やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。   作:ホッシー@VTuber

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『ザケルガ』は中級呪文だと指摘がございました。
ですが、一応、ロギュウの話では『ザケルガ』は『初級の上ランク』程度の呪文だそうです。
まぁ、ロギュウ目線のランク付けなので本当かどうかはわかりませんが、とりあえず、この小説では『ザケルガ』は初級呪文ということにしておきます。
ご了承ください。


LEVEL.185 ――決死の一撃が彼女に迫る

 群青色の『バオウ・ザケルガ』は『バルバロス・ソルドン』を噛み砕き、パートナーであるエリーを投げ捨てるように逃がしたアースを飲み込んだ。つまり、人間であるエリーは今、空中に投げ出されている状態。下が川だとしてもあの高さから落ちれば怪我は免れない。

「くっ」

 そのことに気付いたのか浮遊して待機していたサイはバチバチと群青色の電撃が迸る中、宙を滑るように飛行して落ちてゆくエリーの元へと急いだ。

「手を、伸ばして!」

「……」

 叫びながら必死に手を伸ばすサイだったがエリーは落ちているにも拘らず、身動き一つしない。今のサイは『サフェイル』しか付与されていない。あのままではエリーに辿り着く前に川に落ちてしまう。

「サイ、後ろだ!」

 すぐに『サウルク』を唱えようと魔本に意識を向けたその時、『バオウ・ザケルガ』と『バルバロス・ソルドン』が激突した際に発生した黒煙の中から1つの人影が飛び出すのが見えた。『バオウ・ザケルガ』に飲み込まれたはずのボロボロになったアースである。

「ッ!?」

「『ジャン・ジ・ソルド』!」

 サイも魔力探知で背後に迫るアースに気付き、ハッとして振り返る。それとほぼ同時にエリーが躊躇いもなく呪文を唱えた。

「なっ」

 剣を振り上げるアースの頭上に巨大なエネルギー状の剣(『ジャン・ジ・ソルド』)が出現して思わず目を見開いてしまう。

 魔本は心の力を注ぐと光を放つ。そのため、エリーはサイに勘付かれないようにギリギリまで心の力を注がなかった。そう、あの一瞬で彼女は『ジャン・ジ・ソルド』を唱えるために必要な心の力を魔本に注ぎ終えたことになる。初級呪文ならまだしもあの術はおそらく中級呪文。心の力を注ぐ時間も多少必要になるはずだ。アースだけでなく、エリーもパートナーとして相当レベルが高いのだろう。

 なにより驚いたのは今、サイはエリーとアースの間にいる。あのままアースが剣を振り降ろせばサイだけでなく、エリーすらその剣に貫かれてしまうのだ。

 あの幼くも強い少女がそれに気付かないわけがない。そして、アースも。だが、彼女は(彼は)何の迷いもなく、術を唱えた(剣を振り上げた)。ただ、サイを倒すために。

「『サウルク』!」

 あの距離では躱せない。そう判断した俺は元々唱えるつもりだった『サウルク』を発動させる。群青色のオーラに覆われたことに気付いたサイはすぐに横に回転して(バレルロールで)剣の軌道上から逃れた。巨大なエネルギー状の剣(『ジャン・ジ・ソルド』)はそのままエリーへと迫る。

「――」

 まさに剣がエリーの体を捉える、というところでマゼンタ色の魔本から光が消え、巨大なエネルギー状の剣(『ジャン・ジ・ソルド』)が最初から存在しなかったように消滅した。

「『ウルソルト』!」

そして、アースはエリーが川に落ちる寸前に片手で受け止め、『ウルソルト』を使って凄まじい速度で逃亡。群青色の『バオウ・ザケルガ』でアースを仕留められたと思っていた俺たちは予想外の反撃に唖然としてしまい、彼らを追いかけられなかった。

「……ハッ!? お、おい!? 追いかけねぇと!?」

「やめておいた方がいいと思う」

 いち早く我に返ったテッドが慌てて川の向こうに消えたアースたちを追いかけようとするがサイがそれを止める。すでに『サウルク』を解除し、ゆっくりと俺の隣に降り立った彼女はどこか不安げにアースたちが消えた方をジッと見つめていた。

「でも、あいつ、でけぇダメージ負ってたしチャンスだろ?」

「いや……あの手の内を隠すような戦い方を見る限り、まだ何か強力な術を持ってそうだ。深追いはしない方がいい」

 そういえばサイの姿を見てから荒い戦い方になったが使用していた術はほとんど変わっていない。あれほどの強敵ならば『バルバロス・ソルドン』並みの術をいくつか持っていてもおかしくないのに。

「それにキヨマロとガッシュがこんな状態じゃ戦えないでしょ」

「うぉ!?」

 サイの指摘に初めて高嶺が地面に倒れているのに気付いたテッドが声を上げて驚愕する。敵の攻撃を受けたわけじゃないのに倒れていたら驚きもするか。ガッシュもガッシュでフラフラと危なっかしい足取りで倒れている高嶺の傍に歩み寄っている。この2人を置いて追いかけるわけにもいかないだろう。

「それによかったじゃねぇか、トップ・ギアまで使わなくて」

「なに!? お主、まだ強くなれるのか!?」

「ああ、でも、トップ・ギアは肉体的にしんどいからあんま使いたくねぇんだよな」

 術を解いたのかリーゼントの形が崩れてしまったテッドは頭を掻く。だが、すぐにハッとして俺の隣にいるサイの方を見た。

「あ、そうだ! サイ、てめぇ、なんでこんなとこにいんだよ!」

「なんでってガッシュたちが襲われてたからだけど」

「そういう意味じゃッ……あー、もういい。前よりは喋るようになったと思ったけど中身なんも変わってねぇわ」

 キョトンとした様子で答えたサイだがそれを見てテッドは諦めたようにため息を吐いた。さすがにその反応にはムッと来たのか顔を顰めるサイ。

「それより早くここから移動しないか。騒ぎに気付いて誰か来るかもしれん」

 戦いが終わり、ホッとしたせいで危うく『サジオ』が解けそうになったが何とか踏み止まり、そう提案した。他の皆も納得してくれたのか慌てて帰る準備をし始めた。まぁ、高嶺は倒れているので指示を出すことぐらいしかできていないが。

(あれ、どうすっかなぁ……)

 チラッと視界にアースに両断されたサイの右足が見えた俺は頭を抱えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、サイの右足は灰になるまで電撃(『ザケル』)で焼いて(さすがに一発じゃ灰にできなかった)、俺たちは逃げるように河川敷を後にした。

「ジードさん、すいません……」

「いやぁ、気にするこたぁねぇよ。一宿一飯の恩返しってやつだ」

 『バオウ・ザケルガ』の影響で動けなくなってしまった高嶺はジードさんに肩を貸してもらい、移動する頃には歩ける程度には回復したガッシュも高嶺を支えながら歩いている。そして――。

「はぁ!? 魔力探知の範囲ってそんな狭いのかよ!?」

「人によるけど私の魔力探知は精度がいい分、範囲が狭いの。近くにいるならまだしも外国はもちろん、日本も全部カバーし切れてないし」

「くっそぉ……何だよそれ」

 ――サイとテッドは俺たちの前を歩きながら話している。やはりというべきかテッドはサイに今までどうしていたのか問い詰め、彼女は渋々今までの出来事を手短に説明していたのだが、いつの間にか魔力探知の範囲の話になっていた。

「……その様子じゃまだ会えてないんだ」

「な、何の話だよ?」

「どうせ、チェリッシュを探してるんでしょ?」

「うぐっ……」

「おお、サイはチェリッシュを知っておるのか」

 その指摘にテッドが顔を逸らす。どうやら、すでにガッシュには探し人のことを話していたようでサイの言葉に驚いていた。

「魔界にいた頃、少しの間だけ一緒に行動してただけ」

「なッ!? そんな言い方ねぇだろ!?」

「落ち着け。近所迷惑だぞ」

 声を荒げたテッドを嗜めるジードさんだったがそれでは止められないほど頭に血が昇ってしまったのかサイの胸ぐらを掴んで持ち上げてしまう。

「あいつがどんだけお前のことを心配してたか知ってんのかよ!」

「……知ってるよ」

「なら!」

 

 

 

 

 

 

「だからこそ、私はチェリッシュに会いたくない」

 

 

 

 

 

 

 

 『先行ってるね』と言い残し、彼女はその場で跳躍して民家の屋根へ飛び移り、どこかへ行ってしまった。高嶺の家で待っているのだろう。サイには気まずくなったり、答えたくないことを聞かれたら逃げる癖がある。俺もそのせいで何度も逃げられた。

「……ちっ」

 テッドもそのことを知っていたようで追いかけようとはせずに舌打ちする。まぁ、いい。サイがいなくなったのは好都合だ。

「なぁ、テッド」

「あ? なんだよ……あー、えー」

「比企谷 八幡だ。それでサイのことなんだが――」

「――オレだってそんなに知らねぇぞ」

 俺の言葉を遮ってこちらを振り返ったテッド。自分のことを話したがらないサイの性格を知っていそうな彼のことだ、俺が聞きたかったことぐらいすぐに予想できたのだろう。

「……それでも、頼む」

 その鋭い眼光に思わず後ずさってしまいそうになったがグッと堪えて彼から目を逸らさなかった。

「……最初にあいつと会った時、チェリッシュが保護した魔物の子と同じだと思った」

 そこで言葉を区切ったテッドはポケットに手を突っ込んで歩き出す。俺たちも彼に倣い、再び歩みを進めた。


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