やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。   作:ホッシー@VTuber

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LEVEL.181 決して彼女は自分自身を語らない

「……ふぅ。よし、サイいいぞ」

「ッ……うん、わかった」

 眠気を吹き飛ばすためにMAXコーヒーを飲み干した俺はそわそわしていたサイに声をかける。何か考え事でもしていたのか、彼女はビクッと肩を震わせ、浮かない表情のまま頷いた。

「どうした?」

「ううん、何でもない。早くいこっ」

 そう言って俺に左手を差し伸べるサイ。少し気になったが今は時間がない。彼女の手を掴み、魔本に心の力を注いだ。

「『サジオ・マ・サグルゼム』」

 まずはガッシュたちを襲っている敵に悪意を向けられても倒れないために俺に強化を施す。家に帰って来てから今まで寝ていたので気力も多少回復している。本当に『サジオ』のコントロールに集中するために夜の訓練を止めておいてよかった。やっていたら起きることすらできなかっただろう。

「『サフェイル』

 次にサイの背中に羽を生やす。『サウルク』だけでも移動可能だが屋根の上を飛び移りながらの移動になるので『サフェイル』で飛んだ方が確実に時間を短縮できる。

「『サウルク』」

 最後に移動の要である『サウルク(速度上昇の術)』を唱え、サイの体が群青色のオーラに覆われた。これならモチノキ町まで数分とかからずに到着できるだろう。『サグルク』を使えば更に速度を上げられるがその分、心の力の消費が激しくなるので今回は止めておく。

「それじゃ、しっかり掴まっててね!」

 準備が整った刹那、俺の手を引いてサイが窓から飛び出す。窓を開けて待機していた時点でこうなることはわかっていたので特に抵抗することなく、彼女の後について行く。『サジオ』は俺の腕力も強化するため、サイの手を掴み続けても大丈夫になったおかげで彼女に横抱きにされなくてもよくなった。ほんと、『サジオ』様様である。

 人に見られないようにある程度上昇してからモチノキ町へ向かう。『サウルク』+『サフェイル』での移動は恐ろしいほど速い。たった1分で中間地点を越えてしまった。『サウルク』に風圧を軽減する効果がなければ大変なことになっていただろう。

「ッ――」

「お、おい?」

 しかし、突然サイが息を飲み、速度を落として止まってしまった。戸惑いながら声をかけるが彼女は何も答えない。

 ガッシュたちだけで対処できるのならわざわざ俺を起こすこともなかっただろう。しかし、サイは熟睡していた俺を叩き起こした。つまり、それだけガッシュたちが相手にしている魔物は強いことになる。それならこんなところで止まっている暇はないはずだ。

「あの、バカっ」

「え?」

「……何でもない。それよりハチマン、ちょっとお願いがあるの」

 そう言いながらこちらに視線を向けたサイの顔はどこか無理しているように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブロォオオオオオオ!」

 戦場になっている河川敷から少し離れた場所で俺たちは鎧を着た剣士の魔物と金髪リーゼントの魔物の戦いを見ていた。丁度、倒れているガッシュに剣を振り降ろそうとした剣士の魔物を金髪リーゼントの魔物が殴り飛ばしたところである。

「……強ぇ」

 剣士の魔物の技量もそうだが、なにより目を見張るのは金髪リーゼントの速度。もしかしたら『サウルク』状態のサイと同等、もしくはそれ以上かもしれない。それに加え、パワーは遥かにサイを圧倒している。あいつら相手に勝てるかと聞かれれば言葉に詰まってしまう。念のために『サルク』だけは維持しているので俺以上に戦況が見えているサイも俺と同じ考えに至っているはず。あれを見てサイはどう思っているのだろうか。

「……」

 気になってチラリと隣に立つサイを見るが彼女は何も言わない。どこか興味なさげに――いや、少しばかり呆れている? あの戦いを目の当たりにしてこの表情はおかしいと思うのだが。

(それにしても……)

 サイのお願いというのは『すぐに助けに入らずに様子をみたい』というものだった。あのサイがそんなことをいうとは思わなかったが今となっては無闇に突っ込まなくてよかったと思う。

 あの金髪リーゼントはどういうわけかガッシュの味方をしているみたいだが、こちらに敵意を向けて来る可能性も否めない。そうなっては三つ巴の戦いになり、攻撃呪文を持たない俺たちが圧倒的に不利。今まではサイの圧倒的な身体能力の高さでどうにかできたがその身体能力も金髪リーゼントの方が上。こちらの勝ち目は『サザル』で相手の心の力がなくなるまで耐え続けるしかないだろう。

「ハチマン、念のために『サウルク』の準備しておいて」

「は? あそこに行くのか?」

 現段階ではガッシュの味方をしている金髪リーゼントが剣士の魔物を圧倒している。このままでもガッシュは助かるはずだ。もし、剣士の魔物を倒した後に金髪リーゼントがガッシュに襲い掛かるつもりだったとしても少なくとも剣士の魔物が倒れてからの話。今から準備する必要はないだろう。

「あの剣を持った魔物、あのまま終わるとは思えないでしょ。あと……『サウルク』を唱えた後、『サジオ』の出力を全開にしてね」

「『サジオ』の出力を全開って……どういう」

「『ジェルド・マ・ソルド』!」

 その時、剣士の魔物のパートナーがここまで聞こえるほどの声量で術を唱えた。急いで戦場に視線を向けると剣士の魔物が地面に右膝を付き、金髪リーゼントの魔物から剣を自分の体で隠すような異様な構えを取っている。しかし、待ちの体勢に入ったのかそれから何も動きをみせなかった。

 それを見た金髪リーゼントは戸惑った様子だったがすぐにパートナーに何か叫んでいる。相手の出方を窺うつもりのようで無闇に突っ込まず、待機を選択したようだ。

「ハチマン、『サウルク』!」

「え、あ、『サウルク』」

 サイの指示に慌てて『サウルク』を唱えた。そして、すぐに『サジオ』の出力を全開にする。俺を覆っていた白いオーラが激しく瞬いた。

「すぅ……はぁ……」

「ガッ――」

 すぐに戦場に向かうと思ったのだがサイはその場で深呼吸を繰り返す。そして、その場で両膝を付いてしまうほどの凄まじい重圧が俺を襲った。

 『サジオ』は微弱な魔力抵抗を持つ。普段のままならそこまで効果はないが今、俺は『サジオ』の出力を全開にしている。それでもこれほどの重圧を受けたのなら『サジオ』がなければきっと――。

「ご、メンね……いッテく、ル」

 地面に這いつくばっている俺にどこか片言で謝ったサイ。顔を上げるとすでに彼女は戦場へ跳んでいた。その拍子に綺麗な毛先だけ群青色の染まった黒髪(・・・・・・・・・・・・・・)が月光りを反射する。

 彼女が俺の前から消えると重圧もなくなり、すぐさま立ち上がって河川敷へと駆け出す。その頃にはもう剣士の魔物と金髪リーゼントの間にサイは立っていた。

(あのスピード……)

 これでも毎晩のようにサイを相手に組手をしてきたのだ、彼女の身体能力ぐらいわかっている。もちろん、『サウルク』状態の限界速度だって把握していた。

 だが、今のサイは『サウルク』状態でもあり得ないほどの速度で移動した。ましてや、剣を跳ね上げられている剣士の魔物と頭を押さえている金髪リーゼントを見るにあの一瞬で彼女は剣士の魔物が振るった剣を蹴り上げ、そのまま金髪リーゼントの頭部に一撃を喰らわせたということになる。

 

 

 

 

 

 ――戦わなくていいんだよ。

 

 

 

 

 

 まだサイと一緒に戦う方法を見つけられていなかった頃、俺は一度だけ夢の中でサイの髪が群青色に染まっている姿を見ている。よくサイの瞳が澄んだ群青色に染まった時があったため、悪夢が見せた幻の姿だと思っていた。

 だが、今確かに彼女の髪は毛先だけだが群青色に染まっていた。あの、不気味なほど澄んだ群青色に。

 毛先が群青色に染まった時、俺は凄まじい重圧に襲われた。これらが無関係と思えるほど俺は楽観的じゃない。つまり、あの現象は『負の感情』が関係している。それがいいものであるわけがない。

(サイ、お前……)

 きっと、彼女に聞いても何も答えないだろう。今までだってそうだった。俺が本当に知りたいことを彼女は何も教えてくれない。

 あの現象は何なんだよ。

 謝るくらいなら教えてくれよ。

 過去のお前に何があったんだよ。

 どうして、何も教えてくれないんだよ。

 

 

 

 

 なぁ、サイ。














今週の一言二言


・来週からFGOのハロウィンイベが始まりますね。例のあの子はガチャに出て来るのでしょうか、私気になります!

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