フォーサイスより愛を込めて(魔法先生ネギま!×EVOLIMIT) 作:瓶缶ペットボトル
退屈なときは違う時代の話をしよう。
ここから先は超鈴音の話だ。
時代は百年以上先、場所は地球ではなく火星の話だ。
これは超鈴音達が2000年の地球へ行く1ヶ月ほど前の話だ。
そして、超鈴音がフォーサイスで保護されてから1ヶ月ほど後の話になる。
この時期のフォーサイスに不知火義一はいない。一条雫もいない。シャノン・ワードワーズもいない。火星のどこを探してもいない。不知火義一と一条雫はシャノン・ワードワーズとの最後の戦いの最中、姿を消したからだ。シャノン・ワードワーズと共に。
今もどこかで戦い続けていて、帰ってくるのを待っている、とはツナミ・カラニコフの言葉だった。言葉に出さずとも、他の者も同じように思っているに違いなかった。
100年の時を超えて目覚めた他のカラミティ・モンキーズの面々は健在だ。フォーサイスで暮らしている。火星全土から学生達が集まり、学生達で運営される学園都市フォーサイスでは特例とも言えるが、カラミティ・モンキーズは全員がフォーサイスにいた。
ブラザー・チャペックの生みの親で、
医者で精神分析医のマヤ・リンドグレーン。
そして、
ここにシャノン・ワードワーズを加えた5人によって引き起こされた一連の事件で少なくない人数が犠牲になった。
地球の災害の名を冠した
災害の猿たちは火星の超人達と敵対した。
その過程でドミトリ、タイロン、マヤの3人は身体に付けた『パッチ』が壊れ、壊者と呼ばれるか弱い存在になった。ごくごく普通の人間に、戻ったとも言える。
カラミティ・モンキーズの面々は火星に普及していない機械製品を
災害だった頃に汚した手を洗いながら。
今は機械油で手を汚しながら。
少しずつ、少しずつ、地球の歴史を支えた産業を火星の大地で取り戻そうとしていた。
その矢先、タイロンの手で鉱石ラジオが作られたとき、存在しないはずの信号が彼らの元に届いた。
ピピピッピーピーピーピピピッ。
繰り返される短音3回、長音3回、短音3回。
文字間に空音が入らない特殊な信号。雑音が大きい環境下、劣悪な通信状況でも通信が可能な二値信号、モールス符号では『SOS』にあたる救難信号だった。
この信号が届いたときに慌てたのは100年前に火星に到達した者達だった。まだ生き残っていた者がいたのかもしれない、と。
フォーサイス市長、鷹星カズナの決断を待たずに飛び出したのは『パッチ』を装着していた皇文傑とツナミ・カラニコフに加えて医療介護が可能だったブラザー・チャペックの2人と1体。
そして彼らは、一人の少女を助け出した。
魔法は使えないながらも潜在的には魔法使いであり、懐中時計型のタイムマシン
このときに初めて魔法使いの存在が火星の歴史の表側に出てきた。だが、他の面々にとっては超鈴音が魔法使いであることはさして重要ではなかった。何より重要だったのは、超鈴音がタイムマシンを作った科学者だったことだ。
2040年代、過去への時間跳躍が不可能だとされていた科学大系の中で生きていた彼らは超鈴音が魔法使いであること以上にタイムマシンを作った事実に興味を持った。そして、彼らの知る歴史の裏で、魔法使い達の歴史が存在していたことを知った。
第一世代火星開拓団を送り出した者達の本当の目的も。
葉加瀬聡美、雪広あやか、那波千鶴、長谷川千雨、真っ先に火星入植の技術を獲得しようと動き始め、事実真っ先に獲得した日本の研究グループだった彼らの本当の目的を、100年以上の時を超えてやっと知ったのだ。
そして目下、第一世代火星開拓団の面々は超鈴音の目指す歴史改変という偉業を成し遂げるために頭と手を惜しみなく貸していた。
平日の午前中、学園都市のフォーサイスに生きる学生達の殆どは学校で授業を受けている。その学校の空き教室に超鈴音はいた。ツナミ・カラニコフは授業でいない、皇文傑も授業を受けなければならないはずだが授業をサボって超鈴音と同じ教室にいる。さらにドミトリ、タイロン、マヤの3人を加えて教室内には5人。
黒板の前にはドミトリが立って、チョークを持って咳払いをしていた。
「スズネ、ちょっとおさらいするぞ。お前が行こうとする西暦2000年の時点で、魔法の国は滅びに向かっている、そうだな?」
超鈴音が頷くのを確認したドミトリが黒板に向き合う。
『2000年 魔法世界は崩壊へ向かっている』と書き、2000年の部分に下線をびーっと引いて振り返り、机で授業を受けている風の超鈴音と向き合った。
「原因は1980年代に魔法の国で起きた戦争で、魔法の国とこの火星を隔てる壁にヒビが入ったせいだ。ここまではいいな?」
超鈴音が頷き、ドミトリが先ほど書いた行の上に『1980年代 戦争が原因』と書き加えた。
ドミトリが指をパチンと鳴らしてタイロンとマヤに視線を向けた。
「タイロン、マヤ……準備していたものを」
「了解だ」
「これね」
二人が水の入った水槽を教室の中に運び込んだ。
「この水槽の中には魚がいる、つもりで聞くように。水槽が魔法の国、魚が魔法世界の住人、水が魔力で、えーっと何て言うんだ?」
「マナのことダナ?」
「そう、それだ。そんで、この部屋が火星。魚は水がないと生きられない、水槽にはヒビが入っていて水がこの部屋に流れ出している、いつかは水がなくなるかヒビがでかくなって水槽が壊れる……スズネ、お前は魚を助けたい」
超鈴音が顔を顰めた。言わんとすることは分かる。複雑な問題はよりシンプルに、スケールの大きな問題はより一般的な問題に置き換えて考えるのは分かっては分かってはいるのだが。
「魚で例えられると複雑な気分ダガ、そうだヨ」
「助ける方法は考えよう」
ハーイハーイ、といつの間にか空きだらけの席にどっかりと座っていたタイロン・ビストワークが手を挙げた。
「タイロン・ビストワーク君」
「ヒビにガムテープを貼ればいいと思いまーす」
うむ、と頷いたドミトリが真面目に『ヒビにガムテープ』と黒板に書き込み、タイロンの隣にこれまたいつの間に座っていたマヤ・リンドグレーンを指差した。
「マヤ・リンドグレーン君」
「魚を別の水槽に移す」
一度頷いて、『別の水槽に移す』と書き込み、超鈴音を指差した。
「スズネ君」
「水を入れ続けるネ」
もう一度頷いて、『水を入れ続ける』と書き込み、最後に皇文傑を指差した。
「最後はコウ君」
「この部屋を水で満たす」
最後に皇文傑を指差した。昔から慣れ親しんでいたコウというあだ名で呼ぶあたり、ドミトリの教師役も適当だった。
黒板には箇条書きに4人の出した方法が書かれていた。さらにそれぞれの行の頭にアルファベットを書き加えた。
『A・ヒビにガムテープ』
『B・別の水槽に移す』
『A’・水を入れ続ける』
『C・部屋を水で満たす』
「まぁそんなもんだ……魔法の国で考えると、Aの方法は魔法の国の滅びを止める。Bの方法は住民を居住可能な別の場所に移す。A’の方法は魔法の国の滅びを無期限に延期する。そんでCの方法が魔法の国が滅んだ後でも生きていけるように火星の環境を変える」
ドミトリがさらに文字を書き加えた。
『A、A’→ 魔法の国』
『B→ 別の場所』
『C→ 火星』
「よし、と。タイロンとスズネの方法は魔法の国で生きていけるようにする、マヤのは別の場所で生きてもらう、コウのは火星で生きてもらう、だな。歴史はどうなっていたのか、考えていこう」
教卓に手をついたドミトリが教師よろしく教室内を見回した。
「プランAとA’を選んだのは、ネギ・スプリングフィールド達魔法使い。Cを選んだのはサトミ先生達と俺達、つまりは科学者だな。非魔法使いと言い換えてもいい。それでは、スズネ。Bの方法を選んだ奴らはいなかったのか?」
超鈴音はドミトリの視線の他に3人からもじっと見られていることに気付いた。どうやら他の者達は答えを知っているようだった。
「ム……いたのカ? イヤ、待つネ……
「そうだ。なら移住先はどこだ?」
「……
「スズネ、お前も魔法使いだな。教育にはバイアスがかかるものだ。教える者の立ち位置によってな。俺達は魔法使いじゃないからな、魔法使いの常識がない」
「なるべく先入観なく考えた結果だ、実際どうだったのかは分からねーよ」
「でも2003年に起きた戦争を見る限りでは彼らは誰も殺してない……いえ、生き返らせられると言うべきね」
「歴史は戦争に勝った者達が残した記録っつーことだなー」
ドミトリ、タイロン、マヤ、コウの4人の言葉に超鈴音が考え込む。
「そうだ。それでだ、ここからが一番大事なんだが……スズネならもう気付くよな。この3つの方法は」
「……競合しないネ」
「その通りだ。人材、エネルギー、組織、全てが被らない。潰し合う必要がなく、潰し合う労力と時間が無駄になるだけだ」
「つーか、全部同時に進めなきゃいけないだろ、普通は」
コウがやや呆れた声でぼやいていた。
「結果的には、魔法使い達は魔法の国の滅びは食い止められず住民はほぼ全滅、科学者の流れを汲む俺達も間に合わなかった、
「協力すりゃ出来たのによー、ラブ・アンド・ピース精神が足りてねーな……って俺達も人のこと言えねーや」
タイロンが大仰な仕草で肩を竦めた。
「なんで協力できなかったのか、だ。誰が誰の手を叩いたのか、については2040年代を代表する精神分析医に任せよう」
ドミトリがマヤを指差し、チョークを置いて教卓から離れて、空いている席に座った。ドミトリに代わってマヤが教卓の前に立った。
「精神科医の経験がこんなところで役に立つとはね。始めるわよ? 魔法使い達の中心人物はネギ・スプリングフィールド、これはスズネも知ってることよね。科学者達の中心は?」
「サトミ先生だろ?」
「間違ってくれてありがとう、タイロン。必要不可欠で替えがきかない、という意味ではサトミ先生だけど本質的にはサトミ先生は誰とでも協力できる純粋な科学者だから除外。何故ならサトミ先生は誰の手も叩かないから」
「オーノー、そういうことかよ」
タイロンが顔を手で覆い、やれやれと首を振った。
「誰が誰の手を叩いたのか、って言ったでしょ? そういう意味ではチヅルさんも除外で残った二人のチサメ・ハセガワとアヤカ・ユキヒロの方が重要。問題なのはチサメ・ハセガワ。心当たりあるでしょ?」
「「「あー」」」
ドミトリ、タイロン、コウの3人が納得したような溜息を漏らした。
「
マヤが黒板に『ネギ・スプリングフィールド』『チサメ・ハセガワ』『フェイト・アーウェルンクス』の3人の名前を書き連ねた。
「この3人の共通点は……頑固で言葉足らず、あと理想主義者で妥協できない。ここにもう一人書いておこうかしら?」
「スズネだな」
「スズネだよなー」
「なー」
4人から視線を向けられて超鈴音が嫌そうな顔をして腕を組んだ。
「ム」
「3つのうちで最初に消えたのが
「推測が入るが……おそらくチサメさんがネギ・スプリングフィールドと分かり合えなかったんだろうな」
「魔法は秘匿しなければならないんです!」
「戦争が始まっちまったら関係ねーだろ! ってな感じか」
「
「だが説明責任を果たしてねーぜ」
「傍から見たら殺してたのと一緒だろ」
「他の手段は当時は存在しなかったんだから彼らから見たら邪魔する人達こそが世界を滅ぼす存在でしかない。説明なんかしないわよ」
「だからって誘拐はねーんじゃねーか? ネギ・スプリングフィールドの最初のパートナーだったんだろ、アスナ・カグラザカっつーのは」
「あと幼馴染みのアーニャなんとかっていう子も」
はぁ、と溜息を吐いたドミトリが手を叩いて始まりそうになった言い争いを止めた。
「やめやめ。この通り、分かり合えなかった歴史を俺達は知っている。協力できないわけじゃないことも、だ。スズネ、協力させろ、なんとしても」
「なんとしても、カ。全部の方法を私一人でやるのは難しいガ」
「スズネ、貴女がやる必要はないのよ? やろうとした人はいたのだから、成功させればいいだけよ。というわけで過去に戻った貴女が最初に接触するべき人は――」
「「「「サトミ先生」」」」
超鈴音以外の4人が声を揃えた。
「絶対タイムマシンに食いつくからよー。あとチャペックの姉貴もいるはずだ」
「マッド入ってるけど話は分かる人だったよな」
「それに貴女の手も叩かない」
「火星行きをなるべく早めろ。テラフォーミングには時間がかかる。サトミ先生の予想では1000年はかかるはずだった、100年で出来てる今が異常だ」
超鈴音が安心してホッと一息吐いた。地球を代表して火星に辿り着いた者達と同じ結論を自分でも導き出していたからだった。カシオペアで過去へ行くことを決めたときから考え続けていた結果が、間違いではなかったことに安堵していた。2003年度麻帆良学園女子中等部3-A、歴史の中心人物達がいたクラスの中で最初に接触するべき人は、史上最高の科学者として歴史にその名を刻んだ才女、葉加瀬聡美。
「私もそのつもりだたネ。個人的には四葉五月サンとも早めに接触しておきたいのダガ」
「あー、いいんじゃないか。優しい人だったからな、コアラみたいなオーラだったよな」
「飯が旨い人だった」
「なー、スズネの作った飯食ったときあの人思い出したよなー」
「そこにいるだけで空気が和む人だったわね」
超鈴音があちゃーと顔をしかめた。思い出話が始まると長くなるのは地球出身の火星開拓団の悪い癖だった。それもまた仕方ない、彼らの思い出話に登場する人達は全員140年以上前の人達で、もう生きてはいないのだから。そして彼らが思い出を共有しているのは彼らしかいないのだから。超鈴音にとってカラミティ・モンキーズの思い出話は実のところ非常に有益だったのがまた始末に負えない。彼らもまた歴史の中心人物達であり、2003年度麻帆良学園女子中等部3-Aのうちの何人かと直接面識のある数少ない人達なのだから。彼らの思い出話は歴史の記録ではなく、個人の記憶だ。個人個人の感情が色濃く反映されてはいるが、記録には残っていないパーソナリティを浮き上がらせるという点において彼らの記憶は超鈴音にとって非常に貴重だったことは間違いなかった。
そうは言っても、止めなければいつまででも話し続けるのはちょっと困るネ。
「他に何かあるカナ?」
「おっ、悪い悪い。なるべく接触を避けないといけない人がいるから気を付けろ」
「チサメさんだよなー」
「あー、スズネはちょっとなぁ」
「私あの人苦手なのよね。勘違いしないでね、嫌いじゃないのよ? 苦手なだけなの」
全員がややうんざりした顔つきで在りし日の誰かを思い出していた。
「長谷川千雨サンか……彼女のプログラミング技術には興味あるのダガ」
「やめとけ、あの人は」
「頼りにはなるぜ? ただし頼ると死ぬ思いをすることになる、ハハハ……サトミ先生とよく喧嘩してたなー」
「本当に人間かよって思ってたもんなー。あの人の訓練だけは二度と受けたくねー」
「彼女の一番悪いところは自分に出来ることは誰にでも出来ると思い込んでるところよ」
「だが感情論だけの話ではないんだ。サトミ先生は科学技術と知識、チヅルさんは製造技術、アヤカさんが政治と資金……チサメさんは何をしてたと思う?」
「プログラム、カナ?」
違うだろうナ、と超鈴音が呟いた。
「鞭持ってケツを叩いて回ってたんだぜ?」
「首にリード付けて全員を引きずって先頭走ってた」
「火星開拓計画は何度も中止されそうになったし、いつ延期されてもおかしくなかったのよ……多額の資金を注ぎ込んでまでやる必要あるのか、火星を人の意志で開拓することは許されるのか? 火星開拓団の全員がたとえ寿命であれ火星で死ぬことは人道的に間違ってはいないか、とかね?」
「その全てを信念だけでねじ伏せた。説得なんて生易しいもんじゃない。否定する奴ら全員の前に立っても折れない信念と変わらない理想、諦めない勇気と妥協しない精神だけで矢面に立ち続けた。きっとあの人は90億人に否定されても自分の意志を曲げなかっただろうな」
「スズネ、お前にできるか?」
「やるヨ。やってみせるネ。世界を敵に回すくらい、なんてことはないネ」
「チサメさんはサトミ先生達のように替えがきかないわけじゃないからな。スズネがやれるならそれでいいんじゃねーの? もっとうまくやれよ」
「それで、何をやるの?」
「魔法を世界に公表するネ」
タイロンとコウの二人が口笛を吹いた。
「いいぞ、それでこそだ……魔法使いになるか科学者になるか悩むぜ、しっかり選べよ昔の俺」
「日和った事言わなくて安心したぜ」
「まっ、及第ってところだな」
「足りないところは私達が力になるから大丈夫よ」
決意を新たに超鈴音が拳を握った。
と、同時にチャイムが鳴った。お昼休みの時間だった。
今日のお昼ご飯を何にするか、ドミトリ、タイロン、コウの3人が言い争いを始めていた。やれ回鍋肉だ肉まんだいやいや青椒肉絲だと中華料理の名前を挙げながら議論をし始めていた。そんな教室に授業を終えたツナミ・カラニコフとレナート・エフィンジャーが入ってきた。今日はエビチリ、でもフォーサイスのエビは生物学的にはエビじゃないと呟きながら。
「僕は酢豚のパイナップルが好きなんですー……あれ?」
「「ないわー」」
レナートの発言にカラニコフ親子が口を揃えていた。
「私は入れるヨ?」
「私もあったほうがいいわ」
「旨けりゃなんでもいいじゃねーかよー」
酢豚談義が始まりそうになっていた中でレナートがトントンと黒板を指で叩いた。
「あのー、チサメ・ハセガワがどうしたんですか?」
「レナート、その人知ってるのー?」
「知ってるも何も……ご先祖様達のリーダーと同じ名前ですよ」
「ああん!?」
「おいおいマジかよ」
「オーノー……いや、分からなくはねーか。サトミ先生達だからなー……つーかさー、なんであの人達俺達と一緒に来なかったんだ?」
「チサメさんは、プログラマが本職……『パッチ』って誰が名前付けたんだろうと思ってたけど」
「ええ、チサメ・ハセガワが最初にそう呼んだと記録されてますよ」
「来たのカ、ここに?」
超鈴音が愕然としながらレナートの顔を見ていた。
「ご飯まだー?」
ツナミのマイペースな一言で全員が連れ立って教室を出た。続きは午後にするか、とドミトリが結論を出して。
集団の最後尾を歩く超鈴音が廊下の窓から中庭を見下ろした。
校舎の外では火星の大地に根を下ろした人類達が生を謳歌している。火星由来の鉱物『パッチ』によってか弱い者など存在しなくなった超人達。
フォーサイスは理想だ、と超鈴音は考える。開拓された土地は未だ少ないが、それでも理想の都市だったのだ。火星で何不自由なく生きていける、その一言に尽きる。2040年代から始まった火星の歴史、火星の五大都市、“ヘミングウェイ”“ヴェルヌ”“ライアル”“獏”、そして“フォーサイス”。夢見た世界だった。当然、超鈴音とてそうだった。生きたいと願って叶わず生涯を終えた者達があった。超鈴音の家族もそうだった。超鈴音は今はフォーサイスで生きていける。パッチはなくともほぼ不自由せずに、生きていくことができる。それでも尚、挑まなければならぬ、とフォーサイスの風景を見る度に超鈴音は決意する。
成し遂げなくてはならぬ、と。その果てに辿る未来に、この都市がなくなったとしても。
フォーサイスは理想だ。
この世界は人間の全員が強くなっている。『パッチ』の恩恵で特異な力まで携えて。
もしも、もしも、過去の地球の人間全てが魔法使いであったとしたら。
今はもう、歴史にもしもが許されるのだから。
私には歴史を否定する権利がある、力がある。もちろん、責任もある。だとしたら、決めねばならない。秤にかけなければならない。天秤の片方は歴史の肯定ダ。このままカシオペアを使わずにここで生きていくという選択、もう一方は歴史の否定ダ。カシオペアを使い私にとっての過去を変えるという選択、過去へと挑む道ダ。
当然、私は挑まなければならナイ。
60億人いれば、魔法世界の崩壊を止める方法を見つけられる人がいるかもしれないネ。
たとえいなかったとしても、そのときは諦めも――つかないナ。
「そのときは、私が見つけるネ」
超鈴音の呟きを聞いたコウがちらりと振り返ってすぐに視線を前に戻して笑っていた。今の超鈴音の目にはなじみ深い光が見えることに安心して。誰もが持っていた光だ、共に地球を立ち、火星に辿り着いた者達の瞳に見た、そして自分にもあったであろう光を見た。地球から逃げ出したわけではない、何不自由なく生きていけたはずの地球を旅立ち、火星に挑んだ者達がその目に宿していた光を、超鈴音の目の中に、見たのだ。
酢豚にパイパップルはアリかナシかは独自設定です。