やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。 作:ホッシー@VTuber
「……」
ジッと胡坐を掻いて意識を集中する。少しでも油断をすれば呼吸が乱れ、せっかくここまで順調に広げた膜が破けてしまう。意識は心の奥に向け、呼吸は深く長く一定のリズムで、姿勢はピンと背筋を伸ばし、ただひたすら膜のコントロールに専念する。
「……はい、止め」
「――ッカ、ハ……はぁ……はぁ……」
サイの合図に俺は『サジオ』を解除してその場で背中から地面に倒れ込んだ。やばい、これきつい。空に浮かぶ半月を眺めながら乱れた呼吸が落ち着くのを待つ。
「大丈夫?」
「……めちゃくちゃ眠い」
半月を隠すように心配そうに顔を覗き込んできたサイに擦れた声で答える。
昨日、サイが言ったように俺たちはいつもの場所で特訓していた。特訓の内容も予定通り『サジオのデメリットの軽減』。
第7の術、『サジオ・マ・サグルゼム』。俺を強化する術であり、負の感情が乗った魔力を浴びると倒れてしまう特異体質になってしまったこの体を守る唯一の手段である。しかし、魔物並みの身体能力とちょっとした障壁を得る代わり、術の効果が解けたら今のように身動きすることすら億劫になるほど体力が削がれてしまう、少々使いどころを選ぶ術だ。
そのせいで千年前の魔物たちとの戦いでは
「どう? できそう?」
「あー……わからん」
想像以上に『サジオ』のコントロールが利かない。別に手足に纏わせたり、一瞬だけオーラを噴出するなどオーラのコントロールや放出することは比較的簡単だ。問題はその逆、オーラの出力を抑えて全身に薄く広げるのがマジで難しい。例えるなら目の前で泣いているサイを無視して仕事に出かけるぐらい難しい。
……駄目だ、わけわかんねぇ。八幡、あなた疲れてるのよ。
「まぁ、最初にしてはすごくいい感じだったよ。白いオーラは
つい先ほどわかったことだが『サジオ』の白いオーラは厳密に言えば魔力ではないらしく、サイの魔力探知に引っ掛からないらしい。これならサイのように魔力を感知できる魔物が相手でも『サジオ』のせいで場所がばれることはないはずだ。
「……わかった。じゃあ、もう一回」
「え、いや、今日はもうおしまい! 病み上がりなんだから無理しちゃ駄目でしょ!」
立ち上がって群青色の魔本に心の力を注ごうとしたがその前にサイに止められてしまった。彼女の言う通り、熱が下がったのはほんの2日前。その原因である『サジオ』を使えばまた倒れてしまうかもしれない。
しかし、『サジオ』を使わなければまともに戦えないのも事実。今回は出力を抑えたのでこうやって立ち上がることができたものの、戦闘中に出力を抑える余裕はないだろう。そうなれば『サジオ』が解除されたら倒れるし、何度もそれを使えば前のように過労死寸前……いや、本当に過労死してしまうかもしれない。
そんな状態で『倒れるかもしれない』などと悠長なことを言っている場合ではないのだ。それに――。
「ハチマン?」
「……いや、何でもない。わかった、今日はもう止める」
「うん、その方がいいよ。まだ
「……ん? 今なんて?」
「だから、今から組手するよって。よーし、久しぶりの組手だから気合い入れちゃうよー!」
このあと滅茶苦茶ボコボコにされた。
「いつつ……」
『サルフォジオ』で完全に傷を治しても痛みは残るため、それが引くまで座るのに丁度よさそうな石に腰掛けて休憩することにした。久しぶりの組手だったからか、それともサイのテンションが高かったせいか、いつも以上に激しい訓練になってしまったのである。
「あはは、ごめんねハチマン。久しぶりだったからつい楽しくなっちゃって」
どうやら、後者だったらしい。まぁ、数日も寝込んでいたので少しばかり体が鈍っていた上、『サジオ』のデメリットで体力もほとんど底を尽いていた。そのせいで普段なら絶対にしないようなミスもしていたし仕方ないといえば仕方ない。とにかく今後は『サジオ』のコントロールと組手を中心とした訓練になるだろう。ああ、それともう一つ、やっておきたい訓練があった。
「明日から『サジオ』の訓練は後半にしようね」
「ああ、ぜひそうしてくれ。マジできつかった。なぁ、サイ、実は――」
「――それで、さ。あっちの方はどうだった?」
さっそく、訓練について話そうとした矢先、それを遮るようにサイは突然、声のトーンを落とし、目を伏せて問いかけてきた。あっち――おそらく、奉仕部の2人のことだろう。今朝からずっと気にしていたようでどこか落ち込んでいた。それこそ自分が行けば追究されるかもしれないとあれだけ楽しみにしていた部活を休むほどに。
「特に何も聞かれなかったぞ」
「え? でも、サガミが話しかけてきたんでしょ? なら、絶対に……」
「ああ、そのはずなんだが」
聞かれたらどう答えようか悩んでいたのに蓋を開けてみれば雪ノ下も由比ヶ浜も相模について触れることなく、普段通りに過ごしていた。正直、拍子抜けにもほどがある。だが、安心はできない。きっと、2人は気付いている。気付いている上で何も聞いて来なかったのだ。何か事情があるのだと察して。
「……うん、2人には悪いけど黙ってよう。これ以上心配かけるわけにもいかないし」
「そうだな――っと」
だいぶ痛みも引いてきたのでそろそろ家に帰ろうかと思っていた時、ポケットの中に入れていた携帯電話が震える。こんな時間に誰だろうと首を傾げながら取り出すと画面には『高嶺 清麿』と表示されていた。
「はい、もしもし」
『ハチマンさん? 高嶺です。今、時間大丈夫か?』
「ああ、どうした?」
『今日、色々あってな……魔物と戦った。それで気になることがあって』
「ちょっと待て。今、近くにサイがいるからスピーカーにする」
高嶺に了解を得てすぐにスピーカーモードに切り替える。サイもすぐに状況を察したようで黙って高嶺の言葉を待っていた。
「いいぞ。何があった?」
『それが――』
それから高嶺は今日、コーラルQというロボット型の魔物と戦ったこと。その魔物はガッシュたちのことを調べ、対策法を練った上で襲ってきたこと。サイと同じように魔物を探知する能力があったことを簡潔に話した。
「私のことも何か言ってた?」
『ああ、奴らは千年前の魔物たちとの戦いを影で見ていたらしくてサイのことも知っていた。まぁ、対策に関しては言ってなかったし、震えながら話していたから勝てる見込みはなかったみたいだが』
それもそうだろう。サイは普段から魔力を隠蔽している。そのコーラルQとかいう魔物の探知には引っ掛からない。きっと、そのせいでガッシュたちよりも集められた情報は格段に少ないはずだ。
「うーん……でも、おかしいなぁ」
「何がだ?」
「普段の魔力探知の範囲内にはモチノキ町も入ってるの。ギリギリだからモチノキ町郊外まではカバーできてないけど街中で戦ったなら昼間、気付いてたはずなのに」
サイの魔力探知は集中すればするほど精度も上がるし範囲も広がる。だからこそ、千年前の魔物たちと戦っているガッシュたちの魔力を遠く離れた拠点のホテルからでも感知できていた。逆に言えば意識しなければそこまで範囲は広くないのである。
『おそらく、サイの魔力探知の範囲は調べたんじゃないか? ブリ型のロケットでガッシュを誘導していたし』
「ブリ型のロケットって……なにやってるのガッシュ」
『なんか、すまん』
アホみたいな罠に簡単に掛かったガッシュに高嶺とサイがほぼ同時にため息を吐いていた。もし、それに引っ掛からなければ『サウルク』と『サフェイル』を駆使して飛んでいけたのに。支援特化型のサイが行けばもっと簡単にコーラルQを倒せただろう。まぁ、用意周到な奴みたいだからサイが来た時点で逃げ出していたかもしれないが。
『とにかく、それよりもコーラルQが最後に気になることを教えてくれたんだ』
「気になること?」
『奴のレーダーに数日前からおかしな物が反応するようになったらしい。“魔物の感じはするが、魔物ではありえないもの”だと言っていた』
「魔物ではありえないもの……なんだそれ」
『俺もさっぱり。もしかしたらサイの魔力探知にそれらしい反応がないかと思って連絡したんだけど』
その言葉を聞いて俺はサイに視線を向けるとすでに魔力探知に意識を集中させていたようで彼女は目を閉じていた。だが、ほんの数秒で息を吐き、首を横に振る。
「駄目。私の魔力探知の範囲内にはガッシュとティオ、ウマゴンの反応しかない。コーラルQが言ってたような反応はなかったよ」
『そうか……いや、ありがとう。こんな時間にすまなかった』
「ううん、気にしないで。また何かあったら連絡して」
そのまま高嶺との通話を終え、俺たちは自ずと顔を見合わせていた。“魔物の感じはするが、魔物ではありえないもの”。よくわからないが
「……ああ、そうだ。なぁ、サイ、提案があるんだが」
「ん? 何?」
そろそろ帰ろうと立ち上がった時、新しい訓練のことを思い出してサイに話しかける。彼女は高嶺との話し合いについて大海たちに報告していたのか弄っていた携帯から目を離して不思議そうに俺を見上げた。
「“負の感情が乗った魔力”に慣れる訓練がしたいんだが、いいか?」
今週の一言二言
・FGOで水着イベが始まりましたね!いやぁ、BBめっちゃ欲しい!早くピックアップ始まって欲しいですね。あと、このイベント、周回大変そうですね。適度にリンゴ食べながら地道にポイント溜めます。