やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。   作:ホッシー@VTuber

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LEVEL.103 彼女は彼を想うがあまり彼の心を見抜けない

 チョコケーキを食べながらニコニコと笑っているサイに監視されると言うよくわからないおしおき(ご褒美)をいただいて調理室に戻って来た俺たちに雪ノ下と由比ヶ浜がいち早く気付き、呆れた様子を隠すことなく近づいて来た。

「もう、ヒッキーまたサイに怒られてたの?」

「いや、まぁ……」

「本当に懲りない人ね……それともサイさんに怒られると悦んでしまう変態なのかしら」

「すみません、公共の場でその発言だけは勘弁してくれませんかね……」

 見てみろよ。さっきまで俺のことを慕ってくれていた後輩たちがドン引きして――いや、待て。なんか一人だけ頬に手を当てて顔を紅くしている奴がいるぞ。一体何が君の琴線に触れたのだろうか。聞かないけど。

「そ、それで? そっちはどうなんだ?」

 極力件の後輩女子を見ないようにしながら2人に質問する。見たところチョコはまだ完成していないようだが。

「順調……とは言えないわね。私も人に教えながら作っているのだし。特に……」

「ん? え、あたし!?」

 雪ノ下にジト目で見られていることに気付いた由比ヶ浜は首を傾げ、すぐに視線の意味に気付いたのか慌てて叫んだ。いや、それ以外何があるんだよ。

「とにかくできればサイさんにも手伝って欲しいの。人手が足りなくて」

「うん、いいよ。私は作り終わっちゃったし」

「え? サイ、もう作ったの?」

 サイの言葉に由比ヶ浜だけでなく雪ノ下も目を丸くしていた。そう言えばサイは手の込んだチョコケーキを誰よりも早く作り終えている。

「家である程度作って来てたからね。教えるのに忙しくてここだと作れないと思ったから」

「サイさんの読みは正しかったわね……じゃあ、お願いできるかしら」

「わかった。それじゃー……あっちに行って来るね」

 キョロキョロと周囲を見渡すサイはさっきまで俺に絡んでいた後輩女子3人をロックオンして埃が舞わないように早歩きで去って行く。なお、ロックオンされた3人は小さな悲鳴を上げて抱きしめ合っていた。南無三。

「あ、そうだ! ヒッキー、味見してよ」

「……」

「ねぇ、何で黙ったの? ねえ!」

「比企谷君、大丈夫よ。今まで目を離していないから変な物は混ざっていないわ」

 そうか、なら安心だな。でも、さっきチョコケーキワンホール食べたからさすがの俺でもこれ以上チョコ食べたら胸焼けしてしまいそうだ。まぁ、味見ならスプーン一杯ぐらいだろうし、完成まで時間かかるみたいだからその頃には――。

「じゃあ、チョコケーキの作り方を教えます。作ったら全部ハチマンに食べて貰いましょう」

「「「はーい」」」

 俺、糖尿病にならないかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっぷ……」

 胸がヤケヤケしている俺は珍しく苦さを求め、自動販売機でブラックコーヒーを買おうと廊下を歩いていた。やっと苦味のオアシスが見えて来たが自動販売機の前に誰かが立っているのに気付く。誰だよ、全く。こっちはチョコの食べ過ぎで動悸が治まらないのに。頭がスイーツな人なら恋だと勘違いしてしまいそうなほどである。つり橋効果ならぬ釣りチョコ効果か。

「比企谷」

「あ?」

 すぐにコーヒーを買えるようにポケットから財布を取り出していると不意に声をかけられて顔を上げた。どうやら、自動販売機の前にいたのは葉山だったようだ。きっと彼も俺と同じようにオアシスを求めてここに来たのだろう。

「お前も飲むか?」

 そう言って葉山はすでに買い終わっていたのか手に持っていたブラックコーヒーを揺らす。そうですね、早く飲みたいのでそこを退けてください。

「ああ……っとと」

 頷くと手に持っていたコーヒーを放って来たので慌ててキャッチした。そして、彼は再び自動販売機に硬貨を入れてコーヒーを購入する。

「いくらだ?」

「おごるよ。色々お世話になってるし」

 いや、全く身に覚えがないのですが。困惑している俺を見て苦笑を浮かべた後、自動販売機の隣に設置されていたベンチを指さす葉山。それは偶然にもクリスマスイベントの時、留美と話し合ったベンチだった。ため息を吐いた後、葉山と共にそのベンチに腰を下ろす。別にこいつと話そうと思ったからではない。調理室に戻ったらチョコを食わされるからだ。因みにサイは今、川何とかさんの妹であるけーちゃんに作り方を教えていた。さすがにチョコケーキは作っていなかったが甘いのには変わらない。

「考えたな」

「は?」

 ちびちびとコーヒーを飲んでいると不意に葉山がそう切り出した。いきなりすぎて聞き返してしまう。

「今回のイベントだよ。渡す方も貰う方も……何にも縛られることなく、自然に振る舞える」

「何言ってんだ? ただの試食会だろ?」

「……ああ、そうだったな」

 俺の言葉の真意を理解したのか彼は微笑んだ。なんだその『わかっているさ。余計なことは言わないよ』みたいな微笑み。様になっているな、いらつく。何も言わずにコーヒーを啜っていると唐突に葉山がぷっと吹き出した。何かを思い出したのだろうか。

「そう言えば、戸部も喜んでたよ。姫菜からチョコ貰えたって」

「貰ったって言うより味見だろ……」

 まぁ、味見でもあの難攻不落な海老名さんのチョコを貰えただけでも嬉しいか。見知らぬ女子から貰っても相手がどんな人であれ少なくとも嬉しい気持ちは抱くもんな。

「さて、そろそろ戻るよ。お互い、頑張ろう」

「……おう」

 それはイベントの手伝い? それともチョコを食べること?

 そんな疑問の視線に気付くことなく葉山は飲み終わった缶をゴミ箱に捨てて調理室に戻って行った。それを見届けた後、俺はコーヒーに口を付けたがすでに飲み終わっていることに気付き、そっと息を吐く。調理室から女子たちの楽しそうな声が響いていた。俺もそろそろ戻ろうかと腰を上げた時、携帯が震える。取り出して確認してみるとそこには『高嶺清麿』と表示されていた。これは――。

「……もしもし」

『ハチマンさん? 俺です、高嶺です』

「……わかったのか?」

『ああ、やっとアジトを突き止めた。南アメリカの山脈にあるデボロ遺跡だった』

 南アメリカ――やはり外国にあったのか。それにしてもあんな小さなタイルからたった3日で敵のアジトを突き止めるとは。天才か。

『……いや、確かにアジトは突き止めたがナゾナゾ博士は1週間も前から知っていたらしい』

「はぁ? なんでそんな前から」

 知っていたなら教えてくれてもよかっただろうに。しかも、高嶺がアジトを突き止めてから教えるとか鬼畜か。会ったらサイにおしおきして貰おう。

『そこまでは……準備さえできればいつでも出発できる。それで肝心の出発する日なんだが……いつからならよさそうだ?』

「大海たちはなんて?」

『さっき連絡したんだが仕事中みたいで電話に出なかったんだ。だから、ハチマンさんたちの都合を聞いて調整しようかと』

「……すまん。できれば14日以降にして欲しい」

 今も千年前の魔物たちが暴れているのは知っている。だからこそ、一刻も早くアジトに突入し、ロードを倒すべきだということも。でも、これだけは譲れなかった。

『14日っていうとバレンタインデーか……何か理由でも?』

「小町の……妹の受験日なんだ。あまり動揺させたくない」

『そうか……ならしょうがないな。わかった、14日以降にする』

「助かる」

『いや、妹さんの人生がかかってるんだ。そっちも大事だろ。じゃあ、出発日が決まったらまた連絡する』

 そう言って高嶺は電話を切った。携帯をポケットに仕舞った俺はベンチに座り直して天井を仰ぐ。そうか、とうとう始まるのか。始まってしまうのか。まだ何も掴んでいないのに。

「あ、こんなところにいた」

 どれだけの時間、天井を見上げていたのだろう。聞き覚えのある声が聞こえ、視線を前に移すと頬にチョコを付けたサイが呆れた様子で俺を見ていた。

「もう味見係がこんなところでサボってちゃ……ハチマン?」

 俺の様子がおかしいことに気付いた彼女は首を傾げる。それが妙に可愛らしく見えて思わず、サイの頭に手を乗せた。

「高嶺から連絡が来た。アジト見つかったって」

「……そっか」

「なぁ、サイ。あの戦い方なんだが――」

「――駄目」

 俺が考案したカウンター法について話そうと思ったがその前にサイに遮られてしまう。彼女は何故か睨むように俺を見上げていた。

「駄目だよ、あれは」

「……理由は前に言ってたことか?」

 左手は魔本を持っているので基本的に使えない。そのせいで文字通りいずれ手が回らなくなり攻撃を受けてしまう。ましてや、魔物の術は遠距離攻撃が多い上、接近戦に持ち込めたとしても腕力も瞬発力も持久力も敵わない。無謀としか言えない戦法。だからこそ、サイは駄目だと言った。そう、思っていた。

「私も試しに千年前の魔物相手に使ってみたの」

「……何?」

 あれを使ってみた? しかも、千年前の魔物相手に?

「試しもしないで否定するのはやっぱり卑怯だと思ったでしょ? だから、使ってみた。あれ、すごいね。後出しじゃんけんみたい。術を放って来たら躱せばいいし、接近して来たらカウンター狙えばいい。まぁ、相手から仕掛けて来なかったら何もできないけど」

 だが、お互いに攻撃しなければ膠着状態が続くだけだ。こちらは最初から動くつもりはないので痺れを切らすのは敵。

「私がやる分には何も問題はなかったよ? 確かに千年前の魔物は力も強かったし何より頑丈だった。でも、関係ない。力が強くても当たらなきゃ意味ないし、頑丈なら潰れるまで攻撃すればいいんだから」

 そう語るサイの表情は硬いままだった。それだけで彼女がこの後言うことがわかった。

「でも、ハチマンはできないでしょ? 魔物の攻撃を躱し続けることもいなし続けることも攻撃し続けることも……この戦い方は“味方がいる前提”の戦い方なんだよ。だから、私は許さない。認めない」

「味方なら……いるだろ」

 前までならサイだけだった。でも、今は大海たちや高嶺たちがいる。それならこの戦い方だって有効なはず。

「うん、そうだね。今の私たちには味方がいる。私たちにはない攻撃呪文を覚えてるガッシュとガッシュの能力を最大限にまで引き延ばせるキヨマロ。心強い盾の呪文が使えるティオとメグちゃん。だから、すごく不思議なの。なんで危険を冒してまでハチマンが戦う必要があるのかなって」

「ッ――」

 サイの言葉に頭を金槌で殴られたような衝撃を受けた。俺はずっとサイの隣で戦うことばかり考えていた。サイが何も話してくれないのならせめて隣で戦えるようになりたいと。だが、俺はそれにばかり囚われていた。何も視ていなかった。視えていなかった。

「ハチマン……もういいんだよ」

 愕然としているとサイが俺に笑いかける。まるで我儘を言う子共を諭そうとする親のように。

「私はハチマンがいるだけで戦えるの。だから大丈夫」

 違う。違うんだ、サイ。俺はお前のために戦おうとしているんじゃない。全部俺のためなんだ。

「戦うのは私に任せて、ね? ハチマンは――」

 やめてくれ、頼む。その言葉だけは――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――戦わなくていいんだよ」

 












今週の一言二言


・監獄塔イベ、アヴェンジャーいない。バーサーカーはフランと狂スロしかいない。
いや、勝てはするんですよ。勝てはするんですが、ものすごく面倒なんですよね。ジャンヌとかちまちま削って倒しました。

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