フォーサイスより愛を込めて(魔法先生ネギま!×EVOLIMIT)   作:瓶缶ペットボトル

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2003年4月9日 放課後

 放課後のエヴァンジェリンは茶々丸を伴って、麻帆良大学工学部の研究室を訪れていた。午睡の途中で学園内に何か侵入してきたことに気付いて探し回っていたが見つからなかった。放課後になってこれ以上探すのは面倒くさくなって、自分の用事を優先したところだった。どのみち、小さくて弱い、放っておいても大事にならないと判断した故だった。

 

「マスター、合言葉は、真空の透磁率を有効数字5桁で答えなさい、です」

 

 茶々丸が研究室のドアを前にして、開けるそぶりを見せずにエヴァンジェリンに囁いた。

 

「……お前が言え!」

 

「真空の透磁率を有効数字5桁で答えなさい」

 

 ぴんぽーん♪ という音が響いてドアが自動で開いた。

 

「一休さんか!?」

 

 開いたドアを前にエヴァンジェリンが吠えた。

 

「やあ、エヴァンジェリンサン、わざわざ茶々丸を通して連絡を寄こすなんて何かあったのカナ?」

 

「茶々丸のことですか?」

 

 部屋の中は実験室で、中には超鈴音と葉加瀬聡美の二人が数式とグラフで書き込まれたホワイトボードの前で何やら議論をしていた様子だった。超鈴音が赤色のマーカーのキャップを閉めて、エヴァンジェリンと茶々丸の二人を手招きした。葉加瀬は入り口に近いテーブルの積み上げられた雑誌やコピー用紙の束を持ち上げて壁際に運んでいた。

 

 エヴァンジェリンと茶々丸の二人が部屋に入ると自動でドアが閉まって、エヴァンジェリンが手近な椅子に座った。

 

「調べたいことがある。血を寄こせ」

 

 エヴァンジェリンの言葉に超鈴音が顔を曇らせた。

 

「ム……申しわけないガ、断らせてもらうヨ。ハカセだけでは足りないカ?」

 

 超鈴音に指差された葉加瀬が仰け反った。

 

「えっ!? わ、私ですか?」

 

「ハカセだけでも問題あるまい。血を採るぞ」

 

 茶々丸から注射器を受け取ったエヴァンジェリンが葉加瀬の腕を取って、白衣の袖を捲り、上腕にゴムバンドを巻いて肘窩(ちゅうか)を数回擦り注射器を刺した。エヴァンジェリンの手際を見た超鈴音が若干目を見開き、手慣れてるナ、と呟いた。

 

「えぇ……あぁ、はい……どうぞ――いたっ!?」

 

 葉加瀬がやや涙目になっていた。

 

「毎週毎週、アイツの腕に刺していれば上手くもなる。吸血鬼が注射器を使わねばならんとはなぁ……」

 

 エヴァンジェリンが自分の指先に注射器から葉加瀬の血を一滴垂らして、よく観察してから舐めた。

 目を閉じて、腕を組み、納得いかない様子でうんうん唸っていた。

 

「……気のせいではない。となると、やはりおかしいな……」

 

 エヴァンジェリンが椅子に腰掛け、脚を組んで、考え込み始めた。

 

「エヴァンジェリンさーん、説明してくださいよー」

 

 捲られた袖を元に戻した葉加瀬がテーブルに身を乗り出していた。超鈴音はエヴァンジェリンと葉加瀬の二人を眺めながらやや真面目な顔つきで何事かを考えていた。

 

「……はぁ、貴様らに話しても分からんだろう」

 

 エヴァンジェリンの言葉に超鈴音がいつもの笑顔を浮かべた顔に戻り、テーブルを両手で叩いた。

 

「どういう意味カナ? 我々科学者に分からない事があるト!?」

 

「科学に対する侮辱ですか!?」

 

 葉加瀬もテーブルをバンバン叩いた。

 

「血の味のことなど分からんだろ? 千雨は……血が濃いと言って分かるか?」

 

 葉加瀬が頭をんー、とちょっとだけ考えた。

 

「高血圧ですか?」

 

「違うわ! だからこう、感覚的なもんなんだ。ハカセよりも坊やは血が濃い、これは魔力量の違いだろう。そして、何故か千雨は坊やよりも血が濃い……これが妙でな……?」

 

 超鈴音が目を吊り上げた。

 

「長谷川サンに魔法の才能があったとは驚きネ!」

 

「いやそれも違う。血から得られる魔力量はハカセと大差ない、むしろハカセよりも少ない」

「鉄分が豊富?」

「違うなぁ」

「コレステロール値カナ?」

「ヘマトクリット値?」

「なんだそれは……そんなものは知らん」

「分かりました! ずばり、長谷川さんは健康的!」

「それも違うなぁ……そうだ、ハカセ! 2日ほど寝てないだろ? 育ち盛りなのだから夜くらいちゃんと寝ろ!」

 

 エヴァンジェリンに怒鳴られて葉加瀬が縮こまった。

 

「はいっ、ご、ごめんなさい。うぅ……お母さんに怒られたみたいな気分ですー」

 

 しゃがんでテーブルの下に顔を隠す葉加瀬の後ろで、眉間に皺を寄せて考え込んでいる超鈴音にエヴァンジェリンが気付いた。

 

「超鈴音、何を考え込んでいるんだ?」

 

「……仮説ということで聞いて欲しいネ。長谷川サンは、人間ではない」

 

「いや、間違いなく人間だな」

 

「ホッ……サンプルがあれば詳しく調べられるのダガ」

 

 安心して吐息を漏らした超鈴音が科学者らしい顔つきで両手を広げた。

 

「あぁ、あるぞ。千雨と坊やのだ……あとハカセのもだな」

 

 エヴァンジェリンから注射器を一本、茶々丸から注射器を二本受け取った超鈴音が実験用冷蔵庫を開いて中に入れた。

 

「1週間あれば調べられるネ」

 

「長谷川さんの血が濃いというのは珍しいことなのですか?」

 

「ふーむ、ここ2年ほど千雨の血しか飲んでいなかったからなぁ。最初に飲んだときは確かに他の奴より濃いとは思ったが……坊やよりも濃いとはどういうわけだ?」

 

「どういうわけだと聞かれましてもー」

 

「…………長谷川サンというだけで納得しかけてる私がいるネ。これではダメヨ……ヤレヤレ」

 

 わざとらしい物言いとジェスチャーをしながらも、超鈴音は顔を伏せて物思いに耽っていた。

 

「あーあと、日傘を新しく作ってやれ」

 

 お前らが作ってるそうだな、とエヴァンジェリンが続けた。

 物思いに耽っていた超鈴音が顔を上げて、朝の千雨の様子を思い出した。

 

「オヤ? そういえば、今日は持ってなかったネ」

 

「あっ確かに」

 

「昨日私が壊した」

 

 悪びれる様子もなく言うエヴァンジェリンに責めるような視線が向けられた。

 

「えっ!? もう、なんで壊すんですか」

 

「ちょっと、喧嘩してな」

 

「……オーノー……あれ高いのヨ?」

 

 超鈴音が顔を手のひらで覆って項垂れた。

 

「ただの日傘ではないと思っていたが……そんなにか?」

 

 暗い顔の二人を交互に見ながら、エヴァンジェリンがほんの少しだけ申し訳なさそうな顔になった。

 

「防弾・防刃・耐火・耐氷・耐電繊維の多層構造、表面は撥水加工済み、フレームはチタン合金、タングステンワイヤー50メートル内蔵、フック銃・エストック・銛・大鎌・さすまた・パラシュート、全6種のギミック搭載仕込み傘。しかもUVカット率は99.99%以上の1級遮光傘なんですよ!」

 

「さらに改良しないと駄目ダナ」

 

 超鈴音がやれやれと肩を竦めた。

 

「……アイツなんでそんなもん持ち歩いてるんだ?」

 

「いかなる時も準備だけは怠るな、という師匠の教えらしいヨ。稽古の日に日傘を忘れたら銃でしこたま撃たれたことがあるらしいヨ? どうして生きてるんだろうナ?」

 

「なんで生きてるんだ」

 

「本当にそうですねー」

 

「コートは着てたからって言ってたヨ? 『油断すれば死ぬ、慢心すれば死ぬ、安心しても死ぬ、死なないために俺達が鍛えてやる。だから、お前はいついかなる時も準備だけは怠るな……コートまで忘れてたらお前は今日死んでいた』……こんな師匠に鍛えられてたらしいヨ?」

 

 スパルタダナ、と超鈴音が呆れていた。

 葉加瀬もエヴァンジェリンも呆れていた。

 

「銃弾捌けるっていうのは嘘ではなかったのか」

 

「そのくらいではもう驚かないヨ」

 

「ですねー」

 

 エヴァンジェリンが溜息を吐きながら頭を押さえていたが、ふと気付いて超鈴音の顔を見た。

 

「……コートもか?」

 

「ええ、使っている繊維は同種ですね」

 

「およそ人が着られるものでは最高の装甲と言っていいネ」

 

「軽量化に成功したとはいえ重量2800グラムもありますからねー」

 

「アイツそんなもの年中着てるのか!?」

 

 エヴァンジェリンが信じられない面持ちで叫んでいた。超鈴音と葉加瀬の二人は既に知っていたため溜息を吐きながら頷いていた。

 

「アレ着たまま100メートル14秒で走るからネ」

「私より速いんですが……」

「長谷川サンの師匠はもっと重いコートを着て11秒で走るらしいヨ。そのせいで自分は足が遅いと思い込んでるヨ……甲子園優勝校の補欠が自分は野球が下手だと思い込むみたいにナ」

「超さんに比べると私は平凡、みたいなものですか」

 

 超鈴音と葉加瀬の二人が頭が痛そうに顔を歪めた。

 

「なるほどな……銃弾くらい捌けて当然だと思い込んでいたのはそういうわけか。アイツの周りは――」

 

 突如響いた電子音にエヴァンジェリンが言葉を止めた。

 

「ん? なんだこの音は」

 

 きょろきょろと周りを見て、エヴァンジェリンが嫌そうな顔をした。電子音に慣れてない者がやたらうるさく感じるようなものだった。そんなエヴァンジェリンを見ながら超鈴音と葉加瀬の二人が呆れていた。

 

「エヴァンジェリンサン、電話鳴ってるヨ?」

 

 指差されたエヴァンジェリンがポケットからほとんど新品のような携帯電話を取りだして、おろおろしながら茶々丸を見た。

 

「えーと、おい、どうしたらいいんだ?」

 

「壊せばいいかと」

 

「……はいはい、ここのボタンを押すんですよー」

 

 葉加瀬がエヴァンジェリンの隣に立って、携帯のボタンを指差し、ここですよ、ここ、と優しく教えた。葉加瀬に指差されたボタンを押して、携帯を耳元に当てた。

 

「なんだ? ……ああん? 今日もか!? 箸も持てないくせに何を言ってるんだ!? 分かった分かった、これから行くから待ってろ!」

 

「なんだか嬉しそうですねー」

「そうだナ」

 

 エヴァンジェリンの電話の相手に気付いた二人が揃って壁に掛けられたカレンダーを見た。月、水、金、は合気柔術を教える日ということを思い出したせいだった。

 

「アイツ……おい、結果が出たら茶々丸を通して連絡しろ」

 

「はーい」

「分かったヨ」

 

「行くぞ、茶々丸」

 

「出るときの合言葉は、真空の誘電率を有効数字5桁で答えなさい、です」

 

「はぁ。真空の誘電率を有効数字5桁で答えなさい」

 

 ぶっぶー♪ という音がドアから響き、ドアは開かなかった。

 それを見ていた超鈴音と葉加瀬の二人から笑い声がこぼれた。そして、茶々丸はドヤ顔をして、兄さんが初めて役に立ちました、と喋っていた。

 

「……開かないぞ?」

 

「8.8542×10^-12」

 

 ぴんぽーん♪ という音が響いてドアが開いた。それを見たエヴァンジェリンが茶々丸の向こう脛を蹴り飛ばした。

 

「痛いです、マスター」

 

 二人が出て行き、ドアが閉まった。

 それを確認した超鈴音がアルコールランプに火を点け、実験器具を使ってお湯を沸かし始めた。

 

「ハカセもいるカナ?」

 

 超鈴音がインスタントコーヒーのボトルを揺らした。

 

「いただきます」

 

 葉加瀬が湯飲みとして使っているビーカーを二つ取り出した。

 

「超さん? 何を考えていたんです?」

 

「……エヴァンジェリンサンの言葉が気になってしまってネ……間違いなく人間だ、ト……ハァ」

 

 超鈴音がポケットから小瓶を一つ取り出してテーブルの上に置いた。中にはカットされた大きめの宝石が一つ入っていて、カラン、と音を立てた。

 

「それが何か? 人間なのは当然じゃないですか?」

 

「長谷川サンだけが……長谷川サンこそが……なんちゃってナ」

 

 超鈴音が考えていることを振り払うように頭を振った。

 

「超さん、冗談でも趣味が悪いですよ」

 

「ハハハ、そうダナ。ダガ、考えずにはいられない。ハカセ、タイムマシンで過去に行き、若き日のアインシュタインと会えたら、何を思ウ?」

 

 小瓶を人差し指でとんとんと優しく叩きながら、視線はアルコールランプの火に向けたまま葉加瀬に問うた、これからとても大事な話をするような雰囲気で。

 

「嬉しいですねー、あとはいろいろです」

 

「ハカセと会えたとき、私はそういう気分だったヨ」

 

「どうしたんですか、突然、らしくないですよ」

 

 ハカセには話しておくヨ、と小さな声で呟いた。

 

「ニール・アームストロング、エドウィン・オルドリン、チャールズ・コンラッド、アラン・ビーン、アラン・シェパード、エドガー・ミッチェル……」

 

 葉加瀬がハッと思い至って、残りの名を挙げた。

 

「デイヴィッド・スコット、ジェームズ・アーウィン、ジョン・ヤング、チャールズ・デューク、ユージーン・サーナン、ハリソン・シュミット」

 

「以上12名。たったこれだけヨ。月に立った人間は現在で12人しかいない。若き日の彼らと会えたとき、何を感じるんだろうナ? 私は何も……感じなかったヨ。ハカセから感じたものを、思ったことをネ」

 

「ん? 超さんが来たのは3年前でしたよね?」

 

「そうダヨ……100年後に至るまで、地球から科学の力で火星に到達した人間は、わずか1000人だけダ」

 

「そうらしいですね。その一人がツナミさんなんですよね? あとチャペックも」

 

 葉加瀬が前に超鈴音達から聞いたことを思い出しながら喋った。140年以上先の未来の火星からやってきた人達のことを。

 

「第一世代火星開拓団500人、第二世代火星開拓団500人。第二世代火星開拓団結成当時の地球人口は95億人もいたガ、火星行きのチケットは500枚だけしかなかったヨ。奪いあったわけではナイ、運良く選ばれたわけでもナイ、一人一人が勝ち取ったんダ、その一枚をネ」

 

 小瓶を手のひらの上に乗せて、中の宝石を覗き込みながら超鈴音は静かに淡々と話していた。視線は宝石に向けたまま、葉加瀬の顔を見ることなく。

 葉加瀬はそんな超鈴音の様子をこれまでに何度か見てきたために、特に気にしなかった。

 

 長谷川さんが日傘とコートを手放さないように、超さんはあの小瓶を手放さない。ときたまに、小瓶の中の宝石――『パッチ』の欠片――を覗き込んで、他のクラスメート達には見せない顔をしていることがある。

 

 でも今は、どうして――。

 

「どうしてツナミさんの話を?」

 

「違ウ。ツナミサンは第一世代、今は第二世代の話ヨ、それと……長谷川サンのネ」

 

 小瓶から視線を外した超鈴音と葉加瀬の目が合った。この話を始めてから一度も合わなかった目が合った。

 

「……え、つまり長谷川さんも!?」

 

 超鈴音がゆっくりと頷いた。

 

「チサメ・ハセガワ……第二世代火星開拓団を率いた人の名前ダ。当時58歳、最年長でリーダー。リーティアサン、アクアサン、環太郎サン達の直系の先祖にあたる第二世代火星開拓団の、ネ」

 

「……長谷川さんが!?」

 

 葉加瀬の驚きを超鈴音は落ち着いて受け止めた。

 

「そして、長谷川サンが最初の犠牲者ダ。鬼神型(オーガタイプ)機械兵(バルバロイ)38体を九鬼流と思しき拳法を用いて破壊し、その生涯を終えた。今のTanakα-3を遙かに凌駕する殺戮兵器を生身で、気も魔法も使うことなくネ。重力が地球に比べて小さいことが幸いしたのかもしれないガ」

 

「……え、えーと……長谷川さん、人間ですか?」

 

「間違いなく人間だと、600歳の方が保証してくれたばかりダヨ。死因は酸素タンクが空になったことによる窒息死……機械兵に負けたわけではナイ、今の長谷川サンらしからぬ準備不足が原因ダ。時間がなかったからネ。『パッチだ(It's patch)! パッチを身体につけろ(Apply a piece of patch to body)!』と言い残し、襲いくるバルバロイを相手に戦闘、2時間24分の時間を稼いダ……」

 

 パッチの欠片が入った小瓶を超鈴音が人差し指で突っついた。

 

 小瓶の中のパッチを見ながら、葉加瀬は2年前のことを思い出していた。超鈴音以外の火星人達と初めて顔を合わせた4月の日のことを。

 

 『バルバロイに襲われ、風前の灯火となった祖先の方々はパッチを発見、装着し……』そして()()()()()を出しながらもこれに打ち勝った。あれは未来の火星の話を聞いたときにリーティアさん、アクアさん、風魔さんが代わる代わる話してくれた火星人の歴史の始まり。少数の犠牲、パッチへの興味を優先して聞き流していた言葉が今はとてつもなく重い。

 それと、もう一つ『わたしたちの祖は、死にもの狂いという言葉だけでは足りないくらいの努力をしたのだと思います』この言葉、当たり前のようにそんな努力する人を私は、私達は知ってる。火星開拓団の皆が長谷川さんの背中を見ていたのなら、出来るのも分かる。死にもの狂いという言葉だけでは足りないくらいの努力なんて、出来て当たり前な人が歴史の礎となったのなら、納得できる。

 

「ツナミサン達は『マーズサイト』と名付けた。いかにも科学者達が付けそうな名前ダナ? それに比べて『パッチ』は……」

 

「プログラマですか」

 

「その通りヨ」

 

「リーティアさん、アクアさん、風魔さんが長谷川さんのことを気にするのは……」

 

「そういう歴史的背景もあってネ……沸いたカ」

 

 超鈴音が二人分のコーヒーを淹れた。

 小瓶に入った結晶を眺めながら、超鈴音と葉加瀬聡美が静かにコーヒーを飲んでいた。

 

「……血が濃いこととは何の関係もないかもしれないガ」

 

「今はポンコツっぽいのに……はぁ、明日からどう接すれば」

 

 葉加瀬がビーカーに入ったコーヒーを覗き込んだ。

 

「今までどおりでいいネ。長谷川サンだけじゃないからネ」

 

「だけじゃない?」

 

 葉加瀬が俯いていた顔を上げた。

 

「そうヨ。第二世代火星開拓団を率いたのは長谷川サンダガ、必要な技術を提供したのは……」

 

 超鈴音と葉加瀬の目が合った。

 

「……えっ……わ、私ですか?」

 

 葉加瀬と目を合わせたまま、超鈴音が頷いた。

 

「第一世代火星開拓団からわずか数年でもう一度火星へ挑む技術を整えた科学者達はハカセとその教え子達ダ。世界中に散らばっていた弟子、孫弟子全員が集まり、ここ麻帆良を拠点に火星開拓団の準備を整えた技術責任者がハカセ、貴女ダヨ。『人類は遅かれ早かれ、この地球から飛び立たなくてはならない生物なのだ。我々は増えすぎ……そして、留まりすぎた』葉加瀬聡美が残した言葉ダ、世界を説得した言葉でもあるガ」

 

「わ、私はそんなこと言いませんよ」

 

 葉加瀬が信じられない思いで否定した。自分がそんなことを言うわけがない、といった気持ちで。

 葉加瀬の言葉を肯定も否定もせずに、超鈴音が話を続けた。

 

「ハカセだけじゃないヨ? 製造は世界有数の重電メーカーが請け負った」

 

 またもや超鈴音と葉加瀬聡美の目が合った。

 

「まさか……那波重工! ち、千鶴さんが!?」

 

「そうヨ。ハカセも分かってきたネ? 那波重工の千鶴サンが製造責任者。人がいる、技術が揃う、作れる……あと必要なのは二つ」

 

 順に指を3本立て、超鈴音が葉加瀬に解答を求めた。

 

「お金と政治? そんな、うそでしょ……いいんちょさん?」

 

 超鈴音が葉加瀬を目を見たまま頷いた。

 

「正解ダヨ。雪広財閥のいいんちょサンが残る問題全てを解決した……カラミティ・モンキーズとの通信が途絶えたとき、真っ先に動き、助けに行かなければならぬと立ちあがった4人……そして私は、ハカセ達が支え、送り出した長谷川サンの意志を継いだ人達に助けられて、ここに来たヨ」

 

 超鈴音が葉加瀬から視線をパッチの入った小瓶に戻して、コーヒーを一口飲んだ。

 

「う、うちのクラスって……!?」

 

「世界を変えられるほどの人材の宝庫ネ……秀でた一芸はバラバラでも誰一人として例外なく、歴史を塗り替える可能性を秘めているヨ」

 

 超鈴音が葉加瀬をじっと見つめた。

 葉加瀬が背筋を伸ばして身を震わせた。

 

「……地球の歴史と火星の歴史は隔絶してたヨ。私が彼らと出会うまで、彼らが私と出会うまでネ。第二世代火星開拓団を直系の先祖とする火星人はその間に地球で何が起こっていたのか知らない、そして地球は彼らの存在を知らない。隔てられていた二つの歴史を繋ぐのは……」

 

 超鈴音の目を葉加瀬がじっと見つめ返した。

 

「……わ、私たち、ですか」

 

「そうヨ。だから、間違えさせるわけにはいかないネ、誰一人として犠牲にもしないヨ、全員まとめて……」

 

 幸せになってもらうネ――!

 

 魔法世界(ムンドゥス・マギクス)崩壊の引き金を引いたのはネギ・スプリングフィールド率いる白き翼(アラ・アルバ)ということになっているガ、責任を彼らに押し付けてはいけない――!

 彼らはただ、間に合わなかっただけなのダカラ。

 正解だけを選び続けたわけではないガ、滅ぼしたくて滅ぼしたわけでもないと今なら信じられるネ。

 ネギ・スプリングフィールドも。

 白き翼の皆も。

 途中で袂を分かつことになった長谷川サンも。

 ハカセも、千鶴サンも、いいんちょサンも、他の皆も。

 ただ届かなかっただけだと、今ならハッキリと分かるヨ。

 

 手が少なすぎただけ――!

 頭が少なすぎただけ――!

 

 足りない手は増やす、少ない頭も増やす。

 今は、どちらも少なすぎる――!

 魔法使いが少なすぎたから、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)の崩壊は他人事のままだったネ。

 魔法使いが少なすぎたから、解決策は出てこなかったネ。

 手を増やすために。

 頭を増やすために。

 必要なことは――。

 

 魔法を世界に公表する――!

 

「超さん?」

 

 小瓶に入ったパッチの欠片を覗き込み、考え込んでいた超鈴音がハッと顔を上げた。

 

「……今日はもう終わりにしようカ。エヴァンジェリンサンにも怒られてしまったからネ!」

 

 そう言って、超鈴音がコーヒーを一気に飲み干した。

 続いて葉加瀬もコーヒーを一気に飲み干して苦そうな顔をしていた。

 

「アー、あと、環太郎サンだけが気にする人がいるダロ?」

 

 超鈴音がいつも浮かべる笑顔を葉加瀬に向けた。

 

「……楓さん? えっ……うそ」

 

 葉加瀬が長瀬楓と風魔環太郎の二人を思い出しながら何かに気付いた。

 

「風魔の忍者は今は存在しないヨ……里がないからネ。これから先、新しく風魔を名乗る人達が現われるネ……私が知る歴史を歩めばの話だけどナ」

 

「い、糸目ってまさか!?」

 

 驚く葉加瀬に、超鈴音が意味ありげにウィンクをした。

 

/////*****/////

 

 一方、放課後の千雨はというと。

 

 道場でポツンと一人、正座をしてエヴァンジェリンを待っていた。

 

「……マジで破門されたのか……」

 

 ダラダラ冷や汗を流しながら、30分程待って手の痛みに呻きながら時間をかけて携帯を取り出した。




ほぼ説明回になりました。
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