やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。   作:ホッシー@VTuber

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LEVEL.183 彼女は確実に遅れ始めている

「『ジャン・ジ・ソルド』!」

 アースの持つ剣からエネルギー状の巨大な剣が出現し、再戦の合図となった。それを見たサイとテッドはほぼ同時に左右に飛び、二手に別れてアースへと突っ込んだ。

「フンっ」

 迫る2人に対してアースは迷うことなく、エネルギー状の巨大な剣をサイへ振り降ろした。先ほどの様子を見るに奴はサイに相当な恨みを抱いている。標的にする理由はそれだけで十分だ。

「『サウルク』」

 今のサイは『サルク』しか唱えていないほぼ素の状態。あんな見え見えの攻撃ぐらい簡単に回避できるだろうが念のためにサイの速度を上げておく。

 貫かんと落ちてくる『ジャン・ジ・ソルド』を潜るように躱し、アースへ肉薄するサイ。しかし、その時にはすでにアースは剣を背中に隠すような構えを取っていた。

「『ジェルド・マ・ソルド』!」

 エリーが呪文を唱えるとズバン、と大気を揺るがすほどの斬撃音が河川敷に響き渡る。そして、いつの間にか剣を振り切っているアースとヘッドスライディングするように地面に転がるサイがいた。

 目には見えなかったが『ジェルド・マ・ソルド』は居合斬りの術。それを彼女は身を投げ出すように姿勢を低くして回避したのだろう。

 たとえ、目を強化する『サルク』の恩恵で奴の剣筋が見えたとしても『サウルク』使用時に出せる最高速度よりも速い一閃を躱すことは物理的に不可能。

 そういえば、サイが戦場に割り込む直前、奴は『ジェルド・マ・ソルド』を使っていた。だからこそ、サイは『ジェルド・マ・ソルド』の効果もわかっていたし、あのタイミングで使うことも予測できた。きっと、初見ならば今頃、アースの剣はサイの体が捉えていたことだろう。

「おらぁ!」

 剣を振り切っているアースの背後からテッドが腕を振り上げながら接近する。あの姿勢ならテッドの攻撃を剣でガードするのは無理だ。しかし、体を捻って躱せたとしても目の前にはすでに立ち上がろうとしているサイがいる。前のサイ、後ろのテッド。詰み、とまではいえないが確実に一撃は入る。

「『ウルソルト』!」

 そう確信した直後、エリーが新しい呪文を唱え、アースは倍速送りにしたような動きで剣を地面に突き刺し、横へスライド。そのまま、カカカカと連続で地面に剣を刺しては抜き、刺しては抜きを繰り返してその場を離脱した。

「気持ち悪りぃ躱し方してんじゃねぇよ!」

 まさかあんな躱され方をするとは思わなかったテッドは慌てて逃げるアースを追いかけ始めた。サイもテッドの後に続くがあの状態ではないせいか『サウルク』を使っているのにアースとテッドの速度に追い付けない。

「エリー!」

「『ソルセン』!」

 だが、鬼ごっこは長くは続かず、地面から剣を抜いたアースはそのまま追いかけてくるテッドへ斬撃を飛ばす。すかさず、右拳を振るって斬撃を弾き飛ばすテッドだったが足を止めてしまった。その隙を逃すほど奴らは甘くない。

「『ボルセン』!」

「それは幻だろ!」

「ッ……ハチマン、羽!」

「『サフェイル』!」

 アースの体からもう1人をアースが飛び出したがあの術は一度見たことがあるのかすぐに幻だと見破るテッド。しかし、サイはどこか焦ったように俺に向かって叫び、慌てて『サフェイル』を唱える。サイの背中に二対四枚の丸い羽とアースの幻がテッドの体を通り抜けるのは同時だった。

「『ジェルド・マ・ソルド』!」

 幻の奥からあの居合の構えの取るアースが現れる。『ソルセン』でテッドの足を止め、すでに見破られている『ボルセン』を使って自分の姿を隠し、攻撃範囲(キルレンジ)へ確実に誘い込む。それがアースとエリーの目的だった。

「しまっ――」

「――せいっ!」

 まんまと罠にはまったテッドの頭を思い切り、踏んづけるサイ。サイの魔力探知ならアースの幻も、それを囮に接近する本体にも気が付けるはずだ。だからこそ、彼女も奴らの企みに気付き、(『サフェイル』)を要求したのである。

 

 

 

 

 

 

 だが、アースとエリーの方が一枚上手だった。

 

 

 

 

 

 

 テッドは地面に顔面から叩きつけられ、その反動を利用して高度を上げるサイだったが、その瞬間、彼らの間を凄まじい速度でアースの剣が通り抜けた。

 『ジェルド・マ・ソルド』は横一閃に剣を振るう線の攻撃。テッドを逃がしつつ、自分も『ジェルド・マ・ソルド』の軌道上から逃れようとしたのだろう。

「ガッ……」

 サイの口から激痛に耐える声が漏れ、空中でバランスを崩す。見ればサイの右足首はクルクルと回転しながら宙を舞っていた。『ジェルド・マ・ソルド』が彼女の右足首を切断したのである。間に合わなかった。ただそれだけの話。

「ッ!? サイ!!」

 『サウルク』は怪我を負っている状態で使用しているとその時間に比例して術を解除した後、サイに負荷がかかる。それだけは避けなければとサイの名前を叫びながらすぐに『サウルク』を消すがその頃にはアースは剣を高く振り上げていた。

 右足首から血を垂れ流すサイとその下で倒れるテッド。もし、あのエネルギー状の巨大な剣(『ジャン・ジ・ソルド』)を使われたらサイとテッドまとめてやられてしまう。

「……捉えた」

「『ジャン・ジ――」

「――『ザグルゼム』!」

「くっ……エリーを狙うか!」

 その時、俺の横を雷球(『ザグルゼム』)が通り抜け、今まさに呪文を唱えようとしているエリーへと迫る。さすがにパートナーの危機を見逃せなかったアースは咄嗟に剣を雷球(『ザグルゼム』)の軌道上へ置き、それを受け止めた。バチバチとアースの剣が仄かに輝く。

「八幡さん、早くサイの治療を! 俺たちとテッドで時間を稼ぐ! テッド、それでいいな!」

「あ、ああ! とにかく殴ればいいんだろ!? サイ、お前は下がってな!」

 ハッとして振り返ればまだフラフラなガッシュは顔を歪ませながらもしっかりと立ち、彼に寄り添うように高嶺が片膝を付いていた。あの様子なら移動はできないが固定砲台としてテッドを援護することができるだろう。

「……お願い」

 『サフェイル』で宙に浮いているとはいえ右足首を切断された状態で戦うのは危険。それに『サウルク』がなければテッドたちの高速戦闘に追い付けない。そう判断したのかサイは素直に俺の傍に戻ってくる。それと入れ替わる形でガッシュを抱き上げた高嶺がテッドたちの元へ向かった。遠距離攻撃するガッシュが俺たちの傍にいればこちらが狙われる可能性が高くなる。それを避けるために俺たちから離れたのだろう。

「大丈夫か?」

「うん……すごく痛いけど」

 器用に左足だけで地面に降り立った彼女はその場で横になり、両手を真上に掲げる。すかさず全ての呪文を消して『サルフォジオ』を唱え、巨大な注射器を出現させた。そのまま自分に注射器を刺して傷を癒す。

「……よし」

 右足が元に戻っているのを確認した彼女はその場でピョンピョンと跳び、体の調子を確かめる。動くのに支障はないようだが、跳ぶ度に僅かに顔を歪めているので痛みは残っているらしい。『サルフォジオ』は傷を完全に治すがあまりに酷い怪我だと痛みが残ることがある。

「これからどう動く?」

 2発目の『ザグルゼム』を放つガッシュを見ながらサイに声をかけた。先ほどの戦闘を考慮してアースたちは強敵だ。技量もそうだが戦い方があまりに洗礼されている。このまま無策で突っ込んでも返り討ちに遭うことぐらい容易に想像できた。

「……正直、私の呪文はあの人には通用しないでしょ」

「……」

 そんな彼女の言葉に俺は何も言えず、無言を貫くしかなかった。サイは支援特化型の魔物。それも使いどころに困る癖のある術が多い。

 それに支援しようにもガッシュは術を放つので精一杯なほど疲労しており、テッドも肉体強化中心の術構成なのか他の術を一切使わない上、サイ本人が彼らの戦いに追い付けていない状況で支援もくそもない。

 彼女お得意の隠密行動もアースに意識されている今、『気配分散』の効果はほぼないに等しいだろう。

 『サジオ』で強化されている俺が戦闘に参加したところで焼け石に水どころか足を引っ張るだけだ。

 『サザル』? それこそ自殺行為だ。あれは相手の攻撃を全て躱し切れる状況でなければ意味のない諸刃の剣。

 薄々勘付いていたがあの絶対強者だったサイが遅れを取っている(・・・・・・・・)。その事実を俺は受け止め切れず、ただ困惑するしかない。

「でも、囮ぐらいにはなれる。随分、私に執着してるみたいだし。怪我をしても『サルフォジオ』で治るから特攻してテッドに攻撃させるチャンスを作るよ」

「……」

「もう、そんな心配そうな顔しないでよ。助けに来たのに足引っ張ってちゃ何のためにここに来たんだって話になるでしょ?」

 顔に出ていたのかサイは困ったような表情を浮かべ、俺の右頬に手を添えた。そして、すぐに戦場へと向かう。一瞬、彼女の後を追いかけようとしたが行っても迷惑になるだけだと何とか踏み止まる。

「……『サルク』、『サグルク』、『サフェイル』、『サウルク』」

 だから、俺は少しでも彼女の助けになるよう、術を重ね掛けする。そして、飛翔したサイがテッドの高速ブローを剣で受け止めていたアースへ踵落としを放ち、爆発したように地面が割れ、砂埃が舞う。それを俺はただ遠くから見ているしかなかった。

















今週の一言二言



・今年も残り2か月になりましたね。時間が経つのは早いものです。ですが正直、この小説が終わるのに数年かかりそうなのでエタらないように頑張ります。

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