やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。 作:ホッシー@VTuber
「やい、千年前の魔物!」
暴れる千年前の魔物の前に堂々と姿を現したキャンチョメが大声で2体の魔物に話しかける。その隣にはキャンチョメのパートナーであるフォルゴレもいた。
「2体いるからって怖くないぞ! お前らなんかぼ、ぼぼぼぼぼ……僕1人でやっつけてやる!」
「うおおおおおおおお!」
「ブリュオオオオオオ!」
「うわああああああああああああ!」
キャンチョメの挑発に乗った2体の魔物が絶叫するとキャンチョメは両手を挙げて号泣した。それを見て思わずため息を吐いてしまう。これからキャンチョメたちは2体の魔物を少し離れた場所にある大部屋へ誘導することになっている。キヨマロが指定した部屋は出入り口が一つしかないのでこちらが大人数だとばれたとしてもその出入り口に近づけさせなければ逃げられることはない。そして、具体的な誘導方法だがキヨマロの話によるとキャンチョメの力は化けること。様々な物に変化することができる。彼の力を駆使すれば上手く誘導するのは難しくない。問題はキャンチョメが極度の臆病なところぐらいだ。
「ヒ、ヒヒヒヒヒ……」
だが、その問題があまりにも大きかった。今もキャンチョメに向かって来る魔物を見て震えて身動きが取れていない。一応、私はサポート役としてばれないように付いて行くことになっているがキャンチョメたちを助ければ気配分散が解けてしまう可能性が高いので可能な限り手を出すつもりはなかった。
「『ネシル』!」
様子を見ていると小さい方の魔物が両手を突き出してキャンチョメに向かって術を放った。それでもキャンチョメは動かない。いや、動けない。思わず助けようと身を乗り出すがすぐに止める。彼の隣にいたフォルゴレがキャンチョメを抱っこして横に飛んだのだ。
「ふぉ、フォルゴレ!?」
「さぁ、立つぞ! は、はし、はし、走るんだキャンチョメ!」
フォルゴレもキャンチョメに負けないぐらい震えている。それでも彼はパートナーに手を差し出す。自分が怖がっていたらキャンチョメも余計怖がってしまうから。きっと彼らは今までもああやって助け合って来たのだろう。フォルゴレがキャンチョメを励まして、キャンチョメがフォルゴレを動かす。フォルゴレがいるからキャンチョメは戦える。キャンチョメがいるからフォルゴレは人間なのにあそこまで体を張れる。今まで出会って来た魔物たちの中でも少し歪で最も綺麗な関係。
「うん!」
「まずはあっちだ!」
弱いからこそ手を取り合って生き残って来た彼らはどんなに危機的状況であっても、どんなに強い敵が相手でも何も変わらない。常に弱者であり続けた彼らにとって戦い全てがピンチだったのだから。状況も、やり方も、気持ちも同じ。それが彼らの強み。どんな状況であってもいつも通りでいればいいのだから。
2人はキヨマロの指示にあった通路へ向かった。その後を2体の魔物とそのパートナーたちが追う。
「……さてと」
そろそろ私も動こう。先ほど見つけた隠し通路を使えば先回りできるはずだ。彼らが消えた通路に背を向けて私も行動を開始した。ほんのちょっぴりキャンチョメたちに嫉妬しながら。
「始まったわ!」
遠くから響く音に大海が叫んだ。どうやら上手く誘導できているらしい。まぁ、サイも傍にいるからそう易々とやられはしないだろう。
「ねぇ、やっぱり私たちも一緒に行って援護を……」
「いや、駄目だ。こっちが大勢だとわかれば奴らはきっと仲間を呼びに行く。援護できるのは姿を隠せるサイしかいない。ここはキャンチョメたちを信じるんだ」
それでも心配なのか大海が援護しようと提案するが高嶺は却下した。仲間を呼ばれた時点で俺たちの負けは確定する。サイも姿を隠せるとはいえ助けた時点で気配分散が解けてしまう。パティとかいう魔物がサイの危険性を伝えているはずなのでサイが姿を見せた時点で仲間を呼びに行くかもしれない。サイが助けられるのはキャンチョメたちが本当に危なかった時だけだ。
「……っ」
「八幡? どうしたの?」
思わず胸を押さえてしまい、たまたまそれが目に入ったのかティオに問いかけられた。自然と皆の視線が俺に集まる。
「……何でも、ない」
「な、何でもなくないわ! 顔が真っ青よ!」
「気に、すんな。それよりも……そろそろ来るぞ」
心配そうに駆け寄って来た大海を手で制止させた後、唯一の出入り口である通路を指差す。そこでは丁度キャンチョメが行き止まりに見えるように壁に化けるところだった。
「ただいま……って、ハチマン大丈夫!?」
いつの間にか隣にいたサイが俺の顔を見て目を丸くする。だが、俺は彼女の問いかけに答えることはできなかった。胸が……心臓が締め付けられるように痛い。俺の勘違いかと思ったが甘くなかったようだ。でも、まだ動ける。“あの時”に比べれば軽い方だ。
「八幡さん、どうした!?」
さすがに見過ごせなかったのか高嶺も俺に近寄って来る。だが、その前に行き止まりだと錯覚した2体の魔物が壁に化けたキャンチョメに突っ込んだのか俺たちがいる大部屋へ落ちて来る。作戦は上手く行ったようだ。そのはずだった。
「ッ……おい、後ろ!」
痛む心臓に鞭を打って安心した様子で大部屋を見下ろしていたキャンチョメとフォルゴレに叫ぶ。彼らの後ろに別の魔物が立っていたのだ。2人が慌てて振り返った頃にはその魔物は踵を返して駆け出していた。仲間を呼びに行ったのである。
「くそ、もう1体いたなんて……」
「早く追いかけないと……でも」
大海がちらりと俺を見た。動けるとは言え全力疾走はできそうにない。それに目の前には2体の魔物がいる。今から追いかけようとしても彼らに邪魔されるだろう。仲間さえ読んでしまえば彼らの勝ちなのだから。
「任せて!」
その時、キャンチョメが手を挙げて言った。あれだけ震えていたのに彼の顔に迷いはない。むしろ、やる気に満ちていた。
「あいつは僕が倒す! そっちはそっちで敵を倒すんだ! 絶対に仲間の魔物は呼ばせないよ!」
「そうだ、清麿、君たちはそっちの魔物を倒せ! 私はフォルゴレ! 無敵の英雄、パルコ・フォルゴレさ!」
「……スマン! 頼むぞキャンチョメ、フォルゴレ!」
2体の魔物と俺を見た高嶺はキャンチョメたちを見送った。目の前の魔物たちを無視できない上、絶賛足手まとい中の俺がいる。あの魔物は彼らに任せた方がいい。だが、キャンチョメたちには攻撃呪文がなかったはず。なら――。
「サイ、お前も行け」
「え?」
「お前なら術がなくても倒せるだろ。さすがにあいつらだけじゃ心配だ」
「でも……」
「ウヌ!? ウマゴン、いつの間に!?」
サイだってわかっているはずだ。この中でキャンチョメたちの後を追えるのは自分しかいないことぐらい。だが、具合の悪い俺の傍を離れるのが嫌なのか彼女は迷うように視線を泳がせ、言葉を紡ごうとするがガッシュの絶叫に遮られてしまう。見ればウマゴンが出入り口に繋がる階段(と、言うよりも梯子)を登り切ってこちらに向かって手を振っていた。
「何だって?」
「……僕も助けに行くよって、言ってる。すごい怖がってるのに」
『メルメルメ~』と言っていたのでサイに通訳を頼むと少しだけ声を震わせながら教えてくれた。しかし、ウマゴンが通路に立っていることに気付いた竜型の魔物が出入り口に向かう。まずい、このままじゃ逃げられる。
「『セウシル』!」
竜型の魔物が辿り着く直前、透明なドーム状のバリアが出入り口を覆い、魔物を吹き飛ばした。そして、仰け反った魔物の頭上に小さな影一つ。
「せいっ!」
隣にいたはずのサイが竜型の魔物の頭に踵を落とした。あまりの脚力に魔物は地面に叩き付けられ、彼女は反動を上手く利用してウマゴンの隣に着地する。
「……行くよ、ウマゴン」
「メ、メル!」
名残惜しそうに俺を見つめていたサイはウマゴンを連れてキャンチョメたちの後を追った。俺がサイを縛り付けるわけにはいかない。すでに足手まといなのにこれ以上迷惑をかけたくない。だから、それでいい。安堵のため息を吐こうとした刹那、のしかかるプレッシャーが大きくなる。
「ガッ……」
「八幡君!」
膝が付きそうになるがその前に大海が支えてくれた。しかし、安心はできない。すでに戦いは始まっている。
「術が……来るぞ!」
「『ネシルガ』!」
「『デガルク』!」
掠れた俺の声をかき消すように心を操られた人間たちが呪文を唱えた。
今週の一言二言
・4月になりました。今年は就職活動もあるのでもしかしたら更新が時々止まるかもしれません。もしそのような事態になった際は必ず事前に活動報告に書きますので活動報告の方もチェックして頂けると幸いです。