フォーサイスより愛を込めて(魔法先生ネギま!×EVOLIMIT)   作:瓶缶ペットボトル

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2003年4月9日 昼まで

「チサメー、このコート重すぎる!」

「(こくこく)」

「い、痛い……手に当たらないようにして……あっ、痛い、もっとゆっくり」

 

 登校時刻が迫るなか、千雨は両腕を広げてコートに袖を通していた。手の痛みの顔を顰めて悲鳴をあげながら。

 千雨の後ろではツナミとザジの二人がコートを持って千雨が腕を通すのを待っていた。

 

「はぁー、終わった……日傘は、予備の持っていくか……えーと」

 

 千雨の着替えを手伝っていたツナミとザジの二人はうんざりした顔でそっぽ向いていた。千雨が後ろを振り返り、二人を交互に見てからチャペックに目を向けた。

 

「チャペック、日傘持って」

 

「本日は紫外線を心配する必要はありませんが」

 

「必要になるかもしれない。昨日は必要になったしな」

 

「ご自分で持てないのに必要ですか?」

 

 チャペックの言葉に千雨が上を向いて考え込んだ。

 

「……それもそうだ。あと、チャペックってシートベルト付いてる?」

 

 千雨が自分の手のひらを見て、チャペックにどうやって掴まろう、と心配していた。

 

「ついてないよー」

 

 チャペックの代わりにツナミが答えて、私達がちゃんと掴んでおくから大丈夫ー、とザジと一緒に頷いてから部屋を出た。

 千雨は二人の後ろで、箸も持てなかったんだからシャーペンも持てないよなぁ、私学校行く意味あるか、とチャペックに話しかけていた。チャペックからは遊びに行っていたのではなかったのですか、と大袈裟に驚かれ、千雨も大袈裟に肩を竦めてから部屋を出た。

 

「こらーっ、ネギ坊主! いーかげん起きなさい!!」

 

 怒鳴り声が廊下まで響いてきて、3人と1台が足を止めたが声の主が明日菜だったことに気付いて再び歩き出した。廊下まで響いてくる明日菜の声を聞く限り、ネギが登校拒否を起こしていて明日菜が無理矢理連れ出そうとしている様子だった。学校に行きたくないと駄々をこねる子供を叱りつけるお母さんといった雰囲気だった。

 

「先生が登校拒否って世も末だな」

 

 千雨が溜息を吐いていた。

 ツナミとザジの二人は飛行形態に変形したチャペックの背に乗り、千雨を待っていた。千雨は二人の間に入って、二人からしっかりと掴まれ、チャペックに乗って吹き抜けを通って玄関に飛んでいった。

 

*****

 

 その後のネギは、痺れを切らした明日菜に担がれて学校に向かっていた。

 他の生徒たちには笑われながら、ネギ自身はエヴァンジェリンに襲われた事で頭がいっぱいになりながら。

 

 教室の前で渋るネギの腕を掴んで明日菜がドアを開けた。

 

「みんなおはよーっ」

 

「まだ心の準備がー……あれ? エヴァンジェリンさんがいない」

 

 教室の中を見回したネギが顔を綻ばせた。喜んでいたネギの肩を何者かがガシッと掴んだ。

 

「『誰がいないって?』」

 

 ネギより頭二つ分ほど高い位置からエヴァンジェリンの声が響いた。

 

「ひいいぃっ!? ごめんなさいごめんなさい……え? 茶々丸さん?」

 

 頭を押さえて縮こまったネギが振り返り、肩を掴んでいる相手がエヴァンジェリンではなく茶々丸だったことに気づいた。

 今エヴァンジェリンさんの声がしたような、とネギがきょろきょろと周囲を見回し、やっぱり茶々丸の顔を見た。

 

「茶々丸さんの合成音声でしょ……チャペックにも付いてるし」

 

 聞き慣れている明日菜が呆れたようにネギに言って、自分の席に向かった。チラリと茶々丸を見て、何よいつも通りじゃないの、と呟いた。茶々丸が明日菜に頷いて、肩を掴んでいた手をネギの頭に乗せた。

 

「ええ、合成音声ですからご安心を。マスターなら学校には来ていますが授業を受ける気はありません。すなわち、サボタージュです。1980年代風に言いかえればエスケープです。お呼びしま……面倒くさいからいいか」

 

 茶々丸が言いたいことだけ言って自分の席に向かって歩き始めた。

 

「絡繰、マクダウェルどこにいる?」

 

「屋上にいます」

 

 屋上か、と呟いて茶々丸が自分の席に座ると同時に千雨が席を立った。

 

「長谷川さーん、ホームルーム始めますよー。あっ、手は大丈夫なんですか?」

 

 教壇に立っているネギが教室を出ようとしている千雨に気付いた。

 

「手はシャーペンが持てないくらい痛い。だからサボろうと思う」

 

 ドアに手をかけた千雨が痛みに呻きながらも少しだけ開けて大きく息を吐いた。

 開いた隙間に靴を突っ込んで蹴飛ばすようにドアを開けた。そしてまた大きく息を吐いた。

 

「えっ!? サボるのは良くないので授業出てくださいよー」

 

 ネギが困った顔でおろおろしていた。

 

「マクダウェルに私の分までノート取らせてやる。ネギ先生の言うとおりサボりは良くないからな」

 

「え゛!?」

 

 千雨が廊下に出る様子を見てネギが顔を青ざめさせていた。

 千雨はネギの顔色など露知らず、屋上へ向かって歩き始めていた。

 

 千雨はというと奇跡的に教師と会うことなく屋上にたどり着き、陰鬱な溜息を吐いてドアノブを険しい顔で睨み付けた。

 そして大きく息を吸って、顔を顰めながらノブを両手で握った。ほんの少しだけ開いたドアを蹴飛ばして屋上に出て天を仰いだ。

 

「い、いてぇ……ったくこんなとこでサボってんじゃねーよ」

 

 日陰に座り込んでうとうとしていたエヴァンジェリンが面倒くさそうに千雨に視線を向けた。

 ドアくらい静かに開けられんのか……あぁ、開けられなかったんだな、と呟いて鼻を鳴らした。

 いつもの癖で傘を開こうと親指を動かした千雨がびくりと身体を震わせて、日傘を持ってないことを思い出して肩を竦め、眩しそうに日なたを歩いてエヴァンジェリンの隣に腰を下ろした。

 

「貴様か……なんだ? 昨日の仕返しか?」

 

「ちげーよ。シャーペン持てないから私の代わりにノート取れ」

 

「断る」

 

 教室に向かう様子のないエヴァンジェリンに呆れた視線を向けて、千雨が壁にもたれかかった。

 

「……はぁ、んじゃ私もサボる」

 

「……他のとこに行け、貴様がいるとうるさくて寝られん」

 

 ごろり、と転がったエヴァンジェリンが千雨に背を向けた。

 

「寝言は言わないはずだけど?」

 

「……貴様、いつまでおふざけ続けるつもりだ?」

 

 再びごろり、と転がってエヴァンジェリンが千雨を睨み付け、困ったような顔をした千雨と目が合った。

 

道化師化粧(クラウンメイク)が落ちないんだ、どうしたらいい?」

 

「自業自得だ、阿呆が!」

 

 千雨が溜息を吐いて、屋上に寝そべり、目を閉じた。

 エヴァンジェリンも千雨に背を向けて目を閉じた。

 

 暖かな春の朝、屋上に寝そべる二人の間に会話もないまま数分が過ぎて、チャイムが鳴った。

 

「1時間目、始まったな」

 

 目を開けないまま千雨が呟いた。

 

「貴様、何も訊かないのか?」

 

 少しだけ身体を起こしたエヴァンジェリンが千雨を見下ろした。

 ぱちっと目を開けた千雨が身体を起こしてエヴァンジェリンと目を合わせた。

 

「何て話を切り出せばいいか迷ってたんだ。あのさ、昨日考えてみたんだ、自分でゆっくり……それでさ、私――」

 

「やめておけ」

 

「――別に魔法使いになりたくないんだ……」

 

 千雨の言葉の途中で口を挟んだエヴァンジェリンが険しい顔のまま首を傾げた。

 

「ん? ちょっと待て、今何て言った?」

 

「別に魔法使いになりたくないんだ……やっぱりアレか? 見てしまったら魔法使いにならないと駄目なのか?」

 

 千雨が面倒なことになった、とばかりに天を仰ぎ、エヴァンジェリンは目を剥いた。

 

「なりたくない!? おいおい、ちょっと待て! 今のは魔法使いになりたいから魔法を教えてくれっていう流れなんじゃないのか!?」

 

「え、なんで?」

 

 千雨の不思議がる視線を受けてエヴァンジェリンが腕を組んで唸った。

 

「いやなんでって……普通は魔法使いになりたがるんじゃないのか?」

 

「いや別に。魔法を覚えてまでやりたいことないんだよな」

 

「……そうか。ならばいい、話は終わりか?」

 

「あぁ、他に何か話ある?」

 

「いや、私はないが……貴様は他に何も訊かないのか?」

 

「ああ、訊かない。私には関係ないからな。魔法とか魔法使いだとか、そんなこと私には何の関係もないし、なるべく関わりたくもないんだ」

 

 話が終わって安心した千雨が再び屋上に寝そべって目を閉じた。

 

「はぁ。ならばさっさと他のとこに行け」

 

 釈然としない様子ながらエヴァンジェリンも屋上に寝そべった。

 

「……日傘、弁償しろよ。あれがないと……シミができる」

 

「ああん!?」

 

 ガバッと起きたエヴァンジェリンが寝そべったまま目を閉じたままの千雨を睨み付けた。

 

「悪かった……冗談は駄目なのな。銃弾を素手で捌くのには限界があるからさ……素手っていうか、あの手袋だけじゃちょっと不安なんだ」

 

 千雨の言葉にエヴァンジェリンが眉をひそめた。

 

「……銃弾捌けるのか?」

 

「うん。マシンガンまでは無理だけど。あと長距離の狙撃は勘だけじゃ躱しきれないのがネックなんだよ。どうしたらいい?」

 

「貴様一体なんなんだ?」

 

「普通の女子中学生」

 

「銃弾捌ける奴が普通だと? ハッ、笑えるな……馬鹿にしてんのか!?」

 

「えっ? 捌けないのは練習してないからだろ? 練習すれば誰だって出来るだろ、私が出来るんだから。師匠は普通に捌くし、拳で銃弾跳ね返す人もいるしな」

 

 新鮮な驚きに目を開けた千雨がエヴァンジェリンを見上げた。

 当たり前のように話す千雨を見下ろしたままのエヴァンジェリンは呆然としていた。

 

「……日傘は弁償してやる、いくらだ?」

 

「超と葉加瀬に聞いてくれ。私はあいつらに作ってもらってる」

 

「ちょうどいい。あの二人には用がある…………ところで、貴様一体何者だ?」

 

「普通の女子中学生って言っただろ」

 

「魔法を見ても動じない奴が普通なものか」

 

「昨日のは雪女よりマシだった。うん……マシだった。あとトリガーハッピーの兄ちゃんと人斬り嗜好の破戒僧よりもマシだった」

 

 しみじみと過去を思い出した千雨が身体を震わせ、生きててよかった、と呟いた。

 

「…………そうか」

 

 千雨の様子を見ていたエヴァンジェリンが、こいつも苦労してるのかもしれないという思いを込めて言った。

 

「あっ、そういえば訊きたいことあったんだ。なんでネギ先生と喧嘩してたんだよ?」

 

 千雨の言葉に嫌な顔をしながらエヴァンジェリンが千雨に背を向けて寝転がった。

 そして数分後に、一言だけ呟いた。

 

「……貴様に関係ないだろ」

 

 様々な葛藤を経て呟かれた一言に千雨からの返答はなかった。

 

「……すー」

 

 ちらりと振り返ったエヴァンジェリンの目に入ってきたのは寝息を立てる千雨の姿だった。

 それを見たエヴァンジェリンのこめかみがヒクヒクと痙攣していた。

 

「こ、コイツ……ん?」

 

 顔の一つでも引っぱたいてやろうと手を振り上げたエヴァンジェリンが何かを思いついたように手を止めて千雨を観察し始めた。

 

「ふむ……寝言は言わんようだな。試してみるか……リク・ラク ラ・ラック ライラック」

 

 千雨の額に手を乗せてさらに続けた。

 

夢の精霊(ニュンファ・ソムニー) 女王メイヴよ(レーギーナ・メイヴ) 扉を開けて(ポルターム・アペリエンス) 夢へと(アド・セー・メー) いざなえ(アリキアット)……」

 

 千雨の隣で眠りについたエヴァンジェリンは千雨の夢の中へと潜り込んでいった。

 

/////*****/////

 

 一方その頃、ネギはというと、明石祐奈を見つめていた。

 

 授業が始まっても教室にエヴァンジェリンが戻ってこなかったことには安堵していたが、授業には身が入っていなかった。

 教室を見渡して、この中に運命的なパートナーがいたらなぁ、と考えながらぽーっとした視線を生徒達に向けていた。

 

 僕が魔法使いだということを知っているのは、明日菜さんと宮崎さんと……祐奈さんの3人。

 エヴァンジェリンさんにまた襲われることがあったら、そう考えると体が震え出す。

 明日菜さんと宮崎さんを巻き込むことは出来ない……祐奈さんがパートナーになってくれたらなぁー。でも祐奈さんはお父さんのパートナーになりたいみたいだし、僕のパートナーになんてなってくれないんだろうなー。

 

 おじいちゃんのパートナーのドネットさんから銃の訓練を受ける様子をウェールズで何度も見ていた。2挺の拳銃を巧みに操って、撃てば百発百中。僕の覚えたての魔法の矢を全部撃ち落とした姿は今でも覚えてる。

 

 はぁ、祐奈さんがパートナーになってくれたらなぁー、でも祐奈さんはお父さんのパートナーになるって言ってたから……うーん、どうすればいいんだろう。

 

「さっきからネギ坊主、祐奈のこと見てるアル」

 

 古菲が後ろを振り返って祐奈をつついた。祐奈が顔を上げて目を擦った。

 

「うんうん、寝てないよ、寝てないもん」

 

「ネギ坊のあの目は……生物学的に言って、恋」

 

 祐奈の後ろからツナミが祐奈の後頭部をぽんぽん叩いた。

 それからツナミは後ろを向いて、デバッグしとけー、とチャペックにノートパソコンを投げ渡した。

 

「セ、センセー。読み終わりましたー」

 

「えっ!? は、はい。ご苦労様です、和泉さん。……えーと、あのー、つかぬことをお伺いしますが……」

 

 その後、ネギのパートナー談義で教室が荒れた。

 

/////*****/////

 

「覗き見とは良い趣味だな」

 

 エヴァンジェリンの手のひらに隠された目は開かぬまま、抑揚のない皮肉な口調で千雨が呟いた。

 千雨の言葉にエヴァンジェリンが驚きに目を見開いた。

 

「っ……貴様一体……」

 

「ん? 何やってんの? 私、熱でもあるか?」

 

 千雨が目を開け、額にエヴァンジェリンの手のひらが乗せられていることに気付いた。眼鏡に指紋つくから触るなよ、と千雨が少し怒りながらエヴァンジェリンを見上げた。

 

「…………さっきまで私と話してたこと覚えてるか?」

 

 額から手をどけたエヴァンジェリンが慎重に言葉を選びながら探るような視線を千雨に向けた。

 

「うん? さっきっていつだ? ネギ先生と喧嘩してた理由?」

 

 じーっと、千雨の目を覗き込んでいたエヴァンジェリンが息を吐いて千雨からそっぽを向いた。 

 

「……寝言か? 夢の内容を話してみろ」

 

「悪いけど覚えてねーな……何話してたんだ?」

 

「千雨、お前も普通じゃないな」

 

 エヴァンジェリンの言葉に千雨が顔を顰めて寝返りを打った。

 

「師匠ってのはホント同じようなことばっかり言いやがる」

 

 むくれたような呟きが千雨の背中から響いていた。

 

/////*****/////

 

「馬鹿なこと言うんじゃないわよ! エヴァちゃんが魔法使いなのはまぁいいわ、吸血鬼なのも分かった。魔法使いとか()()がいるんだから吸血鬼だっているんでしょ」

 

 昼休みにネギは明日菜とのどかを伴って、空き教室で他の者には聞かせられない会話をしていた。

 ネギが魔法使いであることを知っていた明日菜には昨日の事件の始まりを、のどかには魔法関係に関する口止めを。本来であれば千雨にも同席をしてもらって口止めをしなければならなかったが、千雨にはこの会議への同席を断られていた。マクダウェルと話したから問題ないし、私には関係ない、との言葉でバッサリと、あっさりと、断られた。

 授業をサボっていた二人の間でどんな会話が交わされたのかネギ達には定かではないが、明日菜の仲直りしたみたいだから大丈夫でしょ、の一言でとりあえずは納得することにしていた。

 

 魔法に関する話は特に問題なく終わった。

 魔法以外のことで3人全員が納得できないことがあった。

 

「でも長谷川が対人恐怖症ってあり得ないでしょ!」

 

 明日菜が叫んでいた。

 

「「ですよねー」」

 

 ネギとのどかが疲れた顔で頷いた。

 

「……あっ! 朝倉なら何か知ってるんじゃない?」

 

 明日菜が明るい顔で立ち上がった。

 

「あー、聞きに行ってみますー?」

 

「そうね! ゼンワー急げよ!」

 

「ゼンワー? 善は急げ、の間違いですよ」

 

 ネギが首を傾げながら明日菜を見ながら訂正した。

 

「えっ!? そうなの? ツナミはゼンワー急げって言ってたんだけど!?」

 

 明日菜が愕然とした顔でネギを見て、ネギに顔を逸らされていた。明日菜がうっと言葉に詰まりながらも、とにかく行くわよ、と腕を振り上げて教室を出た。

 明日菜の後ろでネギとのどかが顔を見合わせてから、明日菜の後ろについて教室を出た。

 

「あのー、明日菜さん? どこに向かってるんですか?」

 

「新聞部よ! あとアンタ、まださよちゃんのこと気付いてないでしょ?」

 

「さよちゃんって誰ですか?」

 

「相坂さよさんですよー」

 

 ネギがあー、と上を向いて考え始めた。昨日から何度か聞いた名前だったけど、誰なのか分からないままだった。

 どうにも僕だけが知らない何かがありそうだと、思いながら。

 

「ここ、新聞部の部室よ」

 

 明日菜がとある教室のドアをコツコツと叩いて、ドアを開けた。

 

「こんにちはー、朝倉和美さん? いますかー?」

 

 ネギが教室の中に顔だけ突っ込んで教室の中を見回した。長机と書棚が並んで、机の上にはパソコンが何台も並んでいた。教室の至るところにメモ用紙が散乱していて、ごちゃごちゃした雰囲気だった。

 

「あっ、相坂さんがいますよー」

 

 ネギの後ろからのどかが教室を覗き込んだ。

 のどかの言葉に、ネギがどこにいるんですか? と返しながら教室をもう一度見回して首を傾げた。

 

「それじゃ朝倉もいるでしょ」

 

「うん? なにー? あれ、ネギ君と本屋ちゃんと明日菜? どうしたの?」

 

 パソコンの後ろに隠れてネギ達から姿が見えていなかった和美がパソコンとパソコンの隙間から顔を出した。

 

「(珍しいですねー)」

 

 朝倉の肩の上にぷかぷか浮いていたさよが和美と顔を見合わせた。

 

「朝倉さん、こんにちはー。ちょっと今日は聞きたいことがありまして」

 

「んー、いいよー。とにかく入りなよ。今は私()しかいないから」

 

「ん?」

 

 和美の言葉にネギが頭に疑問符を浮かべた。

 ネギには和美一人しかいないようにしか見えなかったことを考えればしょうがないことだった。そのことを知っている明日菜は肩を竦めるだけでさっさと教室に入った。

 ネギとのどかの二人も明日菜に続いて部屋に入り、和美の前の置かれた椅子に腰掛けた。

 

「長谷川さんのことなんですがー?」

 

 のどかの言葉にネギが頷いた。

 

「あー、長谷川の、なに? スリーサイズ?」

 

 和美が顎に手を当てて、のどかとネギを見返した。

 

「ち、違いますよー。えーとあのー、なんて言えばいんでしょうか……って、さっきから明日菜さんは誰と喋ってるんですか?」

 

 和美に何を訊けばいいのか考えあぐねていたネギがふと誰かと話している明日菜の方へ顔を向けた。話相手がいないように見えるのに、誰かと喋っている風でもあった。

 

「あ……そっか。ネギ君、見えないんだっけ? さよちゃん……相坂さよ、うちのクラスにいるよ」

 

「はぁ……相坂さよさんですか? まだ会ったことないんですよね、どこにいるんですか?」

 

 ネギがきょろきょろと明日菜の周りを見回した。

 

「さよちゃんは幽霊だから、見えないだけでしょ? 毎日来てるよ?」

 

「幽霊なんですかー、へー……えっ、ええぇぇっ!? ゆ、幽霊!?」

 

 ネギが椅子から転げ落ちた。

 

「うん」

 

 椅子から落ちたネギの真上に浮いたままのさよが近づき、頭を下げた。

 

「(はい、実は幽霊なんですよー、よろしくお願いしますー。あ、ここはうらめしやーって言った方がいいんでしょうかー)」

 

 さよの言葉はネギには聞こえなかった。その様子に気付いたのどかが口を開いた。

 

「よろしくお願いします、って言ってますよ」

 

「あっ、はい、こちらこそよろしくお願いします」

 

 ネギが上の空のままのどかの視線が向いている先に頭を下げた。

 

「微妙に向きが違うし、あはは、やっぱり見えないのが普通なんだねー」

 

「ネギが見えないのが不思議な感じね」 

 

「そうですねー」

 

 和美、明日菜、のどかを見ながらネギがさらに驚いた。

 

「み、皆さん見えてるんですか!?」

 

「うん、今はクラスの全員見えてるよー、大体半年くらいで全員見えるようになったねー」

 

「確かそのくらいだったと思いますー」

 

「(今ではお友達も増えて嬉しいですー)」

 

「お友達が増えて嬉しいそうです」

 

 のどかがさよの言葉をネギに伝えた。

 

「…………」

 

 ネギがぽかんと口を開けて呆然としていた。

 気付くべきではなかったか、明日菜さんが言った言葉をもう少しよく考えた方が良かったのかもしれない、とネギは気付いた。幽霊がいるんだから、と確かに言っていたのに。

 

「で、ネギ君は長谷川の何を知りたかったの? いや~ライバルが増えて大変だね、本屋ちゃんも」

 

 和美が好奇心を前面に押し出した笑顔を浮かべてのどかを見ていた。

 

「ち、ちち、違いますよー!」

 

「はいはい、それでー?」

 

「えーと、長谷川さんが対人恐怖症っていう話、朝倉さんは知ってますかー?」

 

 昨日エヴァンジェリンさんから聞きましてー、とのどかが続けた。

 

「…………あー、うーん……そうなんだー、なるほどねー」

 

 和美がパイプ椅子をギシギシ言わせながら天井を見て考え込んだ。

 

「朝倉、何か知ってるんでしょ?」

 

 珍しいわね、朝倉が食いつかないなんて、と明日菜がさよに目を向けた。

 

「(私は知らないですよー?)」

 

「朝倉さん、何か知ってるんですか?」

 

 ネギが気を取り直し、椅子に座り直した。

 

「うーん、あー、えー……うーん、まぁ納得っていう感じ?」

 

「納得……ですか?」

 

「どういうことなんでしょう?」

 

「なんていうの? うーん、長谷川の弱み握ってどうこうっていうわけじゃないんでしょ?」

 

「「違いますよ」」

 

「え、違うの!?」

 

「明日菜退場」

 

 和美がドアを指差した。

 

「うそうそ、冗談よ!」

 

 明日菜が乾いた笑い声で誤魔化した。

 和美が立ち上がって書棚の中から一冊のスクラップブックを取り出して、ページをめくり始めた。

 

「えーと、あったあった……2001年7月13日、麻帆良学園七不思議『座らずの席』の謎がついに解ける」

 

「(私の記事ですかー?)」

 

 朝倉和美がスクラップブックの一ページを開いて机の上に置いた。

 ネギ、明日菜、のどかの3人が覗き込んだ。3人の上からさよも覗き込んでいた。

 

「こんな新聞ありましたか?」

 

 見たことないですー、のどかが紙面を読み込んでいた。

 

「……えっ、長谷川さんって幽霊見えるんですか!?」

 

「うん、長谷川が最初に騒いだからねー。この新聞はお蔵入りにしたの、私しか知らない没記事ってやつよ」

 

「そういえば……さよちゃんのことが新聞に載ったことなかったような気がするんだけど?」

 

「ないよー、なかなか難しいのよ。えーっと、長谷川の話だっけ? 私このときに調べたのよ、長谷川のこと。調べた限りでは親しい友人なし」

 

 和美が窓際に歩いていって、外を見た。他の者にはなかなか見せられない重苦しい顔をしていた。

 

「ドッヂボールやったことないって本当だったのかしら」

 

「それだけならまだ良かったんだけどねー。大体の小学校って2年おきにクラス替えがあるのよ、3年と5年に上がるとき。明日菜も本屋ちゃんもそうだったでしょ?」

 

「はい、そうでしたよー」

 

「うん、あったねー」

 

 のどかと明日菜が和美の言葉に頷いた。

 

「1、2年のときに長谷川と同じクラスだった子の何人かは長谷川のこと覚えてた……あぁ、あの嘘つきの子ね、だってさ。わけの分からないことを言って先生とか周りの子を困らせて付いたあだ名が嘘つきとか狼少女……」

 

 やるせないよねー、と和美が溜息を吐いた。和美の溜息でガラスが白く曇っていた。

 

「きっと見えてたんだと思う、ずっと前から。さよちゃん達のこと。でも他の誰も見えなくて、言うこと全てが信じてもらえなくなった……そして3年生以降は誰の印象にも残ってない、親しい友人なし、覚えてる子も少なかった。さよちゃんのことは学園長も知ってたし、高畑先生も名前だけなら知ってた、見たことはなかったみたいだけど……最初から見えてたのは長谷川とエヴァちゃん、あとはザジちゃんの3人だけだったみたい……だから長谷川が正しいんだけどねー、はぁー」

 

 狼少年の話と違うのは長谷川が嘘を吐いてたのか吐いてなかったのか、誰も分からないこと、そう呟いて和美が溜息を吐いた。

 

「「それなら新聞で」」

 

 ネギと明日菜の言葉にさらに和美が溜息を吐いた。白く曇った窓ガラスに指先でぐるぐる渦巻きを描いていた。

 

「信じる気がないのよ、最初から……長谷川の言うことを。さよちゃんが見えるようになるまで結構時間もかかるしね、幽霊が怖いから除霊すればいいっていう子が出てこられるのが困るのよ」

 

「長谷川さんはよく言ってましたけどー?」

 

「最初の頃は風香と史伽がよく怖がってたけどね、大体そうなると長谷川が出てきて成仏させようぜって塩持ち出すんだけど、今度は風香と史伽が長谷川酷いって文句言うのよ。そんなことを繰り返してるうちに風香も史伽もさよちゃんのことを怖がらなくなって今に至る、と。昔の話を聞いてた限り、長谷川が対人恐怖症っていうのもまぁ分かるかな、っていうね」

 

 さよちゃんの存在が表に出てきたあの日、長谷川は私からすれば普通にいるようにしか思えない、そう言った。それから、あの日の騒ぎのとき、最初はさよちゃんが幽霊だっていうことに長谷川自身も気付いてなかった。

 もしも、もしもだ。寓話にもしもがあったなら、狼少年が嘘吐きではなく、ただ彼に見えていた狼が幽霊だったとしても、きっと同じ結末になる。でも、彼を嘘吐きと呼べるのだろうか、呼んでいいんだろうか。どちらにせよ、呼ばれていた子が昔、居た。嘘を吐いて信じてもらえなくなるのはしょうがない、本当のことを言って信じてもらえなくなった子は――。

 

「朝倉さん?」

 

 和美が遠い目をして昔のことを思い出し、拳を握りしめた。長谷川が対人恐怖症、だとしても。それはそれ、これはこれ。

 私はお前を子供扱いしない、そう言った長谷川だから私も長谷川を子供扱いしない。

 

「長谷川、いつかぶっとばす」

 

「分かる! 分かるわ!」

 

「えっ!?」

 

 ネギが驚きながら和美を見ていた。

 のどかは溜息を吐きながら、朝倉さんもですかー、と呟いていた。

 

「(はー、そんなことがあったんですかー)」

 

 さよの呟きはやっぱりネギには聞こえなかった。

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