やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。 作:ホッシー@VTuber
「はぁ……さむー」
寒さを誤魔化すために手袋を装着した両手で体を擦る。こうなるならユウトの言う通り、手袋とマフラーだけじゃなくコートも着て来ればよかった。でも、ドレスの上にコートを着ることはできない。オシャレには犠牲が付き物なのである。
「ふふ」
だが、この程度の寒さなど気にならない。それほど八幡の家に行くのが楽しみなのだ。特に用事はない。連絡もしていない。つまり、私を避けるサイちゃんと遭遇できるかもしれないのだ。
「あら、お嬢ちゃん。ご機嫌ね」
「うん!」
口元が緩んでいるのか道を歩いていると見知らぬお婆ちゃんに話しかけられた。お婆ちゃんの言う通りなので頷いておく。そのまま手を振ってお婆ちゃんに別れを告げ、再び歩き始める。それからしばらくしてやっと八幡の家が見えた。
「ピンポーン、なんちゃって」
そんな事を言いながらインターホンを押す。ああ、サイちゃんがいたらどうしよう。メールは送っているのだが返信はほとんどないし電話も着信拒否されているけど仲良く遊んでくれるかな。遊んでくれると嬉しいな。
「はーい」
わくわくしながら待っていると聞き覚えのない声が聞こえ、玄関が開く。そこにいたのは八幡でもサイちゃんでもない女だった。緊張で背中の翼がピンと横に伸びてしまう。尻尾は何とか耐えた。私、偉い。
「あれ、どうしたの? 間違えちゃったのかな?」
強張った私の表情を見た彼女は玄関の扉を閉めた後、屈んで私に視線を合わせた。おそらくこの女は前、サイちゃんについて語り合った時に教えてくれた八幡の妹である小町だ。耐えろ。逃げるな。逃げたらサイちゃんと遊べないぞ、ハイル・ツペ。今は耐え忍ぶ時なのだ。
「あ、あの……その……」
「ん?」
「えっと……」
緊張のせいで言葉が出て来ない私を小町は微笑ましそうに見ている。やめて! 私はツペ家当主なのだ! そんな『人見知りの女の子が頑張ってお話しようとしてるー。可愛いー』みたいな視線はやめて!
「わ、私……ハイルって、言います」
「ハイルちゃん? 小町って言います。よろしくね」
「は、はひ! よ、よろしくお願い、します……」
「それでハイルちゃんは今日どうしたのかな? あ、もしかしてサイちゃんのお友達?」
「ッ……お友達、じゃないんだけど……なりたいなって思ってます」
私の言葉を聞いた小町は嬉しそうに笑った。ま、眩しい。これがリア充の笑顔か。
「そっか! サイちゃん、すごくいい子だから仲良くしてあげてね」
「それは、もちろん!」
「でも、ごめんね。今、サイちゃんいないんだー」
「へ? 八幡も?」
「……ん?」
その時、小町は笑顔を凍りつかせる。あれ、どうしたのだろう。変なことは言っていないのだが。
「えっとー……ハイルちゃんはお兄ちゃんを知ってるの?」
「うん! サイちゃんの魅力を語り合う仲です!」
「……ごみいちゃん」
「ごみ?」
「あ、ううん! 気にしないで! 今、お兄ちゃん……八幡とサイちゃんは出かけてるの。ごめんね」
この女、兄を普通に呼び捨てにしたな。それにしても八幡もサイちゃんも出かけているのか。やっぱり連絡してから来るべきだった。でも、そうしたらサイちゃんに逃げられちゃうし。ちょっと図々しいかもしれないけれど待たせて貰おうかな。
「何時くらいに帰って来ますか?」
「あー……数日後?」
「……へ?」
「実は今、旅行に出かけてるんだよね。全く、お兄ちゃんもサイちゃんもいつの間にパスポート取ったんだろ。小町も行きたかったのに」
つまり、八幡とサイちゃんは旅行――しかも、外国に行っているらしい。しかし、何でいきなり外国? 八幡はそういうの嫌いなのに。あれ、なんか嫌な予感。
「あ、ああああああ!!」
「ッ!? ど、どうしたの!?」
いきなり頭を抱えてしゃがみ込んだ私に小町は目を丸くするがそれどころじゃない。そう言えば、少し前に変なおじいさんに千年前の魔物を倒すために協力して欲しいとお願いされた。私も何度か千年前の魔物らしき魔物に攻撃されたが全て返り討ちにできたし協力する理由がなかったので断ったのだ。
(こ、こんなことなら受けておけばよかったあああああああ!)
四つん這いになって落ち込む私は小町に肩を揺すられるまで自己嫌悪に苛まれるのだった。
見上げた先にそびえ立つのは岩山をくり抜いて作られた遺跡――いや、城塞というべきか。よくもまぁ昔の人はこんなのを作ろうと思ったな。面倒ではなかったのだろうか。
「ここがロードのいる場所……千年前の魔物たちの本拠地」
隣で俺と同じようにデボロ遺跡を見上げていた高嶺が呟いた。おそらく事前に調べて来たのだろう。俺たちがデボロ遺跡を見て驚いている間、こいつだけは冷静に城塞の様子を観察していた。因みにまだサイとは話し合えていない。移動中は高嶺からデボロ遺跡について説明されていたし、そもそもまだどのように話せばいいからわからなかったからである。
「岩山の城塞ね」
「ああ、調べたとこだと……この遺跡の中はいくつもの広い部屋と迷路のような道が広がっている。焦らないで慎重に――」
「――何か来る」
「何!?」
高嶺の言葉を遮るように後ろにいたサイが草むらの方に視線を向けながら俺たちに報告する。因みにここにいるのは高嶺とガッシュ、大海とティオ、俺とサイ、ウマゴンの6人と1頭。何故、ウマゴンがいるのかよくわからない。いや、今はそんなことよりもサイが言った何かだ。魔力を感知したので魔物、もしくは魔物が放った術かもしれない。急いで魔本に心の力を溜めた。
「この速度だと……数十秒後にそこから出て来るよ」
「仲間を呼ばれたら厄介だ! その前に倒さないと!」
「ええ!」
サイの情報を聞いて高嶺と大海も魔本を開いて警戒する。いきなり戦闘とか不運にもほどが……いや、違う。すでにここは戦場なのだ。いつ襲われてもおかしくないのである。
「よし、今だ! 行くぞ、ガッシュ!」
「ウヌ!」
人差し指と中指を草むらに向けて術を放つ――直前でその草むらから二つの影が飛び出した。
「うわあああああん! ガッシュぅぅぅぅぅ!」
「清麿ぉぉぉぉぉぉ!」
アヒル顔の子供と顎が割れた外人だった。うわぁ、見るからにキャラが濃い。おそらくサイはあのアヒル顔の魔物の子の魔力を感じ取ったのだろう。2人を見て攻撃するのを止めたから高嶺たちの知り合いらしい。
「きゃ、キャンチョメ!? それにフォルゴレも!? 2人ともどうしてここに?」
「ナゾナゾ博士に言われて来たんだよ! 皆と一緒なら千年前の魔物も倒せるって。でも、来てみたら誰もいないじゃないか! 不安だったんだよぉ……よかったよぉ、お前たちが来てくれてー!」
喚きながら事情を説明したキャンチョメは高嶺の足に抱き着いてわんわんと泣き始めた。まぁ、仲間がいない状況でこんなところに放置されたら怖いか。俺はサイがいるから平気だけど。
「フォルゴレ……」
「は、ハハ。鉄のフォルゴレ様は怖くもなんともなかったがな……キャンチョメが泣き止まなくて困っていたんだよ」
そう言って引き攣った笑顔で笑う外人――フォルゴレだったか。いや、涙目ですけど。冷や汗ダラダラですけど。わいわいと話す高嶺とフォルゴレから視線を外すと自然と大海と視線が合った。
「八幡君はあの人のこと知ってる?」
「いや、知らん」
「そう……でも、どこかで見たことあるような気がするの。えっと……」
「ああ、そうだ。紹介するよ。フォルゴレとキャンチョメだ」
「やぁ、初めまして! 私はイタリアの大スター、パルコ・フォルゴレさ!」
顎の割れた外人の正体は大スターだった。
と、いうわけで千年前の魔物編が本格的にスタートしました。まぁ、おそらく次話でもまだアジトへは侵入してないと思います。しても、後半になりますね。
今週の一言二言
・車の免許取りました。