やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。 作:ホッシー@VTuber
予定通り、本日から更新再開です。
これからも『俺ガッシュ』をよろしくお願いします。
「……」
群青色のオーラを纏ったサイが少し離れた場所で目を閉じて俺が考えた片手を体で隠す例の構えを取っている。それを俺たちは固唾を飲んで見守っていた。その緊張感に喉の渇きを覚えたのかごくりと誰かの生唾を呑む音が聞こえたような気がした。
「ッ――」
それが合図となったのか目を開けたサイはグッと重心を低くし、一瞬でその姿を眩ませる。そして、ズドンという“何かを殴る音”と踏み込んだサイの脚力で地面が砕け散る音が同時に聞こえた。
「ごぼ……」
『ザグルゼム』と『サザル・マ・サグルゼム』により極限まで威力を引き上げた『バオウ・ザケルガ』は見事、デモルトを一撃で戦闘不能に追い込んだ。しかし、肝心の魔本は奴のパートナーと共にお腹の中にある。奴を魔界に帰すためには何とかして魔本を吐き出させなければならなかった。そのためには強い衝撃を奴の腹部へ広範囲に与えなければならない。
「……うーん、やっぱり駄目みたい」
そこで素の腕力が高く、肉体強化一つでデモルトを仰け反らせることができたサイの『サウルク』パンチで倒れている奴の無防備な腹部を殴り、吐き出させようとしたのだがなかなか上手くいかない。威力は十分だが幼女の拳では面積が足りず、吐き出すほどの衝撃を与えられないようだ。まぁ、あれは“殴る”というより“拳を突き刺す”と表現した方がいいだろう。
「も、もぅ……や、めて……」
さすがに強化されていない状態で『サウルク』パンチを連続、しかも同じ場所に受けたのは堪えたのかデモルトの口から弱々しい命乞いが漏れた。だが、サイは意図的にそれを無視して俺に顔を向ける。
「ハチマン、心の力は?」
「あんまりないぞ」
「なら、一瞬だけ『サグルク』唱えて。もっと威力あげれば吐き出すかも」
「ゆ、許し、て……」
「サイ、ストップ! ストップ!」
どうすればデモルトが吐くか考えながらスタート地点に戻っていくサイの耳には奴の声は届いていないらしい。さすがにデモルトが可哀そうになってきたのかあれ以来、ずっとテンパっている大海を宥めていたティオが慌ててサイの後を追いかけた。
「まさかこんなところで手こずるとは……」
「攻撃呪文の少なさが仇になったな」
ガッシュに背中を支えてもらっている高嶺の呟きにため息交じりに返す。ここにいる魔物の中で純粋な攻撃呪文を所持しているのはガッシュのみ。しかも、『バオウ・ザケルガ』は言ってしまえば雷の塊なので衝撃を与えることはできない。しかし、最も可能性があったサイもあの調子だ。これ以上続ける意味はないだろう。
「こうなったらウォンレイの目が覚めるのを待つしかなさそうだ」
「ウォンレイ……あぁ、ナゾナゾ博士と一緒に助けに来てくれた奴か」
一応、サイから俺が寝ていた間に起きたことは教えて貰ったが、攻撃に特化していることぐらいしか知らない。まぁ、高嶺がそう結論付けたのだ。きっと、ウォンレイならデモルトの腹から人間を吐き出させることができるのだろう。
「ハチマン、ただいま」
「おう、お疲れ」
「別に疲れてないよ。結局、吐き出させられなかったし。素直にウォンレイたちを待つことにした」
その時、ティオの説得が実を結んだようでサイが帰ってきた。ほんの少しだけ不機嫌そうなのでもう少しデモルトを殴りたかったようだ。俺が寝ていた間、ずっと戦うのを我慢して俺の傍にいたからフラストレーションが溜まっていたのだろう。とりあえず、『サウルク』は解除しておこう。もう心の力が底を尽きそうだ。
「ぬぅ……」
「どうした、ガッシュ」
サイの言葉に高嶺の後ろにいたガッシュが声を漏らす。そちらを見ると彼はどこか焦った様子で俯いていた。そんなガッシュに高嶺も気付いたのか不思議そうに問いかける。
「ブラゴとシェリーは大丈夫かのう」
「……ブラゴとシェリー?」
聞き覚えのない名前に首を傾げてしまう。サイの話にはそんな名前の奴らは出て来なかった。ガッシュが心配しているので少なくとも敵ではないようだが。
「俺たちがピンチの時に助けてくれたんだ。今、ゾフィスと戦ってる」
「仲間……って、わけじゃなさそうだけど」
「ゾフィスのパートナーがシェリーの親友で……ゾフィスを相当恨んでいるみたいで逆に手を出すなって脅されたほどだ」
「……敵の敵は味方って言葉がふさわしい関係だな」
俺の言葉に高嶺は苦笑を浮かべ、すぐに目を伏せた。きっと、彼もブラゴとシェリーの身を案じているのだろう。ゾフィスと戦うことを望んだのは彼らの意志だが、それでも心配してしまうのが彼らだ。
「大丈夫じゃない? まだドンパチやってるし」
そんな2人の気持ちを察したのかサイがどこか他人事のようにある方向を見ながら言った。彼女の見ている方向にブラゴたちがいるのかもしれない。そっちに意識を向けると微かではあるが負の感情が乗った魔力を感じる。俺に異常が起きていないので遠くで戦っているのだろう……と、分析してみたが負の感情が乗った魔力限定ではあるが疑似魔力探知している俺、マジやばくね? この前まで普通の人間だったはずなのに一部の魔物にしかできないことができてるんだけど。
「詳しい戦況は?」
「んー……ちまちま戦いながらどんどん離れてるっぽい。時間稼ぎしてるんだと思う」
「時間稼ぎ……そういえば、あの時のゾフィスの傍にパートナーはいなかった」
つまり、パートナーと合流、もしくは何かしらの準備をしているのか。サイによればゾフィスはテンプレ悪役らしいので面倒なことになりそうだ。
「まぁ、そんな心配しなくても大丈夫でしょ……あの子ならきっと」
「え、それはどういう……お、おい!」
高嶺の疑問に答えずにサイは俺の手を握ってぐいぐいと引っ張り始めた。抵抗する理由がないのでそのまま引きずられるようにその場を離れる。後ろから高嶺の声が聞こえるが俺もサイもそれを無視して崩壊していない壁へと向かった。
「……」
「……」
その道中、俺たちはずっと無言だった。高嶺だけじゃない、俺だって先ほどの彼女の言葉は気になる。でも、彼女の背中が何も聞くなと言っているように見えて何も聞くことができなかった。
サイは自分の過去を明かそうとしない。おそらく、ブラゴという魔物と過去に何かあったのだろう。彼女が俺にブラゴとシェリーについて話さなかったのもそれなら納得だ。
「ねぇ」
もう少しで壁に辿り着くところで不意に後ろから声をかけられ、俺たちは足を止める。振り返るとそこにはレイラとデモルトとの戦いの最中に意識を取り戻したアルベールが立っていた。
「どうしたの?」
「さっきのお礼を言おうと思って。すごく戦いやすかったわ、ありがとう」
『ザグルゼム』を当てるためにデモルトを足止めしたのはレイラだが、あの三日月は攻撃する度に数が減っていく。それを少しでも抑えるためにサイはデモルトの周囲でひたすらフォローしていた。
「別にお礼を言うほどじゃないでしょ。自分にできることしてただけだよ」
「それでも、よ。やっぱり、援護ありなしじゃ全然違うわね」
「……前にも援護されたことがあるのか?」
サイが本格的にフォローに入った時に『援護されるのは何度も経験している』と言っていた。あの時のレイラはサイのフォローも計算に入れて三日月を操っていたような気がする。
「ええ……少しの間だったけど一緒に行動してた子がいたの。あの子も支援型の魔物で、とても優しい子だったわ。もう、彼女の名前も顔も覚えてないけど彼女の温かい魔力だけは今でも思い出せる」
千年もの間、封印されても色褪せらなかった思い出話を語った彼女の口元は楽しげに緩んでいた。彼女にとってその魔物と過ごした日々は本当に大切なものだったのだろう。いや、その思い出があったからこそレイラは冷静に己の間違いを認めることができたのかもしれない。
「なんか一方的に話しちゃってごめんなさい。援護の仕方は彼女とまったく違うけどやっぱり懐かしくなっちゃって」
「ううん、別にいいんだけど……その魔物はどんな援護の仕方をしてたの?」
同じ支援型と聞いて気になったのか少し遠慮がちに質問するサイ。特に気にすることなく――むしろ、話したいと言わんばかりに笑顔を浮かべたレイラはすぐに答えてくれた。
「他の人に肉体強化を施したり、回復したり……今思えばずっと彼女と一緒にいたらゴーレンの呪いも解呪してくれたかも」
「……え?」
待て、“ゴーレンの呪いを解呪する”と言ったか。その話、
「なにより――」
あまりの衝撃的な思い出話に体を硬直させている俺とサイに気付かず、彼女は更に言葉を紡いだ。
「――すごかったのは彼女が戦うんじゃなくて“術によって強化されたパートナー”が戦ってたことかしら。デモルト相手に時間稼ぎしてた時のあなたたちみたいに」
クリスマス会のお話に出てきた劇の中で言っていた『エル(仮)たちに手を貸した天使(魔物)』はレイラではありません。
レイラとエル(仮)はゴーレン討伐前に少しの間だけ行動を共にし、別れたあとレイラはゴーレンに石にされ、エル(仮)は別の魔物と手を組んでゴーレンを倒しました。
今週の一言二言
・最近、ニコ生でスカイプを使って遊戯王するのにはまっています。今日の更新が遅くなったのも遊戯王カードを買いに出かけていたからです……すまぬ。
・あ、ガルパ始めました。