雨に濡れ落ちた花   作:エコー

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連載第二弾。

今回、奉仕部に迷い込んできたひとつの依頼。
断るはずのその依頼を話すのは平塚静。
その依頼の内容とは。




1 アザレアの花は美しく哀しく

 

1 アザレアの花は美しく哀しく

 

5月25日 月曜日

 千葉市立総武高校、放課後の奉仕部の部室。

 雪ノ下雪乃は紅茶を淹れて、由比ヶ浜結衣は携帯電話をいじり、そして俺、比企谷八幡は読書をしている。総勢三人の部員は各々思い思いの過ごし方で、或いは俺以外の二人は談笑しながら、当てもなく依頼を待つのが日課になっていた。

 いつものように雪ノ下と由比ヶ浜が少々過剰なスキンシップを交えた談笑をし、俺はそれを横目に読書をしていると、不意に部室のドアが開いた。

「平塚先生、ノックをしてくださいと再三お願いを」

 こうして雪ノ下が奉仕部顧問の平塚静先生に怒る。全くいつもの光景だ。

「ああ悪い…依頼なんだが、ちょっと」

 いつもと違ったのは、ここからだった。

 平塚先生の口調も表情も普段のそれと違う。それを察知し、奉仕部員は姿勢を正す。

「お前たち、『アザレアの亡霊』って知ってるか」

 どっかで聞いたような言葉だな。雪ノ下と由比ヶ浜は互いに顔を見合わせて首を傾げている。

 そんな中、俺だけは腐った目を駆使して読書を続けていたら目立つのは当然のことだ。

「おい比企谷。話を聞け」

 面倒くさい。本当に心から面倒くさい。

 依頼の内容なら雪ノ下が代表して聞いておけば良い。部長なのだから。

 俺らはそれを受けて動けば良い。部員なのだから。

 こんな論理は独身行き遅れの平塚先生に通用する訳も無く、仕方なく俺は先生の方へ顔だけを向ける。平塚先生は俺の思考を見透かしたように睨んでいる。

「…まあいい。今回の依頼は断るつもりだが、話だけはしておこうかと思ってな」

 

 依頼の内容は次の通りだった。

 

 ここ数週間のうち、この周辺で奇怪な事件が起きている。

 公園の遊具が壊されたり、歩道の植え込みが荒らされたり、高級車が傷をつけられたり、である。

 事件の内容だけを見るとまるで子供の悪戯、ただの器物破損の頻発だが、それらの事件にはある共通点があった。

 壊された物、もしくは荒らされた場所の近くには必ずアザレアの花が落ちていた。

 今回の依頼は、その犯人を特定して欲しい、というものだったという。

 

「…それで、何故その断る相談の内容を私たちに?」

 雪乃の疑問は尤もだった。断るなら敢えて伝える必要は無い。

 しかし今回に関しては意味がある。

 事件自体は『アザレアの亡霊』としてすでに生徒の間でも噂になっている。いわば周知のことだ。それを今更何故改めて自分たちに「断る依頼」として伝えるのかという疑問は生じて然りである。

「ああ、それは…」

 珍しく平塚先生が言葉を選んでいる。

「注意喚起、でしょう」

 平塚先生の言葉を横取りしたのは腐った目のプチイケメン男子生徒。つまり俺。

「あ、ああ。その通りだ比企谷」

 この件を話した平塚先生の意図はこうだ。

 この地域で注目され始めている事件だから、今後同様の依頼やイタズラ、またはそれに準じる内容が校内外から依頼として来るかもしれないが、本件はれっきとした刑事事件であり、どのような危険が潜むか解らないので、絶対に依頼を受けないようにと注意を促すために話したのだ。

「そう、だな。俺たち高校生がどうこう出来るレベルの問題じゃない。奉仕部の活動はあくまで奉仕。警察や探偵じゃない」

 一般論である。だがこういう一般論、建前が大事。その建前のお陰で今回の依頼を回避出来るのだから。それに、この依頼を受けるのは雪ノ下の唱える奉仕部の理念からも外れるし。

「そうね。この部唯一の犯罪者候補と同じ見解なのは遺憾ではあるけれど、確かにこの件は警察、司法の範疇ね。私たちが首を突っ込んで良いものではないわ」

 俺の意見に雪ノ下も賛同する。何故か付け合せに俺への悪口を添えて。

「という訳だから、今後この件が持ち込まれたらすぐに私に報告。それ以外は何もするな」

 それだけ伝えると平塚先生は部室を出て行った。

 

「…ねえヒッキー」

 再び本の世界に入り込もうとしていた俺に、由比ヶ浜が小声で話しかけてくる。てか近い近い耳くすぐったいフーってしないでください。んもうっ。

「なんで犯人は、こんなことするんだろうね」

 うわ、更に近くに来んなって。お前、身体全部で近眼なの?

 息がかかる胸が当たる。雪ノ下が見ている。怖いってば。

「そ、そんなもん、犯人に聞かなきゃわからんだろ…つーか近いから」

 当然の答えを当然のように並べると、しばし俺を睨みつけていた雪ノ下が言い放つ。

「由比ヶ浜さん、それは先程先生に止められた筈よ。それに、いくら比企谷くんが犯罪者だからといって、犯人の動機が解る筈は無いわ」

 だから俺を睨むなよ。そんな目で見るな。動けなくなるじゃ無いか。石化的な意味で。

「ひでえ。とうとう本物の犯罪者呼ばわりかよ。でも、ま、そういうことだ。いくら内容がイタズラ染みていても相手は犯罪者だ。どんな危険があるか解らんからな。首を突っ込むな」 

 再びとりあえずの一般論を述べて、この場をやり過ごす。

「んー」

 どうやら由比ヶ浜は納得し切れていないご様子だ。その様子を疑問に感じたが、今はそれを口にするのは止めた。きっとこいつなら3歩歩けば忘れてしまうから。

 それから三人は下校時刻までそれぞれの時間を過ごし、その日は解散した。

 

 




お読みいただいて誠にありがとうございます。
第1話、いかがだったでしょうか。
調子に乗ってもう1作品載せ始めちゃいました。
二つの物語を並行して書くなんてことができるのか。
自信は無い!
ではまた次回。 


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