やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。 作:ホッシー@VTuber
『私の本を燃やして』
レイラの言葉は俺たちを沈黙させるには十分なほど重みがあり、なにより彼女の表情は真剣そのもので本気で言っていることは誰にでもわかることだった。
「やっぱり行くんだ」
そんな沈黙を破ったのはいつの間にか俺の隣にいたサイ。チラリと彼女を見れば何となく予想していたのか、無表情だった。本当に確認のためだけに投げかけた言葉なのだろう。
彼女は最初から
「うん……でも、当然のことだもの。私は今の魔界の王を決める戦いには関係ない魔物。それにね、魔界に帰る恐怖がなくなったのもあるわ。あなたたちがいる魔界なら……千年経っていても楽しく暮らせる。そう思えたのはあなたたちのおかげよ」
そう言いながらレイラは自分の周りに集まっていたサイとウォンレイ以外の魔物組をぐるっと見渡し、最後にサイを見て微笑んだ。まさか自分も感謝されるとは思わなかったようでサイは少しだけ狼狽えた後、気恥ずかしげに顔を背けた。なんだこの可愛い生き物。今すぐ家に持ち帰って愛でたい。
「それにアルも早く自分の国へ帰してあげないと……家族が心配してるわ」
「……オレは別にいいんだがな。学校なんて退屈だし」
お、なんだ、アルベール、お前もこっち側……いや、違う。あいつはただの気怠けイケメンだ。面倒臭いと言いながらも面倒事に首を突っ込んじゃう奴だ。くそ、イケメン滅びろ。
「アル、あなたは最高のパートナーだったわ。ありがとう」
心の中で呪詛を送っていると唐突にアルベールの腕をよじ登ったレイラがお礼をいいながら彼の頬にキスを落とした。ガチで滅びればいいのに。
い、いや、俺にはサイがいる。きっと、サイだって俺の頬にチューぐらいしてくれ……たわ。普通にディスティニーランドでしてくれていたわ。なんだ、俺も
そんなこんなでサイのジッポライターでレイラの魔本に火を点け、レイラの体が透け始めた。これで千年前の魔物全員が魔界へと帰る。自分たちが暮らしていた頃から千年経った魔界へと。
「ウヌウ、レイラ、本当にありがとうなのだ! お主がいなかったら絶対にこの戦いに勝てなかったのだ!」
「王になって……あなたたちの誰かが必ずなるのよ! 立派になったあなたたちと再会するのを魔界でずっと待ってるわ!」
仲間たちが涙を流しながら戦友との別れを惜しんでいる。それを俺とサイは少しだけ離れた場所で眺めていた。俺はレイラとそこまで話していないし、一緒に戦ったのもデモルト戦の終盤だけ。あの中に混ざるのは些か気まずい。サイも俺と同じなのか俺の手を握って静かに佇んでいた。
「サイ」
しかし、そう思っていたのは俺たちだけだったようでレイラ本人がこちらに駆け寄って来る。すでに彼女の体はほとんど見えない。1分もせずに彼女は魔界へと帰るだろう。
「あなたのおかげで……ううん、一緒に戦うあなたたちを見てあの子と一緒にいた頃を思い出すことができた。サイ、八幡、頑張ってね。あの子たちと同じように
そこで青紫色の魔本は燃え尽きてしまったのか。その言葉は最後まで聞こえず、レイラは魔界へと帰って行った。
(手を繋いで、ね)
彼女の言葉を頭の中で繰り返したからか、無意識の内にサイに視線を送っていたようで俺を見上げたパートナーを目が合う。そして、ほぼ同時に頬を緩めた。
『人間と魔物の恋物語』に登場する魔物とそのパートナーがどんな戦い方をしていたのかは知らない。だが、彼らを実際に見た
「終わったな……」
「ウム」
高嶺の呟きにナゾナゾ博士が頷き、マントをはためかせながら俺たちの方へ振り返る。自然と皆の視線がナゾナゾ博士に集まった。
「君たちの戦いはこれからだ。レイラも言ったがこの中の誰かが、必ず魔界の良き王になるのじゃぞ!」
そう言ってナゾナゾ博士はそっと手の甲を上にして前に腕を伸ばす。それを見た高嶺たちが彼の手の上にどんどん自分の手を重ね始めた。
「ほら、八幡君、サイちゃんも」
それをぼーっとしながら見ている俺たちに気付いた大海が笑顔で手招きする。他の皆も待っていてくれているのか俺たちの方を見ていた。
「お、おう」
「……うん」
こんな青春っぽいことをする日が来るとは思わず、少しだけ緊張しながら手を重ねる。それを見たサイも数秒ほど躊躇った後、そっと俺の手の上に小さな可愛らしいお手々を乗せた。
それからはなかなかハードなスケジュールで行動する羽目になった。俺たち学生組は学校があるし、大海などそこに仕事も加わる。そのため、少しだけ早く帰国できるようにアポロに連絡を取り、急いで街へと戻ったのだ。もちろん、飛行機の手配など色々な手続きがあるため、ホテルに一泊した。それもう泥のように眠った。
そして、次の日には飛行機に飛び乗り、日本へと向かう。乗継などもあるがあと数十時間後には日本に着き、すぐに学校が始まる。移動なども含めて1週間も学校を休んでしまったが平塚先生になんて言い訳しようか。どんな言葉を紡いでも殴られるビジョンしか浮かばない。服の下に雑誌でも仕込んでおこうか。
「八幡君、体の調子はどう?」
飛行機に乗って1時間ほど経った頃か、俺の隣でスースーと気持ちよさそうに眠るサイ(俺のことを眠らずに看病してくれたらしいので疲れていたのだろう)を見ていると不意に通路を挟んだ向こうの席に座っていた大海が声をかけてくる。昨日のこともあり、彼女は何かと俺の体調を気にしていた。
「別にどうってことないぞ」
「……」
「……何だよ」
じーっと俺の顔を覗き込んでくる大海から目を背ける。だが、そんな俺の反応を見て満足したのか大海はくすくすと笑った。なに、からかわれたの、俺。やめてくれませんかね、心臓に悪いんで。危うく惚れちゃうところだったわ。しかし、その瞬間、頭の中にサイの群青色の瞳が浮かんだのは何故だろう。思わず、ぶるっと体を振るわせちゃったんだけど。
「八幡君」
「あ?」
「確かに、見たよ。八幡君とサイちゃんが見つけた
名前を呼ばれて視線を彼女に戻すと真剣な眼差しを俺に向けながら大海が言った。
俺とサイが一緒に導いた解答を見て赤ペンで丸を付けてくれた。
それが嬉しくて顔がにやけてしまいそうになり、慌てて顔を窓の方へ逃がす。
「……そうかよ」
「うん」
彼女の顔は見えていないが声音だけで笑っていることぐらい容易に想像できた。くそ、からかわれたままなのはなんか悔しい。でも、やり返せばセクハラで訴えられて日本に着いた直後に豚箱に入れられてしまうかもしれない。いや、捕まっちゃうのかよ。
そんなどうでもいいことにセルフツッコミを入れていると不意に笑っていた大海が『でも』と話題を変えた。
「まさかサイちゃんがブラゴと知り合いだとは思わなかったわ」
「まぁ、な。こいつ、本当に過去に繋がることは何も――」
――お前……あいつの妹か?
待て、おかしくないか。明らかに“おかしい”。
確かにサイとブラゴは知り合いだった。2人の反応を見ればすぐにわかる。
なら、どうしてブラゴはサイを
もし、サイとブラゴが魔界で親しい関係であればサイの家族構成も知っているはず。つまり、彼女たちはそこまで仲はよくなかった、もしくはお互いの容姿と名前を知っている程度の知人。だからこそ、サイは“マイ”という偽名を使った。名前を言ったら自分がサイだとばれてしまうから。
しかし、ブラゴはサイの遠目で見てすぐにサイだと気付き、近づいたところで『こいつはサイの妹』だと認識した。その原因は――。
――じゃあ、本当は何歳なんだ?
――知らない。でも、年上だとは思う。
パスポートを作った時にサイの年齢は6歳ではなく、ガッシュたちより年上だと言っていた。その時は1歳や2歳だけだと思っていた。身長がガッシュたちと同じぐらいだったし、成長しにくい体質なのだと思っていた。
だが、仮に……仮にだがブラゴがサイを見て“妹”と認識してしまうほどサイが成長していなかったら? サイとブラゴが出会った頃からサイの身長が変わっていなかったら? それこそ、時が止まってしまったように。
(もしかして、サイ……お前……)
本当はいくつなんだ? どうして、体が成長してないんだ? 一体、お前の過去に何があったんだ?
「ふふっ……ハチマーン……」
そんな疑問に答えてやる義理はないと言わんばかりにサイは俺の手を握りながら幸せそうに眠っていた。
「おーい、ハイちゃーん……どこまで行くのー?」
少し遠い場所でユウトの情けない声が聞こえた。でも、そんなことよりも大事なことがある。こっちかな? いや、あっちか? うーん、この辺りはごちゃごちゃしていてサイちゃんセンサーが上手く作動してくれない。
「ッ! あっち!」
今、凄まじい反応があった。あっちからサイちゃんの“血”の匂いがする。色々なところからサイちゃんの匂いがしていたので匂いを頼らずにここまで来たがこれほど強い匂いだ。きっと、あっちにサイちゃんがいるはず。
「サイちゃん! 私が来た……わ?」
茂みを掻き分け、決め台詞を言いながら顔を出したが残念ながらそこには彼女の姿はなく、切り刻まれた地面や木、そして、大きな血だまりのみ。おそらく、一際強いサイちゃんの匂いはあの血だまりが発生源だったのだろう。
「はぁ……せっかくここまで来たのにどうして会えないのかしら。一応、八幡にはメールしたのに」
「はぁ……はぁ……や、やっと追い付い――ひぃ、血ぃ!?」
後ろから来たユウトはサイちゃんの血を見て悲鳴をあげた。あら、なんて酷い反応。こんなにも綺麗な血なのに悲鳴をあげるなんて。地面に落ちていなかったら飲んでみたいぐらいなのに。
(まぁ、私が飲んだところで“意味”はないんだけど)
「ん?」
その時、血だまりの中に何か落ちていることに気付き、近づいて持ち上げてみた。それは二の腕からスパッと綺麗に切断された小さな左腕だった。
「ぎゃあああああああああ!? 腕えええええええええええええ!?」
「腕なら部屋に置いてあるサイちゃんハンドがあるじゃない。でも、これ……」
間違いない。サイちゃんの左腕だ。まさかこんなところで拾えるなんて運がいい。これが右腕だったら左右の腕が揃ったのだが贅沢は言っていられない。腐らない内にどこか保存できる場所や物を探そう。
「ふふ、今日はなんて運がいい日なのかしら! 後はサイちゃん本人に会うだけ! 八幡にも色々話したいことがあるし、早く見つけないとね!」
「う、うん、わかった。わかったからその腕、どうにかし……あ、ハイちゃん! 新しい呪文だよ!」
真っ青な顔でサイちゃんハンド2号を見ていたユウトは抱えていたワインレッド色の魔本を開いて声を荒げた。サイちゃんハンド2号を見つけただけじゃなく、新しい呪文まで発現するとは最近の私はすごい調子がいい。
「さて、今回は何個だったの?」
「えっと……
「いいじゃない。その分、私の“得物”が増えるのだし。それにユウトだって私の
「だ、だって、格好良かったんだから仕方ないだろ……とにかく、ここから早く離れて新しい呪文を試してみようよ」
「ええ、わかったわ。それじゃあ、行きましょう」
そろそろ移動しないとユウトも限界を迎えてリバースしちゃいそうだもの。
相変わらず、情けないパートナーの両脇に手を差し込んで背中の翼を大きく広げ、飛翔。
さぁ、サイちゃん! 待っててね、千年前の魔物とかこのツペ家当主、ハイル・ツペがけちょんけちょんにしてあげるんだから!
大空を飛び回り、楽しそうに笑うお転婆なお嬢様とそんな彼女に振り回される情けない
この時までは彼女たちはきっと自由だったはずだ。どこまでだって飛べたはずだ。夢に向かって歩き続けられたはずだ。
しかし、お嬢様には決まって門限というものが存在する。そして、それを決めるのはいつだって“家”だった。
結局のところ、夢を見つけ、覚悟を決め、背中の大きな翼で自由に飛び回れるハイル・ツペであってもその両足首には枷が嵌められていたのだ。
『サイと友達になる』と同じぐらい成し遂げたかった夢――『ツペ家の繁栄』という枷が。
そして、悪役というのは決まってその枷の存在を目ざとく見つけ、それを利用する。
「ハイちゃん、速いよ! 高いよ! 怖いよおおおおおおお!」
「サイちゃーん、どこー! ハイル・ツペが駆けつけたわよー!」
そして、お転婆で世間知らずな
そう、それこそ――無垢で何も知らずに利用され、挙句の果てに
これにて千年前の魔物編、完結です。
総文字数34万、投稿期間は約2年ととても長い章となりました。
さて、次週からは待ちに待った『ファウード』編です。
今回ばかりは番外編を入れなくていいかな、と。
俺ガイル原作も全然出る気配もなく、とても不安ではございますがこれからも『俺ガッシュ』をよろしくお願いします。
今週の一言二言
・魔神セイバー出ました。いや、セイバーじゃなくてアルターエゴだけど。宝具カッコいいですね!今のところ、アルターエゴ勢は全員持っているのでとても嬉しかったです。