やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。 作:ホッシー@VTuber
パチパチと本が燃える音が響き渡る。すでに敵の本の持ち主は逃げていた。まぁ、魔物が消えたらどうすることも出来ないからな。
「ハチマン」
スッと魔物が消えたのを確認してサイが俺を呼ぶ。その顔はとても晴々としていた。悩みが解消されたような顔。
「おう、お疲れ」
「うん……おつか、れ……」
彼女が頷いた時、群青色のオーラが消え、サイはその場に倒れてしまう。
「さ、サイ!?」
急いで駆け寄り、倒れている彼女の容態を確認する。苦しそうに顔を歪ませているが意識はまだあるらしい。
「は、はは……無理しちゃったかな」
『サウルク』が発動している間、彼女はどんな怪我を負っていても普段の数倍速く動くことができる。しかし、怪我が治ったわけじゃない。術が解けた瞬間、一気に負荷がかかるのだろう。
「大丈夫か?」
「うん。少し休めば元気になるよ。さすがに怪我は2~3日かかるけど」
逆にこの怪我が数日で治る方がすごいのだが。俺たちが初めて一緒に戦った時の傷も数時間で完治していたし。やっぱ、魔物の治癒力ってすげー!
「寝てろ。家まで運んでやるから」
「……うん」
限界だったのかサイは素直に目を閉じて眠ってしまった。寝息を立てている彼女を横抱きにして立ち上がる。気絶しているので負んぶだと俺にぶら下がることになる。それに負傷している右足を曲げなくてはならない。まだ横抱きの方が負担はかからないだろう。サイ、軽いし。
「ヒッキー……」
後ろから由比ヶ浜の震えた声が聞こえた。そう言えばいたな。
(……あれ、やばくね?)
無我夢中だったから忘れていたが、由比ヶ浜に全てを見られた。言い訳しようにも実際に相手の魔物は熱線を放っていたし、サイだって人間が出せないスピードで移動していた。
「あー……その」
どうしたもんかと振り返ると由比ヶ浜は俺たちを見て酷く困惑していた。無理もない。目の前で非現実的な戦いが繰り広げられていたのだから。
「なにこれ……意味わかんない。ヒッキーが変な言葉言ったらサイちゃんが青く光って……その本も光って。あの子の口からビーム出て……本が燃えたら消えちゃって……意味わかんない!!」
キャパが超えてしまったのだろう。彼女はその場に蹲って叫んだ。このまま放っておくのはまずい。
「由比ヶ浜……さっき言ったよな。話せないって」
「……」
「こう言うことなんだよ」
「……どういうことなの。あたしにもわかるように言ってよ」
涙目になって俺を見上げる由比ヶ浜の目は懇願の色に染まっていた。大丈夫だって。ちゃんと話すから。
「歩きながら話す……でも」
「でも?」
「……自転車、押してくれね?」
生憎、俺の両腕はパートナーで埋まっているので。
帰り道。俺は全てを由比ヶ浜に話した。魔物のこと。魔本のこと。サイとの出会い。これまでのこと。それを由比ヶ浜はずっと黙ったまま、聞いていた。すっかり日が暮れて周囲は薄暗い。そのせいで彼女の表情は見えなかった。
「……ヒッキーはずっと戦って来たんだね」
「いや、今まで戦った回数はさっきのも入れて3回だぞ。それにほとんどサイが戦ってるし。俺は呪文を唱えるだけだ」
「……そっか」
そこで俺の家が見えて来た。それだけで俺はホッとしてしまう。帰って来たのだと安堵のため息を吐いた。
「じゃあ、小町ちゃん呼んで来るね」
自転車を家の前に停めた由比ヶ浜がそう言って玄関の方に向かう。小町を驚かせないために怪我のことを説明して貰うのだ。もちろん、魔物のことは極力話さないように。これは由比ヶ浜の提案だ。
(本当に……)
彼女は『気遣いが出来過ぎる』。すごく混乱しているのに由比ヶ浜は空気を読むことを忘れられない。
「サイちゃん!」
しばらく待っていると小町が玄関から飛び出して来た。そして、俺の腕の中で眠っているサイを見て顔を青ざめさせる。そりゃ、左腕と右足が爛れているのだから無理もない。
「すまん……」
無意識の内に俺は謝っていた。
「ううん。結衣さんに聞いたよ。お兄ちゃんが駆けつけなかったらサイちゃんは……ありがと、お兄ちゃん」
「怪我してるところ、一応タオルで覆っておいてくれ。俺のベッド使っていいから」
「うん」
サイを小町に預けて自転車をいつもの場所に仕舞う。あんなに乱暴に扱ったのに少し凹んでいるだけで乗るには問題なさそうだ。
「ヒッキー」
玄関前まで戻ると由比ヶ浜は俺に声をかけて来た。その表情は暗い。
「……何だ?」
「さっきの話だけど……もう少しだけ、考えさせて。やっぱり、いきなりだとわけわかんなくて」
「ああ……」
それだけでもありがたい。サイは魔物。人間じゃない。それだけで恐怖し拒絶する人もいるだろう。ましてや由比ヶ浜は魔物に襲われたのだ。あの時、サイが助けなかったら今頃――。
「じゃあ……あたし帰るね」
「……送るか?」
「ううん。独りにさせて」
彼女はぎこちなく笑うと去って行った。
「……はぁ」
結果的に俺とサイは仲直りすることができた。まだ答えはわからないけど一緒に考えることを選んだ。
しかし、由比ヶ浜とは余計、ぎくしゃくしてしまっている。雪ノ下が何か対策を立てているようだが、俺はそれに関わらない方がいい。これ以上、あいつとの仲がこじれたらどうすることもできないと思うから。
「ハチマンハチマン! あれ何!? あれなんて動物!?」
「あれはペンギンだ。ラテン語で肥満って意味らしい」
「そうなんだー! ホントに太ってるー!」
「お兄ちゃんの無駄知識のせいでサイちゃんのペンギンのイメージが太ってるになっちゃったよ……」
東京わんにゃんショー。千葉の幕張メッセで開催されている犬や猫の展示即売会である。犬や猫だけでなくちょっと珍しい動物の展示もあってなかなか楽しい。
今朝、チラシで発見した時は小町と一緒に騒いだ。すっかり元気になったサイが首を傾げているのを見て小町が説明するとサイも目をキラキラさせて大騒ぎ。そのせいで母ちゃんに怒られた。八幡悪くないもん。東京わんにゃんショーが楽し過ぎるのが悪いんだもん。
「ハチマーン! 早く早く!」
少し離れた場所で俺を手招きするサイ。本当に楽しそうだ。さすが東京わんにゃんショー。
「それにしても……ホントに治っちゃったねー」
元気なパートナーの姿を見て小町が呟く。小町は俺たちに詳しい話を聞かなかった。さすがに2~3日で治るとサイから聞いた時は半信半疑だったが。
「ああ、そうだな」
「……これからもああいうことあるの?」
「……かもな」
「そっか……」
あ、サイ転んだ。完治したとはいえ、『サウルク』の後遺症がまだほんの少しだけ残っているからあんなに騒げば転ぶだろうな。怪我をしていないなら後遺症は残らないのだが大怪我を負った時に使うとサイの治癒能力でも数日間、体を起こすことすら出来なくなる。マジで大変だった。腕すら動かせないからあーんさせなきゃ駄目だったし。小町が嬉しそうに写メ取るし。サイも嬉しそうだったし。何で俺、サイにばっかりラブコメしてるんだろう。色々間違っていると思う。
「でも、帰って来てくれるならいいよ。小町は」
そう言う小町は笑っていた。
「……サンキュ」
「お? おお! サイなのだ! 清磨、サイがいるぞ!」
俺のお礼の言葉を掻き消すような大声が聞こえる。そして、サイの元に駆け寄る金髪の子供の姿。
「ガッシュ? 何でこんなところに?」
そう、大海恵コンサートで協定を結んだ1人のガッシュだ。まさかこんなところで会うとは思わず、驚いてしまった。サイも吃驚しながらガッシュに問いかけている。
「うぬ、面白そうな祭りが開かれると聞いて清磨に強請ったのだ! ティオもいるぞ!」
「そ、そう……」
おっと、サイが人見知りを発動しているぞ。あの時は緊急だったから平気だったのか。
「あの子誰?」
少し遠いところで話している2人を見ながら小町が聞いて来た。
「あいつはガッシュって言ってサイの……友達、かなぁ」
あんなに仲良さそうに話すほど仲良くなったわけじゃない。協定を結んだだけだ。
「ガッシュ君の方はすっごいフレンドリーだよ?」
だが、小町の言う通りガッシュは嬉しそうにサイと話している。サイはガッシュの勢いに負けておろおろしながらこっちをチラチラ見ている。ヘルプ出しているな、あれ。
「サイ、ぼっちだから慣れてないんだろ」
「ああ……お兄ちゃんに懐くぐらいだからね」
それ、類は友を呼ぶ的な意味ですかね。でも、知っているかな、小町君。ぼっちは群れてもぼっちなんだよ。1+1=2でもぼっちはぼっち+ぼっち=ぼっちなんだよ。ぼっちがゲシュタルト崩壊しそう。
「ぬ? おお! 八幡もいるのか! 相変わらず、仲がいいのだな!」
「そうでしょ! 私とハチマンは仲がいいんだから!」
俺に気付いたガッシュがサイに言うとさっきまでのおろおろはどこへ行ったのか突然、笑顔になって話すサイ。お前、本当に俺のこと好き過ぎるだろ。ちょっとキュンって来ちゃったよ。何この年の離れた親戚のお世話をしていたら『将来、お兄ちゃんと結婚する!』みたいなことを言われた時のような気持ち。まぁ、実際に言われた事なんてないけど。
「こら、ガッシュ! 勝手に歩き回るな!」
その時、人ごみの中から1人の青年が現れる。ガッシュのパートナーである。高嶺清磨だ。それと彼と手を繋いでいるティオの姿もある。こんな人ごみだ。はぐれないように手を繋いでいるのだろう。
「清磨! サイと八幡だぞ!」
「え? あ、どうも」
「ど、どうも」
お互い、ぎこちなく挨拶する。そりゃ、そうだろうよ。協定は結んだと言ってもサイは一度、高嶺たちを脅している。今も少し警戒しているようだし。え? 俺? 俺はぼっちだから慣れてないんだよ。挨拶って難しいね。
「こんなところで奇遇ね、サイ」
「うん、ホントに奇遇だね」
一応、魔界で話したことがあるからかティオに人見知りは発動していないご様子。友達だったわけじゃないから単なる顔見知り程度だが。
「そうだ! サイたちも一緒に見て回らぬか? 皆で回ればきっと楽しいぞ!」
「「え……いや」」
「いいね、一緒に回ろう! あ、妹の小町です! 兄とサイちゃん共々よろしくお願いします!」
俺とサイが同時に断ろうとするが小町に邪魔されてしまった。え、何で頷くの? めっちゃきまずいじゃん。ほら、サイだって涙目だぞ。ぼっちなめんな。
「ウヌ、よろしく頼むぞ、小町! ではサイ行くぞ!」
「あ、ちょっと引っ張らないでよ!」
「ガッシュ! もっと女の子には優しくしなさいよ!」
「……はぁ」
走って行ってしまった3人を見てため息を吐き追いかける高嶺。なんか苦労していそうな奴だな。まぁ、ガッシュの様子を見ると当たり前か。
「お兄ちゃん、これはチャンスだよ」
「チャンス?」
追いかけようとした時、小町が俺だけに聞こえるような声で囁いた。しかし、その言葉の意味がわからず聞き返してしまう。
「サイちゃんってお兄ちゃんに依存してるでしょ? だからああやって友達と触れ合う時間を作ってあげた方がいいって!」
「あー……」
確かにサイは俺に懐いていると言うより依存していると言った方がいいかもしれない。何故、依存しているのかはわからないがさすがに今のままではまずいだろう。
「ん?」
その時、視界の端で黒い2本の尻尾が揺れた。反射的にそっちを見ると東京わんにゃんショーのパンフレットを持った我が奉仕部の部長様がキョロキョロしている。
「あれって……雪乃さん?」
小町も気付いたようで雪ノ下を不思議そうに見ていた。それにしてもどうしたんだ、あいつ。迷子か? ホールの表示番号を確認してパンフレットに視線を落とした。それから周囲を見渡してため息を吐き、歩き出す。壁に向かって。
「そっち壁しかないぞ」
思わず声をかけてしまった。だって、あのままじゃ壁にぶつかっておでこに手を当ててしゃがみこむ姿を見てしまいそうだったから。そして、見ていたところを見られて『ロリコンだけじゃなくストーカーでもあったのね、囚人谷君?』と言われそう。あれ、俺捕まるの確定してるの?
「あら、珍しい動物がいるわね」
「人をホモ・サピエンス・サピエンス呼ばわりするのやめて……俺の人間性が否定されちゃってるだろ」
「間違っていないわ」
「正しすぎるだろ……」
迷子乃下さんはいつも通りでした。すでに心が折れそう。
「それで? 何で壁に向かって歩いてんの?」
「……迷ったのよ」
いや、だからって壁に向かうなよ。どんだけ方向音痴なんですか。
「にしても意外なところで会ったな。何か見に来たのか?」
「……まぁ、色々と」
少し目を逸らす雪ノ下。チラリとパンフレットを見ると猫コーナーに大きく赤丸を付けていた。猫目当てか。
「それにそれはこっちの台詞よ。こんなところに“1人”で来るなんて。てっきり家に引きこもってるのかと」
「は? 何言ってんの? 小町とサイが一緒に……って」
振り返って我が妹の姿を探すがいなかった。神隠し?
「……幻覚でも見てたのかしら。もしくはやっと気が狂ったか」
「おい、やっとってなんだ。やっとって」
そう言いながら携帯を確認すると小町からメールが来ていた。
『サイちゃんたちを見失いそうだから先に行ってるね! お兄ちゃんは雪乃さんとごゆっくり!』
「……だ、そうだ」
携帯を彼女に見せて正気であることを証明する。それを見た雪ノ下は少しだけ残念そうに頷く。何で残念そうなんですかね。
「……雪ノ下」
「何かしら?」
「案内がてら少し話がしたい」
「……案内は必要ないけれど話がしたいなら仕方ないわね」
いや、貴女絶対案内必要でしょ。おっと、思わずサイの口癖が移ってしまった。
「それじゃ、行くか」
「ええ、行きましょう。猫コーナーに」
あ、やっぱり猫コーナーなんですね。
清磨が難し過ぎる件について。
いや、本当に難しいです。もう少し仲良くなればいいんですが、まだぎこちない感じだと思うのであんな風になりました。