朝倉!」
「だ、だから長谷川は何言ってんのよ!? 私の隣って空席でしょ!?」
「ふざけんなっ! 毎日休まず来てんだろーが!」
「(あのー、長谷川さん?)」
「なんだ? てめえも言いたいことがあるんだろ? 言ってやれ言ってやれ!」
千雨が朝倉から視線を外して全員からは
「えっ!? 長谷川どこ見てんの? えっ? えっ、嘘でしょ?」
朝倉が千雨の視線を辿り、何もないことを確認して千雨を見ていた。
「……龍宮?」
「……分からん」
刹那と龍宮が囁き声で会話をしていた。怪訝そうに千雨の視線を辿るが、何も感じられなかった。
「(もしかして、私のこと見えてますか?)」
「ああん? 何言ってんだ? 見えるに決まってるだろ!」
「何が!? えっ、何が見えてんの!? ていうか誰と喋ってんの!?」
「(わーっ! うれしいですっ! 私を見える人に会ったの初めてなんですっ!!)」
「ああん? なんだ? 見える人に会ったの初めてって、何言ってんだ、お前?」
「うそっ!? マジじゃないの、これ!?」
「龍宮?」
「まぁ、待てよ、刹那。もう少し様子を見よう」
刹那と龍宮が異常に気付き始めたが、面白そうだからという理由で様子見に徹した。
「(私、幽霊なんですー。あっ、相坂さよって言います。よろしくお願いしますー!)」
「ああん? 幽霊だー? 馬鹿かお前、あっ、相坂な。よろしく。幽霊が学校通うわけねーだろ! なんだ、影薄いキャラか何かか?」
「幽霊!? うっそ! 座らずの席ってそういうこと!? えっ、ていうか、これ、ガチ? えっ、どっきり?」
「こしょこしょ(龍宮……いるよな?)」
「こしょこしょ(あぁ、だが隠密性が高すぎる……気を抜くと見失ってしまうんだが)」
「こしょこしょ(なんで長谷川さんは見えてるんだ?)」
「こしょこしょ(さっぱり分からない)」
刹那と龍宮が相坂さよの存在を確信した。が、二人の視線は千雨に向けられていた。
「(いえいえ、私、本物の幽霊なんですよー。今まで誰にも見えなくてー)」
「本物の幽霊、ってそんなの怖いわ! 影薄いキャラの自虐ネタか? 面白くねえぞ」
千雨は相坂さよの肩を叩こうとして腕を振った。
「ん? あれ? ん? えっ? すり抜け……えっ?」
「(あー、すり抜けちゃいますかー)」
――すかっすかっ。
何度も何度も、振っていた。
「おっかしいなー。眼鏡の度合ってないのかなぁ。距離間が掴めないんだけど、何でだ?」
眼鏡を外して目を何度もこすり、空いている手は諦めることなく振り続けていた。
「チサメー、伊達眼鏡でしょー。ていうかチサメ、なんでさっきから一人で騒いでるの?」
――すかっすかっ。
納得できない表情のまま、千雨が相坂の肩を叩こうと腕をぶんぶん振っていた。
「……えっ? ツナミ、ツナミは相坂と喋ったことあるか? おっかしいなぁ、なんですり抜けるんだ?」
「相坂って誰? ねぇ、本当は分かってるんでしょ? チサメの隣、誰もいないよ?」
「そ、そんなわけねえだろ! 相坂がいるって」
ここに、と指差していたが、ツナミは何も見えないと首を振っていた。
「(いえ、ですからー、私幽霊なんですよー)」
――すかっすかっ。
すり抜け続けていた自分の腕によく目を凝らして、次に相坂を見ていた。
「何でさっきからすり抜けるんだよっ!? えっ!? 相坂、お前本当の幽霊なの!? 死んでるの!?」
「(だからさっきからそう言ってるじゃないですかー?)」
「こしょこしょ(どうする?)」
「こしょこしょ(面白いからもう少し見ていよう)」
刹那と龍宮が半笑いで千雨を見ていた。
「これマジもんのスクープだわっ!!」
朝倉がデジカメとメモ帳を取りだした。
「……朝倉ぁ! 私と相坂の写真を撮れっ!」
「任せといて!」
――かしゃっ。
「ぎゃーーーっ! こわっ!? 何コレ、えっ、これヤバイんじゃないの!?」
デジカメのディスプレイを確認して朝倉が叫んでいた。
「どれどれ?」
「(私はちゃんと写ってるんでしょうか?)」
千雨と相坂の二人が画像を確認しようと覗きこんだが、朝倉の手で隠されてしまった。
「いやっ、駄目よ! 長谷川は見ない方がいい! 見たら後悔するって! 長谷川、お祓い行った方がいいって!」
「あん? いいから見せろよ。っつーかお祓いって言ったってなぁ。龍宮神社は当てにならねーだろ」
『確かに!』
「ああん!?」
クラスメート達の声に対して龍宮がドスの効いた声で凄んでいた。
「ふふっ……悪い、龍宮」
見ている刹那は半笑いだった。
「いいから見せろって!」
「絶対後悔しない?」
「しないっつーの」
「(そんなに私は怖いんでしょうか?)」
「いいわ! 見て!」
ぞろぞろとクラスメート達が朝倉のデジカメの周りに集まり、写真を確認し、叫んだ。
『こわいっ!』
「(こわっ!? あ、私でしたー)」
「こしょこしょ(龍宮、まずいぞ)」
「こしょこしょ(悪霊の類か)」
ここにきてやっと刹那と龍宮が緊張感漂う顔つきになった。
「ぷっ……あっははははっ!」
「えっ!? は、長谷川がおかしくなっちゃった!?」
「相坂、お前写真写り悪いなぁ!」
『えっ!?』
「(はい、実はそれも悩んでいましてー)」
「相坂、写真撮るときくらいじっとしてろよ。朝倉、もう一枚」
「いやよ! ちょっと待ってよ! 長谷川、あんた大丈夫なの!?」
「うん、何が?」
「そ、その幽霊って安全なの?」
「安全なのか?」
「(安全ですよー)」
「安全だってよ? なぁなぁ、ここだけの話、相坂のこと、本当に誰も見えてないのか?」
「み、見えてる人、手を挙げてー」
朝倉の声に正直に手を挙げたのは千雨一人だった。人だかりのせいで小さく手をひょいと挙げていたザジには誰一人気が付かなかった。刹那と龍宮は当然のように手など挙げなかった。
「……って私だけじゃねーかよ! おかしいだろ、何で私には見えるんだよ!?」
「(なんででしょうねー? 今まで誰も私のこと見えなかったんですよ?)」
「分かった!! いいか、よく聞くんだ」
全員が静かになるまで待ってから、千雨が厳かに口を開いた。
「ごめん、私の気のせいだった」
「なんでやねん!!」
朝倉の後ろにいて千雨に手が届く位置にいた和泉亜子がびしっと千雨の頭を叩いていた。
「(えー、ひどいですよー、長谷川さん)」
「ふー、これで丸く収まったな」
「収まってないからねー!?」
まき絵が叫んでいた。
「まっ、全員安心しろよ。幽霊はいない! うん、はい、おしまい。全員席につけー」
ぱんぱん、と手を叩き、撤収撤収と言っていた。
「えーっ、ちょっと待ってよ! いるんでしょ!? 写真に写ってるわ!」
「んー? これはプラズマですね、間違いありません」
朝倉のデジカメを見ることもなく、千雨が断言した。
「(長谷川さーん、ひどいですよー)」
「ごにょごにょ(朝倉にでも取り憑けよ)」
「長谷川! 聞こえてるわよ!」
「あれ? なんで相坂の声は聞こえないのに私の声は聞こえるんだ? ん? あっ、私は知らない、知らないからな!」
「(長谷川さーん。どうにかしてくださいよー)」
「ちょっと長谷川! どういうことなのよー! なに、あんた、幽霊見えるのね!?」
朝倉が千雨に問い質した。割と切実に、だって隣の席だから。
「見えるわけねーだ……いや、ちょっと待てよ。んー……そういや藤枝さんも幽霊だったっけか……あっ、私幽霊見えるぞ?」
本当は違うけど似たようなものだったかなぁ、と自信なさげに千雨が呟いていた。
千雨が思い出したのは藤枝あやか、神沢学園の新聞部所属で日常これジャーナリズムを信条とする朝倉和美と同じタイプの変なお姉さんだった。もう何年も前に死んでいて、人妖の異能で具現化していた早乙女ハルナと同じ
「見えるんじゃないの!!」
「いやでも、見えないってことにしておきたいな。見えないってことにしといてくれ。相坂も分かったか? 私、相坂のことが、見えてない」
「(見えてるじゃないですかー!)」
――がらがらがら。
「みんなー、席についてー。……ん? どうかしたのかな?」
クラスメート達のジト目が千雨に集まる中、当の千雨は己の精神力を総動員して完全無視していた。
「よ、マクダウェルと絡繰か。今日もサボりかと思ってたけどな、おはよう」
「おはようございます、長谷川さん」
「ん? あぁ。なんなんだ、このうっとしい視線は」
「さぁ? 私に聞くなよ」
千雨がしらばっくれた。
「長谷川のせいでしょーっ!」
「また貴様か、今度は何をやらかしたんだ? ん? 龍宮真名と桜咲刹那を片手であしらったのか? それとも長瀬楓か?」
「また長谷川君か……」
「そんなことできるわけねーだろ!」
千雨の言葉に龍宮、刹那、楓の3人はほっとした様子だった。
「チサメはねー、幽霊が見える人だったのだー!」
エヴァンジェリンの隣の席でツナミが万歳しながら一言でまとめた。
「ん? そうなのか?」
「うーん、どうやらそうみたいなんだよなー。ほら、朝倉の隣に一人だけ制服違う奴いるじゃん? っていう話をしてたら、相坂って幽霊だったみたいでさ。誰も相坂に話しかけるの見たことなかったからさ、まさかこのクラスでいじめなんてと思って龍宮達に相談したんだけど、龍宮も見えねーでやんの。偽バイト巫女かっつーの」
「すげーイラッとくるんだが」
龍宮が額に青筋を立てていた。
「…………は?」
「…………えっ?」
エヴァンジェリンと高畑の二人が千雨の言葉をよく考えながら疑問の声を上げた。
「ん? なに?」
千雨がエヴァンジェリンと高畑の顔を交互に見ていた。
「えっ? 長谷川君、相坂君のこと見えるの?」
「…………貴様は一体何者なんだ? ん?」
「見えるというか、私からすれば普通にいるようにしか思えないんだけど」
「高畑先生! 相坂さんのこと知ってるんですか?」
「いや、うーん、知ってるというか……これは教師の間では有名なんだよ。七不思議にもあるよね? 知らない? あっ、とりあえず全員席について」
「座らずの席、ですか?」
全員が自分の席に座ったところで朝倉が高畑に聞いていた。
「うん、座らずの席っていうのが、朝倉君の隣なんだけどね。この席っていうのが、昔――60年くらい前だったのかなぁ、学園側の事故で一人の女子生徒が亡くなってしまったことがあってね。その子――相坂さよさんなんだけど――その子のための席ということで空けてある。最初の頃は相坂さんの幽霊が見えるという話も多くて、相坂さんの卒業までは空席としておくこと、ということになったんだけど……」
高畑が話を途中で止めて、耳を塞いで机の上で丸まっている鳴滝姉妹を見て苦笑した。
「けど、どうしたんですか?」
「あぁ、相坂さんの学年が卒業してからも、幽霊がいるという話をする生徒も多くてさ、学園側としては、もう二度と事故で生徒を失うことがあってはならないということと、事故を忘れてはいけない、という理由から相坂さんの席は空席のまま保持すること。その教室を使うクラスには相坂さんを生徒として登録すること、ということになっているんだ。だから、明石君は出席番号2番でしょ?」
「そ、そんなことがあったんですか」
「(そうだったんですかー?)」
「いやなんで相坂が驚いてるんだよ」
『えっ?』
「ん? あっ、そうだった。相坂の声は私しか聞こえないんだった」
「えっ? やっぱり長谷川君、相坂君のこと見えてる、んだよね? ちょっとだけ、待っていてもらってもいいかな」
――がらがらがら。
教室を出た高畑が数秒して携帯電話を持ったまま戻ってきた。
――ぴんぽんぱん。
『1-Aの長谷川千雨さん、学園長室まで来てください』
千雨が校内放送で呼び出されていた。
「嫌だ」
「えっ!? 嫌だって言ったかい?」
「長谷川千雨、お前なぁ」
エヴァンジェリンが呆れた視線を千雨に向けていた。
『……1-Aの長谷川千雨さん、マクダウェルさん、今すぐ学園長室まで来てください』
「だから嫌だって言ってるだろ!」
「おいおい、なんで私まで呼ばれなきゃいけないんだ? そんなもん断るに決まってるだろう」
席から動く様子もない千雨とエヴァンジェリンを見て高畑が困った顔になっていた。
「いや、二人とも、学園長室まで行ってくれないかな」
『……えーい! なんじゃさっきから嫌だ断るって、早く学園長室まで来てくれんかのう』
「お前が出向け!」
千雨がスピーカーに向かって叫んだ。
『なんでじゃ!? 普通は学園長に呼ばれたらすぐ来るじゃろ? 高畑君、長谷川君達を連れて来てくれんか?』
「すげー、この放送こっちの声も聞こえてるぜ。どうなってんだ、一体」
千雨がエヴァンジェリンを見ながらスピーカーを指差していた。
「どら焼きと羊羹用意して待ってろ!」
『分かった分かった。どら焼きと羊羹じゃな。用意しておくから早く来てくれんか?』
「私はカステラがいい」
『カステラも用意しとくからはよ来い! まったく、近頃の学生は横暴じゃな』
「こっちはクラス全員連れて行ってもいいんだけどなぁ……プリンも用意しとけよ!」
『……分かったぞい。プリンじゃな…………うーむ、木乃香へのお小遣いが減っちゃう』
「えっ!? おじいちゃん、それはないわー」
近衛木乃香が残念そうな声を上げ、後ろの席の千雨を恨みがましくじっと見つめていた。
「長谷川千雨! さっさと行くぞ!」
エヴァンジェリンが盛大な溜息を吐いて立ち上がった。
「はー、面倒くさいな。私が一体何したっていうんだよ?」
「それは私のセリフだ! 貴様はいろいろやらかしてるだろーが!」
「あっ、お土産用意させるの忘れた」
「いいから来い! コイツいつからこんなにポンコツになったんだ!? 2か月前はもっとまともだっただろ!」
「何言ってんだよ、私はクラスで一番まともだっつーの」
マクダウェルは分かってねえなぁ、とぼやきながらも千雨が立ち上がった。
『えっ!?』
千雨の一言にクラスのほとんどがビックリしていた。
――がらがらがら。
「あっ、相坂、お前も来るか? 誰にも見えないんだし、多分相坂の話だろ?」
『さよ君は授業を受けていなさい!』
「残念だったなー。朝倉、ICレコーダー貸せよ」
「おっ、いいよー」
『駄目じゃ!』
「駄目だってさー」
「この放送本当にどうなってるの?」
「あっ、僕の携帯が通話状態だったみたいだ」
「そんなことだろうと思った。マクダウェル、話が終わったらそのままサボろうぜ」
「当然だな」
『高畑君にはいつも苦労をかけてすまない』
「やっと分かってくれましたか、学園長」
疲れ果てたような大人の声が空しく響いていた。
/////*****/////
千雨とエヴァンジェリンの二人が教室を出ていった後の教室はいつもの雰囲気を取り戻していた。やや朝倉がびくつきながら左側を見てはいたがその程度だった。
「えーと、どうしようか。とりあえず、出席を取ろう。……全員いるね。あー、明日から相坂君の出席はどうしようか。長谷川君に聞けばいいかな」
「長谷川が幽霊を見えるってことにはなんにもないんですか?」
「んー? なんだろうな、長谷川君だし気にしてもしょうがないか、と思っちゃったんだけど?」
「ちょっと分かります」
「チサメだけずるいー。私も見たい」
「もしかしたらもう聞いているかもしれないけど、相坂君のことが見えている人、あとででもいいから僕に教えてくれないか?」
「(ひょい)」
ザジが小さく手を挙げていた。
「えっ? ざ、ザジ君?」
「むー! ザジまで見えてる、ずるい。私も見たい!」
「(ぶい)」
「むー!」
挙げていた手をブイサインに変えるザジと頬を膨らませるツナミを見て朝倉が肩の力を抜いていた。
「不思議なんだけど、隣に幽霊がいるって言われても今は全然怖くないわ!」
「(よかったですねー、朝倉さん……って朝倉さんには私の声が聞こえないんでした)」
「あのー、高畑先生、その携帯から何か聞こえませんか? ちょっとスピーカーにしてみてください」
/////*****/////
廊下を歩いていたエヴァンジェリンが隣の千雨に視線を向けた。
「おい、貴様……何故隠していた?」
「なんだよ? 相坂が見えるってことか?」
「あぁ、クラスであんな騒ぎを起こしおって! 面倒くさい」
「しょうがないだろ。ただ見えるよりもっとやっかいなんだよ」
「やっかいだと?」
「ああ、見えるだけなら良かったけどな……普通の人間に見えた。これは厄介だ……人間と幽霊が見分けられないなんて今日初めて分かった。他の奴に言われるまで相坂が見えてないなんて気付かなかった」
「貴様、人間と人妖は見分けられるくせに人間と幽霊が見分けられないだと!? 馬鹿にしてるのか?」
「してねえよ。常識ってやつに囚われすぎてたかな……幽霊って半透明だと思ってたぜ」
「半透明だろ」
「えっ?」
「ん?」
エヴァンジェリンと千雨が顔を見合わせた。
「いや、半透明じゃなかったけど」
「貴様にはそう見えてるのか?」
「うん。人間と同じように見えた」
「それは……やっかいかもしれんな」
「そうなんだよなー。入るぞ、ジジイ!」
学園長の返事を待たずに千雨とエヴァンジェリンが学園長室に入った。
「いや、じゃからジジイ呼ばわりはやめてくれんかのう?」
学園長のぼやきを千雨は黙殺した。いつものことだったからだ。
「まったく、なんで私まで呼ばれなきゃいけないんだ? コイツだけでいいだろうが」
「そういえばそうだな。なんでマクダウェルまで呼ばれてるんだ? 相坂のこと見えてたのか?」
「半透明だって言っただろうが!」
「あっ」
千雨がやっと気付いた。
「それでじゃ、相坂さよ君のことなんじゃが」
「私には見えてない」
千雨がそっぽ向きながら否定していた。
「この期に及んでしょうもない嘘をつくなっ!」
「ショーカットのおかっぱ頭が良く似合う切れ長の目の子なんじゃが」
「ロングで垂れ目だろ。寝ぼけてんのか?」
千雨が学園長を見ながら当然のことのように言った。学園長が額を押さえて溜息を吐いた。
「馬鹿がっ! 語るに落ちてるだろーが! すぐバレる嘘なんぞつくからだ!」
「……騙しやがったな! もういい! 帰らせてもらう!」
「これこれ、待たんか!」
「ちっ、帰れると思ったのに」
「どうしてそれで帰れると思うんじゃ? いやじゃから、相坂さよ君のことなんじゃが」
「どら焼きと羊羹が食べたいなぁー」
千雨が椅子に腰掛けながらお菓子出すまで話さないとでも言うように腕を組んでそっぽを向いた。
「それは私のだ!」
千雨の隣にエヴァンジェリンも座った。
「私にも分けろよ」
「ほれ、どら焼きと羊羹じゃ。二人分あるから静かに食べなさい。で、話の続きじゃが」
「いただきます。まだ、何も話してないだろ」
「貴様のせいでな!」
「美味しい! パティシエに挨拶に行ってくるから、じゃ」
どら焼きを食べ終えた千雨が立ち上がって帰ろうとしていた。どうにかして早く帰りたがっていた。
「だから待たんかっ!? 助けてくれんか、話が進まんぞい」
「私に振るなっ!」
エヴァンジェリンが既にイライラし始めていた。
「えっ!? エヴァは長谷川君のブレーキじゃろう?」
「違うわ!」
「ん? いや、違わないかもなー」
羊羹を食べ終わっていた。
「なにぃ!?」
「それで、相坂さよのことなんだけどさぁ。幽霊なんだろ? 制服が違うことと高畑先生の話から60年以上ずっとあの教室の窓際最前列に座っていることから考えて、地縛霊で間違いないだろう。それでいて、七不思議となっていながら、龍宮神社の偽バイト巫女でも見えない非常に影が薄い幽霊であることが予想される。つまり、今の今まで、相坂さよという幽霊が本当にいるのか、ということすら半信半疑だったはずだ。だが今日になって、相坂さよの姿がはっきりと見えており、尚且つ十全に意思の疎通が可能な生徒が現れた。それが――」
「突然真面目な話になっておじいちゃんちょっと困っちゃったぞい」
「貴様と話してると疲れるが、そういうことだ」
学園長とエヴァンジェリンが目を見開いて千雨を見ていた。千雨は食べるものも食べたから本題に入っただけであった。
「――それがマクダウェルだってことだろ?」
「なんでそうなるんじゃ!?」
「貴様だろ! どう考えても長谷川千雨、貴様のことだろっ!!」
「この場合、私かマクダウェルかなんてどっちでもいい。どっちでもいいってことは私は面倒くさいからマクダウェルでいいってことだろ」
「ふざけるなっ! 貴様がやれっ! クラス全員の前で霊感少女デビューをした貴様がやれっ!!」
腕を組んで天井を見ながら千雨が唸っていた。
「……私は何をすればいいんだ?」
「ジジイ! 説明しろ!」
「……うーむ」
学園長が返答に困っていた。
「なんだよ、危ないことなのか? それならやっぱりマクダウェルがやれよ……もしものときは、私がマクダウェルのために泣いてやるからな」
「貴様がやれ!」
「……そこまで考えとらんかった」
「「帰る!」」
千雨とエヴァンジェリンが同時に立ち上がった。
「ちょっと待っとくれんか。いや、いくつか聞きたいことがあったんじゃよ」
「カステラが食べたいなぁ?」
「図々しい奴だな、貴様」
エヴァンジェリンが呆れていた。
「マクダウェルに言われたくねーよ」
「何故だ!?」
「先にどら焼きと羊羹寄こせって言ったのマクダウェルじゃん」
「……うぐっ、その通りだが」
「ほい、カステラじゃよ。それで、いくつか聞きたいことがあるんじゃよ」
「構わん! 聞け! マクダウェルの真似ー」
「貴様! いつまでふざけるつもりだ!?」
「いやじゃから、うーむ、全然話が進まんぞい」
カステラを食べ終えた千雨が口を開いた。
「一つ目は相坂さよが安全かどうか、だろうから答えとくけど、おそらく安全だな。60年以上幽霊やってたのに悪いことはやってないみたいだからな。お祓いとかしてないみたいだから安全ってことなんだろう」
「ほっ、良かったぞい。あー、それとじゃな、お祓いをしてないのは、お祓いに呼んだ者達にもさよ君のことが見えなかったんじゃ」
「長谷川千雨、お前突然真面目に話すのやめた方がいいぞ?」
エヴァンジェリンが疲れた顔で千雨を見ていた。
「二つ目は相坂さよの目的ってところか。幽霊やってる理由だと未練って言った方がいいのか? まぁどっちでもいいや。ようは相坂はなんで幽霊なんてやってるんだ、ってとこだろ?」
「うむ、真面目になった長谷川君は話が早くて助かるぞい。ふざけてるときと大違いじゃ」
「そんなもん知ってどうなる?」
「成仏したいなら成仏させる方法を探す。成仏したくないなら幽霊を満喫して生きる方法を探す」
「生きる方法って……死んでるだろ?」
「死人は生きてちゃ駄目なのかよ?」
千雨の返答に学園長とエヴァンジェリンがぽかんとしていた。
千雨にとっては当たり前のことだった。
当たり前だと認めなければならない相手がいたせいで。
ほんのちょっとしたことですぐに死んでしまうがいつの間にか生き返っているという人がいたせいだった。『ぬっぺふほふ』という妖の血を受け継いでいて、血色が悪く、儚げな雰囲気漂う優しいお兄さん、愛野狩人。最初に会った時握手したら死んでしまって、大泣きした覚えがあった。慣れてしまえば気にならなくなった。優しくて気さくで少しだけキザなお兄さん、ちょっと身体が弱くてすぐに死んでしまうだけの。そんな人にお世話になっていればこそ、千雨は相坂さよが幽霊として2度目の人生を歩むということについて疑問すら持っていなかった。
「……いや、そんなに真顔で返されるとどう答えたものか悩むな」
「……うむ、そうじゃな」
「それで、さよ君の目的というか未練については何か分かっとるかのう?」
「…………」
千雨がふと考え込んだ。
相坂さよのことを思い出しながら。
60年以上のもの間、誰にも見えなかったという相坂さよのことを。昨日の放課後、教室内の喧騒に混じって千雨の耳に寂しげな言葉が届いた。誰の声とも違っていたその声を発したのが相坂さよだったとしたら。だったとしたら、相坂さよの目的は――過去の未練ではなく――今の相坂さよが欲しているのは。
私が求めていたもの……か。
いつか、ツナミのように当たり前みたいな顔で誰かに手を差し伸べられるような人間になりたい、そういう人間でありたい、と思ってたけど……こんなに早いとはなぁ。
「分かるわけないだろうが!」
千雨が考え込んでいる間にエヴァンジェリンが答えていた。
「……いや、分かってる、はずだけどー、たぶん」
「「なにぃ!?」」
「こらジジイ! 今までそんな驚き方したことないだろーが!」
「うむ。儂のおちゃめ心が疼いてのう。儂もやってみたくなったんじゃ」
フォフォフォと学園長が笑っていた。
「……続きを話せ」
エヴァンジェリンが疲れたような顔で手を振った。
「相坂は友達が欲しいんだろ? たぶん」
「……幽霊のか?」
「幽霊とか人間とか区別する必要あるのか?」
「……ないのかのう?」
「ないだろ。友達なんだから」
千雨にとってはそんな区別はないのだ。区別してしまえば、自分を認められなくなるから。
人と幽霊で区別してしまえば人と妖で区別しなければならなくなる。そんなことは千雨には認められない。だって、人と妖は手を取り合って生きていくことができる、千雨はそれを知っている。純粋な妖の八咫烏と鴉天狗の優しさを千雨は知っているだから。
「うむ。よく分からんのじゃが……長谷川君がさよ君を見えて良かったのう」
「ちっ……そういえばこんな奴だったな」
「でも、問題があるんだ」
「なんじゃ?」
「友達が何人欲しいか分からない」
「とりあえず一人作ってみればいいだろ」
「いや、私が一人目だから二人以上だろ? 友達っていうだけあって、複数人なんだろうな」
1000人とかだったら難しいよなぁ、とぶつぶつ呟いていた。
「「…………」」
「ん? なんだよ? いきなり黙るんじゃねーよ」
「……長谷川君、実は良い子だったんじゃな。儂、ちょっと感動しちゃったぞい」
「……相坂といつ友達になったんだ?」
「ついさっき、マクダウェル達が来る前だけど? ちょっと話した」
「話しただけか?」
「うん、触ろうとしたら手がすり抜けたからな」
「……うん、なんとなく、分かってきたぞ。長谷川千雨、貴様、さてはアホだな?」
「何を言ってるんだ、マクダウェルは」
「まぁ、いいじゃないか。なんじゃろうなー。少し心配だったんじゃが、心配するだけ無駄のようじゃな」
「なんだよ、マクダウェル? 機嫌悪そうだな、なんだ、カステラ嫌いか? 私がもらおうか?」
「やらん!」
「じゃあなんでだ? あっ……分かった、なかなか可愛げあるじゃないか」
「なんだ? 気持ち悪い笑い方するな、貴様」
「えーと、こういうときはなんて言うんだ……マブだろ?」
言い終えた千雨が顔を手で隠した。
「自分で言っといて赤面するな! 気持ち悪い!」
学園長だけが笑い続けていた。
「……ごほん。お土産にプリンを出せ。ツナミとザジの分も」
「うーむ、まぁ、しょうがないのう。ほれ? さよ君にもよろしく伝えてくれんか……んっ!? あっ!?」
「どうしたジジイ?」
「高畑君との電話切っとらんかった……どうしよう? まぁ大丈夫じゃろう。高畑君がスピーカーにしてなきゃ聞こえないじゃろ、うん」
携帯電話片手におろおろしていた。
「放送で流れてないだけマシだろ……いや、待てよ? 別に聞かれて困る話してないよな」
「帰るぞ」
「無駄な時間を過ごしたな。おやつ食べただけだったけど、良かったのかなぁ?」
プリンを3つお手玉しながら千雨が立ち上がった。
「「えっ」」
エヴァンジェリンと学園長が呆然としていた。
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1-A 教室内
「長谷川君、僕は長谷川君のことを誤解していたのかもしれない」
「長谷川、いい奴だったんだなー」
「むー! チサメだけずるい! 私が二人目! でも生物学的に幽霊が見えないから困る」
「さっきの話の一番の収穫はエヴァンジェリンが長谷川のブレーキだっていうところだろうな」
「確かに」
龍宮の呟きに隣の席の柿崎が同意していた。
数分後、千雨とエヴァンジェリンの二人が教室後部のドアから入ってきた。
「あれっ? 授業やってないな。休み時間だったのか……ほら、学園長からプリンもらってきた」
プリンを一つ、ツナミに渡して、そのまま窓際最後尾の席まで向かって行った。
「ありがとー」
プリンを一つ、ザジに渡して自分の席に戻った。
「(にこっ)」
『笑った!?』
ザジが笑ったことにクラスメート達が驚いていた。
「お? なんだなんだ? どうしたんだ、相坂」
「(長谷川さーん! 私達、友達だったんですねー!)」
「当たり前だろ、何言ってんだよ」
――すかっ。
「やっぱりすり抜けるのか」
「長谷川、あたし、あんたのこと誤解してたわ。すげー変な奴だと思ってたけど、実は良い奴だったのね」
「当たり前だろ……あと、このクラス全員相坂の友達な! ほら、相坂?」
「(なんですかー?)」
「いつでも成仏していいぞ」
『台無しだよ!!』
クラスメート達が叫んでいた。一際、朝倉の声が大きかった。
「(えー、長谷川さん! ひどいですよー!!)」
相坂を見て、千雨が首を傾げた。
「おかしいなぁ。成仏しないぞ? どういうことだ、マクダウェル?」
「知るかっ!」
「長谷川! 私達の感動を返して!! 見直して損したわよ!」
「えーと、長谷川君、席についてー。授業を始めるよ」
「えっ!? 休み時間じゃなかったの?」
「違うよ。僕は長谷川君を誤解していなかったのかもしれないなぁ」
「どういうことなんだ? さっぱり分からない」
「チサメはやっぱりチサメだっただけ」
「当たり前だろ」
「うん、チサメはポンコツだってこと」
「ポンコツじゃねえよ。チャペックじゃないんだから」
『黙れ! ポンコツ!』
「まぁいいや。相坂、成仏しないんだったら、一緒に中学卒業できるといいな。60年もやってて飽きただろ」
「(あっ、はいっ!!)」
相坂さよが一瞬だけぼんやりと光った。
「あー! 見えたっ!」
朝倉和美が叫んでいた。
「なんで私には見えないのよっ! 稲川淳二のチケット取ってるのに! 見たいのに!」
柿崎美砂が悔しそうに叫んでいた。
エヴァンジェリンは千雨の中学卒業の言葉を聞いて苦虫を噛みつぶしたような顔をしていた。
『エクソシスト』の公開日に記念してオカルト記念日になっているようです。2001年7月13日はくしくも金曜日。
これでクラスメート全員登場。
【長谷川千雨】「私、見えるんです」 ―完―