やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。 作:ホッシー@VTuber
「……」
高嶺たちとサンビームさんの引っ越し祝いを買いに行った二日後、具体的に言えば2月27日。そろそろ5限目が終わりそうな頃、俺は気怠い体に鞭を打ってひたすら黒板の文字をノートに刻む作業に集中していた。本来であるなら今すぐにでも意識を手放してしまいたいが、不幸にも今の授業は現国。教科担当は平塚先生である。いや、寝たら確実に屠られるから。寝たら最後だ。頑張れ、俺。寝た瞬間、目覚めることがないと思え。
「……あー、比企谷」
「え、あ、はい」
その時、不意に平塚先生が話しかけてきた。少しばかり
顔を上げると何故か先生は俺の方を心配そうに見ていた。え、なにどうしたの? 別に寝てないし、心配されるようなことはしてないはずだが。
「大丈夫か? なんか死にそうな顔しているぞ。保健室行くか?」
「……体調、悪くないんすけど」
「そうか……無理はするなよ」
納得していなさそうだが授業に戻る先生を尻目に休憩がてらシャープペンシルを机に置いて小さく息を吐いた。別に体調が悪いわけではない。ただ、体が重いだけである。
一昨日、あの建造物を見た後、さっそく俺はサイに『サジオ』のコントロールと『負の感情が乗った魔力』に慣れる訓練がしたいと頼み込んだ。きっと、いつものサイなら俺に無理してほしくないと言って断っていただろう。
だが、やはりというべきか。サイもあの建造物を見て思うところがあったのか渋々ながらも訓練の量を増やすことを承諾してくれたのだ。
『でも、『負の感情が乗った魔力』はまだ駄目。まずは『サジオ』のコントロールに集中した方がいい』
『……その心は?』
『私は……『負の感情』が強すぎるから今のハチマンじゃすぐに倒れちゃう。そんなこと繰り返しても慣れるまでにハチマンの体が壊れちゃうでしょ? だから、『サジオ』を制御して『負の感情が乗った魔力』を軽減させる』
『サジオ』には魔力を無力化する効果がある。だが、その効果は微力であり、完璧に防ぐことはできない。ぶつけられた魔力が大きければ突き抜けてしまうのだ。
サイはそれを利用して強すぎる魔力を『サジオ』で軽減させ、徐々に『負の感情が乗った魔力』に慣れさせるつもりなのだろう。
そうと決まれば話は早いと言わんばかりにその日から『サジオ』のコントロールを完璧にする訓練を始めた。訓練の内容は至ってシンプル。『サジオ』をひたすら継続させること。数日前の訓練で『サジオ』を全身に薄く広げると白いオーラが見えなくなることはわかっているので『サジオ』を長時間発動させ続け、体に馴染ませるところから始めた。
そして、訓練を始めた翌日の日曜日――昨日は一日中、『サジオ』の効果を継続させ(その間も白いオーラを遊び感覚でひたすら動かし続けていたが)、なんとか白いオーラが見えなくなる程度まで薄く広げることができるようになったのである。
「ん?」
「っと……」
授業を進めていた平塚先生が何かに気付いたようでこちらに視線を送ってきたので慌てて『サジオ』をコントロールして白いオーラを見えないように調整する。危ない、ちょっと気が緩んでいた。
油断すれば白い揺らぎが見えるらしいので集中しなければならない。これが思ったよりも大変なのである。早く無意識でもオーラが見えないようにコントロールできるようにならなければ『負の感情が乗った魔力』に慣れる訓練には移行できない。あの建造物の正体は未だにわからないが急いだ方がいいだろう。
幸い、『サジオ』のデメリットは術が解けなければ起きないので長時間の訓練が可能だ。まぁ、寝る前に『サジオ』を解いた瞬間、寝落ちするほど疲れ果ててしまうのだが。
それから『サジオ』をコントロールしながら授業を受け、放課後になった。今日も今日とて部活はあるのだが、少しばかり憂鬱である。こちとら『サジオ』のコントロールのせいで精神的に疲労している上、由比ヶ浜はともかくあの雪ノ下が例の建造物について知らないとは考え辛い。何かしら聞いてくるだろう。
「ねぇ、あなたはこれが何か知っているのかしら?」
そんな予感は見事に的中し、奉仕部の部室に入り、椅子に腰かけた途端、雪ノ下がわざわざプリントアウトしたのか建造物の写真をこちらに見せながら問いかけてくる。
「え? なにそれ……山?」
俺が何か言う前に教室から一緒に来た由比ヶ浜が写真を見て首を傾げた。まぁ、君はニュースとか見てないでしょうね。
「いや、知らん」
「……嘘、ではなさそうね。てっきり、魔物関係の建造物だと思ったのだけれど」
まぁ、得体の知れない建造物が突如として人間界に現れたのだ。魔物の存在を知っている雪ノ下ならそう推測してもおかしくはない。
「俺たちも魔物について全部知ってるわけじゃねーしな。少なくとも俺たちの中でそれについて知ってる奴はいなかった」
「ねぇ! さっきから何の話してるの?」
謎の建造物について議論する俺たちを交互に見る由比ヶ浜はどこか不安そうだった。いや、不安よりも縋る、と言った方がいいかもしれない。勝手にレベルが上がった人間観察スキルが『もう危ないことはしないよね?』と彼女の顔に書かれていた暗号を解読してしまったのである。
「……」
そんな彼女の視線から逃げるように顔を背けた。こんな戦いに参加しているのだ、危険に決まっている。それに俺の場合、あの体質があるのだ。戦場に出ただけで瀕死レベル。
「ん?」
由比ヶ浜に建造物について少しばかり呆れた様子で説明する雪ノ下の言葉を聞いていると不意にポケットに入れていた携帯電話が震えた。取り出してみるとサイからのメール。そういえば、今日は来るのが遅いな。いつもなら放課後になった途端、誰にも気づかれることなく、学校へ侵入してくるのに。俺と由比ヶ浜よりも早く部室にいたりするからな。
『ごめん、緊急事態で今日は行けない。緊急事態と言っても危険なことはしないから安心してね。あんまり無理しちゃ駄目だよ?』
どうやら、サイは用事ができたらしい。それにしても緊急事態ってなんなのだろう? 魔物がサイの魔力探知圏内に侵入したとか? いや、なら、俺のことを呼ぶだろうし、わざわざ『危険なことはしない』と書かないだろう。
「ヒッキー? どうしたの?」
「……いや、サイからメールが来てな。今日は来れないらしい」
「何かあったの?」
「さぁ……緊急事態らしいけど特に書いてなかったな」
そんな俺の言葉に雪ノ下と由比ヶ浜は顔を見合わせ、何故か驚いた様子でこちらを見た。な、なんだよ。なんか変なことでも言ったか?
「行かなくて、いいの?」
「危険なことはしないって書いてたし……あの様子じゃ場所を聞いても教える気はないだろうしな」
普段の彼女なら用事ができたらその内容もきちんと書く。それをしないということはおそらく、緊急事態のことを俺に知られたくないのだろう。聞いたところで
「……あなたがそれでいいのならいいわ。とにかくこの建造物についてわかった。それで……申し訳ないのだけど今日はここで解散よ」
「は? 今来たばっかだろ。何か用事でもあるのか?」
「そんなところよ。サイさんも来ないようだし……あなたも随分、疲れた顔――いえ、いつもより酷い目をしてる。家に帰って休んだ方がいいわ」
「あー、ヒッキー、ずっと辛そうだったもんね」
一日、同じ教室にいた由比ヶ浜はともかくさっき会ったばかりの雪ノ下にまで見破られるほど酷い顔をしているらしい。そんなことよりわざわざ目に言い換えた理由を教えて欲しいんですけど。そんなに濁ってる? 瞳の濁度増えてます?
「まぁ……部活がないなら帰るけど」
「ええ、後片付けは私たちでやっておくから先に帰っても構わないわ」
「お、おう……なら、先帰るけど」
「ヒッキー、また明日!」
家に帰られるのは嬉しいがなんか煮え切らない。もしかして、はぶられてる? あ、いつもどおりか。なら、大丈夫だな。『サジオ』のコントロールに集中しているせいで少し思考回路が鈍っているのだろう。今日はもう家に帰って寝よう。多分、次に目が覚めた時は朝日を拝むことになるだろうけど。
そして、俺は半ば追い出されるように部室を後にした。
「ハチマン、起きて。ガッシュが魔物に襲われてる……大丈夫だと思うけど一応、現場に行くよ」
泥のように眠っていた俺を叩き起こしたサイ。チラリと壁に掛けられた時計を見るとすでに日付は変わっていた。
どうやら、また面倒事が降ってきたらしい。休ませてください、と八幡は切実に神様にお願いします。
「……行ったわね」
「うん、大丈夫。じゃあ、呼ぶね」
「ええ、お願い」
比企谷君が帰った部室で私はポチポチと携帯を操作する由比ヶ浜さんを見ながら思考を巡らせる。
彼の瞳がいつも以上に濁っていたのは事実であり、疲れているのは一目瞭然だった。その濁り具合は彼が部室に入ってきた時、思わず悲鳴を上げそうになったほどだ。それに時々、比企谷君の体から白い何かが漏れているのも見えた。その白い何かの正体はわからないがおそらくサイさんの術の効果なのだろう。
「数分で来るって」
「わかったわ」
由比ヶ浜さんの報告に頷いた後、これから来る
そして、今日のお昼休み。彼女が部室に現れ、相談があると頭を下げにきたのだ。詳しい話は放課後に、と言っていたが私も由比ヶ浜さんもだいたいの事情を察している。問題はその内容だ。それによってはきっと私たちは
「……こんにちは」
控えめなノックの後、部室に入ってきた彼女を見てそっと息を吐く。そのまま、可能な限り、優しい笑顔を浮かべてどこか覚悟を決めた様子でしっかりと私の目を見つめ返す彼女へ声をかけた。
「いらっしゃい。
次回で合流します。
今週の一言二言
・アトリエオンラインを始めました。面白いけど、あんまり時間が取れない私にとってちょっときついゲームシステムですね……。続けられないかもです。