やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。 作:ホッシー@VTuber
目の前で両手を広げている俺を見てレイラは目を丸くし、その拍子に涙が零れる。魔本はナゾナゾ博士に渡し、仲間たちはすぐに駆けつけられないほど遠くにいる。俺は本当に丸腰なのだ。後ろからナゾナゾ博士が何か言っているがレイラに集中しているせいで内容までは頭に入って来ない。
「あ、あなた……本当に死にたいの!?」
三日月のロッドを持つ右手を震わせながらレイラが絶叫する。彼女からしてみれば丸腰で立つ俺はただの死にたがりにしか見えていないだろう。だが、それは違う。そもそも最初から俺たちは戦う必要などないのだ。それを信じてもらうために戦うのは本末転倒。何より、苦しんでいるレイラを攻撃することなんてできるわけがなかった。
「レイラ、もうありもしない石の呪縛に縛られなくていいんだ!」
「まだ続いているのよ! 見たでしょ!? この光の外に出した手が石に変わるのを!」
「ッ――」
さっきレイラは光から片腕だけを出して何も変化しない腕を見て震えていた。まさかあの時、レイラには右腕が石化しているように見えていたのか?
「石に、変わるのがどれだけ……どれだけ!!」
彼女の怒声に応えるようにアルベールの持つ魔本と三日月のロッドが激しく輝く。ゾフィスが施した暗示は“『月の石』の光の外に出たら石化するように見える”というもの。脳とは意外にも簡単に騙される。たとえ、石化している光景が幻覚だとしても脳は本当に石化していると錯覚し、動かすことができなくなるかもしれない。ましてや相手は石の呪縛に縛られているレイラだ。その効果は絶大。甘かった。まさかゾフィスの暗示がそこまで“えぐい”ものだとは思いもしなかった。いくら自分たちが間違っていると言って俺たちを逃がしてくれたレイラでも――。
「――どうすればいいの?」
その時、三日月のロッドを地面に落としたレイラが俯きながら俺に問いかける。アルベールの持つ魔本から光は漏れていない。
「レイラ……」
「わかってる。月の光から出した手もあなたたちには石に変わっていない普通の手に見えてるんでしょ? これがゾフィスの幻覚ということはわかった…でも、どうしようもないのよ! 目の前が真っ暗になって心臓が止まりそうになる! 抑えようがないのよ!」
自分の体を抱きしめ、震えを止めようとするレイラだったがいつまで経っても体の震えは治まらない。ゾフィスの暗示が彼女を精神崩壊させる一歩手前まで追い込んでいるのだ。
――本物の悪はね。こちらが考える最悪な手を打って来るの。だってそれが彼らにとって最も効率的で、合理的で、有効な一手なんだから。
今ならサイの言葉の意味もわかる。王になるために千年前の魔物たちを操り、関係のない人間を捕まえて操り人形に仕立て上げ、逆らったレイラにはえぐい暗示を施す。奴は自分以外の人間や魔物を道具として扱っている。モラルだとか、良心など一欠けらもない。平気で自分以外の存在を犠牲にする悪党。これが、本物の悪なのだ。
「きっと、私の本が燃えて魔界に帰っても……特別に私にかけられたゾフィスの暗示は解けてるかどうか……」
目の前で俯くレイラを見て俺は思わず歯を食いしばってしまう。シェリーに釘を刺されていなければ今すぐにでもゾフィスを倒しに行きたかった。もっと俺たちに力があればレイラはここまで追い詰められなかったと悔しい気持ちで胸が張り裂けそうだ。
「な、何してるのよ、レイラ! どうして目の前の敵を攻撃しないのよ! あなたが役に立たないなら私が――」
「――パティ!」
動かないレイラを見て俺を攻撃しようとしたパティだったがその前にガッシュが彼女の前に躍り出て両手を広げた。
「お主、まだ自分のやってることがわからぬか!?お主たちはレイラたちにやってることがどれだけ酷いことかを!」
「何よ!」
「……」
「……うっ」
ガッシュに叱咤されたパティとビョンコは何度かガッシュとレイラを見た後、下を向いた。きっと心のどこかでわかっていたのだろう。彼女たちの行いがどれだけ千年前の魔物を苦しめていたのか、を。だからこそ、ああやって罪悪感に苛まれ、居心地が悪そうに俯いた。それを見て少しだけ安心してしまう。彼女たちはまだ本物の悪には染まっていなかったのだから。
そんなことを頭の隅で考えていると不意にレイラが口を開いた。
「清麿……私、光の外へ出るわ」
「ッ……いや、さっきの話を聞く限りではマズイ。説得しておいてなんだが……とても危険だ。無理をして外に出てもショック状態に陥ってそのまま精神が壊れてしまうかもしれない」
石化した幻覚を見ただけであれほど震えていたのだ。光の外に出て全身が石化してしまったら彼女はきっと精神が粉々になってしまうだろう。そして、何よりゾフィスの暗示はとても強力だ。石化は幻覚だったと知っていても脳に刻み込まれた暗示はそう簡単に解けるものではない。何の対策もなしに光の外に出るのは危険すぎる。
「……でも、外に出なければもう前に進めなくなる。ありがとう、清麿……感謝してるわ」
「レ――」
俺の制止の声を聞かず、彼女は光の外に出てしまった。しかし、その刹那、彼女は目を見開き、受け身も取らずに仰向けに倒れてしまう。慌てて駆け寄るとレイラは涙を流しながら身じろぎ一つせず、天井を見上げている。急いでその場で膝を付き、目を覗き込むと瞳孔が開いていた。マズイ、このまま放置すれば発狂してしまう。
「レイラ! おい、レイラ!」
彼女の頬を叩きながら呼びかけるが反応は返って来ない。むしろ、どんどん体が冷たくなっていく。ガッシュたちもレイラの周りに集まって必死に彼女の名前を呼ぶがレイラは何も言わない。早く彼女を助けなければ手遅れになる。
今まで読んだ医学書を手当たり次第に思い出しながら彼女を助ける方法を模索する。だが、止血の方法や病名、病状など今は必要ない知識ばかり頭に浮かんでくるだけだった。その中にカウセリングの知識もあったがきっと彼女には俺たちの声すら届いていない。こんな状況ではカウセリングの知識も無駄だ。いや、声が届いていたとしても知識しかないド素人の俺に何かできたとは思えない。こうなったら――。
「ナゾナゾ博士、本を! ガッシュ、レイラを見ろ!」
「な、何!? 清麿、一体何を!?」
「ショック療法だ!
ナゾナゾ博士から魔本を受け取りながらガッシュに指示を出していると影がかかった。咄嗟に見上げるとゾフィスによって心を操られているはずのアルベールが俺たちを――レイラを見下ろしていた。心を操られている彼らは自分の意志では動けない。つまり、レイラはアルベールに指示を出せる状況ではないので彼は自発的にレイラの傍まで移動したことになる。
「……」
アルベールは俺と同じようにその場で膝を付き、地面で寝ているレイラを抱き起し、自分の太ももに乗せた。そして、左手で頭を支え、彼女の右手を握る。その動きはゾフィスに操られているとは思えないほど優しいものだった。
「アル、ベール……」
「……」
俺が彼の名前を呼ぶとアルベールはチラリとこちらに顔を向け、再びレイラに視線を戻す。その拍子に彼の目からポロポロと涙が零れ始めた。彼の涙はレイラの頬に落ち、そのまま静かに流れていく。それとほぼ同時にレイラの左手がピクリと動いた。あれだけ声をかけても身じろぎ一つしなかったレイラが反応を示したのだ。ホッと安堵のため息を吐いて俺は立ち上がる。
「清麿、レイラは……」
「ああ、もう大丈夫だ」
ガッシュの問いかけに手短に答え、レイラたちを指さす。丁度、レイラが意識を取り戻して驚いた表情でアルベールを見上げているところだった。
――お願い。心の呪縛をやぶって……どんな状態でも再びパートナーを持てたのよ。こんな操り人形のような関係で終わらないで。
レイラと初めて会った時、ダルモスの呪文を『ミシルド』で防いでいたレイラが呟いていた。他の千年前の魔物たちはパートナーを道具のように扱っていたが彼女だけはアルベールと本当のパートナーになりたいと願っていた。きっと、今までアルベールを正気に戻そうとずっと話しかけていたのだろう。だが、彼はゾフィスに心を操られていたせいで自発的に行動することはおろか話すことすらできなかった。でも――。
「なによ、アルベール……私の声、届いてたんじゃない」
――彼女の声はしっかりと彼に届いていた。彼女の想いは彼の心に響いていた。その想いに彼は応え、彼女を救った。
そんな2人だからこそゾフィスの呪縛から逃れられたのだと彼女たちの姿を見て俺はそう思わずにはいられなかった。
今週の一言二言
・Fate/EXTRAのアニメが始まりましたね。いやぁ、やはりゲームとは色々違いますね。ゲームをやっていても全然意味がわかりませんでした。いくつか仮説は立てられますが今後に期待ですね。
・アズールレーンでねぷコラボが始まりました。今回が建造でしかコラボキャラは出ませんが後はノワールだけになりました。課金せずにノワール以外の5人を揃えられたのは奇跡としか言いようがないですね……。