やはり俺の魔物の王を決める戦いは間違っている。   作:ホッシー@VTuber

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LEVEL.189 彼らはすでに取り返しのつかない間違いをしている

 まだ少し肌寒い3月、学校から帰ってきた俺は私服に着替え、サイと共に道を歩いていた。時刻はすでに夕方で目的地に着く頃には夕陽は沈んでしまっているだろう。

 先日、雪ノ下に言われたようにあれ以降、部室に顔を出していないが今日に限って平塚先生に捕まり、『最近、どうだ?』と久しぶりにあった親戚のような質問をされたのである。どうも、雪ノ下は『比企谷君はやるべきことがあるのでしばらく休む』と説明していたらしく、部活を休み始めて1週間ほど経ったので様子を見に来たのだ。さすがに1週間で『サジオ』のコントロールを完璧に仕上げられなかったのでもうしばらく休むと言っておいた。

「はぁ……」

 コートのポケットに手を突っ込んで寒さに震えていると不意にサイが深々とため息を吐いた。何だろうと視線を向けるとそれに気付いた彼女はハッとして少しばかり気まずげに目を逸らした。

「あ、えっと……ちょっと、ウマゴンのこと考えてて」

「あー……」

 1週間前、サンビームさんは仕事の関係で北海道に出張することになったのだが、ウマゴンを連れて行くことはできず、高嶺の家に預けた――はずだった。出張期間が1週間程度とはいえサンビームさんに懐いていたウマゴンは大泣きしたらしく、それを見たガッシュが独断でウマゴンを北海道に送り出してしまったのである。

 サイは何かとウマゴンのことを気にかけていたし、北海道に向かったウマゴンの魔力を感じ取れなくなった時など今までで一番パニックを起こしていた。それこそ『サフェイル』を使って北海道まで行きそうになるほど。それに何故か今日の今日までサンビームさんと合流できず、ずっとやきもきさせられたのだ。

「まぁ、無事みたいだし。よかったじゃねぇか」

「でも……怪我しちゃったみたいだから」

 そう、サンビームさんから高嶺宛に送られてきたメールにはウマゴンと合流したという知らせと共に魔物と戦って辛くも生き延びたと書かれていた。無事であることは知っているが実際にウマゴンの姿を見ない限り、サイの不安が解消されることはないだろう。

 それにしても仲間には過保護なサイでも特にウマゴンに対するそれは少し過剰な気がする。仲間の中で最も幼いからその気持ちもわからなくもないが。

「そういえば今日、呼ばれたのってあの建造物の件だよな?」

「……うん、そうだよ」

 『謎の建造物について話し合いたいから集まってほしい』と昨日の夜に送られてきた高嶺のメールを思い出してサイに問うとビクッと肩を震わせた後、彼女は頷いた。その反応だけで何となく察してしまう。

「……知ってた、というより情報を提供したのがお前だったか」

「……ごめん」

 サンビームさんの引っ越しを手伝った――あの謎の建造物をテレビで見た日、サイは何かに気付いていた。その何かは教えてくれなかったがアースとの戦いを終え、思うところがあったのかそれを高嶺に伝えたのだろう。

 普段、何げないことや他愛ない話ならばサイは率先して俺に話したがる。だが、サイの過去に纏わることや俺が危険な目に遭う可能性のある話は黙っていることが多い。特に過去に関しては多少強引でも隠し通そうとする。アースの話を襲いかかることで遮ったのもそのせいだ。

「いや、気にすんな。俺より高嶺に相談した方がいいだろうし。実際、何かわかったんだろ?」

 だからこそ、それを知っている俺の口から自然とそんな見栄(・・)が漏れた。

 高嶺は頭がいい。それも天才と呼ばれるレベルである。千年前の魔物との戦いでも基本的に高嶺が頭脳となり、行動していた。サイが高嶺に伝えた内容は知らないが少なくとも高嶺の方がサイの力になれる。それだけはわかっていた。

 そして、それがわからないサイではない。俺より高嶺に相談した方が効率がいい。だから、サイは俺よりも高嶺に相談した。俺だってそうする。

 そう、自分に言い聞かせる。

 そうでもしないと……俺が納得できる理由がないとサイのパートナーとしての面目が立たないから。

「うーん、どちらかというと注意喚起に近いかな」

 そんな、なくしたと思っていたちっぽけな自尊心に気付くことはなく、サイは首を傾げながら答えた。深く聞こうと口を開きかけるがどうせ後で聞くのだ。『そうか』と小さく言葉を零し、俺たちは目的地であるサンビームさんの家を目指す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの千年前の魔物との戦いで確かに俺たちは答えを見つけた。サイは己の進むべき道を見つけ、俺も彼女の戦いを支える明確な理由を得た。その『サザル(覚悟)』と『サジオ(手段)』を手に入れた。

 だが、結局のところ、手に入れたのは道具にすぎない。それを活かすのはいつだって使い手だ。

 例えば、包丁。正しく使えばおいしい料理を作る道具になるし、間違えばただの凶器に成り下がる。

 テストだって同じだ。どんなに公式を覚えたところでそれを活かさなければ答えは導くことはできない。

 そう、俺たちは1つの答えを見つけて慢心していたのだ。きっと、次も俺たちなら正しい答えを見つけられる、と。

 そう、俺たちはお互いの気持ちを確認して自惚れていたのだ。きっと、今度こそ何も話さなくてもお互いのことがわかる、と。

 そう、俺たちは無意識の内に決めつけていたのだ。きっと、いつか本当のことを話してくれる(本当のことを話せるようになる)、と。

 ああ、そうだ。この時点で俺たちは気付くべきだった。己の過ちを認めるべきだった。どれだけ長く、濃い時間を過ごそうと他人は他人。言葉にしなければ――そして、言葉にしてもその人の全てを理解出来るわけじゃない。俺がそれを一番知っていたはずだ。

 でも、俺はサイと一緒に答えを見つけた。見つけられた。見つけてしまった。

 それが全ての始まりで、あの時に気付かなかった時点でああなること(・・・・・・)は決まっていたのである。

 『孤高の群青』と呼ばれ、大切なものは全て壊れて、壊してしまった群青の魔物。

 ずっと探し求めていた、本物になりえるかけがえのない存在を得て牙を抜かれた理性の化け物。

 そんな2人がたった一度の成功を経験しただけで全て上手くできるわけがなかった。

 たった一つの答えを見つけただけで常に正解し続けられるわけがなかった。

 その間違いはすでに目に見えるところに出ていた。おそらく俺たちの関係を知っている人がそれを見ればすぐに気付いて指摘していただろう。

 しかし、ここに他の人はいない。だから、俺たちは気付かない。気付くことができない。正しいと思い込んでいるからその問題の解き直しをせずに次の問題を解き始めてしまったから。

「今日は一段と寒いな」

「そうだねー。あ、晩御飯、鍋にする?」

「おう、頼むわ」

 閑散としている住宅街を歩く2人の影は夕陽を浴びて長く伸びる。だが、その影は繋がっていなかった。いつも繋いでいたはずの手(・・・・・・・・・・・・)はそれぞれの上着の中。そのことにすら気付かないほど俺たちは手遅れだった。


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