その真相とは。
ではどうぞ。
17 比企谷八幡の捻れた翼は
6月24日 火曜日 21時
倉庫内。
雪ノ下陽乃を始め平塚先生、同級生の葉山隼人、戸部翔、戸塚彩加、川崎沙希、三浦優美子、海老名姫菜、先輩である城廻めぐり、妹の比企谷小町。それに何故か材木座義輝。
彼ら彼女らはそこに立っていた。
守るために。或いは、見守るために。
それらの登場で俺の計画は少々頓挫したが、此処からが本当の意味での正念場だ。ミスは許されない。
俺はあくまで強気に、身振り手振りはオーバーに、しかし慎重に言葉を紡ぐ。
「そうだ、今回の一連の事件、最終的な目的は…」
あらためて言うのは、コナンくんに教えて貰った技術のひとつだ。
「雪ノ下陽乃の殺害、だよな? 元運転手…いや、元秘書の丹沢さん」
これもその技術のひとつ。
「ついでに言えば、殺害予定日は7月7日…だよな?」
「それって…」
そう。雪ノ下陽乃さんを誕生日に殺害すること。それこそがこいつの最終目的。今回の拉致はその前哨戦のようなものだろう。
「毎週火曜日に事件を起こしていれば、その延長線上にある7月7日にも事件が起こると仮定するのは容易だよな」
全てを言い当てられた犯人、丹沢は茫然としている。
あとは…丹沢の目を、怒りを、俺のみに向けるだけ。
「あんたは、県議会議員の秘書の立場を利用して私腹を肥やしていた。そしてその議員の親族の送迎車の運転中、偶然に起きた人身事故の責任を取らされて職を失う」
きっと裁判の主文も同じような顔をして聞くんだろうな、こいつ。
「ヒッキー、まさかその事故って…」
裏回し、とでもいうのだろうか。由比ヶ浜の名脇役ぶりに少し感謝。あ、おまえの犬を助けるための事故だっけ。
「ああ、俺が入学式当日に轢かれた事故だ」
もうその事で俯くな、由比ヶ浜。おまえは全然悪くないんだから。
「その退職の際に過去の不明瞭な金、つまり着服、横領、収賄を調べられて追求された。そしてそれらを暴いたのが雪ノ下陽乃さんだった。これは本人に確認済みだ。」
ちらっと陽乃さんの方を見る。何故ピースをするんだこの人。しかもヤンキーピースって。
「では、その件で姉さんを逆恨みして…?」
またまた名アシスト、雪ノ下。言っておくが今の主役は俺だからな。
「まあ、それが一番大きな動機だろうな。だが、他にも理由があった。それも一番厄介な理由が。」
空気が止まる。皆が俺に注目する。なにこれ超気持ちいい。切られた手の痛みも忘れそう。
「それこそが、あんたが雪ノ下陽乃さんを狙うことを決意した理由だ」
つい調子に乗って丹沢を指差す。こら葉山の横の金髪笑うな。そもそもなぜおまえがいるんだ、三浦よ。葉山あるところに三浦ありなのかよ。リア充のキズナ恐るべし。
さ、気を取り直して。
「…事件の現場に残されていたアザレアの意味だが、これはアザレアの花言葉に起因する」
アザレアの花言葉は『あなたに愛される幸せ』だ。陽乃さんが教えてくれたのだけれども。
「つまり…事件の動機の根源は、陽乃さんに対する歪んだ愛情だ」
さあ、大詰めだ。しかし予定通りにはいかないのが俺。これぞ俺流。
「…ああ、そうだ。私設秘書として雪ノ下家で働くうちに、おれは陽乃と結婚すれば将来の地位は約束されると思った。だからあの日も、陽乃の機嫌を取るために運転手を買って出たんだ」
恋する男は辛いのね。つーか勝手に自供とかされちゃうと困る。
「姉さんが一番嫌うタイプの男ね」
雪ノ下が軽蔑のような哀れみのような、そんな顔を丹沢に向ける。
「おれは、陽乃と…地位、権力が欲しかったんだ。もう虐げられるのは沢山なんだよ」
ついに来た。本心の吐露。
すかさず、つらつらと陽乃さんが語り出す。あら予定外。
「あなたの様子、なーんかおかしかったのよねぇ。事故のかなり前から」
魔王陽乃の腹黒い笑顔。そりゃそうか、実の妹をこんな危険な目に晒すなんて性格が歪んでなきゃ出来ない。
早いうちに警察に頼ってればこんなことにはならなかったのに。
「パパの秘書なのに単独行動が多かったし、必要以上に私に近づいてきたりして」
どうやら陽乃さんは、ここで全て終わらせる腹積もりらしい。
「でも決定的だったのは、あの事故よ」
笑顔が完全な闇に変わる。
「あの時あなたは、自分の責任逃れに必死だった。路上に倒れている比企谷くんの心配よりも自分自身の将来の心配はかりしていたわよね。それで、元々腹黒いのは感じていたから色々調べたのよ。過去の帳簿からあなたの口座の残高まで、何から何まで全て、ね」
なにそれ超怖い。そして陽乃さんに腹黒いっていわれた犯人さんに少し同情。
「そしたら、いろんなことがわんさか出てきちゃってね。だからクビにしたのよ。まさか私設秘書の末席のあなたが独断で業者に便宜を図って賄賂を貰っているなんて気がつかなかったわ」
いやぁ、いっぱい喋ったね陽乃さん。おかげでまた予定が。
そ、そうだ軌道修正しなきゃ。
「その結果…あんたは、秘書をクビになった」
もう丹沢は、やたら長いナイフを落とすほどに力が抜けている。
「…ああ、だから、復讐を決意したんだ。最初は気晴らしのつもりだった。雪ノ下陽乃が出席する行事の近くで憂さ晴らしをしていた。でもそれじゃあ満足できなくなった。おれを失脚させる原因を作った雪ノ下陽乃、雪乃、そしてお前、比企谷八幡に鉄槌を下してやろうと決意したんだ」
吐き出すように発せられた丹沢の言葉は最低なものだった。
「で、俺はあんたに二回も轢かれた訳だ。ただの逆恨みで」
ここでもう一度、俺に目を向けさせる。
「そんなあんたの個人的な理由で二回も轢かれちゃ、たまんないな」
しかし、ここで予定外の言葉が口を吐いて出てしまう。
「まあ、この際俺のことはどうでもいい。でも、お前は…雪乃に手を出した」
自制心が弱いのか怒りが勝ってしまったのか。
その瞬間、理性で封じ込めていた丹沢に対する怒りが暴れ出し、気がついたら丹沢を殴っていた。
「比企谷くんっ!」
小町を含め、おそらくこの場に居る全員が初めて見るであろう、俺の暴力。
「あんた…あんたはそんな自分勝手な理由で雪乃を傷つけたのかよ。狙うなら、恨むなら俺一人にしとけよ。そもそも原因は俺だろうがっ!」
思わず意図が出てしまう。
丹沢は倉庫の床に倒れ、俺はその上に跨った。そして顔面に一発。
「雪乃はなぁ、本当は臆病なんだよ。繊細なんだ。傷つきやすいんだ!」
雪ノ下の叫びも、由比ヶ浜の泣き声も、もう何も聞こえなかった。自分の事はもうどうでもよかった。俺はありったけの文句を吐きながら馬乗りで大事な仲間を傷つけた奴を殴り続けていた。右手は感覚を失くし、奴に切りつけられていた左手からは鮮血が舞っていた。
今回もお読みいただき、ありがとうございます。
第17話、いかがだったでしょうか。
今回の後書きは簡素にいきます。
ではまた次回。