比企谷八幡は、モテてるのか女難の相なのか。
では、どうぞ。
6 彼は思考の中を彷徨う
6月7日 日曜日 夜
用事を済ませて帰宅した俺、比企谷八幡は部屋でごろごろしながら頭の中を整理する。
事件の資料、発生場所、陽乃さんから得た情報をパズルの様に当て嵌めていくと、アザレアの亡霊の標的は十中八九雪ノ下家だ。
何せ事件の発生した日は、必ず近くに雪ノ下家の人間がいるのだから。
だが、誰が何のために、となると全く見当がつかない。
まず動機。
雪ノ下のお父さんは県会議員であり、建設会社を営んでいる。俺が調べた限りでは悪い噂は無い。だが地位のある人物、財を持つ家は、有名税とでもいえばいいのか、負の感情の標的になりやすい。実際逆恨みなどは吐いて捨てるほどされているだろう。
逆恨みでも恨みは恨み。
理不尽ではあるが、動機には充分な感情だ。
「おにいちゃーん、お風呂あいたよー」
だが、誰がどんな理由で、となると思考は頓挫する。
陽乃さんの話ではここ最近はそういったトラブルや目立った出来事は無いそうで、恨みを買う理由の見当すらつかないそうだ。
だとすれば、妬み、嫉妬か。
それこそ山のようにあるだろう。
「おにいちゃーん、お風呂ー」
総武高校に置かれた猫の死骸。
あれは異質だった。
それまでのアザレアの亡霊はただ物を壊すだけ。単なる憂さ晴らしのような子供染みた行動だ。しかしあの件を境に、明らかに他者の命を傷つけようとする意図が見える。ということは犯人に何らかの心境の変化があった、というか腹を括ったように思える。
それは、警告のようにも見える。
「…おにいちゃーん」
困った。警戒しようにも的が絞れない。
机の上のスマホが振動する。
『ひゃっはろ~』
この挨拶を、この二週間で何度聞いたことだろう。
『どうどう? 依頼のほうは順調かな~?』
「正直、手詰まりです。やはり警察に任せるべきでは…」
『ん~、市会議員選挙も近いから、あんまり警察の手は借りたくないなぁ』
風評被害を防ぎたい、ということか。警察が絡むと「いかにも悪いことしてますよ」的に見られることもあるだろうが、そんな体裁を気にして何かあってからでは遅い。
「…とりあえず葉山にも協力を要請して、一日交代で周囲を夜回りしてますよ。ただ、事件のほうは、何と言うか…不明な点が多いんですよ」
そう。不明な点。
何故、火曜日なのか。
何故、アザレアなのか。
何故、雪ノ下家なのか。
『そうか~比企谷君でも謎は解けないのね』
この人、俺をコナンくんか誰かと勘違いしてるのだろうか。アポトキシン4869とか飲まされるのだろうか。シスコンではあるがロリコンではないので、幼児化はご勘弁願いたい。
「…俺はただの高校生なんで」
そうだ。俺は別にじっちゃんの名にかけてる訳じゃない。だって俺はコナン派だから。
『でもでも、雪乃ちゃんを救うのはやっぱり比企谷君じゃないと』
陽乃さん、なんか楽しんじゃってますよね。声が弾んでるし。
「まあ、やれることはやりますよ。雪ノ下さんが満足するか否かは別として。それと、何か解ったらすぐ教えてください。どんなことでもいいんで」
『じゃあ、ひとつだけ』
この電話は、それを伝えるのが目的か。
『雪乃ちゃん…』
固唾を呑む。
『案外下着は可愛いのよ』
「…は?」
『あ、あら…こういう情報は要らなかった?』
「…そうですね。出来れば事件についてでお願いします」
『でも雪乃ちゃんの下着の情報も、比企谷君にとっては重要じゃないのかな。色は青系やピンク系が多いとか』
そういえば、俺が偶然、あくまで偶然に雪ノ下の下着姿を見てしまったときも…
『なになに、想像しちゃった? それともすでに見たことがあって、それを思い出してるのかな~』
「な、な、な…別にそんなこと思い出してないですよ~」
『ふーん、見たことはあるのね。ま、いいや。とにかく』
非常に深い墓穴を掘らされた感は否めないが、言い訳する前に陽乃さんのトーンが変わったので反論せずに続きを聞く。
『雪乃ちゃん、私や家の関係者が周りをうろつくのをすっごく嫌がるから、引き続きお願いね』
「わかりました。けどそれって、自業自得じゃないんですか」
『あ、あはは。ま、とにかく何かあったら知らせてね』
用件は以上のようだ。一言お礼を述べて通話を終えようとした時。
『あ、そうそう。私の誕生日、七夕だからよろしくね。じゃあね~』
なんだ最後のいらない情報…
魔王からの電話をようやく終え、再び思考の海へと落ちる。
「…可愛いというか、清楚な感じ、だったよな」
思考の海には、雪ノ下のあられもない姿が浮かんでいた。
「おにいちゃんっ! いいかげん早くお風呂入ってよっ」
その妄想をかき消して小さな魔王がドアから襲来し、俺は風呂場に逃げた。
お読みいただきありがとうございます。
第6話、いかがでしたか。
作中で事件を起こすのは容易でも、解決させるのは難しい。
それを思い知りました。
ではまた次回。