やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。   作:ホッシー@VTuber

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結構長くなってしまいました。
なお、話の展開は若干変わっておりますのでご注意ください。


LEVEL.13 群青少女は彼と彼女の背中を押す

「皆の者! よく聞け!」

 群青色の瞳を持つ少女が目の前にいる彼女の部下たちに向かって叫ぶ。

「今、我々は窮地に陥っている。それは大将である我の責任だ。しかし、まだ負けたわけではない! 行け、今こそ我々の本当の力を見せる時だ! さぁ……かかれええええええ!!」

 彼女の絶叫に激昂する部下たち。そして、目の前にいるガッシュに向かって突撃した。

「ぬおおおおおおお!! サイ、やめるのだ!! やめるのだああああああ!!」

 戦いにおいて力量差や大きさは確かに重要だ。しかし、最も大事なのは数である。大勢で襲い掛かって来られたガッシュはなす術もなく群青少女の部下たちに蹂躙された。

「ふっ……我の指揮力にかかればこのぐらい造作もない。さて、次は……」

「ひっ」

 群青少女が次の標的に選んだのは小町だった。普段の群青少女とは全く違った雰囲気に涙目になっている。その時点で勝負はついていた。

「かかれええええええ!」

「きゃあああああああ!」

 小町、敗退。これで残ったのはティオのみだ。だが、ティオは腕を組んで余裕をかましていた。

「サイ……確かにアンタの指揮力はとんでもないものだわ。まさかそんな才能まであるとは思わなかった。でも、どれだけ数が勝っていようと私には通用しな――」

「かかれええええええええ!」

「きゃあああああああ!」

「……ほどほどにしとけよ、お前ら」

 いや、全くその通りだよ高嶺君。本当に何やってんの、あいつら。

「あれは……小町さんとサイさんよね?」

「……ああ、そうだな」

 猫コーナーまでもう少しというところでふれあいコーナーにて騒いでいるサイたちを見つけた。それにしてもサイ、すごいな。ハムスターやウサギを統一しているぞ。ガッシュにはフェレット。小町にはウサギ。ティオにはハムスターが群がっている。高嶺は避難したのか柵の外でカメラを構えていた。多分、ティオに写真を取るように言われたのだろう。おお、今度はハムスターに曲芸をさせ始めたぞ。ハムスターがチューチュートレインしてる。

「まるでサーカスね」

「サーカスってレベルじゃねー。ほら、なんか一匹のウサギを持ち上げて話してるぞ。相槌も打ってる」

「動物の言葉がわかるのかしら……」

 そう言えばサイは時々カマクラとにらめっこしていることがある。あれ、会話してたのか。何でできるんだろう。魔物だからか?

「ティオ、この子耳の裏をくずぐられるのが好きなんだって」

「え? ホント?」

 どうやら本当に会話できるようでサイの言う通り、ティオがウサギの耳の裏をくすぐると気持ちよさそうに目を細めた。

「ガッシュ、その子苦しがってる。離してあげて。後、高いところが好きだから頭の上に乗りたいみたい」

「ぬ? そうか。これでいいかの?」

「コマチ、今持ってる子ばかりじゃなくて足元にいる子も構ってあげて。そろそろ我慢できなくなって飛びかかられるよ」

「いやいや、そんなまかきゃあああああああああ!」

 サイさん、無双。高嶺も唖然としている。もちろん、俺と雪ノ下もだ。

「ん? はいはい、わかったわかった。ここが気持ちいいんでしょ?」

 よしよしとハスムターの頭を撫でるサイの微笑み。それがとても絵になっていた。俺はその光景に思わず、見とれてしまう。どこか儚げで一瞬でも目を離せば消えてしまいそうだったから。

「……そろそろ行くか」

「声かけなくてもいいの?」

「邪魔するのも悪いだろ」

 俺、小動物に嫌われるんだよ。近づいてもすぐに逃げられる。この目か? この目から何か威圧的なオーラが噴出しているのか?

「ええ、そうね。邪魔にしかならないもの」

「そこまで言ってませんよ、雪ノ下さんや」

 何、俺の存在ってそんなに邪魔なのかしらん。そろそろ自分の存在価値が……いや、サイと一緒に答えを見つける約束したからまだある。まだ、俺のライフフェイズは終了してないぜ?

「そんなことより早く猫コーナーに……」

 そこまで言いかけで言葉を失くす雪ノ下。一体どうしたのだろうと彼女の視線を追うと犬ゾーンの文字が目に入った。

「……念のために言っておくがここ子犬ばっかだぞ?」

「子犬の方が……い、一応言っておくけれど苦手ではないのよ? あまり、得意ではないってだけで」

「それを苦手って世間では言うんだけどな」

「それぐらい誤差範囲よ」

 さいですか。

「ところで……比企谷君は、犬派?」

「無派閥だ。派閥とか入らないって決めてんだよ」

「入れて貰えないの間違いではなくて?」

「もうそれでいいから行こうぜ」

 ずっとゲートの前で立ち止まっていたら他の人の迷惑だ。もしいちゃもんとか付けられたら財布を差し出す自信がある。大声でサイを呼んだらハムちゃんたちと共に駆けつけてくれるかな。『サウルク』使うのも視野に入れておこう。

「てっきり犬派だと思っていたけれど……」

「はぁ? 何で?」

 後ろで呟いた彼女に問いかける。何がどこをどうやってそうなったのん?

「……あんなに必死だったからよ」

 彼女の答えは俺に理解出来ないものだった。俺が必死になったのは戸塚のテニス勝負の時とこの間のサイと仲直りした時ぐらいだ。

「あ、そうだ。サイと仲直りしたぞ」

 わんわんゾーンと書かれたゲートを潜り抜けながら報告する。ふれあいコーナー辺りで言おうと思っていたのだが、思わぬ伏兵のおかげで忘れていた。

「そう……まぁ、さっきの様子を見てだいたい察していたわ。でも、なんですぐに来なかったの?」

「色々あってな。だが……その。問題が発生した」

「問題?」

「……由比ヶ浜と余計こじれた」

「はぁ。貴方は本当にごみ……じゃなかったゴミね」

 何の変化もないんですが。真のごみってこと? そろそろ焼却処分されそう。

「だから……お前が何か対策立てても俺は関わらない方がいいと思う」

「……どうしてそうなるのかしら?」

「……色々あったんだよ」

 今、由比ヶ浜と会えば絶対、あの時のことを思い出すだろう。あれは由比ヶ浜に取って思い出したくもない記憶だ。下手したら死んでいたのだから。

「確かに顔を合わせ辛いと思うけれどそんなこと言っている場合ではないわ。実は――」

 彼女が何か言おうとするがその時、トリミングコーナーから一匹のロングコートのミニチュアダックスフントが欠伸をしながらとことこと歩いて来る。飼い主の姿はない。

「さ、サブレ! って、首輪壊れてるし!」

 飼い主らしき人の制止の声で一瞬だけ止まるミニチュアダックスフントだったが無視してこちらに向かって駆け出した。

「ひ、比企谷君……い、ぬが……」

 俺の背後にいつの間にか回り込んでいた雪ノ下が声を震わせてあわあわしていた。珍しい。まぁ、放っておいたら後々面倒だと思うのでミニチュアダックスフントの首根っこを押さえた。カマクラで慣れているからこの手の動物を捕まえるのは得意だ。

 犬は悲しげな声で鳴くが俺を見上げて匂いを嗅ぐ。そして、凄まじい勢いで俺の指をぺろぺろしだした。まさか舐められるとは思わず手を離してしまう。

「あ、バカ。手を離したら……」

 雪ノ下が焦ったように言うが件の犬は逃げることなく俺の足元にじゃれついてからおもむろに転がった。俺に腹を見せてはっはっと舌を出している。

(懐きすぎじゃねーか?)

「この犬……」

「ごめんなさい! サブレがご迷惑を!」

 駆け付けた飼い主が犬を抱き上げて頭を下げた。そして露わになる纏められたお団子髪。これはまさか。

「あら、由比ヶ浜さん」

 雪ノ下が声をかけると飼い主は不思議そうな表情で顔を上げ、目を丸くする。

「へ? ゆ、ゆきのん?」

 そのまま機械的に隣にいた俺を見て顔を強張らせた。

「あ……ヒッキー」

「……うす」

 俺たちの間に嫌な空気が流れる。だが、俺は少しだけ安心していた。由比ヶ浜の目には困惑の色しかないからである。拒絶は視えない。それだけでも十分だった。

「こんなところで奇遇ね」

 俺たちの空気なんかお構いなしに雪ノ下が由比ヶ浜に話しかける。もうちょっと空気詠むこと覚えようか。由比ヶ浜の爪の垢を煎じて飲ませたい。そして、由比ヶ浜には雪ノ下の爪の垢を煎じて飲ませたい。俺はMAXコーヒーが飲みたい。

「そ、そだね。ゆきのんと……ヒッキーも。でも、なんで二人一緒なの? め、珍しいよねー」

 チラリと俺の方を見て目で語りかけて来る。『ゆきのんはあのこと知ってるの?』と。俺は小さく首を振る。伝わったようでホッと安堵のため息を吐いていた。やはり、あのことは由比ヶ浜にとって嫌な思い出になっているようだ。

「……由比ヶ浜さん」

 さすがに俺たちの間に生まれた亀裂に気付いたようで雪ノ下は由比ヶ浜を呼んだ。

「私たちのことで話があるから月曜日……部室に来てくれないかしら?」

「……あんまり、行きたくないかも」

 犬をキュッと抱きしめる由比ヶ浜の表情を見ることはできなかった。

「……私、こういう性格だから上手く伝えられなかったのだけれど……貴女にはきちんと伝えておきたいから」

「……うん」

 由比ヶ浜は短く頷いてそのまま踵を返して去っていく。それを俺たちは黙って見送った。

「由比ヶ浜に話ってなんだ?」

 彼女の姿が見えなくなって雪ノ下に質問する。サイのことではないのは確かなのだが。

「6月18日、何の日か知ってる?」

「……祝日じゃないのは確かだな」

「由比ヶ浜さんの誕生日よ……多分」

 少し自慢げに答えを発表する雪ノ下だったが、語尾に余計な物が付いていた。

「多分、なのか?」

「ええ、アドレスに0618って入っていたから、多分」

「確認は、してないよなぁ」

 そんなコミュ力、こいつにあるとは思えない。俺にもないけど。

「だから、誕生日のお祝いをしてあげたいの。例え、今後由比ヶ浜さんが奉仕部に来ないにしても……今までのお礼は言いたいから」

 雪ノ下にとって由比ヶ浜は初めてできた友達なのだろう。だから、感謝を伝えたい。そして、彼女たちが築き上げた友情を失くしたくないのだろう。

「……俺、いない方がいいんじゃないか?」

 もちろん、サイもだ。俺とサイは今の由比ヶ浜にとって爆弾の導火線に等しい。今はまだ拒絶していないが、いずれそうなるかもしれない。

「いえ……貴方も奉仕部の一員。一緒に祝う義務……いえ、そんな言葉で縛るのは駄目ね。一緒に祝う権利があるの。そして、サイさんにも」

「……」

 俺は彼女の言葉を聞いて少し驚いた。この2か月、俺たちはあの狭い部室で時間を共有した。だが、まさかここまで雪ノ下がこの関係を崩したくないと思っているとは思わなかった。

(俺は……)

 どうすればいいのだろう。その答えは見つからない。

「だから、その……つ、付き合ってくれないかしら?」

 思考の海にダイブしていると不意に雪ノ下がか細い声で囁く。

「……は?」

 それに対して俺は首を傾げるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結論から言うと由比ヶ浜の誕生日プレゼントを一緒に買いに行く誘いだった。混乱していた俺は頷いてしまい、雪ノ下と小町と共に買い物に出かけた。サイはガッシュたちと遊ぶ約束をしてしまったらしく、少し悔しそうに朝早く遊びに行った。さすがに遠いからな。

 その誕生日プレゼントを買う過程で様々なことがあった。小町の失踪。パンさんのぬいぐるみを取ったり、雪ノ下雪乃の姉、雪ノ下陽乃に遭遇したり。まぁ、俺も雪ノ下もプレゼントを買えたからいいとしよう。雪ノ下はふりふりのエプロン。俺は犬用の首輪。

「ねぇ、その荷物は何かしら?」

「……別に何でもねーよ」

 俺の手にあった小さな箱を見て雪ノ下は首を傾げているが何となく答えたくなかったから誤魔化した。見られたら買った理由も話さなきゃならなくなる。

 そして、月曜日。誕生日会をやろうとしたのだが、材木座の依頼のせいで遅くなってしまった。部室に着いて窓の外を見ると夕日が東京湾へとゆっくり沈んでいくところだった。

「けど、どうしようかしら……せっかくケーキを焼いて来たのに」

「へ? ケーキ?」

「ああ、まだ話していなかったのよね。今日は由比ヶ浜さんの誕生日をお祝いしたくて呼んだのよ」

「誕生日……あ」

 忘れていたのか由比ヶ浜は口を開けて声を漏らした。まぁ、最近色々あったからな。自分の誕生日まで気が回らなかったのだろう。

「ハチマン、私プレゼント用意してないよ?」

「お前は俺と一緒ってことにするから安心しろ」

「うん、ありがと」

 他の2人に聞こえないように会話する。『俺と一緒』というのが嬉しかったのかサイは幸せそうな笑顔を浮かべていた。やだ、この子天使。いや、妖精かな。

「ゆきのん、ケーキも焼けるんだ!」

「ケーキだけではないのだけれど……」

「まさか、プレゼントも!?」

 雪ノ下のコミュ力の低さを知っている由比ヶ浜は目を丸くして驚愕していた。無理もない。俺だって驚くよ。

「……私だけが用意しているわけではないわ」

「え……それって」

 それを聞いて今日、初めて俺たちと目を合わせる由比ヶ浜。まだ、その瞳は拒絶ではない。

「あ、あはは。まさかヒッキーたちもプレゼント用意してくれてるなんて……その、少し微妙だったし……」

「……ああ、そうだな」

 俺たちはすでに前のような関係には戻れない。すでに知ってしまったのだ。それを消すことはできない。だから――。

「……別に、誕生日だからってわけじゃない」

「え?」

 戻れないのなら――。

「少し考えたんだけどよ。これで……チャラってことにしないか?」

 ――終わらせてしまえばいい。

 由比ヶ浜が拒絶しないのは俺が事故に遭う原因があるからだ。罪悪感で拒絶できずにいる。こいつは気遣いが出来過ぎるのだ。

 もちろん、こんなの間違っているとは思う。俺ですら気付くような間違いだ。でも、こうでもしないとこいつはいつまで経っても俺たちから目を逸らすことができない。

「だいたい、お前に気を遣われるいわれがないんだよ。怪我をしたのだって相手の入ってた保険会社から金貰ってるし。弁護士とか運転手とかが謝りに来たらしいし」

 これでいい。由比ヶ浜を楽にしてやるにはこれしかない。そのせいで雪ノ下に友達がいなくなっても、部室に前のような騒がしさがなくなっても……由比ヶ浜が壊れるのを防げるのならそれでいい。

「それに……由比ヶ浜だから助けたわけじゃない」

 その言葉を聞いた由比ヶ浜は顔を俯かせてしまう。

「俺が個人を特定して恩を売ったわけじゃないからお前も個人を特定して恩を返す必要はないんだ。けど……今まで気を遣ってくれた分とか迷惑をかけた分は返しておきたい。だから……これで終わりだろ」

 そう、これで終わるのだと思っていた。でも、それは間違っていた。

 

 

 

「それは違うでしょ」

 

 

 

 そんな声が部室に響く。振り返るとサイが笑っていた。その顔は『難しい問題の答えがわかった子供』のようだった。

「ハチマンの言う通りだよ。ユイの犬を助けたのはただの偶然。でもね」

 

 

 

「この間は、ユイを助けたいって心から想ってたよ」

 

 

 

「ッ……」

 由比ヶ浜は信じられないことを聞いた様子で俺を見つめた。俺だって驚いている。誰にも話していないのにサイが知っていたからだ。

「伝わって来たんだ。『ユイを助けたい』って。だから私もユイを助けられた。ハチマンが事故に遭った時はまだハチマンとユイは出会ってなかったけど今は違う。2人はもう出会って、知り合ってるんだよ」

「……ええ、その通りよ」

 サイの言葉に続いたのは雪ノ下だった。

「貴方たちは始め方を間違えただけ……いいえ、始まった時を勘違いしてただけよ。比企谷君が事故に遭った時はまだ始まってすらいなかった。貴方たちの始まりは貴方たちが知り合った時なの」

 俺と由比ヶ浜は黙って雪ノ下の言葉を聞いていた。

「だから、終わり方も勘違いしてるだけ。きっと、その終わり方を見つけるのは大変だと思うけれど、ちゃんと見つけられるわ……貴方たちは」

 そう言った彼女は穏やかで寂しげな笑顔を浮かべる。その瞳が何を映しているのか、俺にもわからなかった。

「じゃあ、私は平塚先生に人員補充の報告をして来るわ」

 そして、思い出したように言って部室を出て行ってしまった。

「……ヒッキー……サイちゃん」

 数秒の沈黙の後、由比ヶ浜が俺たちを呼ぶ。彼女の目に覚悟の色が視えた。

「正直言って……まだわかんない。魔物だとか戦いだとか……やっぱ、わかんない。けど……このままじゃ嫌。また、この部室で皆と一緒にいたい」

「……いいの?」

 サイは不安げに問いかける。孤独を恐れる彼女にとって拒絶は耐え切れないことだろう。しかし、それと同時に無理をさせたくないと思っている。だから、不安なのだ。

「うん。サイちゃんはいい子だし!」

「それだけかい」

「そ、それに……ヒッキーがあたしを、その……助けたいって思ってくれたのが……う、嬉しくて」

 目を逸らしながら由比ヶ浜。聞いているこっちが恥ずかしくなりそうなのだが。

「だから……これからもよろしくお願いします」

「あ、ああ」「うんっ!」

 頭を下げる彼女に俺は戸惑いながら、サイは満面の笑みを浮かべて頷く。

 俺たちはやっぱり間違っていた。勘違いしていた。

 俺は由比ヶ浜が罪悪感で拒絶できないと思っていた。

 由比ヶ浜は俺が彼女を助けたいと願わないと思っていた。

 だから、俺は終わりにしようとしたし、由比ヶ浜は俺たちを受け入れることができなかった。

 それを群青少女が正した。俺たちの背中を押してくれた。

「……ね、これ開けてもいい?」

「お好きにどうぞ」

 俺の許可が下りたからか由比ヶ浜が包み紙を丁寧に開くとその中にあった首輪を見て目を輝かせる。だてに小町の誕生日プレゼントを買わされていない。

「ちょ、ちょっと待って」

 そう言って俺たちに背を向ける由比ヶ浜。30秒もしないうちに前髪をいじりながら顔をあげた。

「に、似合うかな?」

「……」

 いや、確かに似合うんだけどさ。それ、犬の首輪なんだよね。え、これ言わなきゃ駄目? すごく言い辛いんだけど。

「……それ、犬の首輪でしょ」

 さすが猛獣マスターサイ。すぐに気付いた。俺の口から言ったらなんか変態扱いされそうで言いたくなかったからホッとする。

「さ、最初に言ってよ! バカッ!」

 顔を真っ赤にした由比ヶ浜が包み紙を俺に投げつけた。ちょ、目に入った。痛い痛い!

「ホントに、もう! ゆきのんにこの後のこと話して来る!」

「この後?」

「もう遅いからどっかの店に行こうって。サイちゃんも来るよね?」

「うん、行く!」

 手で目を覆っている内に何か決まったようで由比ヶ浜は部室のドアを開け――。

「――ありがと。バカ」

 そう言って出て行った。

「……サイ、サンキュ」

 俺とサイ以外誰もいなくなってしまった部室で俺はパートナーにお礼を言った。こいつがいなかったら俺はまた間違えるところだった。

「ううん、気にしないで。一緒に答えを見つけるって言ったでしょ? 私が間違えた時はハチマンが正してね」

 本当に、こいつは気遣いが出来過ぎる。実際のところ、拒絶されるか心配でずっと震えていたくせに。

「ああ……だからってわけじゃないんだが……ほれ」

 鞄の中から小さな箱を取り出してサイに軽く放る。危なげなくキャッチして首を傾げるサイは俺に視線を向けた。

「その、なんだ……これからもよろしくってことだ」

「っ! あ、開けてもいい!?」

 やっとそれがプレゼントだとわかったのか目をキラキラさせて聞いて来る。ちょっと照れくさかったのでそっぽを向きながら頷く。

「これ……」

 箱を開けたサイの手にはジッポライターがあった。ちゃんと火も点く。少し高かったがこれを見た瞬間、サイに買おうと即決した。

「100円ライターじゃ嫌だろうって思って。そんなんでいいのか知らんけど」

 攻撃呪文を持たないサイにとって唯一の武器はライターだ。でも、100円ライターだとすぐに故障して点かなくなったりしてしまう。だからと言ったわけではないのだが、ジッポライターを買った。これが俺たちの絆の証になると思ったから。

「……いい」

「え?」

「すごくいい……」

 ジッポライターをうっとりした表情で見つめるサイ。子供のように喜ぶか、ごみを見るような目でジッポライターを捨てるかの2択だと思っていたので驚いてしまった。

「ハチマンが……私のために買ってくれた」

「お、おい? サイ?」

「私、幸せだよ。これ、一生大事にするね」

「お、おう……オイルの交換だけはしろよ?」

 肝心な時に点かなかったら洒落にならない。

「うんっ!」

 ジッポライターを胸に抱き、笑顔で頷くサイは夕日に照らされていてとても幻想的だった。

 




これにて第1章は終了です。
本来なら恵とティオを出す予定でしたが、やむを得ず断念。次の章で出そうかなと思っています。
後、活動報告で言おうと思いますが、1週間ほど更新が止まると思います。第1章までは駆け足で投稿して来ましたが、レポートなどがあり時間が取れない状況に陥っております。なので、1週間ほど時間をいただいてプロットを書いたり書き溜めをしたいなと思っていますのでご了承ください。

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