やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。   作:ホッシー@VTuber

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LEVEL.168 彼は戻ってきた日常を噛み締める

「小町ちゃん!」

「ッ! ゆいさん!」

 遅れて駆けつけた由比ヶ浜を見つけた小町はあれほど力強く抱きしめていた俺を突き飛ばして由比ヶ浜の方へ行ってしまった。今朝の会話で由比ヶ浜も2時限目が終わる頃に合格発表されると教えていたので俺の後を追ってきたらしい。

「……」

 なんとか尻餅を付くのは避けたが押しのけられたショックで今にも膝を付いてしまいそうである。ねぇ、小町ちゃん、お兄ちゃん何かした? 何かしたから罵倒されたんでした。

「ハチマン……」

「やめろ、そんな目で見るな。心折れちゃうだろ」

 トコトコと歩いて来たサイの憐れむような目から視線を逸らすと今度は抱きしめ合っている小町と由比ヶ浜が視界に入った。彼女たちの背後に百合の花が見えるのはただの錯覚だろうか。

「でも、本当によかった」

「……ああ」

 雪ノ下にでも報告しているのか顔をくっつけながら携帯に向かって話している2人を眺め、俺とサイは自然と口元が緩んでいた。あの様子では両親への報告などすっかり忘れているだろう。特に親父はさぞ気を揉んでいるに違いない。どれ、代わりに俺が報告してやろう。あ、でも、あの親父のことだ。『小町から直接聞きたかった』と後で文句を言われそうである。

 というわけで、前略おふくろ様。

 サクラサク。以上。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小町とサイを見送り、教室に戻った後もどこかふわふわしたような感覚を覚え、授業に集中することができなかった。おそらく俺たちの戦い方や千年前の魔物のこと、小町の受験と懸念すべき事項を全て解消できたからだろう。

 そう、ようやく前のような日常に戻ることができたのである。あー、平和万歳。いつ魔物と戦うかはわからないがそれまで平穏な日々を満喫させてもらおう。

 文字通り、血反吐を吐くほど頑張ったのだ。てか、少し休ませて。過労で死んじゃうから。

 授業をしている先生に注意されない程度に気を緩ませながら小町への送るプレゼントについて考える。さすがに今回ばかりは小町に迷惑をかけ過ぎたのでお財布事情を考慮せず、豪華な物を送りたい。

 しかし、だからといって小町が気に入りそうなプレゼントを俺が選べるとは思えない。サイに頼むか? いや、いっそクリスマスの時みたいに大海に頼むのも有り――うん、無理だな。俺から誘うとか絶対無理。仕方ない、小町に直接欲しい物を聞くか。

「んあ?」

 ああでもないこうでもないと考えている間にいつの間にか4時限目が終わっていたようで気付けばクラスメイトたちは各々昼食を取り始めていた。幸いにも俺にはサイお手製のお弁当があるので購買に走らなくてもいいのでゆったりと教室を後にする。

 特に知り合いとすれ違うこともなく、途中でマッ缶を購入してベストプレイスへとたどり着く。肌に突き刺さるような冷たい風に体を震わせながら腰を下ろし、弁当箱の蓋を開けるとそこには栄養価や配色に気を配ったのだろう、美味しそうなおかずやご飯が詰め込まれていた。ここに来るまではあまり空腹を感じていなかったのだが、弁当を見た瞬間、腹の虫が騒ぎ始める。おいおい、そんなにあわてなくても弁当は逃げないぜ?

「いただきます」

「はい、召し上がれ」

 とりあえず食後のデザート代わりのマッ缶を脇に置き、全ての食材と作ってくれたサイに感謝の意を込めて挨拶をする。そして、俺に食べて欲しそうに佇んでいた卵焼きに箸を伸ばしたところで動きを止めた。

「……なんでいる?」

「だって、コマチったら家に帰った途端、寝ちゃって。暇だったんだもん」

 いつの間にか俺の隣に座っていたパートナーにジト目を向けるとどこか拗ねたような表情を浮かべた。きっと、小町は受験や俺の体を心配するあまり寝不足だったのだろう。懸念事項が解消されたのは俺だけじゃなかった、というわけか。

「ほら、私のことは気にしないで早く食べちゃって。食べ終わったらお話ししよ?」

「……へいへい」

 校内に部外者であるサイがいるところを先生に見つかれば些か面倒なことになりそうだが、ここは俺が見つけた人気のない場所(ベストプレイス)。見つかる心配はしなくてもいいだろうし、サイなら人の気配に敏感なので気配分散するか、咄嗟に物陰に隠れることできるだろう。

 それから弁当の感想など適当な会話をしながら2人きりの時間を過ごす。年明けから戦い方についてすれ違っていた上、そのすれ違いが解消されずにアメリカに飛んだのでこうやってゆっくり話すのは久しぶりだ。

「コマチの合格祝いに何か作ろうかなって思ってるんだけどどうかな?」

「いいんじゃね? あいつも久しぶりに心おきなくサイの手料理を食べたいだろうし」

「だね。コマチ、ずっと食欲なさそうだったから。きっと起きたらすごくお腹空かしてると思う」

「……」

 『なにを作ろうかなー?』と足をパタパタと動かしながら嬉しそうに話している彼女を見て自然と笑みを零してしまった。

 なんというか、色々なことがあったせいでこうやって笑い合いながらサイと話しているだけで幸せだと感じてしまう。少し前までぎくしゃくしていたから余計に。

「それでね……って、聞いてるのハチマン?」

「ああ、聞いてる」

 だが、時間というものは有限であり、食後のマッ缶がなくなった辺りで時刻を確認すれば昼休み終了まで残り数分となっていた。サイも携帯電話のディスプレイに映し出されている時計を見たのだろう。少し名残惜しそうに空っぽになったお弁当を持って立ち上がった。

「あ、そうだ。今日の部活なんだけどご馳走の準備をしないといけないから途中で抜けると思う」

「ああ、わかった……なぁ、あいつらにあのこと、話すか?」

 『部活』と聞いて今朝、由比ヶ浜に相模について聞かれたことを思い出した。下手に誤魔化そうとしてもすぐにばれてしまいそうだが、全てを話すわけにもいかない。それ以前に今朝の時点ですでに手札の一枚(はぐらかす)を使ってしまっている。

「あー、そうだね。絶対聞いて来るよね。ハチマンが倒れたって知ってるし」

「それに相模のことも疑ってる。なんか行方不明扱いになってたみたいでな。時期がもろ被りしてたし」

「うわぁ、どうしよ……さすがに隠し通すのは難しいね」

 顎に手を当てて唸っていたサイだったが小さくため息を吐いた後、ちょいちょいと手招きする。別に誰もいないので内緒話にする必要はないのだが、断る理由もないで彼女の口元へ耳を近づけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、数日ぶりに部室までの廊下をえっちらおっちら歩いていた。昼休みにサイと作戦は考えたが果たして上手くいくのだろうか。あー、行きたくない。

「ヒッキー、待ってよー!」

「……おう」

 現実逃避気味にできるだけゆっくり歩いていたせいか教室を出た時はまだ残っていた由比ヶ浜に追い付かれてしまった。そりゃ、のろのろと歩いていればスタートもゴールも同じ由比ヶ浜に追い付かれるに決まっている。これは完全に墓穴掘ったわ。

 さて、どうしたものか。今朝のこともあるし、彼女がこの場で追究してくる可能性もある。しかし、件の作戦はサイがいなければ成り立たない。

 いや、俺が代わりにできなくもないが絶対にボロを出す。さすがに切り札(逃走)は使いたくないのだが。

「えっと……部室、行くんだよね?」

「まぁ……特に用事もないしな」

「そっか。じゃあ、早く行こっ!」

 俺の心配は杞憂に終わったようで由比ヶ浜は今にもスキップしそうなほど上機嫌になって先に行ってしまった。おい、一緒に行かないのかよ。こちらとしても大いに助かるが。

「ヒッキー、早くー!」

「……わかってるよ」

 ぶんぶんとご機嫌な犬の尻尾のように手を振っている由比ヶ浜を見てため息を吐いてしまう。頼むぞ、サイ。可能な限り、“傷”は少なく、浅めにしてくれ。




日常パートなのでほとんど中身のない話で申し訳ありません。
ですが、皆さんもご存じ、すぐにファウード編に入ってしまうので日常パートを入れられるのはここぐらいしかなくて……もう少しだけお付き合いください。









今週の一言二言



・FGOで第2部第2章が来ますね。実はまだアナスタシア終わってないので急いで終わらせ……たいのは山々ですが、なかなか進みません。さすがにストーリースキップはしたくないので27日までに終わるように頑張ります。

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