フォーサイスより愛を込めて(魔法先生ネギま!×EVOLIMIT)   作:瓶缶ペットボトル

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2001年7月14日:朝倉和美の回想

「はぁ~」

 

 昨日の夜から溜息ばっかり。

 放課後まではウキウキ気分で学校新聞の記事を書いてたのに。

 突然私に舞い降りたスクープ、読んだ誰もが心躍るような記事を書けたのに。だって60年間麻帆良の七不思議だった『座らずの席』の真相が分かったんだよ。

 

『あぁ、あの――』

 

 思い出してしまってぶんぶん首を振る。

 

 でも、長谷川の過去を知っていた人達の言葉が気にかかる。

 本当に、嘘つきだったのか。

 信じてもらえなかっただけなのか。

 どっちなんだろう?

 どっちが正しいんだろう?

 

/////*****/////

 

 教室の前に着いてみれば鳴滝姉妹が教室を覗き込んでは廊下に戻って、泣きそうな顔でうろうろしてて。あ、今日は長瀬さんは一緒じゃないんだ。

 双子の後ろには長谷川がいて、二人の肩を叩いてた。

 

「何やってんだ?」

 

「ううー、長谷川」

 

 風香が長谷川のスカートの裾を掴んで引っ張ってる。

 なんで長谷川は夏でもコート持ち歩いてるんだろ、毎日小脇に抱えてくるけど。

 

「幽霊さんは今日もいるですかー?」

 

 史伽が泣きそうな顔で長谷川を見上げてるし。さよちゃんは別に怖くないのに。

 っとと、追いついちゃった。

 はぁ、どんな顔して長谷川に会えばいいのよ。

 

「あぁ、相坂ならそこにいるけど、おはよう。顔色悪いな、相坂」

 

 風香と史伽の間を指差した。ん?

 

「ぎゃーっ!」

「ひーっ!」

 

 風香と史伽が悲鳴を上げて左右に跳んで離れちゃった。

 

「え?」

「は?」

「ん? 何言ってんのよ。さよちゃんなら席にいるじゃん」

 

「あぁ、相坂なら席にいるからそんなに驚くなよ」

 

 長谷川が双子の頭に手を乗せて、私の後ろにいた龍宮さんと桜咲さんにジト目を送っていた。

 

「マヌケは見つかったぜ、ということですね」

 

 ツナミと一緒に教室に先に入っていたチャペックが喋り出した。

 

「ヤレヤレ、セツナーとマナマナー、これで2回目だよ」

 

 ツナミが両手を広げて呆れてるし、チャペックは赤色のモノアイをぐるぐる回しながら、お二人以外に窓際最前列の席を見た人はいませんでしたー、なんて喋ってるし。

 

「昨日しらばっくれてた奴らがいたみたいだな……なぁ、龍宮と桜咲?」

 

 長谷川の言葉につられて風香と史伽も二人を見ていた。双子だけじゃなくて、もうほとんど集まってる面々も二人を見てるし。まっ、しょうがないよねー。

 

「チッ、やってくれたな」

「うっ、長谷川さん、騙しましたね」

 

「マナ達も見えてたのー?」

「いつからですかー?」

 

「昨日からだよ」

「私もそうですが」

 

 龍宮さんはいつもと変わってないけど、桜咲さんはバツが悪そうで恥ずかしそう。

 

「なんで隠してた……とは訊かないから安心しろよ」

 

 風香と史伽の頭から手をどけて、長谷川が超りん達を手招きして呼んでる。

 

「私の場合は、相坂のことが見えてるとバレると成仏させろと言ってくる奴がいると困るからだ……見えないふりをしておけば、誰も除霊しろなんて言わないからな」

「私は……えーと……実は幽霊が苦手でして」

「ぷっ」

「笑うな、龍宮!」

 

 なんか意外、桜咲さんが表情変えるの珍しいかも。いつもの鉄面皮よりとっつきやすそう。

 

「超、肉まん寄こせ」

 

 長谷川は長谷川で話聞いてないし。

 

「話を聞け!」

「うぅ……幽霊が怖いなんて恥ずかしいこと言わなければよかった」

 

「120円ネ!」

 

「相坂にツケとけよ」

 

「(なんで私なんですかー!?)」

 

「なんで相坂サンなのカナ?」

 

「ちょっと試したいことがあるから……相坂、私にくっつけ」

 

「(はーい)」

 

 さよちゃんがふわふわ机の上を飛んで長谷川の隣に。あ、龍宮さんと桜咲さんに手振ってる。振り返ってみれば龍宮さんが軽く右手を挙げて、桜咲さんは会釈してる。振り返った私を見た風香と史伽が首を傾げてた。見えないとそうなるよねー。

 

「あっ! ちょっとひんやり……しないなぁ」

 

「長谷川、さよちゃんとくっついて何する気?」

 

「もっとくっつけ。かぷ」

 

 なんでさよちゃん放っといて肉まん食べてるんだろ。

 

「(何やってるんですかー?)」

「味、分かるか?」

「(いいえー)」

「私じゃ駄目みたいだな……えーと、朝倉もやってみろ」

 

 やってみろって、肉まん食べてただけじゃん。

 

「超りん、肉まん1個ちょーだい」

 

「240円ネ!」

 

 肉まんが私の手の上に、って。

 

「なんでよ!? なんで私が長谷川の分まで払わなきゃいけないのよ!」

 

「いいからちょっとやってみろって。ちゃんと払うから」

 

「しょうがないナ」

 

 超りんが面倒くさそうに諦めてくれた。

 

「さよちゃん私にくっついて?」

「(はーい)」

 

 うん、別にひんやりしなかった。

 

「かぷ」

「(あーっ! 美味しいですー!)」

 

 私とほっぺたをくっつけたさよちゃんが昨日よりも強く、明るく光ってる。でも不思議と眩しくはなくて、なんだか見たことがあるような暖かな緑色の光で。

 というか、超りん、葉加瀬さん、さっちゃん、古菲、茶々丸さんの5人が私の顔のすぐ横を見て目を丸くしてるのが不思議かも。

 

「アッ!?」

「今!」

「見えたアル!」

 みえましたねー、とさっちゃん。

 

「朝倉が当たりか……妥当だろうな。龍宮は巫女で桜咲が心眼、朝倉だけ謎だったけど、席も隣同士だしちょうどいいな……超」

 

 唖然としてる超りんの手のひらに500円玉を置いて長谷川が背を向けた。

 

「私にも見えたアル!」

「科学者が幽霊を見たなんて!」

「私まで見えたなんてナ……380円のお返しネ」

 美味しかったようで何よりですー、とさっちゃん。

 

「私からの奢りだ。それで相坂に美味しいものを、四葉も頼んだぞ……60年振りみたいだし」

 

 もぐもぐ、ごくん。

 

「長谷川! ちょっとどういうこと?」

「誰かにくっつけばもしかしたらと思ったんだ……私じゃ駄目みたいだけど、朝倉には取り憑けたみたいだな」

「(長谷川さんとは気が合わないみたいですー。朝倉さーん、もう一個食べてくださいー!)」

 

「プッ」

「ふふっ」

 

 古菲と葉加瀬さんの二人が吹き出した。

 さよちゃんが私の首に腕を回してぐるぐる回ってるんだけど。朝ご飯食べてきたから、私もう。

 

「お腹いっぱいなんだけど。でもさよちゃんがそう言うなら、もう1個ちょーだい」

 

 超りんから肉まんを渡される、うーん、おっきいなぁ。

 

「相坂のことは朝倉に任せればいいな……朝倉に取り憑けば旅行にも行けるんじゃねーかな? 難しいのかなぁ、地縛霊ってその辺どうなってるんだろうな。誰か詳しい奴いないの?」

「長谷川サン、お前が言うなネ。水本しげる研究会の名誉会長に就任したんダロ?」

「妖怪メガネに任せるアル!」

「妖怪博士だ」

 

「さよちゃんどこか行きたいとこある?」

「(うーん、いっぱいありすぎて困りますー!)」

 

 嬉しそうにはしゃぐさよちゃんを長谷川が微笑ましそうに見てる。

 ん? あれっ?

 

「長谷川、化粧頑張りすぎじゃない?」

「長谷川サン……寝てないのカ? 目の下にクマが出来てるヨ?」

 

 長谷川がサッと目を手で覆った。

 

「黙ってろよ」

「チサメは昨日ずっと本捲って調べ物してたよー。クニオ・ヤナギダとか、ヨツヤカイダーンとか、キョウカ・イズミとか。ジュンジ・イナガワも」

 

 柳田国男、四谷怪談、泉鏡花、稲川淳二。

 

「……それって、さよちゃんの……?」

「ちげーよ! 昨日はそういう気分だっただけだ」

「栄養ドリンクいるカナ?」

「うっ……もらう」

「(長谷川さーん! ありがとうございますー!)」

「だから違うって! くっつくな!」

 

 長谷川が恥ずかしそうに身をよじるけど、絶対さよちゃんのためじゃん。

 

「べ、べつにサヨのためにやってるんじゃないんだからね! って言ってみて」

「言わねーよ! 違うって言ってるだろ!」

「むー、分からず屋にはこうする。チャペック、映して」

 

 ツナミが指パッチン。続いてチャペックの電子音。黒板の映し出されたのは寮の部屋で、暗い部屋の中で机に座ってる……長谷川、かな。長谷川の両サイドには机に積み重ねられた古い本、とベロみたいにはみ出てる付箋がいっぱい。

 

『触る方法は……ゴースト見直すしかねーかな。どうやって練習してたんだっけ……見るのは出来てたし、聞くのも、喋るのも……においは高い線香……取り寄せか、なんだ線香一本千円って、買えるかこんなもん。食べる……キャスパーか、いやあれは四葉達に怒られるしなー……んー、あー……なんかねーのか』

 

 黒板に映ってる長谷川が本を手に取ってはパラパラ捲って、本を置いたと思ったらかすかにカタカタとキーボードを叩く音が聞こえてくる。

 長谷川が寝てないのって。

 

「やめろやめろ! カットだカット! このポンコツ、いつ撮ってやがった!」

 

『誰かに取り憑けば……味くらい分かるか……そんな上手くいくかなぁ、こればっかりは試してみないと分かんねーよなー。でも私じゃすり抜ける……んー、一番早く見えたのは……朝倉なら? 何を食べる? 私は何を食べたい? 60年って分かんねーよ。肉まんで試してみるか……60年ぶりでもあれなら文句ないだろ……ハンバーガーとコーラよりは肉まんがいいよなぁ、多分、きっと……あとは世代的にはおはぎとかな。バナナとかメロンも高級品だったのかな、んー、あとはタマゴ?』

 

 頭の後ろで腕を組んで椅子の背もたれに寄りかかってゆらゆら揺れてる。

 

「だから止めろって! 見るな、聞くな! ふざけんなよポンコツ! ウィルス送るぞ!」

 

 こっちの長谷川はチャペックにハイキックを連発してる。

 顔真っ赤だし。

 

『見えない奴らとはどうすりゃいいんだ……コックリさんかな……いや、んー、すず姉はそんな頼み事聞いてくれない気がする……なんだっけ? ジュマンジみたいな……ウィジャボードか、これだな……早く全員に見えるようになればなー』

 

 超りんが『すずねぇ』のところで首を傾げたけど、違う人のことっぽい。誰のことなんだろう、こっくりさんに詳しい人なのかも。

 

「やめろ馬鹿! こら、止めろ! 今すぐ! もう、おせーけど!」

 

 長谷川がチャペックに蹴り入れるたびに黒板に映ってる映像がぶれぶれになってるけど、もう遅いよね。

 

「というわけなのです。ではワタクシはマスター・スズネの実験室でほとぼりが冷めるまで隠れています。じょわっち!」

 

 チャペックが飛行形態に変形して窓から飛び出してったし。

 

「戻ってこい、ポンコツ! この後どうすんだよっ!」

「長谷川サン、顔真っ赤ダヨ?」

「恥ずかしがることないんじゃないですか?」

 

 両手で顔を隠して地団駄踏む長谷川の肩を超りんと葉加瀬さんが優しく叩いて慰めてる。ツナミは映像が始まってすぐ自分の席に向かって行ったし。

 

「(ありがとーございますー!)」

「うるせーうるせー! おい、双子、これやるから相坂にぶつけてやれ」

 

 スカートのポケットから折りたたまれた紙包みを取り出して双子に渡した。

 

「これなに?」

「粉っぽいですー」

「塩だ。今そこにいるから投げてやれ、成仏するかも」

「ひでー!」

「返すですー!」

「もー、照れ隠しにしてはシャレにならないでしょーが!」

 

 双子が長谷川に紙包みを返してる。

 

「そうだ! 合成音声ってことにするか……さっきのチャペックのは合成音声だ!」

 

「違うでしょー、私達起きてたから聞こえてたもん」

 

 ツナミは机に頬杖付いて呆れてる。

 

「くそっ……これじゃ私がすげー良い子みたいじゃねーか! ん? 何も間違ってねーよ!」

 

「良かったな、私達のことなんて忘れられたな」

「た、確かに」

 

 龍宮さんと桜咲さんがこそこそと話して、ひっそりと輪を抜け出して自分の席に座ってる。

 

「とにかく、相坂のことは朝倉に任せたからな」

「長谷川とは気が合わないもんねー」

「朝倉サン! どんどん食べるネ!」

「ぷくぷく太るアル!」

 

 うっ……ちょっともう食べられないんだけど。でもさっちゃんから肉まん渡されちゃった。

 

「茶々丸は見えた?」

「見えませんでしたが……奇妙なスペクトルを観測しました」

「奇妙ってどういうの?」

「赤外線から長波長側に相似のスペクトル分布が存在しています」

「そうなんだ。放課後調べてみよっか」

「はい」

 

「みんな、席に着いてくれないかな?」

 

 あ、高畑先生が来て助かったかも。

 

「うぅ、お腹いっぱい……」

「(朝倉さーん、ありがとうございますー! すっごい美味しかったですー! 四葉さんも、古菲さんもありがとうございますー!)」

 

 いえいえ、美味しかったのならいいんですよー、とさっちゃん。

 

「今日は何の騒ぎだったんだい?」

「さよちゃんを見える人が増えましたー」

「え? 本当? 不思議だなぁ、今までどうして見えなかったんだろう、見えない僕が言ってもしょうがないか……えーと、誰かな? ちょっと手挙げてくれる?」

 

 さよちゃんのことが見えた子達が手を挙げ始める。

 

「葉加瀬君、超君、古菲君、四葉君、え? 絡繰君も? あぁ、あとは龍宮君と桜咲君ね……この調子なら皆も見えるようになるんじゃないかなぁ」

 

/////*****/////

 

 今日も一日お勤めご苦労様でしたっと。

 うーん、放課後になってもお腹減らないなー。今日一日で大体はさよちゃんの好みも分かったし。炭酸系の飲み物は苦手で辛い物も駄目、と。刺激物を食べるとすぐに離れちゃう。好みは醤油味系と塩味系、あと薄味が良いみたい。洋食は食べ慣れてないせいでなんでも食べてみたくなる。見た目が可愛いからっていう理由でオムライスが気に入ったみたい。

 

「さよちゃーん、放課後どうするの?」

 

「(いえー、特に何もしませんよー。校舎内をうろうろするかー、コンビニで立ち読みするくらいですねー)」

 

「一緒に新聞部行く?」

 

「(行きますー!)」

 

 あ、エヴァちゃん?

 

「相坂さよ、お前に話があるから残れ。朝倉和美は席を外せ」

 

「エヴァちゃん? なんでよ?」

 

「朝倉は私に付き合え。相坂のことなら心配すんな。相坂に話があるのはマクダウェルだけか?」

 

 次は長谷川と……?

 

「いや、私達もだな」

「ええ」

 

「龍宮さんと桜咲さんも? んー、さよちゃん?」

 

 なんか3人ともぴりぴりしてる、かも。

 

「(私ですかー? いいですよー)」

 

「心配すんなって、怖いのは顔だけだ」

 

 長谷川はいつも通りだったみたい。

 

「「ああん?」」

「む……私もですか?」

「目つき悪いんだよ、愛想良くできねーのか」

 

 長谷川が溜息を吐きながら私とさよちゃんにウィンクするけど、こっち見んな。

 

「「お前が言うな」」

 

「長谷川さんには言われたくないですね」

 

「……大丈夫そうね」

 

「そう言っただろ……話が終わったら新聞部まで相坂連れてこいよな」

 

「さよちゃん、またねー」

 

 長谷川と一緒に教室を出て新聞部の部室まで歩く。隣を歩く長谷川をちらちらと見るけど、いつもと変わらない。仏頂面だけど不機嫌じゃない、そんな感じ。4月は仏頂面で不機嫌そうだったけど、ゴールデンウィーク前くらいから刺々しさが消えたような。そういや長谷川ってとっつきにくそうな人達ばっかり周りにいる気がする。ツナミは回りくどい話し方するし、ザジちゃんは喋らないし、エヴァちゃん達は見るからにとっつきにくい感じだし。

 

「ここ、部室なの」

「へー、こんなとこにあったのか」

 

 ちょっとは片付けといた方がよかったかも。

 

「好きなとこに座っていいよ……コーヒーとお茶どっちがいい?」

 

「コーヒーでいい」

 

 電気ポットに水を入れて、コンセントに繋いで、と。

 長谷川は椅子に座って手近のゲラ刷りを取って読み始めた。昨日の記事その辺に置いとかなくて良かったかも。

 

「朝のこと、悪かったな」

 

 ゲラをテーブルに戻した長谷川と目が合う。

 

「……って、何が?」

 

「相坂のこと、全部任せる感じになっただろ」

 

「そんなことなら全然……太ったら長谷川のせいだけど」

 

 脇腹を摘まむ、けど一日じゃそんなに変わんないよね。

 

「一緒に運動するか?」

「しないわよ! エヴァちゃんに投げられまくるんでしょ」

「投げられない日は竹を折る」

「嫌よ! 私にはできないわよ!」

「練習すりゃ出来るようになるって」

「どんだけ練習すんのよ……みんな何の話してるんだろうね? 長谷川知ってる?」

「知らない。私にも内緒みたいだ」

 

 ふーん、長谷川は気になんないのかな。何話してるか。

 

「な~んか感じ悪いよねー」

「考えれば分かるだろ。マクダウェルはジジイの囲碁仲間、龍宮は龍宮神社の一人娘、桜咲は……なんだろうな? ジジイから警備員のアルバイト頼まれることもあるみたいだし……なんか頼まれてるんじゃねーの?」

「へー、そうなんだー」

 

 龍宮さん以外のことは知らなかったし。

 

「今後の取り決めってことだろ。こういうことはするな、とかじゃない?」

「悪さするなってこと?」

「多分な。あとは……悪さしたときにどうなるか、とかな」

「長谷川さ、あんたなんでさよちゃんのために徹夜なんかしたの? その割にほとんどさよちゃんと話してないじゃん?」

 

 長谷川が腕を組んで天井を見上げて、ふーと息を吐き出して、私の方を見なかった。

 

「責任……があるからな。私には相坂を表に引きずり出した責任がある」

「責任って?」

「相坂は60年間ほとんど誰にも見えなかった。変わらないことには変わらないことの良さがあるし、変わっていくものには変わっていくものの良さがある。私は変えてしまった……相坂の気持ちを考えず、無理矢理な」

 

 昨日のことなんだろうけど、でも。

 

「それって」

 

「相坂は今は楽しそうだ、()()な。これから先は分からない。もしも相坂がみんなに見えるようになって不幸だと思ってしまったらそれは私の責任だろ……幽霊が怖い奴を責められないしな。無理矢理除霊しろなんていう奴はうちのクラスにはいないかもしれないけど、()()()()()()にはだよな」

 

「双子はどうなのよ? あと和泉とかさ」

「見えないから怖いだけだ。見えても相坂が怖いか?」

「いや、全然」

「見えないから怖いものを想像する、見えるようになればな……相坂のことをちゃんと見てやれば怖くなんてない、はずだ……たぶん、そうだと思うんだ。だったらまぁ、相坂が見えるようになるまでは……なんとかしないとなぁ」

「責任があるから?」

 

 長谷川が小さく頷いて、今度は目が合った。

 

「そういうこと……みんな何も言わないけど……私さ、3ヶ月も見ない振りしてたんだぜ。相坂のこと……話しかけても無視されてるの見てたのに」

「…………そういえば、そうね。でもあんたさ、最初の一ヶ月くらい誰とも話してなかったじゃん。ていうか割と話すようになったの学園祭終わってからじゃん」

「うっ……うん、まぁ、そういうこともあった……うん」

 

 恥ずかしそうに視線をあちこちに飛ばしながらうつむいちゃったけど、それを言ったら。

 

「ザジちゃんとエヴァちゃんもでしょ?」

「んー、マクダウェルは人と仲良くする気ないんじゃない、授業もサボるし。ザジはあれだ、シャイだから」

「シャイって……確かに私もザジちゃんと喋ったことないけどねー」

「行動を起こせばその責任がある、行動しなくてもその責任がある。だからお前自身が責任を取れる方を選べ。いずれにせよ、“選択”したのなら最後まで責任を取らなきゃいけない……と考えれば昨日の私は間違ってなかったと思いたい。一昨日までの私は間違ってたけどな」

「……そんなことまで考えてる人いる、普通?」

「いるんじゃない? 私の師匠達はみんなそうだけど」

「エヴァちゃんのこと?」

「マクダウェルの前の師匠達……間違ってなくても昨日の私は少し軽率だった気がするな」

「……責任ね。さよちゃんのこと、記事にしてもいいと思う?」

 

 選択したのなら最後まで責任を取らなきゃいけない。なんて重い言葉。身につまされるよ。

 昨日、長谷川のことを知らずにいたら今日の掲示板には私の書いた新聞が貼ってあったはずだ。そしてもしかしたら、また長谷川が嘘吐き呼ばわりされていたかもしれない。

 今、長谷川の言葉を聞かなかったら、自分の書いたものに責任を持つこともないままだったかもしれない。

 そんなことを考えて少し身震いしてしまった。長谷川には気付かれてない、といいけど。

 

「私の背中は小さいんだ。他人の責任までは背負えない。相手が子供だったら半分くらいは肩代わりしてもいいけど、お前が私を子供扱いしないように、私はお前を子供扱いしない。だから質問の答えは、自分で決めろ」

「そして自分で背負えって?」

「そこまでは言わねーよ。背負いたくないものまで背負う必要ないんじゃないか。そんなことまで気にする人はいないんだろ、普通」

 

 長谷川の顔を見てられなくて視線を逸らした。

 

「……ごめんね、長谷川」

「なにが?」

「昨日、放課後にね。調べたのよ、さよちゃんと……あんたのこと」

「ふーん、なんか面白いこと分かったか?」

「面白くなかったことが分かった、かな」

「……そうか。お湯沸いてる」

 

 長谷川の指差す先を見てみれば、確かにお湯は沸いていて。

 私が二人分のコーヒーを淹れる間、長谷川は何も言わずにバックナンバーをぱらぱら流し読みしているだけだった。

 

「砂糖とミルクは」

「ミルクだけでいい。砂糖は持ってる」

「持ってるぅ? なんでよ?」

「いるか?」

 

 ポケットから取り出したのは朝に風香と史伽に渡した和紙の包み。

 

「それ塩じゃなかったの!?」

「違うよ。相坂に効いたらどうすんだ」

 

 指に挟まれた二つの紙包みがさらさら鳴っていて、長谷川がちゃんとさよちゃんのことを考えて準備してきたんだ、ということが分かった。長谷川がぶっきらぼうな物言いの割に、優しい奴なんだと分かった。

 分かった気になっていただけなんだけど。

 

「…………もらう」

 

 長谷川が砂糖だという紙包みの中身を全部コーヒーに入れて、ミルクも入れてかき回す。

 

「長谷川、あんた良い奴だったんだね」

「あぁ、まーな」

 

 不良が雨の日に野良猫に傘をあげて濡れて帰るみたいな不器用な優しさに触れたような気がして、私は昨日よりも少しだけ明るくなった気分のままコーヒーを飲んで。

 

「ぶーっ!」

 

 飲んだ分を全部吐き出した。あまりも不味くて。

 

「あっぶねえな!」

 

 長谷川はバックナンバーの冊子でガードしてた。

 

「げほっげほっ、な、ななんなのよーっ!? まずっ、えっ!? しょっぱ!?」

「……あれ? ってことはこっちが砂糖か……間違えてたな」

 

 長谷川がもう一個、紙包みを取り出して眺めてた。

 

「塩じゃん!」

「私の護身用のお守りが……」

「こ、このやろー!」

「もう一杯淹れるときはこの砂糖使えよ」

「すげー腹立つんだけど! なんで塩なんて持ってるのよ!?」

 

 私から顔を背けて、困った顔で頬をかいていた。

 

「……実は私、幽霊が苦手なんだ」

「うそつけーっ! 全然良い奴じゃないっ! 誰よっ! コイツが良い奴だなんて言ったのは!?」

「お前だろ」

「わざとでしょっ!?」

「なんでだよ、塩ないと困るのは私だろ」

 

 いつもと変わらない長谷川の顔が腹立たしくて。

 

「うっ、ううーっ! 本当なのか嘘なのかどっちなのよ!?」

「白黒つけずに生きていこうぜ、カフェオレを見習ってさ」

「……む、ムカつく~! そのドヤ顔やめろー! 長谷川、いつかぶっとばす」

 

 そう私は決意した。でも、3年になった今でも、長谷川をぶっとばすことは出来てない。後ろからでも、見えてなくても、気付いてなくても、よけられてしまうから。

 

/////*****/////

 

 そんなことがあった次の日には、超りんと葉加瀬さんがさよちゃんと意志の疎通ができるウィジャ盤を作ってきて、誰とでも話せるようになった。見えない子は文字を読むことで。

 

 さよちゃんのことが見える子が一気に増えたのは夏休み。最初はまき絵だったかな。新体操の大会を一緒に観に行って、はしゃぎながら応援するさよちゃんの姿がまき絵に見えたのが始まり。次は祐奈のバスケ、アキラの水泳、和泉のサッカーかな。マネージャーだった和泉と肩を組んで応援してたっけ。試合が終わって我に返った和泉が顔を青くしてる写真が残ってるし。

 さよちゃんは60年間変わらなかったこともあってか、見る物全部が新鮮で楽しそうで楽しくなると他の子にも見えやすくなるみたい。村上の演劇とか千鶴さんのプラネタリウムとか、双子にも見えるようになったのがさんぽ部で一緒にさんぽしたときだったと思う。見えてしまえば怖がることもない、って長谷川が言ったように、見えてからは双子も怖がらなくなった。

 

 結局、クラスの中で一番最後に見えるようになったのが……意外なことにツナミだった。ツナミだけが見えなかった2週間くらいはずーっとふて腐れてて長谷川とザジちゃんが慰めてたっけ。みんなで雪合戦をやったときはさよちゃんのことが見えないツナミだけ、さよちゃんに雪玉をぶつけられまくって長谷川の傘の後ろに隠れてたりもした。見えるようになったのは雪合戦をやった日の夜、ツナミが作ったボルシチを一緒に食べたとき、あれは確かクリスマス直前だったかな。冬休み前に寮でパーティしたとき。で、冬休みが終わって新学期が始まったときには何故か高畑先生にも見えるようになってた。

 

「とまぁこんな感じよ」

 

「僕はいつになれば見えるようになるんでしょう?」

 

「んー、私は確か、絵上手いですねー、って言われたときに見えたわ」

 

「わたしは……一緒に図書館の探検をしたときですー。夕映とハルナもそのときに見えるようになりましたー」

 

「ネギ君趣味とかないの?」

 

 考え込んだネギ君の顔がだんだんと愕然とした表情に変わっていっちゃった。

 もしかして、趣味とかなかったのかな。

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