フォーサイスより愛を込めて(魔法先生ネギま!×EVOLIMIT)   作:瓶缶ペットボトル

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2003年4月12日

「半日授業がなくなっただけでやたら時間が増えると思わないか」

「特に変わりありませんが」

「気分の問題だよ」

「それもよく分かりません」

「絡繰、あんたの前にコーヒーがあるのとないのとじゃ、私の気分が違うんだよ。全然違うけど、気分的にはそんなもんだ」

「このコーヒーは長谷川さんの顔にかけるためのものですが」

「ふふ、あんたは飲めないんだっけか」

 

 とある喫茶店のオープンテラスで千雨と茶々丸が向き合って座っていた。

 千雨はといえば、ツナミが出入りする大学研究室まで一緒に散歩がてら歩いて、帰りに茶々丸と鉢合わせた。

 茶々丸はといえば、猫のエサをあげてきた帰りに千雨と鉢合わせた。

 

 千雨は割と上機嫌だった。茶々丸と向き合ってオープンテラスで甘いコーヒーを啜りながら、麻帆良の街中を歩く人達を眺めていた。他愛ない休日の一時、行き過ぎる他人を眺めることを割と楽しんでいた。そんなことを楽しめるくらいには今の千雨は幸せだった。小学生の頃とは、もう違う。俯いて歩いていた頃とは違う、あの頃は気付かなかった、あの頃は見ようとしなかった、行き過ぎる他人の顔を眺めていた。

 昔は見たくなくて拒絶していた他人の笑顔を眺めながらコーヒーを一口。あの頃は全てがつまらなく見えた、何を食べても何を飲んでも美味しくなかった、麻帆良での生活は何も楽しくなかった。今違うのは――。

 

「――私が幸せだから、だよなぁ」

「……ネギ先生は」

「ん?」

 

 千雨と茶々丸の視線がかち合った。

 

「どうして私を、壊さなかったんでしょうか?」

「殺したくないから、に決まってるだろ」

「私は生きてはいませんが」

「ふーん、そうなんだ……チャペックは死にたくないって言ってたけどな」

「私は生きているんでしょうか」

「死にたくないと思えば生きてるんじゃねーの」

「今度兄さんに訊いてみます」

「自分の心に訊けよ」

 

 千雨がコーヒーを一口啜った。

 茶々丸も千雨と同じ動きをして、カップに口を付けて啜らずにテーブルに戻した。

 

「ふふっ……葉加瀬と超に頼んでみろよ」

 

 千雨には茶々丸が残念そうに目尻を下げたように見えて、それが少しだけ可笑しく思えた。

 

「何をですか?」

 

 茶々丸から向けられる無機質な瞳に千雨が柔らかな笑みを返した。ファジーリアクションが機能していないときの茶々丸に年相応な子供らしさを感じて。

 

「ネギ先生のこと、少し見直したんだ、私。教師をやっててもまだガキだと思ってた。ガキだからオコジョに唆されるのもしょうがないのかもしれないって。そんで心配になってチャペックに頼んでたんだけどな」

 

 茶々丸の質問には答えずに鼻歌の一つでも奏でそうな上機嫌の理由だけを話した。

 また物思いに耽り始めた茶々丸と通行人に目をやる千雨の間に暖かな春の日差しが降り注いでいた。

 

「茶々丸、ここにいたか……と貴様もか」

「や」

 

 エヴァンジェリンと葉加瀬の二人が連れ立って歩いて来た。

 葉加瀬はノートパソコンと工具箱を抱えていた。

 

「よう」

 

 千雨が右手を挙げた。

 

「昨日の稽古のときは話し忘れたが、ジジイとタカミチに桜通りのことを話したぞ。千雨と喧嘩して気絶するまでボコボコにしてやったとな」

「あっそ。私の記憶じゃ善戦したと思ってたけどな」

「貴様がそう思えるように手加減してやったのだ。ちなみにジジイは馬鹿笑いしてたぞ、タカミチも隠そうとしてたが笑っていたがな」

 

 千雨が大袈裟に肩を竦めた。

 

「コーヒーもらうぞ」

「どうぞ」

「あ、泥詰まってる。もっと丁寧に動いてね、茶々丸」

「善処します」

「葉加瀬、ツナミと会った?」

「ええ、会いましたよ。今は超さんと作業中です」

「今日遅くなりそうか?」

「そんなに遅くならないと思いますよ」

「そうか。それじゃ、そろそろ竹でも取りに行くかな」

 

 千雨がくしゃっとコーヒーカップを握りつぶして立ち上がった。

 

「土産持ってこい」

「はいはい」

 

 エヴァンジェリンの一言に後ろ手で日傘を振って答えながら千雨が立ち去った。

 

/////*****/////

 

 一方その頃、寮の一室では。

 

「うわあぁ~ん!」

 

 ネギが泣きながら杖に飛び乗って部屋の窓から飛び出した。

 

「ネギーッ!?」

「兄貴ーッ!?」

 

 ネギが家出していた。

 明日菜とカモが慌てていた。

 

/////*****/////

 

 一方その頃、麻帆良外縁部の山中では。

 

「環太郎殿がいない日は身が入らないでござるなぁ。まったくあの御仁は……拙者達の修学旅行が京都だから先に見に行ってくるなど」

 

 長瀬楓がぶつぶつ言いながら山の中を歩いていた。

 

「京都は拙者の家の目と鼻の先で心配することないのに」

 

 修業に身が入らないそんな日は。

 

「竹取姫を見に行くでござる」

 

 うん、と頷いて山を降り始めた。

 そして程なくして、地面に這いつくばって泣いている担任を発見した。

 

「おや、誰かと思えば……ネギ坊主ではござらんか」

「な、長瀬さん!? うわぁーん、助かりましたー!」

 

 安心したネギが楓に抱きついた。

 

「よしよし、落ち着くでござるよ」

 

 楓はネギが落ち着くまで待ってあげていた。

 

「ネギ坊主はこんな山奥で何を?」

 

「えっ……」

 

 ネギが目を伏せた。

 

「まあ、話したくなければいいでござるよ」

「いえ、あのっ……ちょっと家出を」

「明日菜殿と喧嘩でも?」

「い、いえ……喧嘩は別の人と……あの、相手まではちょっと」

「ネギ坊主、しばらく拙者と一緒に修業でもしてみるか? 今日はいつもの修業仲間が旅行中で困っていたでござる」

「え……あ!」

 

 ネギのお腹がぐぅぐぅ鳴った。

 

「ふふ……ここでは自給自足が基本でござる。岩魚でも獲ってみるでござるか」

 

 その後、ネギと楓の二人は渓流で岩魚を獲ったり、山の中で山菜採りをしながらお昼まで過ごした。山菜採りの最中に楓が分身したりといろいろあったが食材も集まった。

 

 昼食の岩魚の塩焼きと山菜汁を食べ終えた二人は夕ご飯の食材探しを始めた。

 崖を登ってきのこを探したり、蜂蜜を取ったら熊に追いかけられたりもしたが、山の中を走り回っていたおかげかネギの顔も明るくなっていた。

 

「ネギ坊主、帰り道分かるでござるか?」

「え? あっ……分かりません、うぅ……杖も見つからないし」

「最後にタケノコを採りに行くでござる」

 

 夕方近くになって夕食も集まった頃に楓が山を下り始めた。一日歩き続けて山歩きに慣れたネギも木の根に足を取られることもなく楓の後ろを歩いていった。

 

 やがて山の傾斜もなだらかになり、生い茂るのは木から竹へと変わっていった。

 

 麓まで降りてみればさして遠かったわけでもなく、別に山深くに迷い込んでいたわけでもなかった。方向さえ間違わなければいつでも帰れることに気付いて安心したネギの顔が明るくなっていた。

 周りを見る余裕もできたネギが足元を見下ろした。

 

「ここはどこですか? あっ、タケノコが生えてますよー、こっちにも」

 

 ネギが土から顔を出しているタケノコに目をやりながらあっちこっち指差していた。

 前を歩く楓は慣れたもので夕餉のタケノコはどれを取って戻ろうかと考えながら竹藪を抜け出していた。

 

「竹藪抜けたら街に出られるでござるよ」

「あっ、待って下さいー」

 

 タケノコを眺めていたら出遅れてしまったネギが楓を小走りで追いかけた。

 歩き続けた二人は竹藪を抜け、開けた場所に出た。

 

「サッカー場ですか?」

 

 ネギの言葉に、んー、と楓が曖昧に返答した。

 

「サッカーコート2個分という話でござる……長谷川殿の話では」

「長谷川さん?」

 

 何の関係があるんだろうとネギが首を傾げて楓を見上げた。

 楓は竹藪の端に立てられた手作りの看板をコツコツ叩くだけだった。

 

「『竹取姫の土地、竹伐採中のため危険立ち入り禁止』ですか……あ。ドッヂボールのときの」

 

 立てられた看板をネギが読み上げた。

 

「ここが長谷川殿の修業場で、合気道の稽古がない日はここで竹を折り続けてるのでござるよ。今日はもう帰ったみたいでござる」

「へぇー……あ、ホントだ。折ったばっかりの竹がいっぱいありますねー」

「始めた頃は歩道まで竹藪があったのでござるよ」

 

 楓が昔を懐かしんでいた。およそ1年と半年前のこの場所の姿を。

 

「……え」

 

 ネギが目の前の広場をあっちこっち指差して楓の顔を確認していた。

 

「長谷川殿が全部取ってしまったのでござるよ」

「はぁー」

「かぐや姫が見つかったら終わりにすると言ってるでござる……全部折るのにあと何年かかるのやら。さ、ネギ坊主、ここから帰るか? 山で一泊するでござるか?」

 

 ネギが手をにぎにぎしながら溜息を吐いた。

 

「杖を無くしてしまったので……見つかるまでは山で過ごします」

「あいあい、ではタケノコを取って戻るでござる。なるべく美味しそうなタケノコを選ぶでござるよ」

 

 楓がのんびりと竹藪に戻ってタケノコを選び始めた。楓に続いてネギもタケノコを見比べ始めた。

 

「あとで長谷川殿にお礼の電話をしておくことがタケノコ採りの規則でござるよ」

「え、山の中で携帯使えるんですか?」

「あいあい」

「……ボク携帯持ってないんですけど」

「拙者から連絡しておくでござる……明日菜殿にも連絡した方がいいような気もするが」

 

/////*****/////

 

 一方その頃のエヴァンジェリン邸では。

 

「さっさと出てこんか、こたつむりがっ!」

 

 ログハウスには似合わない和室の襖を開けたエヴァンジェリンが怒鳴っていた。

 

「もうちょっとだけ。寮のこたつはツナミがいないときしか出来ないんだよ」

 

 千雨が出入りするようになった頃から一度も仕舞われていないこたつから頭だけを出してだらけきった顔をしていた。

 畳はいいなぁ、とぶつぶつつぶやきながら千雨がエヴァンジェリンを見上げた。

 

「絡繰姉をイメチェンしてみたんだけど、どうだ?」

 

 こたつの上に鎮座したチャチャゼロを見たエヴァンジェリンが吹き出した。

 

「ぷっ……いいかっこしてるじゃないか」

「御主人、メガネ女斬ッテイイカ」

「ああ、斬ってしまえ」

「動ケネーゼ」

「チャチャゼロ、ホワイトロリータ服。マクダウェルの私服とお揃いにしてみたんだけど」

 

 物騒な会話はいつも通り黙殺した。

 

「裁縫の出来が甘いな」

「そりゃマクダウェルと比べるとな」

「メガネ、イツモノニ戻セヨ」

「こたつから出られないからもうちょっと待って」

「さっさと出てこんか! こたつ片付けさせるぞ!」

 

 千雨がのそのそとこたつから這い出てきた。こたつを片付けられるのが嫌だったからではなく、携帯がぶるぶる振るえたからだった。どうせこたつを片付けないことなど分かっているからだ。

 

「ん? 電話だ。ツナミからご飯の催促か……いや、神楽坂からか、珍しいな…………あぁ?」

「どうしたんだ、スフィンクスみたいな顔して」

「スフィンクスみたいな顔ってなんだよ。いや神楽坂に言ってるんじゃなくて……心当たりなんかあるわけねーだろ」

 

 千雨が盛大に溜息を吐いて携帯をポケットにしまった。そして再びこたつに潜り込んだ。

 

「ちょっと見直したと思ったらこれだよ……ネギ先生が家出したってさ」

 

 千雨の一言にエヴァンジェリンが目を剥いた。

 

「はぁ!?」

「スフィンクスみたいな顔するなよ」

「そんな顔しとらんわ! まったく何をやってるんだ、あの坊やは」

「マクダウェルが怖くて帰国したんじゃねーの? 絡繰のお礼参りでもされると思ったんだろ、昨日の今日だからな」

「あぁ、なるほど。所詮はガキか……おい、今からひとっ走り成田まで行って連れ戻してこい」

「焼きそばパン買ってこいどころの話じゃねえだろ」

「麻帆良から逃げられるとマズいんだ……追い詰めすぎたか」

「教師いじめなんかやるからだ。私を見習って先生には優しくしろよ……いたっ、頭を踏むな」

「貴様が言うな!」

 

 千雨の頭をぐりぐり踏みつけながらエヴァンジェリンが腕を組んで考え込んだ。本当にネギが帰国していたらどうするべきか、と。

 

「ドーデモイイカラ、オレノ服ヲ戻セ」

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