フォーサイスより愛を込めて(魔法先生ネギま!×EVOLIMIT)   作:瓶缶ペットボトル

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超鈴音、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルにお茶を点てる


2000年晩秋

 西暦2000年、少しずつ冬が近づいてくる晩秋のとある日。

 麻帆良学園茶道部の茶室に、超鈴音は訪れていた。

 茶室の中に誰がいるのかも分かった上で、茶室のふすまの前で正座をして口を開いた。

 

「こんにちは、失礼するネ」

 

 超鈴音は正座のままふすまをゆっくりと3回に分けて開いた。

 

「……見学なら他の日にしろ。今日は私以外は誰も来ない」

 

「知っているヨ」

 

 超鈴音とエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの視線が交錯する。

 超鈴音はそのままエヴァンジェリンの対面に腰を下ろす。茶会に招かれた客が座る場所で正座のまま、口を開くこともなく静かにエヴァンジェリンを見つめていた。

 エヴァンジェリンは声を立てずに笑い、茶を点て始めた。

 エヴァンジェリンの点てた茶を飲んだ超鈴音が口を開いた。

 

「結構なお手前で」

 

 超鈴音とエヴァンジェリンの礼が重なる。

 

「最低限の作法は覚えてきたようだな」

 

「大変失礼ダガ、茶碗については詳しくないからそのあたりは省かせてもらいたいネ」

 

 超鈴音がほんの少し肩を竦めた。

 エヴァンジェリンが鼻で笑った。

 

「一つお聞きしたいのダガ、掛物はどういう意味なのだろうカ?」

 

 超鈴音がエヴァンジェリンから視線を外し、右を向いた。茶室の正面、超鈴音の視線の先には掛け軸がかけられていた。

 再びエヴァンジェリンが鼻で笑った。超鈴音も口元には笑みを浮かべていた。

 

「自分で考えろ、これはそういうものだ」

 

 掛け軸に書かれているのは一つの円、『円相』と呼ばれる掛け軸であった。

 

「丸、に見えるネ」

 

 超鈴音の答えを聞いてエヴァンジェリンがつまらなそうに鼻を鳴らした。 

 

「落第だな」

 

「フム。私には時計と……火星に見えるネ」

 

「……なかなか面白いことを言うじゃないか。それで何の用だ?」

 

「フム……私からも御馳走したいのだが、宜しいカナ?」

 

「ふん、いいだろう」

 

 超鈴音とエヴァンジェリンが立ちあがり、エヴァンジェリンは超鈴音が座っていた場所に腰を下ろした。超鈴音はエヴァンジェリンが座っていた場所から2歩ほど斜め後ろに腰を下ろした。

 二人が腰を下ろすと同時に、ゆっくりとふすまが開き、もう一名茶室に入ってきた。

 超鈴音は新たな入室者には目を向けることもなく、ただただ静かに座ったままだった。

 エヴァンジェリンだけが面白いものを見たとでも言うように、薄く笑っていた。

 新たな入室者は口を開くこともなく、エヴァンジェリンが座っていた場所に腰を下ろし、無言のまま茶を点て始めた。

 茶を点て終わると、茶碗を超鈴音の前に置き、超鈴音が茶碗をエヴァンジェリンの前に置いた。

 エヴァンジェリンが茶を飲み、飲み終わってから茶碗を戻した。

 

「……くくっ、小習(こならい)くらいはやれるな」

 

「フム、確かにエヴァンジェリンサンと比較するのは失礼ダガ」

 

 面白いだろう? という意味を込めて超鈴音が眉をあげて見せた。

 

「絡繰人形が茶を点てるとはな。しかもこの私の前で」

 

 名乗っていないのに名前を呼ばれたことを気にすることなく、言外に意味を含ませながらエヴァンジェリンが音を立てずに笑った。

 

「基本は田中久重サンのお茶くみ坊主を元に私が現代風にアレンジしたネ。麻帆良大学工学部の研究室を借りて作ったのだが、気に入っていただけたカナ?」

 

「見世物としては及第点をやろう。人形の造形が甘く、茶室の空気に馴染まず、不味くはないが美味くもない茶を出したことは減点だがな。一番気に入らないのは顔だ。なんだこのペコちゃん人形みたいな落書きは」

 

「私が描いたヨ。こけし顔やひょっとこ顔よりはマシだと思ったんダガ」

 

「顔は落第だな」

 

 エヴァンジェリンの言葉に超鈴音が頬を引きつらせた。

 まさか今更自分の顔をデフォルメして描いたなどとは口が裂けても言えなかった。

 

「……本題に入るヨ。わびさびの分かるロボットが作りたい。協力していただけないだろうカ?」

 

 超鈴音とエヴァンジェリンが目を合わせ、お互い何も言わないまま数秒が過ぎた。

 先に口を開いたのはエヴァンジェリンだった。

 

「……そういうことだな?」

 

「……そういうことだヨ」

 

「詳しい話は家で聞くことにしよう」

 

「お招きあずかり恐悦至極ネ」

 

 悪い笑顔で向かいあう二人と動きを止めたままの絡繰人形が茶室の中で座り続けていた。

 

「お話中すみません。ぜんまいが切れてるので巻きたいんですが、入ってもいいですか?」

 

 空気を読まない声がふすまの外から響いた。

 超鈴音はまたもや頬を引きつらせながら渇いた笑い声でごまかしていた。

 エヴァンジェリンは目を閉じ、眉根を寄せて少しだけ唸ってから口を開いた。

 

「…………ぜんまいで動いてたのか?」

 

「……絡繰人形のわびさびネ。バッテリー駆動はモーター音がうるさいからネ」

 

「超鈴音、貴様は田中久重の弟子か何かか?」

 

 エヴァンジェリンも今まで名乗らずにいた超鈴音の名を口に出しながら問うた。

 超鈴音は相手が自分の名を知っていることを不思議がる様子もなく、表情一つ、調子一つ変えることもなかった。

 

「違うヨ。私は天才発明家ヨ」

 

「まぁどうでもいいがな。持ち歩ける和時計を手土産として持ってこい。私の家くらい分かるだろう?」

 

「土曜日にうかがうネ。今日はこのあたりで失礼するヨ。葉加瀬、入ってきていいヨ」

 

「あ、失礼しますー」

 

 茶室に入ってきた葉加瀬聡美が巨大なぜんまいを絡繰人形の後頭部に差して回し始めた。

 

「紹介するネ。葉加瀬聡美サン、私の協力者ヨ。今回の絡繰人形の作製を手伝ってもらったネ」

 

「どうもー。よし、終わりました。失礼しました」

 

「では、失礼したネ」

 

「待て、2つだけ条件がある」

 

 明らかに今思いついたとばかりにエヴァンジェリンが2人と1台を引きとめた。

 

「……聞こうカ」

 

「超鈴音、貴様も私のために茶を点てろ。もう一つは、ロボットだったか、そいつはわびさびが分かるだけでなく、美味しい茶を点てられることが条件だ」

 

「……その条件、飲むヨ」

 

 ぜんまいを巻き終えていた絡繰人形が立ちあがって超鈴音に場所を開けた。

 超鈴音が茶を点て始めた。エヴァンジェリンほど洗練されているわけでもなく、ぜんまい仕掛けの絡繰人形ほど流暢でもなかった。はっきり言えば超鈴音は誰がどう見ても茶を点てたことのない素人だった。超鈴音の動きを見ていた葉加瀬聡美は顔を青くしていた。

 そうしてたどたどしくも、超鈴音は茶を点て終わり、エヴァンジェリンの前に茶碗を置き、礼をした。超鈴音とエヴァンジェリンの礼が重なり、エヴァンジェリンは超鈴音の点てた茶を一口だけ飲み、茶碗を置いた。

 

「貴様には小習すらやれんな」

 

 エヴァンジェリンが溜息を吐きながら超鈴音に言った。

 

「誰かのためにお茶を点てたのは初めてだからしょうがないネ」

 

 超鈴音は目を閉じて肩を竦めた。

 葉加瀬聡美はあちゃー駄目だったかーという顔をしていた。

 超鈴音とエヴァンジェリンは視線を合わせたまま、同時にほんの少しだけ口角を吊り上げた。

 

「……土曜日だったな?」

 

「……和時計だったカナ?」

 

 エヴァンジェリンと超鈴音が悪い笑顔で笑っていた。

 

「では、失礼したネ。葉加瀬、行くヨ?」

 

「えっ? あっ、はい」

 

 葉加瀬聡美は呆然とした顔で絡繰人形の後ろを着いて茶室を後にした。

 茶室から出た超鈴音が携帯電話を取り出し、着信が一件あることに気付いた。超鈴音が相手にかけ直した。

 

「もしもし? 何かトラブルでもあったカナ? ……ハ? ……エッ? ……駄目ネ!」

 

 電話を切った超鈴音が大きな溜息を吐いた。

 

「どうしたんですか?」

 

「この間までロシアに行ってた人が今は北極にいるらしいヨ」

 

「は? えっ、北極?」

 

「ホッキョクグマ連れて帰りたいって電話だったヨ」

 

「みなさん変なんですねー」

 

「……私は違うヨ?」

 

「ふ~ふふ~ん~♪」

 

「葉加瀬!?」

 

 超鈴音からそっぽを向いて鼻歌を歌う葉加瀬聡美を見て超鈴音は愕然としながら頭を抱えていた。

 

*****

 

 鼻を鳴らして超鈴音と葉加瀬聡美、絡繰人形を見送ったエヴァンジェリンの口元には笑みを浮かんでいた。

 まだ茶の残っている茶碗を手に取り、2回に分けて飲みほした。

 

「やはり不思議なものだな。私のために点てたというだけでなぜこうも美味くなる……少し苦いが、絡繰人形が点てた茶とは比べ物にならん」

 

 超鈴音、10月になってから麻帆良に突然現れた天才少女。経歴不明のせいで、どうにも堅物の教師達から目を付けられ始めているようだが、面白いことになりそうだ、と考えながらエヴァンジェリンは掛け軸を見ていた。超鈴音には時計と火星に見えたという、一筆で書かれた丸を見ていたエヴァンジェリンがふと呟いた。

 

「名前は……茶々丸にするか」

 

 冬の香りが少しずつ近づいてくる晩秋のある日の出来事だった。

 

/////*****/////

 

 一方その頃、風魔環太郎は滋賀県甲賀町から鈴鹿山脈の山の中を歩き続けていた。先日、忍者村なる忍の里を訪れたが期待する忍者とは会えずじまいだった。

 風魔環太郎はフォーサイスで着ていた忍者装束に身を包み、鈴鹿山麓の中を歩き続けていた。

 甲賀忍者を探すのは諦め、山を越えて伊賀忍者を探しに行こうかと考え始めていた風魔環太郎の前に、忍者装束に身を包んだ女性が木の上から飛び降りてきた。

 

「何用でござる?」

 

 風魔環太郎は目の前に突然現れた女性を見つめ、しばし考えていた。

 そして、感動を覚えていた。忍者は、絶滅などしていなかったのだと。

 

「……忍者?」

 

 風魔環太郎の問いかけに女性がたじろいでいた。

 

「……拙者は忍ではござらん」

 

 誰の目から見ても忍者の格好をしている女性から否の返答を受け、今度は風魔環太郎がたじろいだ。

 

「……忍者じゃないの?」

 

「そういう貴方は忍者でござるか?」

 

「……これは、コスプレ」

 

 事実、風魔環太郎が着ている忍者装束は火星都市フォーサイスにおいて諜報部の宣伝のために着ていたものであり、コスプレだと言えた。

 

「こ、コスプレでござるか……拙者もそうでござる」

 

 忍者装束の二人の間に微妙な空気が漂っていた。そして、お互いが相手に対し若干の親近感を覚えていた。

 その特徴的な目元が親近感の源であった。

 

「忍者と手合わせをしてみたい――――風魔環太郎」

 

 風魔環太郎の名乗りを受け、忍者装束の女性が身にまとう空気が変わった。

 一瞬にして張りつめた空気に風魔環太郎が目を見開いた。

 相対する女性も片目を開いた。

 

「甲賀忍軍下忍 長瀬楓」

 

 糸目忍者同士の戦いの火ぶたが斬って落とされようとしていた。

 

「「推して参る!」」

 

*****

 

 その日の夕方、近衛近右衛門は昔馴染みの山暮らしから連絡を受けた。珍しいこともあるもんじゃ、と呟きながら電話を手に取った。

 

「藤田翁か。お主から連絡してくるなぞ珍しいこともあるもんじゃのう。来年度から入学する子のことかのう?」

 

 電話の相手は藤田西湖。表の歴史上では既に故人として知られている人物であった。最後の忍者として歴史にその名を刻む鈴鹿山脈の滋賀県側に居を構える山暮らしの翁である。近衛近右衛門とは旧知の仲であった。50年以上前、日本の行く末を決める戦を共に駆け抜けた数少ない仲間であった。藤田西湖をよく知る近衛近右衛門はわざわざ電話で連絡してきたことの意味を考えていた。一番に思い浮かんだのは、来年度から中等部へ入学する予定の忍のことであった。

 

『それもある。お市のとこの孫娘が近衛翁のところへ行くことになるじゃろう』

 

「何か問題か?」

 

『いや、楓のことなら何も心配ないのう。中忍試験も難なく受かるはずじゃ』

 

「では何の話じゃ?」

 

『……近衛翁、風魔の忍に心あたりはあるか?』

 

「風魔……じゃと? ないのう。風魔の里ならとっくの昔に解体されとるし、風魔は廃業したはずじゃろう?」

 

 風魔の忍は他の忍に比べてかなり早い段階で里の廃業を決めた。近代兵器の発展と、関西以東における西洋魔法使いの人口拡大に伴い、忍の仕事量が頭打ちになることと、もはや仕えるべき主が現れることはないといち早く決断したのが風魔の忍であった。よもや再び風魔の名を聞くことになろうとは近衛近右衛門ですら予想できないことであった。なぜ藤田西湖が今になって風魔の名前を出したのか、近衛近右衛門は考えていた。

 

『風魔を名乗る者がうちの里に来おった』

 

「…………」

 

 近衛近右衛門は自分ですら気がつかぬうちに息を止めて続きを待った。

 

『心配するでない。もう帰ったからのう。先に名前を出した楓に見に行かせたんじゃが……奇妙でな』

 

「奇妙とは?」

 

『忍者を探しに甲賀まで来たと語ったそうじゃ。忍者と手合わせがしてみたい、と。実際に楓とやり合った……術は使わんかったが、相当の手練だったようじゃ』

 

「風魔の忍が忍者を探してとはどういうことじゃ?」

 

 そう、藤田西湖にとってもそうであったように、近衛近右衛門にとっても忍が忍を探していることが奇妙であった。そして藤田西湖の口ぶりから大事に至らなかったこともまた奇妙であった。

 

『風魔の術を代々子に伝える()()()()()()()()家系に心あたりはないかと聞いとるんじゃ』

 

「うーむ……ないのう。して、結果はどうなったんじゃ」

 

『一通り手合わせをして満足して帰ったそうじゃ。楓が言うには、本気でやっても勝てん、というくらいには手練じゃよ』

 

「目的が分からんから何とも言えんのう」

 

 近衛近右衛門が溜息を吐いた。電話口からカカカと笑い声が聞こえて近衛近右衛門は藤田西湖の次の言葉を待った。

 

『名は風魔環太郎。1月に麻帆良学園男子高等部を受験するそうじゃ。戻ってきた楓が早く麻帆良に行かせろとうるさくてかなわん』

 

「なんじゃと」

 

 近衛近右衛門は髭を撫でながらフォフォフォと笑った。近衛近右衛門の心は既に決まっていた。だがそれでも、藤田西湖に興味本位で尋ねてみた。

 

「藤田翁、お主ならどうする?」

 

『儂なら入学させるに決まっとる。近衛翁だってそうじゃろう?』

 

「それはそうなんじゃが……若い世代の先生達はどうも保守的でのう。近頃では悪ふざけが過ぎると叱ってくるんじゃ」

 

『信用できない頭の形しとるからじゃ、カカカ』

 

「余計なお世話じゃ、フォフォフォ」

 

 近衛近右衛門と藤田西湖、狸爺二人の楽しそうな笑い声が響いていた。

 

/////*****/////

 

 一方その頃、リーティア・フォン・エアハルトとアクア・ダンチェッカーは本州の沖合にある小島を訪れていた。

 二人がこの島を訪れていたのは単なる偶然であった。アクア・ダンチェッカーがある一振りの日本刀の行方を探しに偶々訪れていただけであった。

 人口二千人弱の小さな離れ小島、名を波多野島という。

 

 船を降りたリーティアとアクアは何かを感じ取っていた。フォーサイスにいたときに何度も感じたものだった。軍部部長だったリーティアと副部長だったアクアに馴染み深い感覚だった。

 

「妙です」

 

「アクアも分かる? この島、何かおかしい――啄木鳥(シブリー)!」

 

 リーティアの背中から銀色に輝く三対の機械翼が召喚され、瞬きほどの一瞬でリーティアが島全体を俯瞰できる高度まで上昇した。

 アクアは釣り竿ケースに隠していた日本刀を引っ張り出し、腰に差し鍔を親指で僅かに押し上げた。それだけで、アクアが姿を消していた。

 

『南東方向!』

 

 アクアの頭の中にリーティアの声が響く。フォーサイスにいたときから聞き慣れている軍部部長としての声だった。

 

『了解!』

 

 アクアはリーティアに念話を返しながら南東方向へ走りだした。100メートルを2秒程度で駆け抜けるパッチの力を利用して。

 

『研究施設らしき建物にモンスターの群れがいる。研究施設から溢れ出してる!』

 

『中から出てきているのですか?』

 

『そうだ! 民家まで直線距離で3㎞、施設外縁部にフェンスはあるが、破られるのは時間の問題だ! 私は先に行く!』

 

『武運長久を』

 

『アクアもね』

 

*****

 

 加治前鉄也は絶望的な戦いを強いられていた。鬼の大量発生を前に、加治前が所属する退魔師ギルドの対応は後手後手に回っていた。

 波多野島の研究施設が鬼の発生源であることを突き止めたが既に鬼は大量発生していた。波多野島住民には避難手段がなく、加治前が一人で鬼を食い止められなければ、波多野島のいる人間は全員が鬼に食い殺されてしまうことは容易に予測できた。戦局は考えられる限りで最悪と言えた。今にもフェンスを破ろうとしている大量の鬼に打ち勝つためには、何がしかの奇跡が必要だった。加治前一人で勝つためには奇跡を起こす必要があった。それは、妖刀・鬼取丸の覚醒。しかし、不可能だった。妖刀・鬼取丸は未だ見ぬ担い手を待つかのように、沈黙を守り続けていた。だが、加治前は不可能を前にしても尚、諦めることはなかった。

 

 かくして、奇跡は起こった。

 加治前鉄也にとっては奇跡であり、リーティア・フォン・エアハルトにとっては偶然であり、アクア・ダンチェッカーにとっても偶然だった。

 

「シラヌイ!」

 

 加治前の耳にまだ幼さが残りながらも凛とした響きを持った少女の声が聞こえた。加治前はその声を幻聴だと思った、なぜならその声が空から聞こえてきたのだから。

 

 直後、鬼の群れの中心が爆発した。雷のような轟音と全てを溶かすかのような熱波が加治前を襲った。強烈な光で視界が効かなくなったが、加治前はすぐに持ち直した。

 

 加治前は目を開き、そして目撃した。

 

 銀色に輝く機械翼を背に持ち、少女が握るにはあまりに巨大な銃を両手に握り空を駆ける少女の姿を。

 少女の構える銃から放たれるのはシロナガスクジラすら一発で吹き飛ばす威力を持った弾丸。

 リーティア・フォン・エアハルトの愛銃――九十九口径自動式拳銃(オートマティック)〝シラヌイ〟。

 

 加治前が目線を地面まで下ろせば先ほどまでは存在しなかったはずの別の女性が身の丈よりも巨大な鬼を斬り捨てていた。構えるは一振りの日本刀、放たれるのは一刀両断の斬撃、退魔師として既に成熟期にある加治前を以ってしてようやく目で追うことができる程の速さで鬼達を斬り捨て続けている。大量の鬼に囲まれながらも無傷、そして何よりも奇妙なのは日本刀を持つ女性は鬼の攻撃を受ける直前に姿を消し、再び現れるときには鬼を斬り捨てているということだった。

 

 アクア・ダンチェッカーのパッチの固有能力(アビリティ)・次元逃避の真髄であった。

 

「建物の中に人はいるのですか?」

 

 いつの間にか、加治前の隣には日本刀とともに駆ける女性が立っていた。

 加治前は一瞬だけ思考が止まった。

 

「……いない! 建物内に人はいない、中の人間は全員、鬼に食われている」

 

「了解しました。建物ごと破壊します」

 

『部長、施設ごと破壊して構いません』

 

 空を駆けるリーティアの頭の中でアクアの声が響いた。

 

『了解!』

 

区域制圧兵器(エリアウェポン)!」

 

 鬼の発生源となった研究施設はリーティア・フォン・エアハルトの手により、蒸発した。

 

*****

 

 波多野島で起こった鬼の大量発生は退魔師が一人しかいないという絶望的な状況でありながら、島民に何の被害が出ることもなく幕を下ろした。

 

 この事件は退魔師の加治前鉄也から陰陽師の総本山である関西呪術協会へ伝わった。素性不明の二人の女性がその場にいたことは、近衛詠春の裁量により公式文書から削除されることとなった。幼さが残る少女でありながら建物一棟を蒸発させる威力を持つ現代においては存在しない近代兵器所有者と妖刀・鬼取丸と会話を交わした日本刀を携えた女性、リーティア・フォン・エアハルトとアクア・ダンチェッカーの名前は裏の情報網に乗ることはなかった。

 しかしながら、二人の名前は近衛詠春から近衛近右衛門へと伝わることとなった。娘が元気でいるか知りたい親と孫娘を見守る祖父の非公式の近況報告の中で偶然にも近衛詠春の口から二人の名前が出されたからだ。親子の会話の本題は娘の友人が来年度から麻帆良へ行くということだった。

 麻帆良学園学園長である近衛近右衛門は近衛詠春から話を聞いた直後、来年度の留学希望者の願書の中から波多野島全住民を救った二人の人物、リーティア・フォン・エアハルトとアクア・ダンチェッカーの名前を発見し、驚愕に目を見開いた。

 

「今年は一体どうなっとるんじゃ…………物事には必ず意味がある、とは限らぬが……さて、一体何を意味していることやら。この知らせが吉兆を運んでくれればいいんじゃが」

 

 近衛近右衛門は長い人生の中で幾度も感じた何かを思い出していた。時代の胎動と言える何かだった。時代が揺れ、世界が変わる予兆のような何かだった。そして疲れたような溜息を吐いた。世界が変わる前には必ず何かが起こる。避けられぬ、そして逃げられぬ何かが必ず起こる。

 近衛近右衛門は、これから先の未来を生きる子供達くらいは幸せに生きて欲しいとただただ願い続けていた。

 

/////*****/////

 

 一方その頃、ツナミ・カラニコフは北極に来ていた。パッチの力で相撲に圧勝したホッキョクグマの背中に乗ってのんびり銀世界を眺めていた。

 そしてふと思い立ち、日本にいる超鈴音に電話をかけた。

 

「むー! 出ない」

 

 ホッキョクグマよりもフォーサイスのポール・チネチッタ・ジュニア校長先生の方がモフモフし甲斐があったなぁと火星を思い出していた。

 火星都市フォーサイスの思い出に浸っていたツナミの持つ携帯電話が振動した。

 

『もしもし? 何かトラブルでもあったカナ?』

 

「私ツナミ・カラニコフ、今北極にいるのー」

 

『ハ?』

 

「ホッキョクグマ連れて帰っていい?」

 

『エッ?』

 

「だからー、ホッキョクグマー」

 

『駄目ネ!』

 

「むー! スズネーのいじわる」

 

 既に切れた電話にツナミ・カラニコフが口を尖らせた。ホッキョクグマの背中から降りて手を振った。

 

「ばいばーい! そろそろ日本に行こうーっと。タイダルウェイブ、材質・(スノー)!」

 

 下から盛り上がってくる雪でできた津波の上に胡坐をかいて、ツナミ・カラニコフはホッキョクグマに手を振った。ホッキョクグマは口を開けたままツナミ・カラニコフと雪の津波を見ていた。

 ツナミ・カラニコフがパッチの力で作り出した雪の津波は南へ進路を取って進み始めた。ゆっくりと加速しながら北極からロシアへ向かって津波が移動していた。加速が終わったときには、時速300キロメートルのスピードで移動していた。




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