やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。 作:ホッシー@VTuber
あれだけ攻撃しても怪我はおろか怯ませることさえできなかったデモルトはぐったりとした様子で膝を付いた。それに遅れて『バオウ・ザケルガ』を放ったガッシュが地面に叩きつけられる。生身で何度もデモルトの攻撃を受けたのだ。受け身すら取れないほど彼も限界だったのだろう。そう言う俺も体から力が抜け、うつ伏せで地面に倒れた。
(やったか……?)
顔を懸命に動かしてデモルトを観察する。『ザケルガ』を連発して最大限にまで力を溜めた『バオウ・ザケルガ』を奴の弱点であるうなじに叩き込んだのだ。さすがのデモルトもあれを喰らって無事でいられるはずが――。
「……ォ」
――しかし、俺の予想とは裏腹にぐったりとしていたデモルトの口から小さな声が漏れ、奴はゆっくりと顔を上げた。
「オオオオオオオオオオ!!」
そして、まだやられていないことを証明するように大気が震えるほどの声量で雄叫びを轟かせる。『バオウ・ザケルガ』を放つ直前、ガッシュは『ヘドュン・ゼモルク』によって体勢を崩された。そのせいで僅かに急所を外してしまったのだ。
今の一撃は俺たちの全てを込めた
「ガァアアアアッシュ! 体勢をたてなおせ! もう一度だ!」
きっと、奴のうなじに威力を最大限に高めた『バオウ・ザケルガ』を撃ち込むのは至難の業。だが、だからと言ってそれが諦める理由にはならない。確かに絶望的な状況だが俺たちはまだ生きている。ならば、最期まで足掻き続ける。それがどんなに惨めでも構わない。過程はどうであれ最後に立っていた人が勝者なのだから。
「ゼェ……ゼェ……そ、そうだ、清麿! 負けては、ならぬぞォ!」
「ハァ? ぶっ倒れてる奴がいきがんな! 吹っ飛んでから今のてめぇらの状態を悔やみやがれ!」
身動きの取れない俺の方によろよろと近づきながらガッシュが叫ぶもそれを遮るようにヴァイルがデモルトに指示を出す。よほど『バオウ・ザケルガ』を喰らってイラついていたのだろう。デモルトは倒れている俺目掛けて全力で右拳を振るった。慌てた様子で駆け寄るガッシュが視界の端に映るがあれでは到底、間に合わない。ウマゴンやレイラも初動が遅れたせいで彼らがどうにかする前に俺の体は奴の拳でぺしゃんこにされてしまう。
「『スオウ・ギアクル』!」
万事休すか。そう思われた時、横から飛んで来た水龍がデモルトの拳に噛み付いた。あの術には見覚えがある。そう思いながら水龍が飛んで来た方へ顔を向けるとガタガタと震えながらもしたり顔で両手を前に突き出しているパティと彼女の後ろに立つパートナーのウルル。そして、彼女たちの隣にはビョンコとパートナーの老人を見つけた。
「ガ、ガガガガガ……ガッシュちゃん! これで、私がいかに大切な人かわかったかしら?」
「……ハハ」
これは思わぬ助っ人だ。下の階で別れた時の様子からしてここには近づかないと思っていたが俺たちの――いや、ガッシュのために助けてくれた。よろよろと俺の傍に歩み寄ったガッシュもパティたちを見て嬉しそうに頬を緩める。
「……」
「ひっ……さ、ささささささ、さぁ! ガッシュちゃんたちは休んでて!」
デモルトに睨まれて小さく悲鳴をあげたパティだったがそれでも気丈に振る舞う。ビョンコの力は未知数だが彼らの表情から察するにデモルトを倒せるほどの力は有していないだろう。だが、先ほどの台詞から時間稼ぎするつもりらしく、その間に俺たちの体勢を立て直すことができる。奴らはこの階層から離れられないため、最悪、『月の石』の光を浴びに下の階に撤退することも視野に入れておくべきだろう。
「チッ、うっとおしいのがチョロチョロと増えやがって……まったく、下級呪文だけで倒せると思ったのによ」
その時、ヴァイルがパティたちを見ながら聞き捨てならないことを呟いた。『下級呪文だけで倒せる』ということは今まで奴らが使っていた呪文は全て下級呪文ということになる。そして、奴の口ぶりから推測するに今までとは比べ物にならない強力な呪文を使うつもりか!
(こんな状況でそんな呪文を使われたら!?)
「デモルトがちんたら遊んでるせいでレベルの高ぇ呪文を使わなきゃいけねぇじゃねぇか! まずはゴミ掃除だ! 『ラギアント・ジ・ゼモルク』!」
ヴァイルが呪文を唱えるとデモルトの右腕の角が仰々しい巨大な装置に変形した。正面から見ているせいでその装置の詳細はわからないがおそらく何かを撃ち出す武器。そして、その撃ち出される何かは既に装填されている巨大な柱だ。
「ヌゥウ!」
デモルトが照準を俺に向けると同時にガッシュが守るように俺の前で両手を広げた。ウマゴンとサンビームさん、レイラが慌ててこちらに向かって来るのを尻目に魔本を体の下に隠す。
「マキシマム!」
「ヌァアアアア!」
「ガッ……」
デモルトの掛け声と共に巨大な柱が撃ち出され、ガッシュが体を張って受け止めた。だが、体の小さいガッシュでは到底、受け止め切れるはずもなく後ろで倒れていた俺にも凄まじい衝撃が襲った。
(これ、は……)
目の前が真っ白になり、周囲の音も聞き取れず今どんな状況なのか確認することができなくなった。チカチカする視界の中、俺とガッシュの前に誰かが割り込んだのが見え、再び体がバラバラになりそうな衝撃が襲う。
「――!」
「『――』!」
幽かに聞き取れた音が何か判別する前に衝撃。駄目だ、もう意識を保っていられない。まさかデモルトの中級、もしくは上級呪文がこれほどの威力だったとは。
「――!」
「『―・――』!」
朦朧とする意識の中、最後に五感で認識できたのはいくつかの言葉と4度目になるあの凄まじい衝撃だった。
「次はてめぇらだ! 『ディオエムル・ゼモルク』!」
ボロボロになったガッシュたちを見て次の標的をパティに変えたヴァイルはウォンレイを苦しめたデモルトの拳に炎を纏わせる呪文を使った。それを見ながら私は悔しさのあまり、奥歯を噛みしめる。
『ラギアント・ジ・ゼモルク』。私の最大呪文である『マ・セシルド』をいとも簡単に砕いた呪文。今回は絶対に防いでみせると恵と一緒にキャンチョメが変化した壁から身を乗り出して術を使ったが結果は変わらず、巨大な柱は『マ・セシルド』を粉々に粉砕し、ガッシュたちをまとめて吹き飛ばした。
「くっ……」
視線をパティたちからガッシュたちに移すと最初に狙われたガッシュと清麿はもちろん、助けに入ったウマゴン、サンビーム、レイラ、アルベールも地面に倒れている。また、守ることができなかった。ここに来る前に戦った棍を操る魔物との戦いでも私の盾は簡単に砕かれ、皆、傷ついた。ウォンレイが何とかしてくれなかったら私たちはあそこで魔本を燃やされていただろう。私の力では皆を守ることはできないのだろうか。
「ナゾナゾ博士、フォルゴレさん! 清麿君たちをここに運んでください!」
そんな私の思考を吹き飛ばす声が後ろから聞こえた。振り返ると魔本に心の力を注ぎながらフォルゴレとナゾナゾ博士に指示を飛ばす恵の姿を見つける。彼女の指示を聞いて硬直していた2人はハッとして慌ててガッシュたちの元へ急いだ。
「め、ぐみ?」
「ティオ、早くこっちに! ナゾナゾ博士たちが清麿君たちを運んでる間にウォンレイに『サイフォジオ』を使うわ!」
戸惑う私の手を引いてキャンチョメの壁に向かう恵。そういえば恵は棍を操る魔物と戦った時もデモルトに『マ・セシルド』を破壊された時も今のようにすぐに次の行動を取っていた。決して下を見ず、ただ勝利するために動き続けていた。
(どうして、恵は……)
「リィエン、少し離れて! 『サイフォジオ』!」
未だに呼吸が安定せず、動かすことのできないウォンレイの胸に回復の剣を振り降ろしながら私は不思議に思ってしまう。諦めずに前を見続けることができるのだろう。私はもう諦めてしまったのに彼女は何故、心が折れないのだろう。今だってガッシュたちが倒されてしまったのに彼女の瞳に絶望の色はなかった。
「……駄目。まだ目を覚まさないアル!」
「でも、さっきよりも顔色は良くなったわ。呼吸も少し安定し始めた。もう少しすれば下の階に移動させてもいいかもしれない。ナゾナゾ博士に診てもらいましょう」
泣きながら恵に叫ぶリィエンを落ち着かせるように言いながらナゾナゾ博士の方を見る。まだ彼らはガッシュたちを運んでいる途中でウォンレイを診られる状態ではない。
「キャンチョメ君、デモルトの様子は?」
「うぇ!? え、えっと、パティたちが必死に戦ってるよ!」
「……なら、私は少しでも心の力を回復するために集中するから清麿君たちを運び終えたら教えて」
そう言って恵はその場に正座して目を閉じてしまう。それからほどなくして魔本が淡く輝き始めた。
頼みの綱であるガッシュの最大呪文『バオウ・ザケルガ』はデモルトに通用しなかった。
奴の術によってガッシュたちは戦闘不能。今はパティたちが何とかしてくれているがそう時間は稼げない。
『マ・セシルド』は二度も砕かれた。
ウォンレイは未だに目を覚まさない。
そんな絶望的な状況でも集中できる彼女を見て私は戦慄してしまう。それと同時にどこか恵が遠い存在に思えてしまった。
すっかり
「恵、運び終わったぞ!」
「ありがとう! ナゾナゾ博士、ウォンレイの容態を診てあげてください! フォルゴレさんは清麿君たちが目を覚ました時に説明できるように戦況を見ておいて! ティオ、行くわよ!」
「え、ええ!」
「『サイフォジオ』!」
一箇所に集められたガッシュたちの上に回復の剣を移動させ、効果を発動させる。『サイフォジオ』は対象に剣を刺すことで対象を回復させる呪文。意識があればいつぞやのように体を重ねるようにしてまとめて剣を刺せるが今は全員、気絶している。だが、剣を刺すのではなく掲げても複数人をまとめて回復することができる。もちろん、複数人を同時に回復させるため、一人一人に対する効果は小さくなるが恵の心の力は少ない現状、そう何度も『サイフォジオ』を唱えられない。
「お願い、目を覚まして!」
懸命に魔本に心の力を注ぎながら叫ぶが私の願いは届かず、『サイフォジオ』が消えても大きな傷が治っただけで彼らは目を覚まさなかった。
「恵、もう一回!」
「……駄目、心の力が少ない。発動はできるけど十分には回復できない。もう少しだけ待って。また心の力を回復させるから」
ガッシュたちが目を覚まさなかったせいで焦る私に対し、恵は冷静にそう判断して再び、目を閉じてしまう。淡い光に照らさせる彼女の表情を見て不意に昨夜のことを思い出した。
――八幡君……。
目を覚まさない八幡に『サイフォジオ』を何度も撃ち込んだ昨日の夜。彼女は心の力を回復させながら八幡の名前を呼び続けていた。今の恵と昨夜の恵の顔は全く同じ。きっと、同じ想いを込めているのだろう。
八幡は自分を犠牲に私たちを守ってくれた。そして、そんな彼に最も罪悪感を抱いていたのは恵である。もしかしたら、恵が頑なに諦めないのは八幡のおかげなのかもしれない。
彼の犠牲を無駄にはできない。
彼の分まで私が頑張らなきゃならない。
帰った時、彼に笑顔で会えるように諦めるわけにはいかない。
こんなところで倒れていてはいつまで経っても彼の隣に立てない。
そんな気持ちが魔本を通じて私に流れてきた。ポカポカと、それでいてギュッと胸がしめつけられ、思わず胸に手を当てる。
「……ティオ」
「ッ……な、何?」
ハッと我に返ると恵が心配そうに私の顔を覗き込んでいた。咄嗟に顔を背けるが恵の視線は私から外れない。
「……前にね。八幡君に言われたんだ、『なんで守ることに固執するんだ』って」
「へ? そりゃ、私の力は守りだから」
思わず、言いかえすとクスクスと笑う恵。何だか馬鹿にされているような気分になって再びそっぽを向いた。そんな私を放って恵も続きを話し始める。
「うん、私もそう思ってたの。でも、『守る守られる』のは違うんだって。そんな一方通行な関係じゃないんだって。彼からしてみれば『守られる』ことよりもサイちゃんのプレゼントを選ぶ方が大事みたい」
「は、はぁ!? 何よそれ、私の力は必要ないって言うの!?」
「ううん、そうじゃないわ。守ることばかりに固執するんじゃなくて『自分にできることをすればいい』。そう言ってた」
「自分に、できること……」
「だから、ティオ。今は私たちにできることをちゃんとやろう。自分にできることを一つ一つやればきっと勝てる」
多分、私が『マ・セシルド』を砕かれたせいで落ち込んでいると思ったのだろう。笑いながら励ました恵は魔本を開いて気絶しているガッシュたちの方を見る。つられるように私も彼らを見た。
(自分にできることを、一つ一つ……)
「……ねぇ、恵」
「ん?」
「恵はどうして……諦めずにいられるの?」
「……彼ならこんな状況でも諦めずに戦い続けるだろうから、かな?」
私の質問に答えた彼女は魔本に心の力を込め始める。それを見ていつもの癖で両手を真上に掲げた。
恵は八幡に対する恋心に気付いた。たったそれだけなのに彼女はここまで強くなることができた。リィエンもウォンレイと少しでも長くいるために戦い続けている。サイだってそうだ。皆、誰かを好きになってその気持ちを原動力に前を見ていた。
なら、私は? 私はどうなのだろう。一体、どんな気持ちを原動力にすれば前を見ることができるのだろうか。私にとって譲れないものは何なのだろうか。
「『サイフォジオ』!」
「はぁあああああああ!!」
回復の剣を掲げながら今もなお眠り続ける仲間たちをよく観察する。
一番酷い怪我を負っているのはガッシュだ。『ラウザルク』を使わずにデモルトの攻撃を何度も受けていたから当たり前である。
最も顔色が悪いのは清麿。人間なのにガッシュに指示を出すために危険を顧みずデモルトに近づき、冷静に戦況を分析して『バオウ・ザケルガ』を奴の急所に当てた。
他の皆も苦しそうに呻き声を漏らしている。ここに来た時、すでに彼らの服はボロボロだった。私たち同様、強い千年前の魔物と戦ったのだろう。
「お願い、目を開けてッ!」
そんな彼らの姿を見て私は自然と涙を流していた。
ああ、そうか。嫌なんだ、これ以上彼らが傷つく姿を見るのが。これ以上、目の前で誰かが傷つくのを見たくないんだ。たとえ『サイフォジオ』で傷を消せたとしても彼らが怪我をした事実は消えない。
だから、守りたい。私の力で皆を傷つけるものから守りたい。
そう、これが私の――。
長くなったので中途半端ですがここで区切ります。
今週の一言二言
・2月25日の京都ボカロ合同イベ、お疲れ様でした。とっても楽しかったです。私はうさぎの宴0次会目的で行きましたが他のイベントでも色々と買ったりして楽しむことができました。いつになるかわかりませんがまた参加したいです。