やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。 作:ホッシー@VTuber
「……」
約1週間ぶりの部室を前で立ち尽くしていた俺は無言のままそっと視線を上に向ける。教室名の名前を記入する板のところには由比ヶ浜が貼ったであろうシールが何枚も貼りつけてあった。同じシールは一枚もなく、よくもまぁ、あれだけの種類のシールを持っていたな、と感心してしまう。
「ヒッキー?」
「……いや、何でもない」
不思議そうに俺の顔を覗き込んでくる由比ヶ浜に首を振ってみせて部室の扉を開ける。その瞬間、ふわりと紅茶の香りが鼻をくすぐった。その香りに思わず足を止めてしまうが由比ヶ浜は俺の脇をするりと抜けて部室の中へ入ってしまう。
「やっはろー、ゆきのん!」
「こんにちは由比ヶ浜さん……それと」
いつもの席で、いつものように静かに本を読んでいた雪ノ下が由比ヶ浜に笑いかけ、すぐに俺を見て口を噤んだ。どこか落ち着かなそうに視線を彷徨わせた後、本を閉じて膝の上に置いた。
「なんと……言えばいいのかしら。おかえりなさい? お疲れ様? よく生きて……いるのよね? まさか本当にゾンビになってしまったわけではないのよね?」
「最初の2つの言葉にちょっと感動してしまった俺の気持ちを返せ」
まさか『おかえりなさい』や『お疲れ様』という労いの言葉が出て来るとは思わなかったので心が少しだけジンとなってしまった。この気持ちを俺はどこにぶつければいいのだろう。しかし、俺の言葉など届いていなかったのか顎に手を当てて考えていた彼女は一つ頷き、躊躇うようにゆっくりと口を開いた。
「……無事で、よかった。本当に」
「……」
ちょっと止めてもらえませんかね。普段はあんなに毒舌なのにこんな時だけそんな優しい言葉かけるのは色々ときついんですけど。こう、『あー、頑張ったんだな、俺』みたいな変な感動を覚えてしまいそう。
「でも、これだけ心配させたのだから連絡の一つでもするのが筋というものではないかしら? 帰って来て早々倒れたとサイさんから教えて貰ったから帰国の報告は仕方ないけれど、完治したら“あなた”から連絡するのが普通でしょう?」
「……す、すまん」
何とも言えない気持ちになってしまい、どう返事をすべきか考えているとすぐに雪ノ下は捲し立てるように文句を言い、俺を睨みつけた。その冷たい視線と裏腹に彼女の頬は仄かに紅い。表情の読み方をサイに教わっていたせいで何となく彼女の心情がわかってしまい、謝ることしかできなかった。こっちまで照れちゃうので止めて欲しいんですけど。
「まぁまぁ、そういう話は後にしてヒッキー、早く座って!」
「お、おう」
由比ヶ浜に促される形でいつもの場所に座った。それを見届けた彼女はうんうんと満足そうに頷いた後、彼女も雪ノ下の近くに置かれた椅子に腰をかける。それを合図に雪ノ下が本をテーブルの上に置いた後、音を立てずに席を立ち上がり、紅茶を淹れ始めた。部室内に漂っていた紅茶の香りが強くなる。
「どうぞ」
「ありがとー」
「さんきゅ」
雪ノ下からパンさんが描かれた湯呑を受け取り、何度も息を吹きかけて紅茶を冷ます。俺の舌でも火傷しない程度に冷めた後、ずずっと啜りながら口に含み、湯呑をテーブルに置いた。
「そういえばサイは?」
「小町の合格おめでとうパーティーの準備で遅れる」
「そっかー、小町ちゃん頑張ってたもんね。ヒッキー、ちゃんとお祝いしてあげてね」
「ばっかお前、俺がどれだけ喜んでると思ってんだよ。今なら小町に『ブレイクダンス見たい』って言われたら文句言わずにするレベルだぞ」
「なんかめちゃくちゃテンション上がってる!?」
逆にどうしてテンションが上がらないと思っていたのか。この俺が喜ばないわけがないだろうに。そして、サイが遅れると聞いてちょっとシュンとしている雪ノ下。そんなにサイと会いたいのだろうか。
「んん……それじゃあ、サイさんが来るまで待ちましょうか」
そう言って雪ノ下は再び本を手に持って読み始めてしまう。仕方ないので俺も彼女に倣い、鞄の中から本を取り出した。
それからサイが来るまでの間、紅茶を飲む音と本を捲る音、由比ヶ浜の携帯をいじる音が部室内を支配する。どうやら、サイが来るまでアメリカでの話を聞くつもりはないらしい。むしろ、サイが来なければこのままうやむやにできるのでは?
「お待たせー!」
しかし、サイに連絡を入れる前に勢いよく部室の扉が開いて可愛らしい群青色の瞳を持った幼女が現れた。あまりにも唐突な登場にビクッと肩を震わせる雪ノ下と由比ヶ浜。
「はぁ……サイさん、急に入って来られたら吃驚してしまうわ」
「あはは、ごめんごめん。久しぶりの部活だから楽しみで」
謝りながら扉を閉めたサイは手に持っていた袋をテーブルに置き、すぐに俺の膝に飛び乗った。いつものように彼女の腰に手を回し、落ちないように固定する。それを見た他の2人は顔を見合わせて口元を緩ませた。
「ん? どうかした?」
「いいえ、何でもないわ」
「そうそう、なんでもなーい」
――これは“貴方とサイさんの問題”よ。
――もう、駄目だよ。話し合わなきゃ……言葉にしなきゃ伝わらないことだってあるんだから。
首を傾げるサイに笑いながらはぐらかす雪ノ下と由比ヶ浜を見てバレンタインデーのことを思い出す。そういえば彼女たちにも相談していた。きっと、俺たちの様子を見て問題が解決したと察したのだろう。
「あ、そうそう。暇だったからクッキー作ってきたよ。食べて食べて」
テーブルの上に置いた袋から小さな袋に小分けされたクッキーを取り出してぽい、ぽいと投げ渡すサイ。サイのコントロールの賜物か、それとも2人の反射神経がそこまで悪くなかったのか難なくクッキーの袋をキャッチする。
「サイ、ありがと!」
「食べ物を投げるなんて……まぁ、いいわ。いただくわね」
由比ヶ浜は満面の笑顔で、雪ノ下は少し呆れながらお礼を言ってクッキーの袋を開けた。それを満足そうに見たサイも袋を開けてクッキーを一つ取り出し、俺へと差し出す。
「はい、あーん」
「あーん……うめぇ」
「ふふ、それはよかった。欲しくなったら言ってね」
「ああ、それじゃ紅茶取ってくれ」
「うん」
サイが膝の上に座っているため、自力ではテーブルの上にある湯呑を取ることができない。サイから湯呑を受け取り、半分ほど飲んでほっと息を吐いた。クッキーもそうだが紅茶も美味い。もう喫茶店開けるだろ、これ。もちろん、服装はメイド服。
サイの黒髪はストレートなはずなのにかなりボリュームがあるため、くるりと回ればふわっとメイド服のスカートが広がり、それに遅れる形で彼女の綺麗な黒髪が翻るだろう。なるほど、彼女の可憐さに気を取られて食べ物なんか食べてる暇ないか。そもそもサイのメイド服姿を他の誰かに見せるのが嫌なので喫茶店は閉店です。
「さて……そろそろ本題に入りましょうか」
パタン、と音を立てて本を閉じた雪ノ下が鋭い視線を俺たちに向けた。由比ヶ浜もいつの間にか携帯を仕舞っており、ジッとこちらを見ている。
「……確か2人はハチマンからアメリカに行くって聞いてたんだよね?」
「ええ……だからというわけではないのだけれど、向こうで何があったのか教えて欲しいの。比企谷君が帰って来て早々倒れたのも気になるし、それに――」
そこで雪ノ下は口を噤んだ。そう、彼女たちが最も気になっているのは“相模 南がこの一件に関わっているかどうか”、だ。そして、それこそ俺たちが彼女たちに知られたくない事実でもある。
『あ、相模? 相模ならゾフィスに操られて襲い掛かってきたぞ』
『へー、そうなんだ』
と、なるわけがない。相模が彼女たちにどう思われようと構いやしないが自動的に相模との戦いについて説明しなくてはならなくなるだろう。つまり、俺の体の異常についても知られてしまうのだ。それだけは絶対に避けたい。これ以上、
きっと、由比ヶ浜との今朝のやり取りもあって彼女たちは俺たちが『千年前の魔物たちとの戦い』について話す気はないと察しているはず。だからこそ、そこを逆手に取る。
「……そうだね。何から話そうかな」
特に抵抗することもなく話し始めようとしたサイに目を丸くする2人。ここまで勿体ぶった態度を取っていた俺たちがすんなりと話そうとしたことが意外だったのだろう。
「そんな意外そうにしないでよ。ユキノもユイも魔物のことは知ってるしずっと心配かけちゃったでしょ? 結末を聞く権利はあるよ」
「で、でもヒッキーは……」
「私に相談せずに勝手に話すわけにはいかないってお昼に連絡くれたの。そんなこと気にしなくてもすぐ話しちゃってもよかったのにね」
何食わぬ顔(ここからでは彼女の後頭部しか見えないがきっとそんな表情を浮かべている)で嘘を吐くサイに少しだけ恐怖を覚え、ぶるりと体を震わせる。幸い、その時はすでにサイが今回の戦いについて話し始めていたので俺の様子を2人に見られることはなかった。
それからサイは『戦いの詳細』は語らず、『ゾフィスの目的』や『千年前の魔物たちの気持ち』――そして、『俺たちが見つけた戦い方』を中心に話し始めた。
「え、えっと? つまり、どういうこと?」
「比企谷君がサイさんと一緒に戦う条件として“魔物と同程度の戦闘力”は必要だった。けれど、ちょっと鍛えただけでは人間と魔物の身体能力の差を縮めることはできない。なら、サイさんの術で比企谷君を強化してしまえばいい」
『俺たちが見つけた戦い』を聞いた由比ヶ浜がはてなを浮かべていたので雪ノ下がフォローする。正直、今回の戦いで発現した『サジオ』も『サザル』も単純な術ではないが全てを説明したところで由比ヶ浜は絶対に理解できないので省略することにした。
「じゃあ、ヒッキー、魔物と同じくらい強くなれるの?」
「デメリットはあるけどね。明日からそのデメリットを軽減する特訓するつもり」
「待って、聞いてない」
「言ってないもん」
『サジオ』のデメリットは術の効果が切れた後、俺の体力が全て消費され、動けなくなってしまうこと。無理をすれば動けないこともないがやりすぎれば過労死待ったなし。そのデメリットを軽減すると言っていたが俺は一体、何をやらされるのだろうか。
だが、こちらの思惑通り、雪ノ下も由比ヶ浜もすっかりサイの話に聞き入っている。それこそサイが考えた作戦。作戦といっても話せる範囲で事実を教え、本当に知られたくないことだけを隠すというシンプルなものだ。話している内容はほとんど事実であるため、現実味もある。
それに加え、雪ノ下たちが食いつきそうな話をすることで彼女たちから質問させ、興味を相模から別へ移す二段構え。話す内容はサイに任せているので何を話すのかわからないのでさっきからドキドキしっぱなしである。変なことを言わなければいいが今のところ大丈夫そうなのでこの後も――。
「あ、それでね。ハチマンったら水筒忘れちゃってメグちゃんから借りたんだ」
「……ずいぶん仲良くなったのね」
「むぅ」
――ちょっとサイさん、それは言わなくてもいいんじゃないかしら。それに勝手に借りてきたのはあなたでしょう?
今週の一言二言
・fate/EXTRAの一番くじを引いて来ました。いやぁ、まさかA賞2回当てるとは思いませんでした。今、私の机の上にネロが笑いかけています。もう一個のネロは保存用ですね。
あとは、E賞のシークレットだけですね。絶対に当てます。頑張ります。